形勢逆転
「ハァ…ハァ…」
アタシは動かなくなったベルゼを見下ろしながら荒れた呼吸を整えていた。
「神の加護」を最後までとっておいて本当に良かったわ…
体内にためた電気を「放出」するのは一度使用すると蓄えるするのに結構な時間が掛かってしまう。もし、焦って早々に使用していたらベルゼを倒すことはできなかっただろう。
アタシは鉤爪に引っ掛けていたグングニルを引き抜いてから双頭槍の状態に戻して、跨っていたベルゼの身体から立ち上がった。
「イタッ……」
さっき切り裂かれた右肩が痛んでアタシは左手で傷口を抑えた。傷は防刃性ワンピースのお陰で浅く済んでいたはずだが、当てた左手を見ると血がべっとりとついていた。
ベルゼをどっかに拘束してからどこかでこの傷を治療しないと…
だが、まだ他の敵がどこかに潜んでいるはずだ。ベルゼを一人残していくと逃げられる可能性があるから一緒に連れて行くのが一番いいけど、万全な状態ならまだしも、今の傷と装備ではあの山道をコイツを引きづりながら下るのは結構厳しいわね…
どうしたものかとアタシは考えて悩んだ末、一番やりたくない方法しかないことに気づいてため息をついた。
やっぱり、ここはフォルテに頼るしかないのよね……
そう思ったアタシはポケットからスマーフォンを取り出して電話を掛けようとしたところで頭をぶんぶんと振った。
できない、一体アタシはどの顔でアイツに電話して助けを求めればいいのか…
今日イギリスに帰ると言ってまだ四時間程度しか経っていないのにもかかわらず、敵を捕らえたからちょっと助けて欲しいなどと言えるわけがない…
しかもアタシはアイツに平手打ちまでくらわせたのだ、普通の人なら絶対に怒っているはずだ。
でも、ベルゼは逃がすことはできないからここは素直に謝って助けを求めるべきなんじゃないかしら…
でもでも、それだとなんかアタシだけが悪いみたいに感じるし、そもそもアタシの言い方も悪かったけど、アイツだって悪かったんだし…
アタシは唸りながらフォルテに電話するかしないかを考えていた。
さっきの戦闘時よりも熟考して悩み、折角捕らえた敵をアタシのプライド程度で逃がしてしまうのはイギリスの仲間やエリザベス3世に申し訳ないというところに考えが落ち着いたアタシは、結局フォルテに電話をしようという考えになり、スマートフォンを操作してフォルテに電話しようとしたところで「あれ?」と違和感に気づいた。
どうしてアタシが強力な電撃を使ったのにもかかわらずスマートフォンを操作できているのだろうと
いつもだったら、雷神トールのためた電撃を「放出」すると、アタシや相手の身に着けていた電子機器はショートしたような状態に陥って使用できなくなるはずなのだが、アタシのスマートフォンは普通に動いていた。
まさかッ!?
そう思った瞬間アタシの首に激痛が走った。
「うッ!?」
その衝撃で思わず持っていたグングニルを手放してしまった。
足が地面から離れていき、息が苦しい。
「いやぁ…死ぬかと思ったぜ…」
だんだん暗くなっていく視界の中で不気味な笑みをしたベルゼがアタシの首を左手一本で掴んで持ち上げていた。
「どう…して……」
確かに電撃を流し込んでいた感覚はあった。非伝導性の物質に電撃を流したときは電撃が放出されず、体内に溜まった状態になる。だが今のアタシの身体の中にはその電気は一切残っていなかった。
どんなにタフな人間でも、あれだけの一撃をくらってこんなにすぐに立てるはずの人間なんていない。
両手で拘束から逃れようとしながら絞るように聞いたアタシに、ベルゼはその不気味な笑みを崩さず
「残念だが、お嬢ちゃんにはまだ種明かしができないんだ…」
と、ようやく捕らえた獲物の反応を楽しむようにそう言った。
このままだとマズイッ……
アタシはブラックアウトしかけている視界の中、首を掴んでいるベルゼの腕から右手を離し、右足のレッグホルスターに手を伸ばそうとしたところで
「おっと」
銃を抜こうとしたアタシの手をベルゼは右手に装備した鉤爪で刃のついていない外側を押し付けて抑えこまれた。
「それはだ~め」
意地悪くそう言いながらベルゼは舌を出した。
