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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
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ネモフェラのお告げ5

 アンカースーツを積み込み、燃料補給を終えて再び離陸したCH-47J(チヌーク)

 日本上空を超え、途中最後の補給を済ませて海峡に出た頃にはあっと言う間に昼時を過ぎていた。

 三宿駐屯地に置いてきたベアードの代わりを務める一人の自衛官とセバスによって運行する輸送ヘリは、順調に激戦区へ向けて飛行を続けていた。


「いいか、ここの空域で俺達が『ヨトゥンヘイム』に仕掛ける。弾幕の援護は現地の日米空軍。魔力防壁等はこのアンカースーツで防ぐ。潜入でき次第、俺はこっちでセイナを。ロナとアイリスはこの方向。操作系統を停止させる」


 あと数十分もすれば目標が視界に入ると聞き、アルシェにもらった見取り図を基にそれぞれの役割分担について再確認する俺。それに対してロナと燃料補給(食事)中のアイリスが真面目に話しを聞いている。

 少し蒸し暑い機内でほんのり掻いた汗を拭う。

 アンカースーツに適した服装という理由で、操縦者(おれたち)はぴっちりしたパイロットウェアを着させられてはいるが、それも相まって身体がじんわりと熱を帯びていた。

 聞いた話しでは身体能力を上げるなどの副産物もあるとかないとか。お守り程度の効果はあると思うが、あまり期待はしていない。

 それより問題なのは────


「どうしたのダーリン?」


「いや、何でもない」


 ロナへ向けていた視線に気づかれて思わず顔を背ける。

 皮膚に密着したウェアは身体のラインを表すこともあって、凹凸が普段よりもはっきりとしている。


「一体どうすればあんなに大きくなるんだ……」


 ぼそぼそと何か苦言を呈したアルシェも、魔術では説明できない肉体の神秘に納得いかない様子で腕組をしていた。

 機体が揺れるたびに跳ねる二つのメロンやら桃やら。その誰もがうらやむ肢体は眼に猛毒である。

 そうした意味では比較的安全地帯であるアイリスを視ようものなら燃料(めし)を奪われないかとジト目を向けてくるので、俺は半ば追いやられるようにして窓外へと視線を向けた。

 炎天下に降り注ぐ陽光が海を鏡のように反響して輝く風景は、とてもこれから血生臭い戦場へと向かう気分にさせてくれない。

 気を改めるために始めたブリーフィングだったが、どうも自分が一番身に入っていないと感じてキリの良いところで切り上げ、さっきからずっと気になっていたことへ言及することにした。


「で、どうしてお前まで付いてきたんだ?ベッキー」


「どうしても何も、このアンカースーツは試作機でまだ一度も戦闘で使用したことが無い。もしも不良個所があった場合のために私が居るのは当然だろう?」


「なるほど、後方支援(バックアップ)ということか。それなら安心────」


「は?なわけあるか」


 俺の納得を頭ごなしに否定するベッキー。

 さっきからの吐き捨てるような口調はずっと機嫌が悪いのかと思っていたが、これが彼女にとっての素の状態らしい。


「コイツにはまだ予備パーツは無い。負傷して戻ってきても直せるわけがないだろ」


「じゃあ何のためだよ?」


「決まっている。アンカースーツを貸し出すことは手痛い出費だが、実地試験が無条件で行えることは怪我の功名、嬉しい誤算というやつだ。お前達モルモットが生み出した実地データを記録することは、試作段階のコイツをより完成形に近づけることのできるいい機会だ。見逃す手はあるまい」


 呆気からんとして背筋が凍るようなことを平気で宣告される。

 これが幼女で無いなら俺はきっとぶん殴っていただろう。

 そんな彼女は実戦(じっけん)が楽しみらしく、積み込んだアンカースーツの一つに頬擦りしてやがる。

 本当に使えるんだろうな……これ?

