グッバイフォルテ《Dead is equal》23
崩落する瓦礫を双頭槍で跳ね除けながら、アタシはあっと言う間に神殿の最上部まで跳躍した。
神の力を具現化させた身体は、軽いなんて言葉では表せないほど俊敏に、そして猛々しい力を内包している。
「ッッッ!!!!!」
跳躍したエネルギーを利用しつつ刃を振り下ろす。
いや、この場合は叩き割るという表現の方が正しいか。
脆弱な人はおろか、この至大なる神殿すらも砕かんとする一撃は、神の鉄槌の如く穿たれる。
「ふんッ!!」
それをオスカーは一歩も動かず、ただ魔術を介した両腕をこちらに向けることで燃え滾る焔を発生させる。
夏の空気すら蒸発してしまうマグマにも勝る熱の暴力。
触れれば一瞬で灰すら残らない攻撃と、アタシの振るった双頭槍が激突する。
結果は互角による拮抗。
互いのプライドを乗せた一撃は一歩も引くことなく、最後は力の逃げ場を失った両者が軌道を明後日の方角へと変えた。
アタシの斬撃は神殿の端部を叩きわり、オスカーの焔は黒曜の空を一部蒸発させる。
崩落の衝撃に揺れる戦艦。
たった一撃を交わしただけだというのに、アタシ達の力が優に人の領域を超えていることを明白だった。
「二つの神と『共存』したからといって私に勝てると思うなよ?」
両手を突き出していたオスカーの双肩。
二羽の鴉が光と闇の衣を纏う。
中空で振り下ろした一撃を往なされ、無防備となっていたアタシに向けて二連式のキャノンを射出させる。
「『共存』だがなんだか知らないけど─────」
彗星の如く放たれたカラスにアタシは臆することなく双頭槍を分離させる。
「いつまでも自分の方が上だと思っているその傲慢、アタシが性根から叩き潰してやる……ッ!!」
アタシの身体を貫こうとしていた二射の間に無理矢理刃をねじ込ませ、強引に押し広げて切り払う。
戦車の砲撃にも敗けず劣らずの二撃は直撃コースを外し、背後の天井付近に風穴を開ける。
そのまま神殿の最上部へとアタシは着地し、ゆっくりと正面の男を見据えた。
さっきまで散々見下されていた視線は、ようやく、同じ目線の高さとなった。
「ほざけッ!!この偉大な父を前に一度も勝ったことの無い小娘風情が言えたことか」
オスカーの両手がそれぞれ濁流のように猛り狂う水流と、竜巻のように吹き荒れる風を宿す。
神殿より溢れる、戦艦の動力源を担い、それでも有り余るほどの濃密な魔力は、魔術を得意とするオスカーにとってこれ以上ない武器となり得るんだ。
例えるなら本人の必要とするものに合わせ、調合できる弾丸の材料が湯水のように溢れている状態。
通常の人ならばそれは『性質』や『素質』により、定められた数種類しか取り扱うことができないだろう。
が、しかし、ことオスカーに限ってはその両者も卓越しており、数十数百といった性質の魔術を神器と掛け合わせることによって、自身の思うがままに操れる秀才だ。
つまり魔力さえあれば、彼は一瞬で一個軍隊となることができるということ。
常人が幾重にも詠唱を重ねないと放つこのできない一撃、それを詠唱無しで両手に構えたオスカーが同時に放つ。
たちまち神殿内に吹き荒れる嵐。
アタシが唯一オスカーと対等に張り合うことのできる近接戦闘へ持ち込ませないためにも、身体ごと吹き飛ばして距離を置く魂胆なのだろう。
それどころか、渦を巻く突風には鋭利な水流の刃まで付いている。
まともに食らえばミキサーのように全身を食い破ることは必須。
けど、今のアタシに避けるという選択肢は無かった。
大型車ですら軽く吹き飛ばす一撃に、再び双頭槍としたグングニルへ力を通わせる。
『放出』と同等以上の威力を伴った雷神トールの力が、脚から腕へ、腕から刃へ。
「娘とかどうとか、まだそんな小さなことにこだわっていると……」
刃の延長線上へ更に蒼白い光の刃を伸ばしたグングニル。
天をも貫く一撃を見上げたオスカーが眼を瞠る。
「痛い目見るわよッッ!!」
迫りくる暴風ごとオスカーをぶった斬るつもりでアタシは刃を振り落とす。
さっきの力のみで振るった一撃とは違うそれは、触れた暴風を霧散させ、そのままオスカーの脳天から脚先まで真っ二つにする勢いで振り払った。
ガチンッッッ!!!!
