at gunpoint (セブントリガー)13
決して比喩などではない。
数舜前までそこにいたはずが、まるでマジックでも見せられたかのように、敵の姿が見えない。
動揺こそ見せても、闇雲に発砲しないあたり伊達に世界の警察を名乗っているだけのことはある。
が、しかし、その寡少の心の隙を俺達が見逃すとでも?
ダダダダダダッ!!!!
敵正面。
堕ちゆく太陽を背にして、何もない空間で発砲音とマズルフラッシュが同時に煌めいた。
「ぐあっ!」
「撃たれた!撃たれたぁ!」
倒れて叫ぶ敵兵に応対して、他の兵士が一斉に射撃する。
横殴りの暴風雨のような銃弾が、停車する装甲車に容赦のない傷を負わせていく。
数千、数万の銃声が鳴り響いた後、アメリカの首都が一気に嗅ぎなれた戦場の臭いに支配される。
ダン!!ダン!!ダン!!
ドゥン!!ドゥン!!
その微かな煙に乗じて、再び銃声が響く。
それも両側面の同時攻撃。
撃たれて叫ぶ仲間に応戦するも、その敵の姿が見えない。
誰が、何処で、どんな獲物を、何一つ情報の無いままに削られていく。
彼らからすれば恐怖でしかないだろう。
その感じたことのない恐怖と仲間の悲鳴に充てられて、数で圧倒的に勝っているはずの兵士達の表情が、次第に動揺を濃くしていく。
「う、うわああああああ!!」
遂には耐え切れなくなった一人が闇雲に銃を乱射する。
恐怖は伝染する。
一人、また一人とそれは伝染していき、終いには指揮官でも制御が利かなくなる。
こうなればもうこっちのもんだ。
正面のリズ、両サイドに回っていたシャドーとロナ。
いや、ロナではない。無線越しの息遣いで分かる、もう一人の人格。ロアの三人が一斉に攻め込む。
激しい動きは完璧には隠せないが、それでもICコートで見えにくくなっている姿を捉え切ることはできない。
冷静に近況を見極めようとしている敵を片端から片付けていく。
上空に控えていた戦闘ヘリも、同士討ちを嫌って目標を定めることができずにいた。
見えない幽霊に抵抗しようと発砲すれば同士討ちになり、反撃しなければ容赦なく打倒される。
まるで、断頭台に並べられた死刑囚がただただ刑の執行を待つように、ほとんどの者が立ち尽くすことしかできなかった。
そんな絶望的状況下でも、諦めの悪い者達は存在する。
分隊を作って上手く包囲しようとする者、外部に支援を要請する者、その場から逃げ出そうとする者。
不確定要素が間違いを起こす前に、後方支援であるベルの砲撃、レクスの狙撃がそれらを阻む。
分隊は魔力によって生成されたRPGによって吹き飛ばされ、正確無比な狙撃が電子機器や逃げる者を狙撃していく。
現場はパニックの渦。
それでも中央の守りは固い。
側面から人員を吸収し、じりじりと後方へ下がりつつ陣形を整えていく。
どうやら、こちらが弾切れするのを待ちつつ、建物内で待ち伏せするつもりのようだ。
「各位、俺が建物に張り付く、援護を頼む」
装甲車を盾に戦況を見極めていた俺が、インカム越しに指示を飛ばす。
その返事を待たずして、俺はボロボロになった装甲車の運転席に飛び乗り、エンジンを始動させる。
幸い頑丈なことが取り柄な俺達の愛車は、まだ元気よくその心臓を唸らせた。
アクセルを全開に、ペダルロックさせて後部座席に転がり込む。
猛突してきた装甲車に、兵士達が銃弾を浴びせる。
散らばるフロントガラスやシートの残骸、そして銃弾が車内で暴れまわる。
よく言えば大胆、悪く言えば無鉄砲取れる突撃だが、ここまで俺達は何一つ打ち合わせも、戦略も練っていない。