「うッ…」
アタシは呻きながらも左足で何度か蹴りを繰り出したがうまく力が入らず、それを胸にくらったベルゼは平然としていた。
「ハッハッハッハッ!!頑張るね~お嬢ちゃん!!よし、少しだけ気が変わった。種明かしはできないが、代わりに良いものを見せてやろう」
ベルゼが高笑いしながらそう言った瞬間、あともう少しでブラックアウト寸前だったアタシを地面に叩きつけた。
「きゃッ!!ケホッ!ケホッ!」
地面に仰向けに叩きつけられた衝撃と同時に一気に流れ込んできた空気にアタシはむせて咳き込んだ。
その真上、アタシに覆いかぶさるようにしてベルゼが肉薄してくる。
丁度さっきの立場が逆転したような状態だった。
「ほらッ!さっきのお返しだ!」
そう言ったベルゼはアタシの両腕を抑え込んだまま、これまたさっきと同じように額と額をぶつけてきた。
紫の瞳がアタシのブルーサファイアの瞳を覗き込んだ。思わず目を逸らしたくなるほど邪悪なその瞳を前に、アタシは気丈な態度を崩さずにキッ睨みつけたままベルゼから目を逸らさなかった。
「いい目だよ…思わず食っちまいたくなるくらいなぁ…」
「クッ……」
「そう怯えた顔すんなよ…殺しはしないが、ちょっと痛い目を見てもらうだけだ…」
そう言ったベルゼの身体から紫の電気のような光がバチバチと音を立てながら流れ出す。
「さぁ、たっぷり味わいなッ!」
最初は静かだったバチバチ音がドンドンでかくなっていき、ベルゼの身体を紫の光が包み込む。
それらの様子を見て思わずアタシは目を見開いた。
これは、まさかアタシと同じ技!?
「放出!!」
ベルゼがドイツ語でそう叫んだ瞬間、全身に凄まじい衝撃が走り、アタシは完全に意識を失った。
「ただいま」
部屋の明かりを付けながら俺は自宅に入った。
霞ヶ関駅前からタクシーで2時間、通常6万円のところをその3倍の18万円と端数を支払って港町に帰ってきた俺は、夜明け前の誰もいない夜道を一人で歩いて丘の上の自宅まで帰ってきた。
セイナはいないのか?
と思って1階の部屋の中を探したが姿はなかった。
もしかして2階で寝ているのか?それとも、もう荷物を取って出て行っちまったのか?
俺は2階に上がってセイナが勝手に自分の部屋にしていた空き部屋の前に立ち、3回ノックしてから「入るぞ」と静かに言いながら部屋に入っていく。
あれ?荷物は置いてあるけど、セイナはいないのか…
部屋にはいなかったが荷物は置いてあるという状況に俺は顔を捻った。
荷物と言っても大きなスーツケースが二つのみなのだが、気になったのはその両方が開かれた状態で部屋に置いてあったということだった。
あの真面目なアイツがスーツケースを開けたままにしておくだろうか?
いや、その線は薄いだろう。
スーツケースの中身は確か片方が衣類などの生活用品が収納されていて、もう片方が武器や弾薬が入ったものだったはず、現役軍人が武器をそんな粗末な扱いをするはずがない。
俺はそう思ってスーツケースの中身を覗く。
武器もマガジンも空だ…
スーツケースの中に入っているはずの武器が一つもなかったのだ。これは明らかにおかしい。
そう思って顔を上げたところで、部屋の奥のベッドの上に何かの衣類が綺麗に畳まれて置かれていることに気づいた。俺はベッドに近づいてそれを見て目を見開いた。
これは…アイツが警視庁で貰った服じゃないか。
やっぱり何かおかしい、俺の違和感は確信へと変わっていく。
セイナは家に一回帰ってきているはずなのに、武器だけを持って家を出たということは何か目的があっての行動のはずだ。
そう思った俺は今度は衣類の入ったスーツケースの方を覗くと特に漁ったような形跡はなかったが、よく見るとぎっしり詰まっているはずのケースの一部に何かの衣類を抜いたような隙間があることに気づいた。
これはおそらく、警視庁で貰った非防弾性の服から防弾性や防刃性のある服に着替えたのだろう。
他に変わったところが無いかとスーツケースの中身を確認してから「他は特にないか」と思って両腕を離すと左手の義手に何か布切れのようなものが引っかかり、スーツケースの一番上にハラハラと落ちた。
なんだこれ?
