仲間と共に《Bet my soul》10
「なんですって!?そんなことあるわけないじゃない!」
身の覚えのないセイナが食いつくように言い返す。
しかし、そんな彼女とは裏腹に俺を含めオスカーすらも口を噤んでしまう。
「嘘でしょフォルテ、お父様まで……どうして黙っているのよ」
「当たり前だ。お前と違って彼らには自覚があるからだ」
当然すぎる結果を前に呆れた様子で呟く彩芽。
まるで罪の告白でも迫られているような気分だった。
「────アキラのことだな」
俺は認めるように口を開いた。
「アキラを守れなかったことをお前は、隊長であった俺のせいだったと言いたいんだな」
「でもそれはフォルテのせいじゃ……」
俺の事情を知っているセイナが口篭る。
恐らく彩芽が言いたいのはそういうことなのだろう。
しかし彩芽はそれでも満足しきらないらしく苛立ちを隠せないまま眼を眇める。
「ことはそんなに単純じゃない、お前達アメリカ政府はワザとアキラを、私の弟を危険な部隊に送り込んだんだ。私の両親を奪ったあのテロ事件を知る数少ない生き残りであるアキラを」
彼女の怒りを再現するようすぐ近くで砲声の着弾音が響いた。
時計が無いので体感でしか測れないが、少なく見積もっても中国まであと数十分を切っているだろう。
しかし隙どころかミジンコ一匹であろうと逃さない祝福者達達の視線の前では、指先一つ動かすのにも神経を使う。
だが、ワザと称したところだけはどうしても聞き捨てならなかった。
「それは違う!アメリカ政府は、ベアードはアキラの居場所を作るためにS.Tを作ったに過ぎない」
「いいや違わない!奴は実力のあるアキラを使い捨てるためにワザと死亡率の高い任務にのみ特化した部隊を作ったのさ。死ねば証拠隠滅、成功すれば危険任務が達成できてラッキーとくらいにしか考えていなかったのだろう。大体何故記憶喪失になっていた日本人をアメリカ政府の特殊部隊に入れる必要がある?本当ならさっさと母国に返せばいいはずだ」
「それは……」
言葉に詰まる俺に、彩芽はさらに追い打ちをかける。
「アキラは記憶喪失なんかじゃない。記憶喪失にさせられたんだ。アメリカ政府にとって都合の悪いことを知ってしまったがためにワザとね。その後も単独ではなく部隊として配属させたのも全部仕組まれたことだったんだ。途中で都合の悪いことを思い出しても仲間という名の枷を掛けることで簡単に裏切れない状況を作るためのな」
「デタラメだそんなこと。大体都合の悪いことってなんだ?アキラは記憶を取り戻していたが一度もそんなことを口にしたことは無かったぞ」
「ならそこまで思い出せなかったんだろう。私も父と母を失ったあのテロの時は混乱していたからな────」
黒曜の瞳が過去を振り返ることで翳りを見せたのは一瞬の出来事。
「────だが、そこで倒れている男は全て知っているはずだ」
戦艦の崩落と破壊の音で再び憎悪に満たされた少女は、今度は俺ではなく片膝を着いていたオスカーを睨め付ける。
認めたくはないがその違和感を俺もずっと感じていた。
アキラと関わりのある俺ならともかく、一体なぜオスカーまでずっと押し黙っているのかを。
「……日米英首脳会合における議論の一つ『魔術と科学が在るこの世界を平和に導く方法』」
オスカーが静かに口を開く。
外は未だ激しい砲声が鳴りやまないというのに、その低い声音だけは不思議とよく通って聞こえた。
「その内に昔から行われている抑止法が存在する。混沌を招くテロリズムを持った者達を抑制するために、対抗勢力に武器を密輸する、いわゆる代理戦争というやつだ。同盟国がテロに屈しないためにもテロリストよりも強い力を与え続ける必要があったのだ。もちろん、そんな過激政策を公に公表することは出来ないがな。フォルテ、かつてお前や竜に依頼した任務もそれらと一緒だ。オオヤマツミプランの抑止力を以てしても止まらない過激勢力を叩くための制裁装置としてな」
「そんな……ウソでしょお父さま?」
「セイナ、もう世界は優しさだけでは平和を取り持てないほど混沌に満ちているのだ」
とてもじゃないが信じられない真実。
それを受け入れられないセイナは呆然とするしかなく、俺自身も過去に依頼された任務の内容を覚えている以上もはや彩芽の作り話と思うことは出来なくなっていた。
