黙示録の瞳(アポカリプスアイ)
「黙示録の瞳…?」
聞きなれない単語を前に、アタシは不気味な笑みでそう言ったベルゼを睨みつけながら聞き返した。
ベルゼの身体からは断続的に紫の電流みたいなものが、バチバチと音を立てながら走っている。恐らくあれはフォルテが悪魔の紅い瞳を使っている時に身体に纏っていたあの紅いオーラと同じ類のものなのだろう。
「なんだよ?アイツから聞いてねぇのか?テロ事件の時も使ってたからてっきり知ってるのかと思ったぜ…」
ベルゼはやれやれとかぶりを振ってそう言った。まるでそれはフォルテ・S・エルフィーという人物を知っているかのような口調だった。そして
「さては嬢ちゃん、アイツに信用されてなかったんじゃねーのか?」
その言葉にアタシの表情により一層力が入り、身体全体に熱が回る。それは決して右肩の痛みからではない。
「黙れ」
「あぁ?」
アタシの静かな一言に、ベルゼは紫の瞳をこちらへと向けた。
「フッフッフッフッ…ヒャーハッハッハッ!!おいおいおいおい、まさか図星か?」
ベルゼが堪えきれなくなったように笑い出し、手を叩きながらそう言った。
ベルゼの一挙一動全てがアタシの癇に触れ、体中になにかドロドロとした感情が流れ出す。
「黙れ」
「あぁ!!もしかして、パートナーじゃないとか電話越しで言ってたのはそれが原因だったのか?なるほどなるほど、よーく分かったよ!確かにアイツは一人の方がいい…SEVENなんちゃらとかお前が組むなんかよりもよっぽどそっちの方がアイツは輝く。お前らなんかじゃ釣り合うわけ…」
「黙れぇぇぇぇ!!」
アタシは銃を右のレッグホルスターにしまいながら背中に装備していたグングニルを両手に構え、ベルゼに向かって駆けだしていた。
「そうだよ…そうこなくっちゃーなッ!!」
ベルゼが今日一番の禍々しい笑みを浮かべながら高らかにそう叫んだ。
あぁ、なんでアタシは走りだしちゃったんだろう。こんな見え見えの安い挑発なんて聞き流せばいいのに、相手の「紫電の瞳」がどういった能力かもまだ分かっていないのに接近戦を仕掛けようとするなんて普段のアタシだったら絶対に考えられない行動だわ……
アタシの中に残された小さじ一杯程度の理性がそう囁いていたが、直ぐにそれはドロドロとした怒りの感情にかき消された。
なんでこんなにイライラしているのか、その理由なんてどうだっていい。今はこの男を力でねじ伏せ、黙らせたい。ただそれだけだった。
「はぁ!!」
ベルゼに向かって駆けだしたアタシは、その勢いを乗せて右手を前にして持ったグングニルを突き出した。
「オラオラッ!!」
左手の篭手で攻撃を外側に弾いたベルゼは、それを読んでましたとばかりに右手の鉤爪でカウンターの突きを狙ってきた。
アタシは左手を槍の下から上に持ち上げるように動かしてベルゼの攻撃を右側に受け流した。
「おぉ!?」
ベルゼの表情が変わる。
アタシを挑発に乗って突っ込んできた馬鹿な奴とでも思ってたんでしょうけど…
「その程度冷静でなくても読めてるわよ!」
がら空きになったベルゼの右側面を切り付けようと、アタシは振り上げたグングニルを回転しながら横薙ぎに振るった。アタシの身体を中心に金髪のポニーテールが空中を舞う。
「ふぅう!!」
片腕を跳ね上げられた態勢の悪い状態から武者震いのような声を上げたベルゼは、超人的な身体能力を生かして素早くその場にしゃがみこんだ。空中に切り裂かれた紫の頭髪が数本舞う。ベルゼはアタシの横薙ぎをギリギリのところで躱してみせたのだ。
「あぶねーなぁッ!!」
今度はアタシのがら空きになった背に向かってベルゼが左の鉤爪を下から上に振り上げた。
「クッ!」
アタシはそれを空ぶったグングニルを素早く背に持っていき、右手一本で地面と平行に構えて防ぐ。途端、嫌な衝撃が右手に迫ってくるのを感じて咄嗟に左手に持ち替えた。背面で見えていなかったが、どうやら攻撃を防がれたベルゼがそのままアタシの右手を狙って攻撃していたらしい。
持ち手の攻撃を躱したアタシはそのままベルゼの顔目掛けて右足で蹴りを繰り出した。
「二度もくらうかよ!!」
ベルゼは上体を逸らして蹴りを躱しつつ、そのままバク転の状態に入ってアタシから距離を取ろうとした。
「逃がすもんですか!!」
左手に持ったグングニルの中央部の柄をクイッと捻りながら横薙ぎに振るった。
グングニルは中央を境に二つの刃に分裂し、アタシの持っていない方の刃がバク転を2~3回したベルゼに向かって回転しながら飛んでいく。
「スピニングスラッシュ」投げ槍であるグングニルだからこそできる投擲技だ。
ただしアタシはこの神器の力を完全に操ることがまだできていないので、有名な「投げれば必ず標的に命中し、その後持ち主の手元に帰ってくる」というようには扱うことはできない。あくまでこの技はアタシが自分の持つ雷神トールの「神の加護」を使った応用技で、グングニルの結合部は特殊な金属で作成されており、電磁石のように特殊な電気を微弱で流すだけで磁力を発するような仕組みになっている。以前にフォルテとの戦闘で使った技と同じものだ。
攻撃が当たるかどうかはアタシの技量次第なのだが、見事にバク転して着地しようとしていたベルゼの首元に向かって片割のグングニルは回転しながら飛んでいき
取った!!
