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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
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満月夜の餞別《ドラゴンスレイ》6

 バァァァァァァァァァンッッッッ!!!!


 膨大な爆薬が弾けるような破裂音。

 振り抜いた斬撃は留まることなく海を突き抜けていき、巨大な橋を支える躯体(くたい)の一つを亡きものとした。


「はぁ……はぁ……」


 歪曲する主桁がケーブルに支えられてなんとか倒壊を免れるという、日常では味わうことのない壮観を背景としながら、俺は竜に胸に突き入れた刃をゆっくりと引き抜く。

 傷口から流れ出る血はあの日と同じで暖かかった。

 倒れ往く竜の下へ絶対斬殺距離(結界)が収縮していくのと合わせて、左眼に宿っていた魔眼(闘争心)も、その暖かな血と共に色を失っていく。

 あれほどの死闘にしては、その幕切れはどこか呆気なさすら感じさせた。

 でもそれは裏を返せば、この死闘の勝敗はそれほどまでに紙一重であったということだろう。

 ほんの僅か判断を誤っていたら、こうして倒れていたのは俺であっても何らおかしくはないのだから。


「……初めて……師匠に勝った気分はどうだい……」


 傷口から込み上げた血に()せ返りながら竜は呟く。

 再会からずっと別人のような殺気で凄味を帯びていた彼女は、いつの間にか昔の頃の雰囲気に戻っていた。


「最悪だな……改めてアンタの凄さってのを思い知らされた気がするよ……」


 立っているのもやっとの状況で、拾った勝利に酔いしれる程の余裕なんてありはしない。

 そう思った瞬間、ぐらついた身体に足腰が耐え切れずにその場へドカリッと倒れてしまう。

 情けなく尻もちをついた様に、勝者の貫禄なんて有りはしなかった。


「どうしてだ?」


 倒れて気絶しないよう両手を地に付けた状態で夜天を見上げる。


「……私が……ヨルムンガンドに入った理由か?」


 見下ろす星空に向けて途切れ途切れの声が紡がれる。


「人を……護るためさ」


 どうにも抽象的な答えに、俺はズタボロの身体で何とか怪訝顔を作る。


「……よく分からないが、アンタほどの人物ならわざわざヨルムンガンド(テロリスト)に成り下がらずとも、数百数千程度ならいくらでも融通が利くだろうに……」


 呟いた俺に竜は「いいや」と否定から入りつつ、か細い声で続ける。


「そんな……少人数の話しではなく、私の言う人というのは人類全てのことだよ…… いや、ちょっと違うな……君がいる世界に必要な人々を守るため……と表現した正しいかもしれないな」


「俺のいる世界?」


 その冗談のような台詞(セリフ)に未だピンと来ない俺に、首すら動かせないほど負傷していた竜が「うん」と小さく肯定の意を呟いた。


「……君のいるこの広い世界の話し……人々が滅んで、君が一人になってしまわないように……私はこの命をヨルムンガンドに捧げたんだよ……私自身の意思でね」


 意識を保っていることすら限界に近い身体が、回りくどく真意を悟らせないような竜の態度に明確な苛立ちを覚えた。

 足りない酸素を限界まで搔き集めて、その思いと共に吐き捨てる。


「一体どういうことだよ……どうしてそれを、あのヨルムンガンド(テロリスト集団)で行う必要があったんだ?人を護りたいならもっと他に幾らでもあっただろ!それこそアメリカに残って政府の仕事でも何でもやれば多くの人々を救うことが出来たはずだ!それをどうして……こんな……」


 黒に戻りつつある瞳に何かが滲む。

 念願の師匠に勝ったというのに、このやるせない想いはなんなんだ……


「俺と闘う必要があったんだよ……っ!」


 ……あぁ、そうか……

 どれだけ酷い目に合わされようとも、俺はやはり師匠のことを尊敬し愛していたのだろう。

 その思いが()となって両の眼から零れ落ちた。


「……君をこれ以上……あの娘を巡るこの争いに巻き込ませないためにも……」


 竜はそう呟いて未だ眠るセイナの方へと視線を向けた。


「あの少女は危険だ……彼女がこの世界にとってどれほど枢要(すうよう)な存在であるのか……君はおろか、彼女自身もまだ理解していないんだ」


 確かにセイナは隠してはいるが王女であり、その血筋のみならず彼女の持つ能力は世界どこであろうと引けを取らない逸材だ。

 しかし、竜の言葉にはどうもそれ以上の、何か別のものがあるような含みを帯びていた。


「それでアンタは引き剥がそうとしたのか、俺とセイナを」


 祭りの日に横やりを入れるのみならず、こうして竜が俺達の間に割って入ってきた訳がようやく分かった。


「アンタといいヨルムンガンドといい、どうしてそこまでセイナに執着する……っ!連中の……ヨルムンガンド(アンタ達)の目的は何なんだ!?」


 返事の無い竜の胸襟を掴むが、今にも霞んでしまいそうな虚ろな瞳は一切揺らぐことなく俺を見返していた。

 胸から止めどなく溢れている血から判るように、もうろくに表情を変える体力すら残っていないのだろう。


「そんなことはどうでもいい……こうなってしまったからにはもう……嫌でもすぐに知ることになる……」


 表情の代わりに口元だけを僅かに動かす。

 華奢な中にも筋の通った彼女のその声は、喉に張り付いた血でもうほとんど聞こえない。


「それに……今回の一件は組織の意向とは何ら関係ない。私自身の意志で君を試したのさ……君が本気で彼女のことを護るつもりがあるのかどうか……」


 そう言って竜は微笑んだ。

 決着前に見せた時と同じ、戦意の欠片も無い安心しきった笑顔で。


「……生中な覚悟なら斬り捨てるつもりだったが……こうも私を斬り伏せて見せたのだ。もうどんな魔の手が降りかかろうと、君は君の信じた己が信念を貫き通せばいいさ……もう、何も畏れる必要はない」


 散りゆく桜のように儚いその表情に、乱暴に掴んでいた両手を俺は優しく離した。


「最期に教えろ師匠。どうしてアンタはあの夜の後、もう一度俺の前に現れた?」


 それもわざわざ竜ではなく、トリガー7として(正体を隠してまで)なぜ……?

