グッバイフォルテ《Dead is equal》15
暑い。
額から滝のように流れる汗に、そんな人間らしい感情をボクという存在が抱いたのはいつ振りだろうか?
でも今は、そんな煩わしさも決して悪くない。
肌で感じる焼けるような熱も、それに負けない静かな闘志も、今にも胸から飛び出してしまいそうな鼓動の響きも、そして……指先に感じる無感情な抵抗の全てが、まだボクが生きている証明だから。だから─────
「さぁ、構えろ。お互いこれが最期だ」
蒸気が噴き出す動力室の喧騒の中で呟いたボクの声に、ボロボロながらこちらへ銃を向けてくれる仇敵の姿。
互いにスナイパーだというのに、これではまるで西部劇のガンマンのようだ。
─────でも、今はこれでいい。
呼吸も、姿も、全てさらけ出したこの状態から隠れるなんて愚の骨頂。
互いの心臓を握り合っているようなその緊迫感に、隣り合わせの高揚感とで身体の機能がマヒしていく。
瞳孔の開いた琥珀色の瞳は瞬きせず、あれほど荒かった呼吸も、さっきまで滴っていた汗の全てが止まっている。
動いているのはボク以外の全ての光景。
折れた鉄パイプから漏れる油や蒸気、それらを搔き乱すファンや空調、痛々しく損傷しつつも必死に駆動し続けている機械達。
これではどちらが本当に生きているのか分かったもんじゃないなと、他人事のような客観的感情を呟くが、その言葉ですら今は血が通っていない。
「……………」
そのボクの眼前、周りの風景に溶け込んだ仇敵の姿も同じように映っていた。
指先に力を込める以外の行為を忘れた眼の前の生き物は、顔に分厚い包帯で巻かれているため表情はおろか性別も定かではない。
だが、人の身である以上、感情だけは残っていた。
千切れた右腕から滴る血の放水に陰る焦り、それを抑えようとする心理、折れそうな心を奮い立たせ眼前の敵に気丈に振る舞う様。
しかし、ボクはそれらを全く見ていなかった。
だってボクが欲しいものはそんなものじゃない。
まるで深海に沈んだ水死体のように、ボクは眼の前に捕らえた奴の『死』。それだけを睨んでいた。
「──────────」
「…………………………っ」
何分何十分、下手をすれば何時間そうしていたのかボク自身理解していなかったが、その時は突然訪れる。
片腕で銃を上げていることに耐えられなくなった仇敵のスナイパーが、眼で見える程の濃密な魔力を練り込む。
その間、僅かコンマ数秒。
人の思考よりも遥かに早い刹那の一瞬。
常人であるならば耳かき一杯分の魔力程度なら溜めることが出来るかもしれないが、奴はそんな僅かな時間の内に数ガロン分の力を右腕へ溜め込んだ。
ボク自身魔力を使用して銃弾を放つことがあるからよく分かるが、訓練してどうこうできる範疇を軽々と超えている。
そう思考し、驚愕を表すよりも遥か先、うねる様な魔力に乗せられた弾頭が黒く細い銃身の中から飛び出してくる。
腐ってもライフル弾、発射されれば時速八〇〇~一〇〇〇キロの速度を誇る一発だが、奴のそれは軽量化されたガラス製な分、更に速度が増す。
おまけに数十メートルしか離れていないこの距離で、それを見てから躱すことなどできるはずがない。
そう、思ったんだろう?
「……ッ!?」
放った紅の銃弾がボクの背後、遥か後方で壁面に激突した赫赫しいガラス片がパラパラと舞う光景に、魔術弾使いが驚愕する。
完全に意表を突いた一撃。
と、思いたいが、あれだけ集中していたのだから、指先の動きは視ていたはず。
此方が放つ瞬間も見切りを付けられていたのだから、銃口とは別方向に逃げるだろう。
だからその銃弾を躱そうと頭部を動かした場所、頬付けしていない左頬側を敢えて狙ったというのに。
この少女、いま微動だにしなかった。
一体なぜ?
風の魔力で無理矢理弾道を変える撃ち方は、少女には初見のはず。
なんだったら、いま私が何も手を加えなければ魔術弾頭は曲がることなく眉間に直撃していた。
なのになぜ?
どうして避けることができたんだ?
─────そう─────思っているんだろう?
マフラーの内に隠した口元が僅かに口角を上げるよりも先、弓を引くようなイメージの右腕へ急速に魔力が充填される。
魔力を練ることに関して得意なのはお前だけじゃない。
指に伝わる力をトリガーからリボルバー、さらにそこへ装填される銃弾に込める。
狙うは片腕で銃弾を放った衝撃で未だ態勢が安定しきっていない眼の前の標的だた一人。
ボクは呆気なく─────復讐の引き金に指を掛けた。