とアタシが確信したその時、ベルゼが地面に着地したあとに右腕を前方に突き出した。
右手の平にさっきの鉄骨の時と同じような紫の電撃のような光が一瞬走り、ベルゼに当たる寸でのところで回転する片割のグングニルは空中で動きを止めた。まるでそれは、ベルゼの右手の前に見えない結界でもあるかのようなそんな感じだった。
「返すぜッ!!」
そうベルゼが言い放った途端に、あろうことか空中で静止した片割のグングニルが方向を変えてアタシに向かって飛んできた。
「ッ!?」
アタシはそれを「神の加護」を使って微弱な電気を放出し、ギリギリのところでグングニルの結合部同士を磁力で引き寄せ、装着することで再び双頭槍の状態に戻した。
危なかった、「加護の力」も万能ではないしコントロールも難しい。あと少し電気を放出するのが遅れていたら直撃を免れることはできなかった。
アタシは視線をベルゼの方に向けた。
依然としてベルゼの身体からはバチバチと紫の電流のようなものが流れており、両目の「紫電の瞳」からも同様な光を発していた。恐らく今のアタシの攻撃を防いだ時に能力を使ったのだろう。
「スピニングスラッシュ」は当たらず、ダメージも見受けられないが、能力を使わせたおかげで何となくベルゼの紫電の瞳」がどんなものか分かってきた。
「その眼、磁力を操作しているのね?」
「なんだ、もう気づいちまったか…」
アタシの問いにベルゼはあっさり種明かしをした。
思った通り、ベルゼの魔眼「紫電の瞳」は磁力を操作する能力らしい。自身の周りの磁力を変化させ、引き寄せたり引き離したりできるといった具合かしら?それならさっきの鉄骨の攻撃や、今の「スピニングスラッシュ」の防御にも説明がつく。
「気づいたところでお前は俺には勝てねーけどなッ!」
相変わらずの戦闘狂じみたケラケラ笑いをしたままベルゼが廃工場を支える鉄柱に向かって飛びながら右手と右足で触れる。
再び両目の紫電の瞳が電流を思わせる紫の光を発しながら、ベルゼはアタシに向かってさっきの魚雷のような跳躍をしながら迫ってきた。
「ッッ!!」
空中ですれ違い様にアタシの左肩を狙った攻撃を持っていたグングニルで何とか弾いた。
おそらく今の攻撃も紫電の瞳の磁力操作を利用して鉄柱から自分の身体を引き離したのだろう。
「ハッハー!!」
「なッ!?」
ものすごい速さでアタシの後方に飛んでいったはずのベルゼの声が真後ろでして、咄嗟に振り返ろうとしたところで左太腿の辺りに激痛が走った。
ちらりと痛みの走った箇所を確認すると、左太腿の側面に三本の切り裂かれた痕がついていた。幸い履いていた防弾防刃製のニーソックスのおかげで血は出ていなかったが、切り裂きの運動エネルギーが熱エネルギーへと変換されたことによる熱と吸収できなかった衝撃で蚯蚓腫れになっていた。
「遅え遅え!!」
今度は天井から飛来してきたベルゼが鉤爪を突き降ろしてきた。
「このッ!!」
アタシは両腕で持ったグングニルでその攻撃を受け止め、右肩や左足の痛みに堪えながらベルゼを鉤爪ごと廃工場の空中へ吹き飛ばした。
「おっとっと」
吹き飛ばされたベルゼはそのまま地上から2~3mくらいの高さの鉄柱にピタリと張り付いた。
磁力による引き寄せと引き離しを上手く利用し、またそれに耐えれるだけの超人的身体能力を持った三次元の攻撃アタシは苦戦していた。だが、一番厄介なのは
「思ってたよりもやるじゃねーか嬢ちゃん、これなら俺様も本気出せそうだぜ…」
口角を吊り上げ、獲物をらんらんのした紫の瞳で見下す人間の皮を被った猛獣はそう言った。
この男は戦闘を明らかに楽しんでいる。アタシはその様子に困惑していた。アタシにとって戦闘とは当たり前だが遊びではない、どれだけリスクを抑えて相手に勝利できるかだけを考えるもの。それはある意味仕事であり、作業でもある。普通の労働者だって自分の仕事を楽しいと考えれる人は一握りしかいない。そして当然仕事なので失敗は許されない。普通だったら上司に怒られたり、始末書程度で済むだろう。だがアタシ達にとって仕事中の失敗は自分や仲間、救出する人質の命が関わってくる。
だからこそ「楽しい」なんて感情を持って戦闘はしたことがない。そんなアタシからすればこの男の戦闘に対する姿勢が不思議で仕方なかったし、それが同時に脅威とも感じた。
ベルゼには戦闘に対しての恐怖というものがないのかしら?
アタシは疑問に思った。
この男は死への恐怖というものがないのか?自分が殺されるかもしれないというリスクを考えたことがないのか?
いや違う、ベルゼは自分が殺されるかもしれないということを含めて楽しんでいるのだ、戦闘という行為を。
アタシはグングニルを持った手を強く握った。その手は少し震えているような気がした。




