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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
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神々の領域《ヨトゥンヘイム》2

 雲の切れ間を縫うようにして飛び出した空域。

 数十年前、太平洋で繰り広げた戦場と重なる情景の中で俺は無線越しに呼びかける。


「各機、こちらは君達の援軍として馳せ参じたフォルテ・S・エルフィーだ。思うところはあると思うが、今は力を貸して欲しい」


 ジリジリと光線を浴びせる太陽を背にその戦場を見下ろす。

 デカい。

 初見の目標(ヨトゥンヘイム)に抱いた印象がそうである様に、眼下に収まりきらない箱舟の雄大さは飛んでいるというよりも大地そのもの。圧倒的力量差で戦闘機すら虫けらのごとく扱うその姿は、いかに自分達(にんげん)というものがちっぽけな存在であるかを神様が説き伏せているかのようだ。

 その事実(げんじつ)は時として、冷静な思考というものを奪っていく。


『信じられるかそんな話し』


 暗号回線への呼び掛けに、一人の兵士が返答した。

 無線越しでも恐怖(ふるえ)が伝わるその声は、考えて発言したというよりも条件反射で漏れたような言葉だ。


『どうしてお前なんかが、FBI長官殺しの裏切り者が援軍なんだ……っ!?』


『大統領は……俺達への命令はどうなっている』


 それに続く形で憂懼のような思いが堰を切ったように無線から溢れ出す。

 俺の離反行為については、軍は民衆と同じで意見が分かれている。

 状況証拠や報道を信じ切っている者達は裏切りと、内情や人柄について知見がある者は仕組まれたことだと。

 名を明かしたのも、この場に居る軍の中でも精鋭に位置づけられる彼らであればと出た賭けであったが、それは失敗だったようだ。

 今の彼らは疲弊しきった状態で正常な判断ができない。例えるなら、死ぬ寸前まで終わりのないマラソンをさせられている精神状態だ。そんな状況で訪れた『変化(おれたち)』を素直に受け取れるほど、人間は、生物は上手にできていないことを知ってはいたが、まさかここまで疲弊していたとは、ぎりっ……と内心で歯噛みする。

 所属は伏せようかとも考えた。

 しかし、これから実行に移そうと思っている作戦は、できる限り協力してもらう必要がある以上下手な嘘は付けない。


「思うところがあるのは重々承知している。だが頼む。今はあの飛空戦艦を止めるために協力して欲しい……」


 最後通告のつもりで告げた要請に、やはりと言うべきか誰一人として反応は無い。

 協力を得られないのであれば仕方ない。俺達だけでやるしかない。

 セバスの話しでは大統領達からの連絡が途絶えているらしい。そのことを考慮すればこれ以上の混乱は望ましくない。

 割いた時間に躊躇うことなく回線を閉じようとした矢先、僅かなノイズが耳朶じだへと響いた。


『こちらは部隊の指揮を執っている。アレクシス・テイラー大佐だ。何をするつもりなのかを教えて欲しい』


 思わず漏れた歓喜を後方に控える二人へと向けた。


「こちらが取り付くための隙を作って欲しい」


『まさか、あの中に乗り込む気か!?』


 なんて無謀な……この数時間でヨトゥンヘイムの戦闘性能を十二分に理解した彼だからこそ漏らすことの許される本音を受け、俺は頷く。


「このままだと、どれだけ戦力を投入したとしてもあの魔力防壁が邪魔になる」


『だから内部から叩いて機能を停止させる……か。具体的な作戦は?』


「少し待て……いま各部隊に三分でタイマーをセットした。それを合図に飛空戦艦の南と北に攻撃を集めて欲しい」


『たったそれだけでいいのか?』


「いや、それが一番効果的なんだ」


 後方で編隊を組む二人にハンドサインで指示を出しつつ、予め合わせた予定通りに展開する。

 ロナ達に任せたのはこの場の整理と掃除。

 どれほどこのアンカースーツが優れていようと、圧倒的な一つの個には敵わない。

 だからそれを覆すための数が必要になってくる。


「詳しく原理を説明している暇はないが、魔力防壁の弱点は範囲攻撃に弱いということだ。いま展開した俺の部下には中国側に西側方面へと攻撃を集めるよう説得している」


 中国軍側の回線にロナがハッキングし、ベトナム帰りでアジア系統の言語に慣れたアイリスが説得を試みる。


『そんなことが可能なのか?』


「できるできないじゃない。それをやらなきゃ世界大戦が始まっちまうだけだ」


 それは俺達だけでなく、中国側も同じ認識のはずだ。

 例え中国政府側の全ての齟齬(そご)が取れなくても構わない。

 この場に居る者達だけでも真実を理解させることができれば……

 不意にロックオンされたことを促すアラートに視線を上げると、ヨトゥンヘイムが白電を蓄積させたレールガンを射出した。

 飛行を司る二枚羽の機能を一時停止させ、自由落下で難なくやり過ごしてみせるが、後方にそびえたつ積雲が弾頭の回転運動で巨大な渦のように捻じ曲がった様は恐怖を通り越して圧倒すらさせられる。

 あんなもの、掠っただけでも即死は免れないだろうな。


『フォルテ、中国側も承諾してくれた。タイマー後、一撃だけは加勢してくれるって』


『よくやったアイリス。ロナ、()の要請は問題なさそうか?』


『うん、こっちも問題ない。あとはアタシ達次第だよ』


 アタシ(オレ)達次第、二分後に迫った決戦の時に俺の身体が武者震いを覚える。


「テイラー大佐、こっちの段取りは全て完了した」


『確認した。中国軍からの攻撃が無くなったいま、部下達も君の作戦に同意してくれたよ。それにしてもまさかあれほどの乱戦をこうも簡単にまとめ上げてしまうとはな……()()()()()よりもずっとクレイジーな奴だよ君は』


