夏の音(ヴァケーションフェスティバル)5
「にぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!」
昔ジャングルでそんな鳴き声の鳥が居たなと、およそ人のものとは思えない叫びへとボクは視線を向けた。
銀髪が映える膝上までしか丈のない藍色の着物と、いつも履いている白いハイニーソを合わせた花魁風な格好のロナが、物陰から見ていた二人の様子に耐え切れなったらしく、持っていたハンカチを口に咥えて叫んでいた。
「ズルいズルいわ!あんな二人でイチャイチャして!あの着物だってロナが用意したんだよ!?似合わないわけがないじゃない!」
さっき食べた綿あめという砂糖菓子の袋のように、頬をパンパンにしたロナがボクに抗議してくる。
「用意したって君……散々ボクやセイナを着せ替え人形にして遊んでいたじゃないか」
いつも三つ編みしているボクの髪を勝手にサイドテールに纏められ、服装も女々しいピンクを主とした雲柄の入った着物を無理矢理着させられている。
今日非凡だったボクは、匂いにつられるまでお祭りに行くつもりはなかった。
だからいつも通り、リビングのソファーで惰眠を貪っていたところを気が付いたらロナにこんなものを着させられては祭りに連れ出されたのだ。
「そんなにあの二人が気になるなら、ロナもこんなところで見ていないで、さっさと混じってくればいいじゃないか」
ボクの提案に、ロナはブンブンと首を振った。
「今日はダメ」
口からハンカチを外して静かに告げた。
「今日はセイナの誕生日だから」
その時、急にセイナがフォルテの手を取って、この裏通りから表通りに向かって走っていく。
その姿は、端から見ればカップルそのものだ。
「でも明日以降はフォルテも忙しい。おそらく祭りに行けるのは今日だけだ。好意を寄せているなら、誕生日云々は気にせずともいいんじゃないか?」
「それは分かってる。でも好意を寄せているからこそ今日のロナは身を引くの」
飛び出したい気持ちをグッと堪えるように、ロナの両手にできた握りこぶしが小さく震えていた。
「折角の記念日に、ロナみたいな空気読めない子が邪魔しちゃダメなの」
ハニーゴールドの瞳が、表通りへと消えていった二人の軌跡をずっと見つめていた。
昼食以降何も口にしないまま、時刻はもう二十時を回っていた。
普通に考えれば腹が減るはずだ。
「ほら、早く」
手を引くセイナは、器用に人の波をすり抜けるようにして俺を案内する。
あれだけ鬱陶しく感じていたこの人ごみも、今は不思議と不快に感じなかった。
誘われるままに表通りを抜け、交通規制の掛かった国道沿いの道へ出ると、人の波を描き分けるようにして進む巨大な山車の行列が姿を現す。
伝統的な担ぎ神輿のものから、中国の龍舞を披露するもの、中にはアニメに出てくるキャラクターを形どったものまでと、そのどれもが多種多様で正にこの街の多文化を象徴するような光景だった。
辺りでそれに一喜一憂する人々を、祭り提灯のオレンジが暖かく照らし出していた。
しかしセイナはそれらに眼を剥けることも無く、ただ一目散にどこかを目指して歩を進めている。
「そんなに急いで、どこへ行くんだ?」
「見れば分かるわ!」
いつもそこに有るはずのポニーテールの代わりに、桜柄の帯リボンがゆさゆさと揺れる。
舟形の糸春雨下駄をカツカツ鳴らして連れてこられたのは、やけに豪華な看板を掲げた屋台パフェのお店だった。
「良かった、まだやってて。ここ結構人気あってそろそろお店閉めちゃうらしかったから、ちょっとでも急ぎたかったのよ」
売れ行きの方は盛況らしく、そこそこできていた列の最後尾にセイナは並んでから振り向いた。
「そりゃあ人気だろうな」
店名を見た俺は合点する。
「この店、東京じゃ結構有名な締めパフェの店だからな」
「知ってるの?」
「あぁ、前にテレビで特集やってたからな」
原宿や池袋で流行りのお店で、どうやらこの祭りに乗じて出張店舗としてやってきたらしい。並んでいる客層も、そういったことに敏感な若者ばかりだ。
「まぁパフェぐらいなら幾らでも奢ってやるよ」
「ホントに!?」
頷いた俺に、セイナが嬉しそうに瞳を瞬かせた。
彼女もここにいる若者達の一人らしい。
初めて出会った時は本当にお堅い軍人といった印象だった彼女も、今ではすっかりロナに感化され、ファッションやら流行を愉しんでいる。
その姿は、王女も特殊部隊も関係ない、何処にでもいる一人の少女だ。
夕食にパフェというのもどうかと一瞬悩んだが、彼女の喜ぶ姿を見てその憂いは払拭された。
しかし、一個気になることはある。
同じ店を経営するものとしては普通有名店のことくらい知っているものだが、正直なところ俺は全く興味が無い。
お客に言われて取り入れるケース(タピオカミルクティーなど)はあるが、そんな無関心な俺がどうしてこの店のことを覚えていたのか、僅かばかり気がかりを感じていた。
おそらくこの特集をやっていた時にロナが「行きたい行きたい!」とテレビの間で騒いでいたことが原因かもしれない。
きっとそうだろう。そう思い込んで並ぶこと数分。自身の嫌な予感が結果として露わになった。
「さっきの裏メニュー一つ下さい!」
先頭で注文を聞かれたセイナが、メニューを見ることなくそう告げた。
裏メニューってなんだ?
俺が訊ねるよりも先に受付の可愛いお姉さんは他の店員に指示を飛ばし、後ろに控えるお客達がざわつき出した。
「フォルテはどうするの?」
「え、俺?」
セイナに注文を振られ、俺は少し慌ててメニューに視線を落とした。
流石は東京の有名店というだけあってメニューも豊富だ。
「じゃ、じゃあこのチョコチップバナナで」
数百もある中からそのメニューを選んだ俺は、つくづく自分はつまらん人間だなと注文を口にしてから思った。
こういう時くらい冒険すればいいものを。
せめてそこは、セイナと同じ裏メニューでも頼めばよかった。
「お待たせしました。チョコチップバナナです」
何故かセイナよりも後に注文した俺のパフェが先に出てきて、それから数分してから────
「お待たせぇ……っ!しましたぁ!」