全てを葬り去る神の一撃が抵抗する感触を覚える。
遮るものなど無いはずの刃の先には、数秒前にアタシへと飛来した二羽のカラスが主の元へ舞い降り、その痩躯を呈して刃を受け止めていた。
「ク……ッ!」
すかさずオスカーが新たに生み出した両手の炎刀。
粗暴な大剣を連想させる焔を弧の字に振るい、何とかアタシの一撃を逸らすことに成功する。
しかし、その勢いは収まることなく神殿最上部を叩き割る。
その衝撃の波は塵芥を舞い散らせるばかりではなく、この戦艦全体を大きく上下に揺り動かした。
「なんて出鱈目で粗悪な攻撃だ……ッ!」
砕かれた石畳の砂煙を払いつつオスカーが悪態を突く
厳かな顔つきは険しさを増し、余裕を纏っていた仮面には汗が滲んでいた。
無理もない。
詠唱魔術級を誇る三撃と神器数種を用いて相殺するどころか弾くことで精いっぱいだったのだ。
普段から弱みを見せない彼がそうなるのも頷ける。
だからと言ってその程度で敗北を認めるほど潔くないことは、不肖彼の娘であるアタシはよく知っていた。
「こんな野蛮で品性の欠片もない力の使い方に私が手こずるなんて……認めてなるものか」
歳に似合わない泥臭さを見せながらも、精製した炎の大剣をアタシへと振るう。
横薙ぎの一閃は、世界を真っ二つとする焼却を伴い、少女のいる世界全てを切り裂かんと奔る。
「どうしてそんなに頑固なの?なんでそこまでして力にこだわるの?」
紅蓮の炎を纏った無形の刃を双頭槍で受けつつアタシはオスカーに詰問する。
「それが世界のために必要だからだ」
「世界世界って……アンタの言う世界って一体なんなのよ!?」
互いに一歩も引くことなく刃と意見をぶつけるアタシとオスカー。
流麗な炎を双頭槍で強引に受け流していく様は、神々しく美しい演武とも見えなくもない。
数十と剣劇を繰り広げた後、鍔迫り合いとなった両者は互いの顔を近づける。
その間で燃え滾る業火が肌身を焦がすように暑い。
けど、それでも今のアタシの心はその数十倍もの熱を発していた。
「そんな至極当然、議論の余地無し」
憤るオスカーの声音に反応して、炎剣の業火が勢いを増す。
「世界とはこの母なる大地、地球に住む全ての生物において言えることだ。しかし世の中にはその恩恵を忘れ、剰え人という立場に溺れた屑共が紛争や略奪を繰り返し、周囲に害を成すのだ」
鍔迫り合いをその業火で押しのけられ後ろに身体が仰け反る。
その衝撃と威圧はまるで火山の噴火でも浴びせられたようだ。
「……ッ!」
流石は完全無欠の全知全能。
魔力の質や量、それを操る魔術や武術の才は並ぶ者無しと謡われているだけはある。
だからといって、それを理由に負けるつもりなんて更々ない。
態勢を崩した脳天へ振り下ろされた焔を、気持ちで負けていないアタシは噛みつくような勢いで前傾姿勢を取り、刃で受け止めるどころか押し倒すつもりで両の手に力を籠める。
再びの鍔迫り合い越しに見た両者の眼光には、慈愛なんていう肉親の感情は皆無だった。
「分かるかセイナ、そういった惰弱な連中全てを管理するためには力が必要なのだ!!そして私達のように力を持った者にはそれを行う義務がある。それがどうして分からないんだ!!」
「違うわオスカー。アタシが分からないんじゃない。アンタのその考えが間違っているのよ!!」
髪が振り乱しながらアタシは否定する。
その不遜で傲慢な考えを。
「昔言ってたじゃない。『国を作るのは王族でも権力者でもない。国民一人一人によって国家とは成される』って。世界というのはその国が集合したものを差すんじゃないの?」
「だから私がその全てを管理して────」
「そこよ。どうして管理する必要があるの?」
アタシの問い掛けにオスカーが怪訝顔を浮かべる。
万人が正しいと認める数式の間違いを指摘されたかのように、どうやら自らの過ちに全く気付いていないらしい。
「昔のアナタだったらもっと国民に寄り添って物事を成していた。権力や力を誇示するのではなく、同じ立場、同じ目線に立つことによって。それが一番、人と人とが協力し、困難に立ち向かうことのできる最善の方策であると知っていたからよ。でも今のアナタはそうじゃない。信じてきた人達を裏切るのみならず、それら全てを力で押さえつけようとしている。そのどこがさっき言っていた屑と定義していた人達と一体何が違うというの?結局やっていることは同じじゃない!!」
「違う!奴らのような無作為な破壊を望んでいるんじゃない。不必要な反乱分子となる諸悪の根源を取り除こうとしているに過ぎない」
「────そんな理由でフォルテを殺したの……?」
自ら問い返したその声が震えた。
力んでいるからというのもあったが、何よりそんな歪んだ正義を理由に相棒を奪われたことが赦せなかった。
いや、それ以外だって当てはまるものは数多くある。
「フォルテを殺したのも、各国に未曾有のテロを引き起こし善良な市民を巻き込んだのも、全てそんな身勝手な理由でやったと言うの?」
「……何かを達成するということはそういうことだ。多くを救うために必要な犠牲はつきもの、致し方なき自然の摂理だ」
「じゃあ……お母様を撃ったのも、その犠牲だったというの?」