「あくまで抑止力としての措置だったのだ。だがしかし、我らが渡した武器を別の悪意を持った者達が使用する事件があった。それが彩芽の両親が無くなったアメリカでのテロ事件だったのだ。南米の対抗勢力に敗北した同盟国の鹵獲品、それを用いてテロを起こしたことがあの事件の発端であり、その時の武器を作ったのはアメリカで引き渡したのは我々イギリスだったのだ……彩芽の言う都合の悪いことというのもその事実を秘匿していたことを指しているのだろう」
「その通りだ。そしてその事実を隠蔽して私を散々利用してきた日本政府も同罪。つまり三か国とお前達は私の家族を奪った仇というわけだ」
「なら俺やオスカーはともかく、ここにいるセイナは関係ないはずだ」
彩芽の行動理由は分かった。
当然の過程に反論すら出ない。
だとしてもセイナがここまで巻き込まれる謂れは無かったはずだ。
「……つい一年前ことだ」
積年の思いを呼び起こすように彩芽が口を衝く。
「家族を失い絶望の淵に沈んでいた私の眼前で、とある会合の中継が流れていた。皆が幸せそうな顔で会食をし、国のトップが集う平和を願うセレモニーが行われている様に国民達が手を振っている映像だ。その裏ではまさか他国との紛争を抑えるために武器を密輸するための手筈を整えているとは知らずに」
静かな語り口が徐々に憎しみで力が籠っていく。
「その時思ったのさ。こんな国々を平和と宣う連中全て存在する価値はないと。だから私はその全てを抹殺するとあの時誓った」
彩芽の家族を引き裂いた三国の政策と世界情勢。
その全てに復讐することこそが彩芽自身の計画だった。
「そして愚民共が崇めるオスカーの幸せの象徴、平和の象徴を奉られる王女も同罪だ。だからエリザベス三世もセイナもリリーも手を掛けた。その男の幸せが崩れることこそ今の私にとって生きる気力の一つだからな」
「貴様は……ッ!ぐぅ……」
立ち上がろうとしたオスカーが痛みに悶える。
スーツの端々からは赤いものが滲んでいた。
派手な外傷こそないが身体の内側はボロボロなのだろう。
意識を保っていることすら限界に近い彼は戦力としてカウントできない以上、この有象無象の集団は俺とセイナでどうにかするしかない。
正直なところ……勝てないだろうな。
少なからず相手の戦力はオスカーと対等である以上、疲弊した俺達に敵うはずが無い。
だからこそ俺は最期に、彩芽の話しを聞いていてずっと思っていたことを告げることにした。
「彩芽」
不安を懸命に押し留めているセイナの前に立つ。
周囲の視線もそれに合わせて一斉に俺へと集められた。
「お前の言い分はよく分かった……だから最期に伝えたいことがある」
一人一人が桁違いの力を持つ強者達。
銃を向けられるよりもよっぽど恐ろしい殺気の中で、道化師はニンマリとしたり顔を浮かべた。
「なんだ?命乞いなら聞かないぞ。もう戦艦は沈む寸前だからな。無駄な時間を割いて道連れだなんて手には────」
「いいや違う、お前を救うために俺から伝えたいことがあるんだ」
一瞬本気でキョトンとしてから、彩芽はパシパシと下品に手を叩きながら嗤い出す。
しかし隣に居たセイナだけは違かった。
彼女はハッとしたように真剣なブルーサファイアの視線で俺を見上げていた。
どうやら相棒も同じことを考えていたらしい。
「救う?救うだって?何を言い出すかと思えば随分と面白い冗談を言うんだな。フォルテ・S・エルフィー」
「冗談なんかじゃないさ彩芽。俺はお前を救う。お前と似た者同士であるこの俺が」
「なんだと?」
ケラケラと陽気を振る舞っていた彩芽がそれを聞いて苛立ちを見せる。
「私がお前如きと一緒だと?ふざけるのも大概にしろ」
「いいや、俺は至って真剣だ」
気付いていない彼女からすれば当然の反応と言えるだろう。
それでも俺は一切怯むことなく正眼を止めない。
誰もが眼を背けていた彼女と言う存在から眼を背けない様に。
「俺もかつてお前と同じで復讐に囚われていたことがあった。俺も家族を二度も奪われたからな。だから長い年月を費やし、何もかも犠牲にし、そして運よく目的を達成することができた。その後に何が残っていたと思う?」
「…………」
「答えは『何にも』だ。喜びも悲しみも、喪うだけで得たものは何もなかった」
「だからなに?自分は復讐しておいて何も得ないから私には止めろって言いたいの?」
「いいや、そんなこといって止まるほど覚悟が無いとは思ってないさ。ただ同じ境遇のお前をこのまま見過ごせないとも思った。それが例え理不尽で説得力がないことだとしてもな……復讐の結末を知っている俺だからこそお前をまだ救ってやれる」
