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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
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神々の領域《ヨトゥンヘイム》3

 数十分前、科学と魔術に優れた二人の講師に授かった圧倒的魔術防壁を破る秘策。

 防壁の過負荷を超えること。

 卵が地面に落ちて割れるのは言わずもがな、魔術防壁も負荷さえ超えれば壊れてしまう。

 しかしそれはあくまで常識の範囲内での話。

 実体をほとんど捉えることのできない壁では、素人の俺にその強度も形も判別など付けられない。


「イメージは風船さ」


 輸送ヘリの仮設モニター越しに教鞭を振るうアルシェはそう呟いた。


「魔術防壁は魔力によって造られる一つの層、強い衝撃を与えればおのずとその場所に厚みが集中するような仕組みになっている」


 そう解説しつつパチリッと鳴らした指の前に、風船を思わせる丸い水玉が一つ出現する。

 均一に張られていた水の層。

 アルシェはそれに対し指で掻い摘むような仕草を見せると、水が波紋と共に吸い寄せられて不均一を生み出した。

 まるで風船を引っ張ったように。


「ま、構造に関しては田舎魔女が言う通り。破るには使用者の不意を衝くか、それとも防壁の耐負荷を超える攻撃を放つか、あとは攻撃の数を増やして魔力不足(ラークコンディション)に持ち込むくらいしかない。だが今回の相手はその常識(すべて)が通じない。不意を衝こうにも人なんかよりもよっぽど優秀なセンサーが張り巡らされ、魔力量に関しても神器を介して無尽蔵。まともにやり合って勝てる相手じゃない」


 条件次第では核弾頭だって弾くかもしれないと、ベッキーがお手上げとばかりに肩を竦める。

 自身の作った作品(へいき)を以てしても、その定説は覆らないらしい。


「そんな相手に勝てるのか?」


 漏れ出た本音に二人の教師は「NO(ノー)」と即言し、ハモッたことが気に入らず互いにムッと睨んでから顔を背ける。

 仲の悪い二人が思考する間もなく断言するということは、これから俺達のやろうとしていることがどれだけ無謀で愚かなことか、その代弁に他ならない。

 それもそうだ。二つ三つの軍隊が束になっても叶わない相手。たかだか三人で戦況をひっくり返せると思うほど俺も愚かではない。しかし、事実というやつは時にして嘘よりも残酷だ。


「でも、攻略法が無いわけじゃない」


 特徴的なギザ歯をカチカチと鳴らしてベッキーがニヤリと嗤う。

 その眼が捉えたのは宙に浮くアルシェの水玉だ。


「勝つことは無理だ。例え一個軍団を投入しても勝ち目は希薄だろうな」


「ならどうやって?」


「簡単さ。こうやるんだ」


 不均一な厚みを保っていた水玉の薄い部分。

 アルシェが摘まんでいた位置とは真逆の位置をベッキーは躊躇いなく手で弾いて見せたのだ。

 途端、衝撃に耐え切れずにバチンッと小気味いい破裂音と共に水玉は割れた。

 風船が割れたのと同じように。

 ほらな?とでも言わんばかりの鬼才の説明に、俺はおろか隣に座るロナまでもが怪訝顔を浮かべる。


「んだよ、今のでピンとこないのかよ。つまりこう、なんて言えばいいんだ……あぁ!ようは質量保存則と同じようなものだ。本来であれば精神の力で調節可能な魔力も、感情(それ)が無い機械ではやりようが無い。追加する魔力が無い以上使用している量も変わらない。だからこうやって不規則な状態を作り上げて薄い部分に衝撃を与えてやるとこの通り。な、アルシェ?」


 我ながらとても良い詳説であったと満足気な彼女は、同意を促すようにアルシェへと振り向いた。


「…………」


 割れた水玉を頭から被り。ずぶ濡れのまま固まる魔女からの無言の圧力。

 俺達がどうしてそんな顔をしていたのか、その意味をようやく把握したベッキーがバツ悪そうに頬を掻いた。


「ゴホンッ……あーお前にいいことを教えてやろう。日本にはこんな諺があってだな……雨の滴るいい女。確かに一見すると酷く滑稽な姿に見えなくもないが、考え方を変えれば結構イケてたりするんじゃないか。うん」


 決して悪びれない姿は絶対に弱みを出してはならない社長としての職業病か。

 聞いているこっちがドン引きするような弁明を合図に、上空五千メートル機内をリングとした情け容赦無しのキャットファイトのゴングが鳴り響いた。






 風船。

 そう例えた彼女達が正しいのなら、今の魔術防壁は他の砲撃によって魔力に不均一を生んでいる。

 衝撃を殺すクッションのように寄せられた場所と、ほとんど攻撃を受けていない場所。

 つまりその、唯一砲撃を受けていない東側(この場所)こそが、その不均一の中でも一番防御の薄い場所ということになる。

 アンカースーツより一斉掃射された火砲、その全てが魔術防壁の東側に衝突した。

 他の火力とも勝るとも劣らない、軽い山なら更地どころかクレーターすら造形する総撃を最後に。


 バリィィィィィィィィン!!!!!


