仲間と共に《Bet my soul》11
「────その言葉、ちょっと待ってもらうぜ」
突撃命令を出すために振り下ろしかけた指先がピタリと止まる。
頭上の位置から投げかけられた男の声。
どこか聞き覚えのある懐かしい響き。
ここにいる四人、そして周囲を取り巻く祝福者とも違うその声の方角へと皆の視線が集まる。
「あれは一体────」
セイナが手で日傘を作りながら上空を見上げる。
神々の争いによって大きく開けられた天窓から差し込む焼けるような暁の閃光。
それを背にして五つの影が舞い降りてくる。
「おいおい、マジかよ……」
予想がつかずに顔を顰める彩芽やオスカーとは別、ただ一人俺だけはその正体に気づいてしまった。
いやこの場合、気づかない方がおかしい。
なんせアイツらの見た目は、ここにいる連中と同じで良くも悪くも個性的だ。
それに、あれと一年付き合ってきたこの俺が気付かない道理は無かった。
影の一つが両手を広げるよう左右に振ると、落下の勢いを消す爆風が吹き荒れる。
気を抜いたらどこかへ吹き飛ばされてしまいそうなほどの風圧。
祝福者達の軍列の一部をなぎ倒すほどの風をクッションに、まるで爆撃機が着地したかのように俺達の間に舞い降りた五つの影。
その内の三つは濃緑色のコートとフードを纏っていたが、残りの二つは素顔を晒していた。
銀髪のツインテールと、鮮紅色の羽を指したマフラー。
特徴的な少女達の姿に気づいたセイナがパッと表情に歓喜を表した。
「ロナ!アイリス!」
通信機を破壊されて連絡出来なかった二人が同時に振り返る。
「いや〜待たせちゃったねダーリン!セイナ!」
「色々と手こずった。だけど、どうにか間に合ったみたい」
激しい戦闘を連想させる全身ボロボロの笑顔。
それが今はとても眩しく、頼もしかった。
「────待たせたな、隊長」
見慣れた濃緑コートを纏う男が呟く。
セイナは誰?とまだ分かっていない様子で首を傾げているが、俺のことをそう呼称する人物は世界で六人しかいない。
「ようトリガー5、随分と遅い出社だな。それとも残業か?」
「いいや、休日出勤だバカヤロウ」
全員がフードを乱暴に取り払う。
ニヒルに口角を上げたその人物を見てセイナが目を丸くする。
「レクス・アンジェロ……さん!?てことはこの人達は────」
「あぁ、SEVEN TRIGGERの隊員、つまり俺の元部下達だ」
懐かしくも頼りがいのある面々に口角が上がる。
かつて最強と謡われた元部下達は、そんな俺の姿を見て各々が喜怒哀楽多種多様な表情を見せた。
「レクスに引っ張り出されてみれば何そのざまは?こっちは軍役やら国務やらで忙しいってのに……」
「んなこと言って、本当は居ても立っても居られず単身で突撃しようとしてたくせ────にゃにゃにゃにゃッ!!!!そんなつねられると痛いにゃリズリー!!!」
相変わらず素直じゃないリズ・スカーレットが、軽口でその本心をバラしたベルベット・アルヴィナの口を摘み上げる。
敵地のど真ん中で諍いを始めた二人を見てやれやれと頭を振るロナ。
何とも懐かしい光景だが、そこにあるべき二人の姿が無いことだけが少し心寂しさを感じさせた。
「悪いなセイナ嬢、俺達はいつもこんな感じなんだ……」
俺の言葉を代弁するようにぼやくレクス。
アイリスの風撃で隊列を乱された祝福者達、並びにセイナ、オスカーはそれぞれ俺達の気が抜けるほどの余裕にただただ唖然としていた。
「クソッ!!ロナやアイリスがここにいるってことは奴らしくじったってことかッ!?」
その光景に唯一食いしばった犬歯が折れそうになるほど激情を震わせる彩芽。
魔術防壁に対して何かしらの策を講じているとは思っていたが、ロナ達はそんな障害をものともしなかったかのようにVサインを示した。
「それにどうして解体されたはずのセブントリガーがここにいる?」
「あーそれなんだがよ────」
ニヒルな表情のまま肩を竦めたレクスの頭上、紅の帳を引き裂くように戦闘機群が飛翔する。
ソ連系のMiG-29とは違う、ごく見慣れたボーイング社製と判る着色と機影に彩芽は眦を見開いた。
「F-15Eだと!?どうしてアメリカ軍の戦闘機が悠々と飛行している!?今この戦場は中国側の国々が跋扈していたはずだ。一体何をした!?」
次々と訪れる変化に彩芽は激昂を露わにする。
今となっては本当の意味で頼れる人物のいない彼女にとって、一番恐ろしいのは計画に無い事象が発生するということだ。
もちろんそれはレクスや他の隊員達も理解しているのだろう。