 それら疑念から、思わず癖に近い確認の言葉を言いかけて飲み込んだ。

 告げようとした二人がこちらへ咎めるような鋭い視線を向けていたからだ。


「もー心配性なんだからダーリンは」


「……」


 まだ何も言っていない俺に向ける顔は笑っているが、眼は笑っていないロナの圧力。それに同意する形でふんふんと頭を振ったアイリス達にはもう何を言ったところでついてくるだろう。

 例えそれが現世で今一番の激戦地への片道切符だったとしても、彼女達の覚悟は揺るがない。


「ん?ちょっと待てフォルテ。さっき私が渡した電子契約書にサインしただろ。その時に実験のことは書いてあったはずだがちゃんと読んでないのか?」


 不意に数時間前のことを思い出して問いかけるベッキー。

 彼女の言う通り、この機内にアンカースーツを入れる手前、俺は用意された書面をほとんど読まずにサインしている。


「作戦前に余計な知識は入れたくない。コイツがちゃんと使えるのだけ保証してくれれば何でもいい」


 それは本音であり、同時にその場しのぎの嘘だ。

 スマートフォンの説明書と同じ、どんな馬鹿にでも通用するように書かれた書類を一行一文読んでいる暇は俺には無い。


「ふーん。まあ私は損しないから構わないけど」


 俺の返答に満足らしいものを呟いて、再びアンカースーツを愛玩動物のように抱きつく科学界の鬼才。

 それが本当に犬や猫であればどれだけ愛らしかっただろうか。俺の左アームとして装着する予定の三連三連M61A1バルカン砲に身体を摺り寄せ、恍惚に浸るベッキーを見て何と無しにそう思う。

 物憂げに視線を向けたまま、俺は使用するアンカースーツを眺める。

 それぞれのタイプ別に分かれた三体。オールラウンドに取り揃えた兵装のノーマルタイプ。強襲用のショットガン、及び肩部小型携行ミサイルなどを搭載した殲滅特化タイプ。超長狙撃用の大口ライフルを装備した後方支援タイプまで。まるで俺達が乗ることを予期していたかのような周到さだったが、それでも本当にコイツが使えるのかは正直疑念を払いきることが出来ずにいた。


「それに関しては私が保証する」


 表情(かお)に写っていた不安を読み取ってか、同乗していたアルシェがフォローする。


ベッキー(これ)は狂ったマッドサイエンティス(科学馬鹿)ではあるけど、それだけに自身の作品(しょうひん)には絶対嘘をつかない。認めたくはないけど、そこだけは信頼できる」


 確かにベッキーの試作品(グラースプジャマー)は曲がりなりにもベアードのことを救っている。その事実は誰しもが認める技量に他ならない。例えそれが水と油的存在であるアルシェであろうとも、鬼才の技量には舌を巻かざる得ないということらしい。


「はっ、よく分かってるじゃないか。ま、アルシェのような統計学を乱用したスピリチュアル(うさんくさい)占いとは違って全て計算しつくされているってことだ」


 しかし、どんな鬼才であろうとも失敗はする。

 今まさに眼の前の魔術師の地雷を踏み抜いたように。


「……この私の占いがどれほどの人を救ってきたかも知らないくせに……っ」


 怨嗟を含んだ呟きはそのまま呪いのように宙を漂う。

 呪言はそのまま魔力に反応し、淡い水色(ベビーブルー)の魔女の周りに冷気が流れ出す。


「へっ、世迷言に流されてたまたま救われただけの凡人を誇ってなんになる。それに世の中大切なのは質より量産性。数が多ければ多いほど世の中救われるってものさ」


「ベッキー、前にも言ったけど、私の占いを他の雑多な心理学と同等に扱うなと何度言ったら分かるんだ?君の思うそれは確かに人の心理(サイコロジー)を研究した末の技術だが、私の占いは全く別物。当人と世界を繋ぐ魔力に記された記録の流れから先の未来を読み解く力。神の加護によって補佐された私のそれは世界でも随一であり、もはやそれは『予言』の域に達している。大体、君のようにただ量だけ増やせば皆平等という考え方は間違っている。それは汚い政治家の施策と一緒で必ずしも全員がその恩恵を受けるとは限らない。私はそうして世界から漏れてしまった迷える人々を救っているに過ぎない」