 呆気ないガラスのように粉々に砕け散る。

 あれほど強固だった防壁は集中した火砲に耐え切れなくなり、その形を維持できなくなってしまう。


『あれを破るか……流石は伝説の部隊の長』


 感嘆を表すテイラーの呟き。

 それを聞くよりも先に、脱兎のごとくアンカースーツ達が飛び出していた。


「テイラー大佐、ご尽力に感謝する」


『な、トリガー1!?まっ────』


 歓喜する兵士達の無線を一方的に閉じ、使い切った兵器(デッドウエイト)を切り離してからヘッドフレームの視野設定を特殊なものへと切り替える。

 飛空戦艦の周りに漂う砕け散った大小のガラス片を思わせる魔力の破片。

 慣れた者でないと捉えることの難儀な魔力の層が、肉眼でもハッキリと捉えることができた。

 それと同時に、砕けた破片の数々がピタリと動きを止め、元の場所へと向けて再び集結しようとする様も。


「急げ、魔術防壁が修繕されるよりも先に突入するんだ!!」


 俺の気迫に二人が頷く。

『あとはアタシ達次第』さっきロナの言った通り、ここからが本当の勝負だった。

 戦闘機ではできない曲芸的(アクロバティック)な軌道をとりながら、分厚い魔力の隙間を蝶のように舞う。

 これこそがベッキーの講じた攻略法。破壊した魔力防壁が再び形成されるよりも前に、アンカースーツの機動力を生かして艦内へと侵入するという荒業だ。

 無数に散りばめられた隕石群(デブリ)の隙間を縫うように、それでもって速度は一度も落とさない。

 再構築の時間は僅か数分も無い中で、チャレンジが許されるのはたったの一回。

 ここを逃せば火力切れした俺達ではこの防壁を外側から破る手段は皆無となる以上、立ち止まるわけには行かない。


「再構築まで残り三十秒、このままなら……っ」


 魔力の隕石群(デブリ)を何とかやり過ごし、飛空戦艦の黒々と船体が間近へと迫る。

 集中した思考の片隅で何とか聞き取れたロナの報告にも、僅かばかり歓喜が宿っていた。


「……っ!?フォルテ!!」


 異変に気付いたアイリスの静止に、俺達は中空で急ブレーキをかけられたように動きを止めた。

 否、止めざるを得なかった。


「な、そんなバカな!?」


 その光景に思わず眼を瞠る。

 視界を埋め尽くす魔力の塊。

 魔術防壁よりもずっと濃密なそれは、飛空戦艦の主砲から満ち溢れている。

 発射準備が既に整った証拠だった。

 速度が十二分に乗っているいま、急な軌道変更はアンカースーツでも厳しい。

 いったいどうすれば……っ!?

 全てが特注で作られた兵器だからこそ厳重な注意は払っていた。

 これまで戦闘を繰り広げていたテイラー達の情報を最大限踏襲し、癖や特徴は全て頭に叩き込んだ。

 特にこの飛空戦艦、飛行するための動力源が魔力であることから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という少々変わった挙動をしていた。そのためどうしても今回の作戦上、中国軍が自国に面している西側を任せることや、イージス艦の位置取りから攻撃できる場所などを逆算し、俺達が突入できるのはこの東側しかなかった。故に、脅威となる主砲(レールガン)については弾頭や再装填の時間までありとあらゆる情報は調べつくした。わざと狙いやすい位置まで誘導して俺を撃たせたのも、再装填までに突入を済ませるため。

 計算上ならあと二十三秒は余裕があった。断じて狂いが生じたのではない。

 ここまで全てブラフだったってのか……?

 飛空戦艦がもしもの時に掛けておいた保険。

 威力を考慮しなければ連射できることを、その切り札を最後まで隠し通していたのだ。

『使用者の技量』

 ここに来てまさかその言葉が自分に返ってくるとは……

 でも────

 諦めてなんてなるものか……

 そう、師匠に誓ったのだ。

 例え相手がなんであろうと、俺は……っ。


「二人とも、俺の後ろに並ぶように付け!!いいか、何があっても絶対に背後から出るなよ!!」


 説明している間もないと咄嗟にそう叫んだ。


「これでいいのダーリン?」


「どうするつもり?」


 二人が問いかけるも間もなくしてレールガンが射出する。

 彗星の如き光の奔流。

 全てを無へと帰還させる熱量の螺旋が俺達の身体を飲み込む寸前。


「パージ!!」


 警報音を無視して身体に身に着けていた全てのフレームを、アンカースーツを解放する。

 突如として生身の身体に襲い掛かるとてつもない陣風。

 眼を開けるどころか呼吸すら覚束ない状況下で、俺は唯一身に着けていたバックパックから一振りの村正改(あいとう)を取り出し、腰へと携える。


「両魔眼、限定解除」


 中空で居合の構えを取った俺の両眼が紅蒼へと輝き放つ。

 どれだけ突風に煽られようとも、眼の前に死が迫っていることも、今はどうだっていい。

 思い出すのはあの夜。師匠が魅せた業のイメージ。

 そう……あの時、竜は確か……


「そうか……こうやるのか」


 独り言ちた言葉の端に吊り上がる頬。

 それを合図に俺を中心とした紅蒼の円形結界が出現した。

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