満月夜の餞別《ドラゴンスレイ》7
聞き覚えのある少女の呟き。
背後から掛けられた声に反射的に振り帰ろうとするも……
「動くな!」
カチリッ────
向けられた金音に、俺はその場から動けなくなってしまう。
首を僅かに逸らして背後を確認すると、黒いドレスに身を包んだ少女が眠ったままのセイナを肩に抱きかかえ、空いた右手でこちらに銃を向けていた。
「どうしてお前がここにいる、彩芽ぇ!」
今回の一件は組織の意向とは関係ない。
さっき竜が言っていた通りであれば、ヨルムンガンド所属である彩芽がここにいるはずがなかった。
「愚問だな。ジョーカーである君を放っとく訳がないだろう?ほら、その物騒なものを今すぐ捨てろ」
唯一の武器である小太刀を、為す術の無い俺は石垣に放った。
「警視庁から出てからずっと君を付けていたのさ。でもまさかあの竜が敗れるとはね。ま、おかげで私が粛清する手間が省けた上にこうして目標まで回収できるとは……」
漁夫の利にありつけて含み笑いを漏らす彩芽。
そのさらに背後の遥か遠方より、レインボーブリッジ沿いに何かが近づいてくる音が疲弊した鼓膜にもはっきりと捉えることができた。
夜風を切るこの音は……AH-64Dか!
一体どこから湧いて出て来たのか、所属不明の一機が海面低空を翔けるようにして品川第六台場に向かってくる。
おそらくあれでセイナを連れ去る気なのだろう。
「惜しかったな。せっかく師匠を倒したというのに、結局こうして大事なものを奪われるなんて」
嘲笑が夜闇に木霊する。
アメリカ大統領の暗殺に成功するなど、彼女にとって仇である存在に報いることができた上に、こうしてセイナを捕らえることができて気分が高揚しているらしい。今日の彩芽はいつにも増して饒舌にしゃべる。
組織の計画を散々ご破算にしてきた俺への宛てつけでもあるのだろう。
「いいや、そうでもないさ」
彩芽はきっと、そんな俺が悔しがり、苦渋に満ちた表情を浮かべることを求めていたに違いない。
しかし、俺が彼女に送ったのは悔恨ではなく微笑みだった。
「何ですって……?」
さっき竜が見せたそれと同じ、強者たる所以。
自らの限界を相手に悟らせない、何物にも勝る隠蔽に、圧倒的優位に立つ彩芽が怪訝を示した瞬間だった。
ダァァァァァァン!!!!!
静寂に満ちた夜の帳を引き裂く落雷の如き一閃。
レインボーブリッジより放たれたその一撃が、接近していた戦闘ヘリとメインローターとを切断して見せた。
鉄の塊と化した機体がそのまま海面に不時着する光景を目の当たりにした彩芽が瞳に動揺を表す。
俺の口元が対照的に僅かに吊り上がる。
無線が無くとも、師匠譲りの狙撃の腕が誰であるのかを雄弁に語っている。
ダァァァァァァン!!!!!
「う……っ!!?」
レインボーブリッジの主塔より放たれた二発目の銃弾は彩芽の右肩に重い一撃を与えた。
防弾性であった黒いドレスの肩口に命中した弾は人体を貫いていなかったが、それでも彼女が銃を取りこぼすには充足した威力を誇っていた。
さらに、立て続けと言わんばかりに、橋の向こうからあのやかましい警察のサイレンが鳴り響き始める。
今更だが、俺が一部歪曲させてしまったレインボーブリッジに一般乗用車の姿は無かった。
どうやらアメリカの諜報機関として警察サイドにコネのあるアイツが掛け合い、予め封鎖してくれたようだ。
「勝負を焦ったな」
膝を折る彩芽へ俺は振り返った。
たった五秒足らずで戦況をひっくり返されたことに彼女は歯噛みしている。
「生憎俺の仲間達は俺の命令を聞き入れるような従順な連中じゃなかったのさ」
俺達の死闘に手出しこそしなかったが、その代わりに彼女達はずっと見張ってくれていたのだ。
何者だろうと邪魔が入らないように。
飛んで火にいるなんとやら……捨てた小太刀を拾い直した俺は、この騒々しさの中でもずっと幸せそうに夢を見ている眠り姫を取り戻そうと近づいてく。
「ふっふふふふ……私がこの程度のことを想定していないとでも……?」
強がりか、はったりか、僅かに俺が片眉を動かしたその時────星々煌めく夜空を何かが横一閃に瞬いた。
ドドドドドドドッッッッッッッ!!!!!!!
「ッ!?」
空より穿たれた無数の雷撃がレインボーブリッジの主桁へ巨大な風穴を作り出す。
それとほぼ同時に、路面へ着弾した爆薬が花火の一斉射出の如く次々と火柱が舞い上げた。
突如として訪れた爆雷を連想させる爆音と地響きに、まともに立っていることさえままならない俺は態勢を崩して倒れ込んでしまう。
一体何が起きた!?
縦揺れで歪む視界。
石垣に這いつくばるようにして見上げた光景に思わず息を呑んだ。
「あれは……なんだ……っ!?」
空の何もない空間でバチリッ!と電流が走ったかと思うと、その輪郭をなぞるようにして巨大で狭長な楕円形を思わせる物体が出現していく。
夜闇よりも深い黒々とした塗装、無骨な砲身の数々が今なお地上へと狙いを定めている。
飛空戦艦。
突如として現れた空を飛ぶ戦艦は夜を見下ろしていた星々に限らず、満月すらもその巨躯で覆い隠してしまう。
「惜しかったわね」
ほくそ笑むその声の先へ視線を向けると、セイナを抱えたままの彩芽の姿が影の中に消えようとしていた。
アメリカでの戦闘でも見せた瞬間移動。
あれを使われてしまってはもう二度と捕まえることはできない。
「ま────!」
静止の声を掻き消す轟雷が再び地上に向けて射出される。
ダァァァァァァン!!!!!ダァァァァァァン!!!!!
地上から反撃するべくアイリスが数発銃弾を撃つも、巨大な戦艦を前には銃弾程度小石にすら満たない。
魔力で強化してあるとはいえ、船体へ直撃した銃弾はその塗装を僅かに剥がす程度しか効果を及ぼさなかった。
その間に再び訪れた砲弾の豪雨がレインボーブリッジを薙ぎ払う
一瞬にして倒壊した吊り橋が鴻大な瓦礫と化し、その衝撃を一切合切受けた海が津波を引き起こす。
体力の限界に来ていた俺は、這いつくばったまま何とか彩芽へと手を伸ばそうとするも、彼女はセイナを抱えたまま津波の影に姿を消してしまう。
大波に呑まれる品川第六台場の地で俺が最後に見たのは、薄く嗤う彩芽の姿だった。
これにて六章二部終了となります。
どうだったでしょうか?
今回の師弟対決は私がこの作品で一番書きたかった
場面であり、皆様に少しでも楽しんで頂ければ幸いでございます。
6章のクライマックス、後編3部の方も誠意作成中ですので
お楽しみに
評価ブクマ等してくださった方、貴重な時間を削って読んでくださる読者様方、いつもありがとうございます。
作品を書く上で皆様の存在が本当に励みになっております!
今後とも楽しめる作品をたくさん書いていきますので宜しくお願い致します!