同じように復讐に溺れ、周りの運命に翻弄されてきた俺だからこそ。
その痛みや苦しみも知り尽くし、最後に待つ光景も理解しているからこそ彼女を止める義務がある。
彩芽に……俺が竜を喪った時のような過ちを繰り返させないためにも。
「彩芽、アンタがアタシやフォルテ、そして世界を恨む理由は伝わったわ────」
隣でセイナが告げた言葉にオスカーが一驚を示す。
以前の彼女なら悪と名の付くものは全て頭ごなしに否定していただろう。
しかし今は違う。
この数か月で幾多の経験を積み重ねることで、幼かった精神は一回りも二回りも成長を遂げていた。
「けれどアンタのやってきたことは決して許されることじゃないわ。だからアタシもフォルテと一緒にアンタを止める。それがアタシが王女として唯一できる使命だから」
民草を護る皇族としての使命。
その選別は国境などではない。
神の意志が宿っている少女は救うべき人々全てを護るため、その力が宿った刃の矛先を向ける。
感情を奪われたはずの祝福者達がほんの僅か後ずさりをした。
たった一人の少女を前にして恐れをなしたように。
本人は気づいていないようだが、その志は既に父親を超えていた。
「貴様達が私を救う?最後の最後に何を言い出すかと思えば……ふざけるなよ。そんな言葉、散々私の運命を狂わせたきたお前達に言う資格があると思うか!?」
動揺の翳りを見せる集団の中で唯一彩芽だけが怒りを露わにしている。
家族を奪われた彼女からすれば至極真っ当な感情と言えるだろう。
だがそれは裏を返せば彩芽本人の意志であり、決して『ロキ』の感情ではない。
彼女はまだ俺と同じで戻ってこられる位置にいるということだ。
「確かに彩芽の言う通りだ。だが俺達以外にもお前のことを救いたいと思っていた人物は居たはずだ」
「いるはずが無いだろ!孤独である私にそんな人物が────」
「小山さんはお前のことをずっと心配していた」
「なん……だと?」
彼女にとって元上司であったその男の名前に、ほんの刹那だが動揺を見せた。
「あの人はお前のことを救おうと奔走してくれていた。俺なんかに頭まで下げてな。天笠さんだってお前のことを心配していた。他にも眼を背けているだけでお前にはまだ大切な人が残っているはずだ」
「…………っ」
「それに、彩芽が今やろうとしているこの行為自体、お前が世界で一番嫌っているテロリストと全く同じことをしているんだよ。その事にお前だって薄々気づいているはずだ!!」
「うるさいうるさいっ!!」
金切り声に近い訴え。
初めて見せる彩芽の歳相応の反応は、彼女自身の本心といって過言ではない。
「私だってそんなことは分かってる。でもそれなら私のこの怒りは、家族を奪われた憎しみは誰にぶつければいいのよ!!」
やり場のない怒り。
それこそが少女の身体を蝕んでいるのは感情であり、同時に何物にも替え難い殺意の権化と言える。
だが言い換えればそれだけなんだ。
彩芽が世界に混沌を齎し滅ぼそうとしている理由は、そのたった一つの怒りだけなんだ。
「だったらそれを────俺達にぶつけてこい!!お前が持つ感情を真っ向から受け止めてやる!!」
世界でも受け止め切れない怒りの矛先を自分へと向けさせんばかりにもう一歩踏み出す。
半円に囲まれた傀儡達が反射的に武器を構える。
剣、槍、鎌、斧、メイスにモーニングスターにハルバードといった近接武器。
遠距離武器には近代結集の象徴である銃に、弓やボウガン、スリングショットなどの原始的ものまで。
更には小難しいラテン語や古ノルド語が刻まれた魔導書や、大樹の根を思わせる大杖を携える者までいる。
「抵抗する気なのか?この人数や装備を見てどうして屈服しようとしない!?何がそこまでお前を突き動かしているんだ!」
「簡単なことさ。俺にだって護りたい大切な人が居るからだ」
武器を構えつつ背後のセイナを一瞥する。
結局こうなっちまった。
そう顔に書いてあった俺に向けて彼女は優しく首を左右に振り、同じ位置まで寄り添ってくれる。
大切な人と運命を共にするように。
「そうかい……ならその大切な人とやらとまとめて冥府に送ってやるよ……!」
号令を指示する人差し指が天を指す。
何の変哲もない華奢で真っ白な少女の指先。
あれが墜ちた瞬間がきっと俺達の最期となるのだろう。
「じゃあねフォルテ・S・エルフィー。あの世でアキラに遭ったら宜しく言っておいてくれ。私もすぐそっちに行くってな」