それでも仲間達が俺の意図を汲み取ってくれると信じている。
確証とは違う確信が、今の俺の行動の後押しをしてくれている。
その見えない何かで繋がっているような感覚が頗る心地いい。
この銃弾の残響も、多くの人々の怒号も、何もかもが気にならなくなる程に……
装甲車は加速を止めない。
だが、流石に数十のアサルトライフルに集中砲火を浴びては耐え切ることができず、前面のバンパー付近から火柱が上がる。
タイヤは全てパンクし、防弾シートの表面はスポンジが毟り取られ、フロントガラスに至っては破片一つ残っていなかった。
それでもSENTRY CIVILIANは最期の力を振り絞り、その車体を敵前まで引きずり出した。
ここまで来れば上出来だ。
そう思った瞬間、背後から何かが放出される気配と同時に、身体が車体ごと真上に突き上げられた。
同時に襲い掛かる爆撃音と浮遊感に支配された車内、必死に側面の座席にしがみ付く俺の真下、フロントガラスの向こう側に眼を丸くする兵士達の姿を捉える。
どうやら後方からベルの放ったRPGで車体の底を爆撃、衝撃で後部座席を跳ね上げる形で装甲車が敵の頭上を舞う。更には車体後部に四本の隕石の糸が巻き付き、まるで空中ブランコのように浮遊の手助けをしていた。
側面の窓外でも、格好の的である俺が銃撃されないよう、必死に仲間達が援護に徹してくれていた。
「うおおおおお!!!」
感謝の思いを胸に俺は、両足に力を入れて咆哮する。
隕石の糸で車体後部を軸に、振り子のように舞い上がった装甲車。
その最高到達点で俺は車体上部のハッチから跳ぶ。
落下する車体。
伸ばした左腕が辛うじて、ビル遥か上部のガラス窓に指を掛けた。
「くっ……!?」
突然浴びせられた風圧と極光に眼を眇める。
ガラス窓に映っていたのは上空で待機していた戦闘ヘリだ。
ようやく格好の獲物を見つけ、意気揚々と装備していたM197をこちらへと向けた。
タァン────パシッ!
短い銃声と命中音。
俺が振り返るよりも先に、ヘリは車体とプロペラをたった一発の銃弾で分断され、呆気なく撃ち落される。
兵士達の頭上に堕ちゆく車体達を隕石の糸が受け止め、プロペラは空中で忍者刀にバラバラに切り刻まれ、二人のカバーにピンクの閃光が戦場を駆ける。
もう、俺は振り返らない。
ここは仲間達に任せた。
窓淵に手を掛けたまま、壁面を蹴って勢いをつける。
パシュンッ────!
狙撃された銃弾が窓ガラスを貫く。
途端に脆くなったそのガラス窓へと、俺は突入した。
「ふぅ……」
窓外から照明の極光が差し込む通路。
高鳴る緊張、片手で構える銃口が小さく上下する。
建物内に侵入できた俺は、常に警戒を怠らず、予め頭にぶち込んでおいた建物の見取り図を頼りに歩みを進める。
しかし、外の賑わいと違って、敵どころか人一人いない建物の中は恐ろしいほどの静寂で包まれていた。
一瞬罠かと脳裏を過ったが、この感じはどうやら違うらしい。
誘っているのか?
鼻腔の奥に掠める嗅ぎなれた臭い。
論理などでは決して説明できない、長年磨かれた戦闘の勘が囁く。
日中は人や活気で溢れるであろう事務室や、職員用の食堂を抜け、目的の場所へとあと少しというところで両開きの大きな扉の前に出る。
「……」
────居る。
俺は待ち伏せを警戒して、ドアを蹴破り内部に素早く突入する。
図面通り、広々とした会議室。
だが、様子が明らかにおかしい。
集会場とまで言えずとも、数十、数百は導入できそうな会議室には机と椅子が一つも置かれていない。
まるで、誰かが決戦の場として用意したかのように……
「ようやく来たか……」