表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
263/361

真意の嬌飾《リアマスク》5

 再び目覚めたのはそれから数時間後。

 気を失った俺に興味を失くしたのか、既にクリストファーの姿は無かった。

 それどころか、散々自分を痛めつけていた尋問官達ですら、忽然と姿を消していた。

 何とか状況を確認しようと身体を動かそうとしてみると、どういう訳か拘束具が充足されており、気を失う前よりも自由が制限されていた。


 ……早くここを抜け出さないとセイナが……っ


 数日の拷問の末に掴んだ暗殺事件の首謀者。

 その正体がまさかセイナの親族であるクリストファーだったとは……

 おまけに奴は、セイナや神器を狙う『ヨルムンガンド』と伝手(つて)があるようだった。

 そうなると、奴のことを信用しているセイナの身が危ない。


『だからそこで楽しみ待っておけ、セイナがここで淫らによがり狂う様をな』


 耳にこびり付いて離れないクリストファーの下卑た声。

 状況は全く好転してはいなかったが、それでもこんなところで油を売っている暇ない。

 流した血と加増された薬物でガンガン激痛が走る頭を振り、尋問官が居ないうちに何とか抜け出すための方法を模索していると、再び密室の扉が開く気配がした。


「ちょ、困りますって!」


 焦り交じりに入ってきた人物を止めようとする声。さっきの軽薄男だ。

 奴が畏まるほどの人物とは、クリストファーに匹敵するほどの位の持ち主と予測できる。

 が、今度は一体誰がこんな場所に?

 クソ……薬の影響で聴覚異常まで起こしやがって上手く聞き取れない。


「別にいいじゃないか、減るもんじゃないし」


「だから困りますって。ここは関係者以外立ち入り禁止なんすよ?」


「今回はちゃんと許可取ってきたから、彼に例のものを」


 緊張感が抜けるような、軽薄男よりもずっと軽い様子の男が、側近の秘書へと顎で指示する。

 その秘書は掛けていた眼鏡を上げつつ、一枚の書類を軽薄男へと提示した。


「こ、これは、確かに……許可証のようですが……これってもちろん本物っすよね?もし偽物だったら、首が飛ぶのはアンタでなくて俺なんすよ?」


「大丈夫だ。そんなに心配なら、上に電話で確認してみればいいじゃないか?」


 しばらくの沈黙の後、その自信満々な様子に軽薄男は折れるように肩を竦めた。


「分かりやした分かりやした、アンタの顔に免じてここは見逃しますよ」


「恩に着るよ、そう言えば君の先輩はどうした?」


「あー大丈夫っす、休憩中の先輩には俺が上手く言い繕っておきますから」


「話が早くて助かるよ」


「全く、何が『助かる』ですか、どうせ堅物先輩がいない時間を狙ってここに来たんでしょ?白々しい……」


「そう思っている割には随分素直じゃないか」


 密室の外へと出ようとしていた軽薄男が振り返る。


「その化け物と一緒に居たら、クビどころか命がいくつあっても足りやしませんよ。気味悪いんでとっとと連れてってください」


 愚痴のような言葉を最後に、軽薄男は密室を後にした。

 なんかよく分からんが、酷い言われようだな。


「さて、待たせたなフォルテ……」


「誰だ……アンタは?」


 まるで味方であるかのように話しかけてきた男に訊き返す。

 頭の中のノイズが酷くて誰だか分からない。


「あーちっとばかしマズいな……外傷以外にも骨が数カ所に極度の脱水症状と流血による過度の貧血、おまけに薬物による精神汚染とは……日本人はどうしてこうも仕事に熱心なんだか……」


「警部も少しは見習ったらどうでしょうか?」


 俺の状態を観察してはぼやく男に、秘書は小さく毒を吐く。


「君は全く……だからこうして私もイチ日本人として立派に働いているじゃないか?」


「立派ですか……上からの命令に歯向かい、各官僚達をスキャンダルで脅し、今もこうして偽造文書まで使って政府極秘裏の軟禁所まで足を運ぶことが、果たして立派と言えるのでしょうか?」