左腕は物を触った感触が無いため、俺は何かが引っかかっていたことに気づかなかったらしい。
部屋に入った時にスーツケースが開いていたことでおかしいと感じた俺は、部屋の電気をつけることすら忘れて扉から差し込む廊下の明かりのみで部屋を調べていたので、薄暗闇のなかそれが何か分からずに思わず両手でそれを拾い上げた。右手には薄いレース生地のすべすべとした感触が伝わり、純白のそれを光に照らして確認した。
「ッッ!!!!」
セイナの身に着けている下着だ。
俺はそれが何かを瞬時に理解してスーツケースの中に腕を突っ込んでそれを衣類の中へと押し込んだ。
身に着けても肌が透けるのではないかと心配するくらい薄いそれは、フリフリとした可愛い模様がついてはいたが、結構大人っぽい部類の下着だった。これを少女であるセイナが身に着けていると考えると、どうもギャップのような何かを感じてしまい何故かドキドキとした。
つーかアイツ、こんなの付けているのに毎回あんな短いプリーツスカートやら短い丈のワンピースを着ているかよ!全く、戦闘中気になっちまうからせめてスパッツとか履いてほしいぜ…
と考えたところで
俺はこんな時に何をしているんだ…
これじゃあ下着ドロとやっていることは変わらんぞ。
と自分のやっていることに頭を抱えた。とりあえず、まじでセイナがここに居なくて良かったぜ…
そう思ってから、俺はこれからどうしようかと考えた。
そうだ!
俺はポケットからスマートフォンを取り出して電話帳から登録してあるセイナに電話をしようとした。
だが電話を掛けようとしたタイミングで俺の指は止まった。
さっきあんな酷いことを言ってセイナを怒らせてからまだ5時間程度しか経っていない。仮にもしなにかのトラブルにセイナが巻き込まれていたとして、今更電話をかけて「なにかあった?」と声を掛けたところでアイツは俺に助けを求めてくれるだろうか?
女性だったらそういった言葉を電話越しに言うのはやっぱ御法度なのではないだろうか…
しかもまだトラブルに巻き込まれているのかは分からない。別になにもなくてアイツに電話を掛けたとしたらアイツは話しを聞いてくれるだろうか?もっと怒るんじゃないだろうか?
俺はセイナの部屋の前で色々と悩んだ挙句、結局心配なので電話を掛けることにした。
「ふぅぅぅぅ……」
まるで遠くの敵に照準を合わせるスナイパーの如く俺は息を吐いて呼吸を整えながらスマートフォンのコールボタンに指を構えた。
よし……いくぞ……
覚悟を決めた俺はコールボタンをタップしてから耳にスマートフォンを押し当てた。
コール音が鳴る。3~4回鳴っても電話は出ない。
いつも聞きなれたはずのコール音がなぜか俺の心を焦らした。
コール音が鳴る。7~8回鳴っても電話は出ない。
今更かけても電話に出てくれないか…
コール音が鳴る。11~12回鳴ったところで
くそ…やっぱ無理か…
そう思って電話を切ろうとした時
コール音が鳴っている最中に途切れて電話が繋がった。
「もしもし、セイナか?」
俺が電話にそう話しかけたが返答は無かった。
代わりに聞こえてくるのはザーという砂嵐のような音だけだった。
「セイナ?」
不審に思った俺はもう一度電話に呼びかけてみたが、誰も反応しない…
一瞬留守電サービスになったのかと疑ったが、スマートフォンの画面を確認すると確かに通話中と数秒しか経っていない通話時間の表示が出ている。
「おい、なんかあったのか?」
ツーツーツー
俺がそう聞いた瞬間、向こうから一方的に電話を切られてしまった。
俺は再びスマートフォンのコールボタンを押しながら二階の廊下を駆け出していた。
多分、俺の知らないところでセイナに何かが起きている。
探す当てなど分からないが、とにかく一回家に帰ってきているということはまだ遠くには行っていないはずだ。
そう思ってスマートフォンで電話をしながら俺が家から飛び出した瞬間、扉の横の壁に何かが当たり、飛び散った外壁の破片が俺に降りかかった。
「ッ!?」
スナイパーか!?