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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
315/361

神々の領域《ヨトゥンヘイム》19

「馬鹿が……っ!」


 今まで逃げ回ることすら紙一重だった少女が立ち向かう様に、チャップは驚きを通り越して呆れたようにそう叫ぶ。

 彼の思惑通り、天井より伸びる触手達がロナを飲み込むように一斉に飛び掛かった。

 ネズミ一匹と逃げるスペースすら無いような密度で迫りくる手々は、あっと言う間に小柄な銀髪の少女を丸のみにした────かに思えた。


 ググッ!!


 襲い掛かる触手達が途端に動きを鈍らせる。

 まるで何か視えない糸に引かれる様に、獲物へと突き刺すはずの先端が寸でのところで押し留まっていた。

 既に勝利を確信して嘲笑っていたチャップがその異変に気付いた時にはもう遅かった。


「っ……!」


 茨のように周囲を覆う触手群からロナは何とか抜け出した。

 その手には愛銃のベネリM4が握られ、天井の照明で黒々とした殺意を纏っている。


「お、お前達ッ!!私を護れ!!」


 咄嗟にそう指示を飛ばしたが、ロナのことを囲おうとしていた触手達はカマクラを形成したまま動けなくなっていた。

 ギシギシとその場から動こうとする意志が見受けられることから、先ほどのような過電流(ショート)とは症状が異なるが。


「そんな、まさか……!?」


 ロナの可愛さに気を取られていたチャップは、ようやく周囲の異変に気が付いた。

 部屋の各地に散らばったロナの投げたクナイ型のナイフ。

 それらの底部から伸びていた隕石の糸(ミーティアスレッド)が、触手達の動きを封じ込めるように張り巡らされていたことに。


「気づいたところでもう遅いよ!」


 九割以上の触手を無力化したロナの脚は止まらない。

 さっき、ヤケクソ気味と見せかけていたナイフ攻撃のもう一つの理由。

 それは計算された配置にナイフを突き刺し、底部に括りつけた隕石の糸(ミーティアスレッド)を展開させることで触手の動きを妨げることだった。

 もちろん限度はあって、今のロナでは百前後を抑えるので精いっぱい。

 そこで重要なのが行動優先度だ。

 ロナだってただ闇雲に逃げていた訳でも、その場しのぎの策を講じていた訳じゃない。

 絶望的ともいえる状況下の中で、必死に勝利に結びつけるための情報を搔き集めていたんだ。

 それは例えば、チャップの指示がロナを殺すではなく捉えることに執着していたところ。その指示に対し、触手達が主を護るか獲物を捕らえるかなどの行動優先度どうなっているかなど。

 統計データより算出されたこととして、触手達の動きは一見すると臨機応変に見えて、その実はある種のパターンによって形成されていることがわかった。

 それこそがさっきからずっと見せてきた、余裕があればロナを攻めつつ、(チャップ)がヤバイと感じたら護れという一種の自動化ともとれる単調な動き。

 それさえ判ってしまえばあとは手頃な数式に当て()めるのと同じ。

 動きをしなやかにするために、鱗のような金属パーツを無数に繋ぎ合わせることによって身体全体を細胞の形に疑似表現させ、電気信号によって筋肉繊維と同じような動きをしている触手達。そのゴツゴツとした体表同士が上手く挟まる位置に誘導しつつ、こうやって数十本抑えつけてやるだけで『ロナを捕まえる』という意思で動こうとする触手同士が互い抑えつけ合う状態になり、結果として背後に形成されたようなカマクラが完成する。


「何ぐずぐずしてるんだこの役立たず!!さっさと奴を捉えろ!!」


 錯乱したチャップの激に促され、彼を護っていた最後の砦の触手達がこちらへと向かってくる。

 しかし、ロナの瞬間火力を前にしては数本など取るに足りず、いともたやすくショットガンで粉々に無力化してしまう。


「ヒ、ヒィィィィィィ!!!!」


 ロナの地面を蹴る音がどんどん近づいてくる光景に、情けない悲鳴を上げるチャップは尻もちをついた。

 もう彼を護る無敵の触手は一本として残されていない。

 本当なら、後ろで動けなくなっている触手達に『動きを止めろ』とでも指示さえ冷静に出せれば、あの拘束はギリギリの力関係で成り立っているというのに、心も身体も初めから闘ってなどいなかったチャップは、たった数発の銃声を向けられただけで心が折れてしまったらしい。