「お、もう来たか。テイラー、始めちゃってくれ」
『承知した』
たっぷり含みを持たせるよう無線越しにレクスがそう伝えると、F-15Eで翔るアレクシス・テイラー大佐が旋回を始める。
そのまま上空で組んでいた編隊を散開させ、各々が爆撃を開始。
激しい地鳴りを思わせる衝撃がボロボロとなった戦艦に追い打ちをかける。
ここまでならさっき中国軍達が攻撃していたのと何ら変わりないはずだが────その変化はすぐに訪れた。
「あれ、戦艦の速度が……」
「あぁ、落ちている」
俺とセイナは顔を見合わせた。
上部に映る空模様の速度がゆっくりとなっている。
あれだけ爆撃されても何ともなかった戦艦が急に失速し始めた証拠だった。
「そんなバカな!?動力源は生きているというのに────まさか貴様達……っ!?」
「お前の思っている通りだ彩芽」
レクスが俺とセイナにインカムを放り渡す。
耳に付けてみるとそこには各国が共同戦線を繰り広げている音声が聞こえてきた。
「今の攻撃でこの戦艦の動力源を繋ぐライン、計十七カ所を全て断った。アメリカお抱えの天才科学者がヨトゥンヘイムの構造全てを解明してくれたおかげでな。それと日本で起きていたクーデターについても全て鎮圧が完了した。死人を一人も出さずにな。そしてお前が全てを仕組んでいたことも『紫水晶の豹』と名乗る乗組員が、さっき自らの身柄とベトナムで行方不明となっていた俺の部下達と引き換えに全て情報を開示してくれてな。おかげで他国との連携もスムーズに済んだよ」
その結果が無線から聞こえる共同戦線ということらしい。
要約するとアメリカ、日本、イギリス側が事情を説明して中国、韓国、北朝鮮側に停戦協定を提言。承諾。
ロシア側に関してはまだ被害が出ていないことから撃墜を条件に黙認するとのことらしい。
それにしても紫水晶の豹とは。
いつだかに聞いた名前だが、まさかそれがアイツだったとは……
「とはいえ細かな条件に関しては先程締結したばかりでな、俺達はその前に大統領によって秘密裏に招集された先遣隊だが、時期に正式な軍隊が多数押し寄せてくる。ま、大人しく投降すれば悪いようにはしない」
俺は美人には優しいからな。
緊張感なくそう締め括ったドヤ顔のレクスの後頭部をリズが引っぱたいた。
「この死にぞこないの屑共が……ッ!どいつもこいつも私の計画を邪魔して」
自らが追い込まれた全容を知った彩芽が天に向かって叫ぶ。
その見上げた上空すらも徐々に高度を落としていく。
動力を失った戦艦が落下を始めたらしい。
「そうまでして私を阻むのかこの世界は!!この幼気な少女の意志すら認めてくれないような世界なのか……ッ!」
「彩芽……」
嗚咽交じりの嘆き声。
痛ましい姿は敵ながら同情すら誘うほどの哀愁を漂わせている。
「────その件だが彩芽、お前は一つ思い違いをしているぞ」
「なんだと?」
レクスの言葉に彩芽が涙目とは思えないキロリとした殺気を飛ばす。
彼女にとってその殺気を否定される行為は今一番聞きたくない言葉なのだろう。
その覚悟が鈍ってしまうから。
だからそれを耳にした途端に少女としての側面は霧散、内に秘められた神の部分が表出した。
「この私の意志に思い違いなどない!!私以外の全てが敵なんだ!家族を奪い、自由を奪い、私から何もかもを奪っていった敵。貴様達はそういう存在なんだ!!」
もはや脅迫観念といって差し支えない慟哭。
元より言葉で説得できるくらいなら全世界を敵になど回さないだろう。
「レクス無駄だ。彩芽の意志は他人がとやかく言ってどうこうなるものじゃない。力ずくでも止めるしかない」
「らしいな……まあそのために派遣された俺達だ。いつもと同じように使ってくれ」
いつもと同じように……か。
口角が弾む響きだ。
セイナを含め、頼もしい仲間達が元隊長に向ける視線に応えるべく俺は大きく息を吸う。
「加藤彩芽を止めるために俺に力を貸してくれ、みんな」
頷くと同時に全員がそれぞれの得物を構える。
たったそれだけの行為だけで、この場の何百といった強者達を圧倒するほどのプレッシャーを放っていた。
「止めるだと?たかが二人が七人になったからといって、この人数を相手にできると本気で思っているのか?」
涙目のまま嗤う少女は再び右手を天へと差し、それに合わせて祝福者達が構える。
「それにまだ私は敗けていない。ここで仇である貴様達を倒し、そのあとに魔科学弾頭さえ放てれば宿願は成就される。そうすれば私の勝ちだ」
振り下ろした右手を合図に、ヨルムンガンドとの最後の戦いの火蓋が切られた。