 恐怖ではなく物理的寒さに身震いするような空気を、ベッキーはシニカルな嗤いで軽く受け流す。


「言っていることは結構だが、そんな実体がないもので救われる人も人だな。それで金儲けしてるってことがなおのこと質が悪い」


「…………」


「なんだよ?」


 殺意をぶつけ合う級友同士。つくづく彼女達は仲が悪いらしい。

 さながら現実主義者と理想論者の対立という泥沼の様相を醸し出している

 このままいくと本気で喧嘩しかねない二人。

 さっきまでの熱さが嘘のように肌寒くなっていく機内。それだけならまだ我慢できるが、アンカースーツの油圧駆動が凍る可能性を天秤に掛け、何度か逡巡した末に仲裁に入ることを決意した。


 しかし『落ち着け二人とも』なんて正論をかざそうものなら怒りの矛先がこちらに向きかねない。

 それはそれで面倒なので、俺はこの場で一番厄介なものの方から順に解決することにした。


「それなら俺のことを占ってくれよアルシェ」


 虚を突く提案に、言の意が読み取れず瞳を点とさせた二人。

『やめとけばいいのに』というアイリスの溜息が機内で木霊する。


「実は緊張で心臓バクバクなんだ。確か数か月前にジェイクから聞いたが、無料で占ってくれるんだろ?なら是非、ここで占ってくれよ」


「それは構わない……でもほんとに良いの?さっきも言ったけど私の占いは予言に近い。それを聞くということはつまり、未来にある無数の可能性を殺し、起こり得る一番の結果へと修正してしまうことに他ならない。以前占った時、君は遠からず……いや、今はよそう」


 口にしかけたそれに気づいて一度言葉を切るアルシェ。

 アメリカの時は敵であったからこそ明言されていたが、近い将来俺は死ぬとお告げを貰っている。

 その認識を二度も植え付けてしまう行為は、死神の死刑宣告と同じ。彼女はそれを嫌ったらしい。


「なら、ためになるようなお告げをくれよ。どうすれば俺が無事に作戦を成し遂げられるのか。それなら大丈夫だろ?」


 正気か?というベッキーの視線をここでは敢えて相手にせず、俺はあくまでアルシェだけと話をする。

 女性を二人も相手にできる程、俺も器用ではないからな。


「それならまあ……分かった。今は予言者の杖(プロフェクトウォンド)も持ってきてないからそれくらいがちょうどいいかも。ちょっと待ってて」


 そう言ってアルシェは瞳を瞑り、冷気と化していた自身の魔力を落ち着かせ、先の未来を占っている。

 夢想するように瞑った瞳は集中を促し、心の臓から組織の末端まで尖らせた意識につられて淡い水色(ベビーブルー)の髪が緩い水流を表現するように宙を躍る。


「正気か?世界随一と恐れられた特殊部隊の長が、まさかこんな現実的(リアリティ)のないものに頼るなんて」


 常人が観れば思わず息を呑んでしまいそうな神々しい光景。

 しかし、魔術を嫌う彼女にそんな非現実的ものが響くはずもなく、当然のように吐き捨てるベッキーの言葉が俺へと向けられる。


「一つ聞いて良いか?」


「あぁ?」


「神器を作ったって、どういうことだ?」


 話しの対象が俺に遷り変わったのを見てその話題を切り出した。


「なんだよ、んなことも知らなかったのか?」


 呆れるように肩を竦める彼女はまるで知っていて当然とでも言わんばかりだ。

 判然たる疑問に、彼女はまるで手品の種を得意げに披露するかの如き様子で答えようとする。


「ん?いや待てよ……フォルテが知らない?そんなことがあるのか……」


 口元を隠してブツブツと、何か引っかかることがあるらしいベッキーが逡巡する。

 鬼才という奴は思考が豊か過ぎる故か、思っている言葉が意識より漏れ出てしまうケースが多い。

 それはうちのロナにも当てはまるのでよく知っていたが、それにしても彼女は良く喋る。


「なるほど……きひっ、そういうことかぁ」


 ラバーダッキング法(自らと語らうよう)に思考をまとめ上げたチリアンパープルの少女は、唐突に明かりが灯ったように瞳を大きく見開いた。


「……?さっきからなんの話をしている?」


「別に、君が知る必要のない話しさ」


 何処か含みのある言葉は俺に向けられたというよりも、どこかこの状況に向けられたような曖昧な響きを伴っていた。


「それよりも、神器について聞きたかったのだろう?いいだろう教えてやる」


 気になる鬼才の突飛な言動を咎める間もなく、ベッキーは本題へと身を乗り出す。

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