 震えが走る指先で何とかスーツの内から隠していたCOLT(25)Pocket(口径)なんて、随分可愛らしい銃を取り出しロナへと向けてきたが。


「そんな豆鉄砲ッ!!」


 当たるわけがなかった。

 チャップに肉薄したロナは回し蹴りを放ち、吹っ飛ばされた銃がカチャリと音を立てながら艦橋内を転がっていく。

 本当に最後の防ぐ術が遠のく様を眼で追っていたチャップを、ロナちゃん(こっち)へと強制的に向かせるためにも持っていた銃口を頬へと押し付けた。


「あっつ!!こっんの!!虫けら風情がぁッ!!()っ!!」


「余計なことは喋らないで」


 仰向けの顔にまだ熱を帯びた銃身を押し付けながらロナは低い声でそう告げた。


「さぁ、とっとと魔術防壁を止めるためのコードを教えろ」


「貴様ごとき生意気な小娘が、この私に命令するつもりか!?」


 この期に及んで敗北を認めないチャップに嫌気がさして、ロナはその脂ぎった額に思いっきり踏み付け(ストンプ)を放つ。

 ふぎゃぁ!!っと情けない悲鳴を上げたその脂肪の塊に改めて、そっとその存在を知らしめるように銃口の見せる。


「ほんとにいいの?じゃないとちょっとばかしお口の風通しが良くなっちゃうよ?」


 自分でそう告げてロナちゃんちょっとばかり驚いた。

 ロナのままでも(ロアでなくても)こんな冷たい声を出せるんだってことに。

 演技でも見せ掛けでもない殺意。

 今にもトリガーに触れた指先に力が込められてしまうんじゃないかという迫力は、それを発しているロナでさえも武者震いを感じるほどこの場の空気を圧倒していた。


「……安い脅しだな」


 しかしチャップは、仰向けの無様な姿を晒してもなおその恐怖に屈しようとしない。

 それどころかこちらを睨め付ける視線は、まるで心の内にずかずかと土足で入り込むかのように無遠慮だ。


「そんな大口径で撃てば私のような常人は一発であの世行きだ。そうなればお前は最低でも数時間はこの部屋で魔術防壁を解除するための作業を行わなければならない。この拠点防衛(エリアディフェンス)機構(システム)が作動する中でな。果たしてそんな猛攻を凌ぎつつ解除作業(クラッキング)することがお前にできるかな?」


 まごうことなき的確な指摘。

 いくらロナちゃんが天才ハッカーでも、流石にこれほどの機体規格の制御をしているシステムを数秒で把握することは不可能だ。

 おまけにシステムの管理及び干渉を防ぐための防衛機構(触手達)が作動している以上、チャップの知識がなければ落ち着いて作業することすら許されない。

 やっぱりこの男……つい奇異な見た目に惑わされるけど中身はバカじゃない。


「それに今のお前ではその引き金は引けんよ」


「……なんでそう決めつけることが出来るのかな?別に頬じゃなくても致命傷にならない場所や方法なんていくらでもあるんだよ」


 丸い火傷跡のついた頬から銃口を外し、身体をなぞる様にして太腿のあたりに狙いをつける。

 ここなら例え虫のように脚が()げたとしても、出血さえこの糸(ミーティアスレッド)で抑えてしまえば死ぬことはないはず。


「そういうことを言っているんじゃない」


 チャップは自分の置かれた立場すら忘れたように、やれやれと失笑を洩らす。


「さっき私に飛び込んできた時、てっきり昔のお前(ロア)に戻ったのかと思っていた」


 だが違った。失笑は嘲笑へと形を変えていく。


「お前はお前のままだ。フォルテやセブントリガーという組織によって捻じ曲げられた、化け物に擬態している人に過ぎない。そのくせ化け物と非難されることを何よりも恐れている臆病な人間だ。そんなんだから私のことも殺せないし、半端な手段しかとることが出来ない。なぜならお前は殺しをフォルテに知られることを何よりも……」


 ズダァァァァン!!!!


 それより先の言葉を発する行為をショットガンの砲声が遮った。

 撃たれたチャップは形容できない激痛に悲鳴を上げる。

 しかしその姿や声を聴いても、蔑むように見下ろすロナの気持ちが晴れることはなかった。

 それほどに今の言葉は癪に障った。

 ロナのことなんて何も知らないはずのこの男が、何もかも知ったような態度を取ったことが許せなかった。


「今のは太腿を掠らしただけ、次は直接当てるよ?」


 被弾個所を抑える両手の上から銃口を向けて呟く。


 しかし当の本人は、ヒューヒューと穴の開いた浮き輪のような息遣いで痛みを痛みを堪えながらも、表情だけは嘲笑を保っていた。


「ほらな……お前は腿を打ち抜くことはできたはずなのに……躊躇った」


 負け犬の遠吠えのような正論が心に突き刺さった。

 この男は懲りるということを知らないのかな?

 まだそんなことを(のたま)うのなら今度こそ……っ!

 再びその引き金にかけた指へと力を加えようとしたその時、ロナはようやくその異変に気が付いた。

 ガチリッ!と音を立て、室内の何かが動き出していることに。


「……今だって私が悲鳴を上げれないほどの苦痛を与えていれば、緊急防護システムが働くこともなかったのに」


「一体なにしたの!?」


 ロナはチャップを問い詰める。

 そんなものを作動させた様子は全くなかった。


「言っただろ。あの触手は防衛機構で、その役割は対象の護衛に在ると」


 周囲を警戒している間にもチャップの説明は続く。

 部屋中ではけたたましい警報と共に非常ランプが灯り、ロナの気持ちを余計に逸らせる。

 背後の触手はまだ糸で固定されており、部屋の四方には目立った様子はない。

 上部は触手が伸びた天井に証明、あと残っているのは……


「緊急防護システムの発動の条件はただ一つ、護衛対象(わたし)がダメージを受けたと防衛機構が判断したときだ」


「まさか……さっきの悲鳴が?」


「せーっかい!!クァハハハハハッ!!!!ざあぁぁんねぇぇぇんでぇぇぇしたぁぁぁあ!!」


 皮肉たっぷりな賞賛を送るチャップの周囲、上部の触手群に気取られて眼を向けていなかった部屋の地面へと眼を向けた。


「そんな……うそ」


 受け入れがたい光景に、持っていたショットガンを取りこぼしそうになる。

 スライド式の地面の下から現れたのは、新たな触手達の群れだった。

 その数およそ五百本の手々。

 金属の芝が瞬き一つで花畑となり、林となって森へと昇華していく。

 シュルシュルシュルシュル、あっという間にロナの周りを取り囲み、愛玩動物のように今か今かとご主人様の指示(きょか)が出るのを待っている。


「さぁ、正解したからにはお前には褒美をやらないとなぁ……なぁーに遠慮することはない。たぁぁぁっぷり味わうといいよ……!」


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