 竜はその疑問に応えるべく、仰向けに寝転んだままの状態で夜空を見上げた。

『生きているうちにどれだけ時代が遷り変わろうとも、星屑だけはその姿を変えない』という彼女の至言からくる、過去を顧みる時にやる竜の癖だ。


「復讐を遂げた君が悪鬼と成り果てないよう図らうためさ……弟子が同じ末路を辿ってしまっては、オチオチ死んでも居られないしね。セブントリガーだって、あれも元々はベアードが考案したのではない。当時、靉靆(あいたい)していた君に改めな道標(みちしるべ)を見つけてもらうためにも、私が彼に掛け合って発足させたのがことの始まりさ」


「な、なんだって……?」


 驚いた。

 そんな話しは当たり前だが一度も聞いたこと無いし、ましてあの成り行き任せのような部隊にそれほどの意味が込められているとは思ってもいなかった。


「まあ、彼も祖父と君の兼ね合いもあって快諾しれくれたからすぐに実現したんだけどね。でもその甲斐あって君は晴れて世界最強と名高い部隊の長として君臨することになったって訳さ」


 確かに、妙に引っかかる部分がいくつかあった。

 ベアードが俺の魔眼のことを初めから知っていたことや、シャドー(トリガー7)がやけに俺のことを気に掛けていたところなど、違和感の全てがようやく線となって繋がる。


「なるほど……俺はずっとアンタに見守られていたって訳か……」


 あの日を境に、俺はずっと孤独に生きていくと思っていた。

 でも師匠は最期の手見上げとして、最高の仲間達との出会いや、俺が人として生きるための道筋を示してくれていた。

 そして……大切な人を護るために授けてくれたこの力の使い方も……

 もう一人で歩んでいると自惚れていた俺は、知らず知らずにずっと師匠(この人)に救われていたらしい。


「一時は君の女房役を務めた身だ。旦那を気に掛けるのは必然さ」


「女房役って……アンタはそんな柄じゃないだろうに……」


 鼻で掠めた笑いに合わせて再び夜空を見上げる。

 その中でも一際輝きを誇る、あの日と同じ満月。

 彼女にとってそれはどのように映っているのだろうか……


「なぁ……フォルテ」


「なんだ?」


 改まって竜に呼ばれた俺は何気なしに返事をした。


「もし……こことは別の世界で、君と私が夫婦として暮らしていたら……君は笑うかい?」


「急になんだよそれ……言っている意味が────」


「お願い……バカにしないで答えて欲しい……師匠の、私の最期の頼みだ……」


 蒼い月を見上げたまま、竜は今まで一度たりとも口にすることを憚ってきた望みを打ち明けた。


「君はこの国(日本)を動かす革命家として、私は何も知らない町娘。そんな二人が結ばれ、夫婦となって暮らす。そんな世界線があったとしたら、君はそれを受け入れてくれるかい?」


 俺達は確かに恋人同士ではあったが、籍は入れて(結婚はして)いない。

 竜と夫婦だったとしたら……

 一緒に旅行して、苦楽を共にして……最期は皺だらけになって一緒に朽ち果てる。


「よく分からんが、いいんじゃねーの。竜が納得してくれるなら、きっとその世界の俺とやらもアンタにその身を捧げただろう……と、俺は思うけどな……」


「そう……か……」


 月の前では嘘は付けない。

 今の俺が思うその問いに対する回答があっているかどうかは竜の溝知るなんとやら。

 それでも、答えを反芻するように返事した彼女は、ずっと抱え込んでいた思いが解消したかのように大きな嘆息と共にその瞳を閉じた。


「何百何千年……ずっと君のために尽くしてきたが……君自身がそう言ってくれただけ良かった……本当に良かった……」


 愁眉を開いた瞳の端に雫が一筋、流れ星のように零れ堕ちた。


「これでもう……思い起こすことは何も無い……」


 その言葉を最期に、事切れた人形のように華奢な少女の身体から力が抜ける。

 悠久にも似た使命より解き放たれ、石垣の上に横たわる少女の表情は、もうこの世に未練など無いと言ったほどに嫋やかさで満ち溢れていた。

 師匠の最期を見送った俺に涙は無かった。

 それは、不思議と悲しいというよりも安堵の方が勝っていたからだろう。

 あの時と違い、こうして彼女の最期をしっかりと弔うことができたのだから。

 俺は普段の何十倍にも重く感じる身体に鞭打って、ふらふらとする脚に力を込めて立ち上がろうとする。

 本来の目的を果たすために……


「………?」


 闇夜と疲労で暗くなった視界の先。

 さっきまで居たはずの少女の姿がどこにも見当たらない。



「────まさか本当に竜を倒してしまうとはね……」


「……っ!」

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