「私が手を汚すだけで人々の生活が守れるなら十分立派さ。それに君だって一言も文句を言わずに私に付き従っているじゃないか」


「私の上は貴方ですから、私は貴方と違って上からの命令にも背きません」


「じゃあもしこの男を殺せと言ってもか?」


「貴方がそれを望むなら」


「ならいつも通り頼むよ」


 まるで飲食店でメニューでも頼むかのような気軽さで男は秘書に命じた。

 そのたった一言で、味方だと思っていた人物が一片して敵へと成り代わってしまう。

 ここまで……か。

 白刃のような鋭い殺意を向けられた俺は、ここにきて初めて明確な死を意識した。

 秘書は一切の躊躇することなく、拘束されていた俺の身体に向けて数発の刺突繰り出した。


「ガッ……!」


 抉るような衝撃で嗚咽が漏れる。

 突き立てられた人差し指と中指が深々と俺の身体にねじ込まれていく。

 足、胸、肩、と全身に針でも突き立てるような攻撃に意識がぐらりと揺れた。

 そのまま俺の精神は永遠に目覚めることのない闇へと堕ちて────


「────あれ?」


 いかなかった。

 それどころか、鉛のように鈍重だった身体が嘘のように軽くなり、頭の中で鳴り響いていたノイズが寝起きの清々しい朝みたいにクリアになっていた。

 一体何をされたんだ?


「あーあー、これで聞こえるか?」


「ッ!?その声は……!?」


 ようやく聞き取れたその野太い声と共に、数十時間振りに視界へ淡い光が差す。

 目隠しを取った先に映っていたのは薄暗い裸電球の照明に照らされた殺風景な個室と、佇む二人の人物だった。


「よっ、久しぶりフォルテ」


「小山さん!それに天笠さんまで!?」


 何度か世話になっている、日本人にしては筋肉質で巨漢な警察官『小山剛士(こやまごうし)』と、その秘書官を務める、こっちも日本人離れな魅惑的ボンキュボンを焦げ茶色のタイトスーツに身を包んだ『天笠翔子(あまがさしょうこ)』の姿がそこにはあった。


「どうしてここに二人が?それにこれは……」


 疑問の尽きない俺に、小山は人懐っこい笑顔を向けつつ、血で濡れた指をハンカチで拭っていた天笠に指示を出す。

 天笠は軽く頷いてから、俺の背後へと回ってガチャガチャと拘束具を解きに掛かってくれる。


「翔子君が君の経穴を突いてくれたんだ。私も疲れた時によくやってもらっているが、どうだ?びっくりするくらい身体が軽いだろ?」


「軽いと言ってもあくまで一時的なものです。私が突いたのは人が無意識に掛けている制限(リミッター)を解除するものです。それが尽きれば今度こそ、問答無用で昏睡状態に陥りますから無理は為さらず。それと、人を鍼灸師のみたいに言わないでください」


 言い終えたと同時に、外れた拘束具がコンクリートの地面に鈍い音を立てた。

 人の身体には経絡と称される魔力の通り道があり、その道が重なり合った重要な場所を経穴と呼ぶ。

 分かりやすい言葉で言うなら『ツボ』だ。

 魔術を使う者の中にはそれを利用した戦法を取るものがいると聞いたことがあったが、ここまで的確に肉体操作のできる業を持つ人に出会ったのは初めてだった。

 身体の自由が利くようになった俺は改めて自身の状態を確認すると、眼を背けたくなるほどの傷に顔を顰めたが、経穴のおかげで溢れていた切傷からの出血などは止まり、痛みもだいぶ軽減されていた。


「話しをしたいが、流石にここで長話は野暮だ。上にある私の部屋に行こうか」


「上?」


 首を傾げる俺に、小山は一瞬不思議そうな表情をしたが、すぐに「あぁ」と納得したように頷いた。


「そうか、君はずっと目隠しされたまま連れてこられたから、ここがどこだか分かってないのか」


「あぁ、一体この施設は何なんだ?とても正規の物とは思えないが……」


「まっ、説明するよりもついて来れば分かるさ。それよりも……」


 天笠が無言で肩に黒のロングコート、愛用の八咫烏(ヤタガラス)を掛けてくれた。


「流石にそのままついてこられると、私が捕まってしまうのでな」


 俺よりもずっと図体のデカい小山が、何故か人の身体をしげしげと眺めながらそう告げた。

 コートを着せてくれた天笠も、寡黙な見た目に反して僅かに頬を染めつつ俺から視線を逸らしている。

 そこで俺はようやく気付いた。

 長らく拷問に侵され一時的に倫理観を失っていたことで忘れていたが、今の自分が何も身に着けていない全裸だったということに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