「聞いていた?」


 テイラー大佐が『あぁ』とまるで旧知の仲であるような優しい声が返ってくる。


レクス・アンジェロ(トリガー5)、君の部下であった彼は、今の私の上司に位置する人物でもあるってことさ』


 端的な返答以上の納得と、やはり名乗って正解だったと安堵を噛み締める。


「世間というやつは狭いな大佐」


『そうだなトリガー1……この戦闘が終わったら一杯奢らせて欲しい』


「それは是非。大佐が申し出ないならこちらから誘おうと思っていたところさ」


 残り一分を切ったところで空域に集結していた各国の戦闘機が一気にヨトゥンヘイムから遠ざかっていく。襲撃するタイミングを合わせるために。


「あぁ、最後に一つ言い忘れていた。攻撃後は何があっても飛空戦艦の周辺(まわり)には残るなよ。即時戦線離脱で頼むぞ」


『どうしてだ?』


 問い返された俺は自身の位置よりも遥か彼方の上空を見据えてニヤリと笑う。


「知っているか大佐、日本の夏の風物詩ってやつを」


 いや、とテイラーは首を振る。


「でっかい花火さ。この戦闘を締め括るためにも、この空に打ち上げるんだ」


 数日前の夏祭り。セイナと共に見た情景がフラッシュバックされる。

 あの時とは違って青々と澄み切った昼下がり。晴れ渡った空には不釣り合いだが、ちょうどここには火花の映える黒い飛空戦艦(キャンパス)が用意されている。これはこれで通な風情を期待できそうだ。

 タイマー数値が三十秒を切る。

 その僅か数秒足らずの内に攻撃の手の一切が消失し、さっきまでの乱戦(あれもよう)が嘘であるかのような静けさに、ポツンと取り残されたヨトゥンヘイム。

 その重い重い腰を上げるようにして、再びの進路を西へと切ろうとした刹那……編隊を組み直した中国軍の戦闘機群が到来する。

 構えるは先程猛威を振るったPL(アクティブ)-(レーダー)12(ホーミング)。それを雨霰(あめあられ)のように浴びせていく。

 それと同時に、南北を挟撃するよう展開していた日米共同戦線も失った機体の場所を綺麗に埋める編隊で襲来。

 残った弾薬全てを撃ち尽くすような弾頭の数々を発射。

 そのまま中国軍は北へ、日米共同戦線は東へ、小文字のxを描くような軌道で離脱していく。

 対するヨトゥンヘイムは、打ち合わせ無しの熟達した練度のみで織りなす挟撃を、魔力防壁を周囲に展開することで防ごうとする。

 船体に沿って護る魔力の楕円形は、まるでガラスのように薄く、しかし同時にそれら全ての衝撃を受けきる強靭さをも兼ね備えた世界でもトップクラスの防壁だ。

 その様子をみた俺は、内心で嘲り嗤う。


「その余裕がヨトゥンヘイム(お前)の最大の弱点だ」


 無数に構えられた機銃を使ってミサイルを撃ち墜とそうとしなかったのは、この攻撃が最後の抵抗と見ての傲慢。恐らく実弾消費を抑えるための怠慢からだろう。

 そしてそれは決して誤りではない。

 攻撃が止んでいた今、負荷の減った魔力防壁で防ぐことは理論上可能であり、それ自体に問題は無かった。

 この中で一番問題なのは、飛空戦艦が初めて見せた機械らしからぬ人の思惑。

 どれほどの機体スペックを持っていようと、ベッキーが言っていた通り最後を決めるのは人間の意志だ。

 それはつまり、一流の道具に頼る三流なら幾らでも攻略しようがあるってことだ。


「さぁ、来い……っ!」


 俺がこの位置、日本を背にした東側に居たのは、ただぼんやりとしていたからではない。

 ずっとマークしていたのだ。飛空戦艦の位置情報を。

 戦闘機影が残したミサイルの流星が防壁に降り注ぐ中、上部と下部をサンドイッチするようにして別のミサイルが姿を見せた。


『スタンダートミサイル!?』


 空爆の役割を終えたテイラーが眼にした花火の正体。

 それはロナが近辺で控えていたイージス艦より要請した艦対空ミサイル(SM-2)だった。

 爆炎にまみれていた防壁へと更に叩き込まれ、音爆の風圧が襲い掛かり、まるで殴られたような衝撃が全身を叩きつける。数百メートルと離れていてこれなのだから、実際に受ける衝撃は計り知れない。


「さぁ、仕上げだ。ロナ、アイリス。あらん限りの弾薬をぶち込んでやれ!!」


 両脇で頷いた二人が俺と共に全身に仕込まれた武装を解放する。

 ロナの両肩に積まれた小型空対空ミサイル(スワロー)の四連射出。アイリスのフレーム内に積まれた数百の追尾式散弾ミサイルホーミングアヴァランチによる一斉放出。そして、俺のチェストフレームの肩口に内蔵された射出口から、強力な魔力の塊を照射する魔術型荷電粒子砲(ソーサリーレーザー)が放たれる。

 それら集中した火砲は全て魔術防壁の東側。

 他の方面と違ってほとんど攻撃を受けていない場所へと向けられた。

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