3バカトリオ
「アニキ、起きてくださいアニキ」
廃材で寝ていた俺は、部下の一人である黒人のチビに揺すられて目を覚ました。さっきの昼間の時間と違ってすでに日は落ちており、街灯などあるはずのない街外れにある工場周辺は暗くなっていたが、チビが工場の電力を復帰したらしく、天井にある照明が数カ所だけついており、俺たちのいる部分だけをまるでスポットライトのように照らしていた。寝ている間にかけていたティアドロップサングラスを紫の髪の上に押し上げると、その明るさに俺は思わず目を細めた。俺を起こしてきたチビの方を見ると、逆行を背に浴びながらあとの二人の部下、デブとのっぽも一緒に立っていた。
「おう、見つかったか?」
「はい、これを見てください」
俺は廃材から身体を起こして、欠伸と伸びをしながらチビにそう聞くと、チビは持っていたノートパソコンの画面に映った画像を見せてきた。眠い目を擦りながらそれ見ると、そこには一人の白人の少女が映った画像が表示されていた。小柄な体型、髪は金髪ロングを一つに結んだポニーテール、目の色は青く、小さく膨らみを感じる胸、白い服と胸元に小さな赤いリボン、黒のミニスカートと長いソックスを履いた少女だ。手には大きめのアタッシュケースを持っており、見た目は幼い少女だが、どこか気の強そうな女だなと、故郷で死ぬほど同じような女性を見てきたドイツ人である俺は何となくそう思った。
俺はその画像をまじまじと見た後に、ズボンのポケットから徐にWestのメンソール煙草を咥えた。チビと一緒に近くにいたデブがジッポライターで火を付け、俺はそれを大きく吸ってからパソコンから顔を少しだけ外に逸らして息を吐いた。廃工場内の埃と一緒にタバコの煙が混じりあいながら小さく舞う。寝ていた間に不足したニコチンが身体全体に染み渡っていくのを感じながら、眠っていた脳が回り始めて俺は覚醒する。紫目を見開いて、改めて画像を見ながら……
「誰だっけこれ?」
俺が廃材にガニ股で座って片手煙草で部下3人にそう聞くと、部下3人は拍子抜けたように一斉にこけた。
あれ、そんなに重要な人物だっけ?コイツ?
「アニキ……」
「元々俺達……」
「コイツを目的でここに来たんですよ?」
俺が部下の反応にキョトンとしていると、デブ、のっぽ、チビの順番で呆れたようにそう言ってきた。
「何言ってんだ?俺の目的は……」
「いやアニキの本当の目的は俺達も知っていますけど……一応、別の目的があるとはいえ「ヨルムンガンド」に入ったんですから、多少は組織の為に行動しているように見せないと……」
目的を話そうとしたところをチビが食い気味にそう言ってきたので俺は押し黙ってその話を聞いた後に、煙草の灰になっていた部分を片手で落としてから口に咥えて、もう一度大きく吸ってから
「で?この少女は結局なんなんだ?」
と聞く。するとチビではなく、デブが一歩前に出てきて。
「アニキ、この少女は例の「ヨルムンガンド」って組織が探していた少女ですよ」
ヨルムンガンド?ヨルムンガンドってなんだっけ?
それを聞いても未だに俺が訝しむ表情でいると、こんどはのっぽが前に出て
「アニキ、ニュースで見たあの少女ですよ。アイツが礼拝堂で背中に背負っていた奴です」
「あー!思い出した思い出した、どうりでどっかで見たことあると思ったぜ、で、その画像が何だってんだ?」
俺は煙草を咥えたまま、左手の平の上に右手の拳をポンッと置いてからそう言うと、そんな俺にチビはため息をつきながら説明を始めた。
「この少女、名前を「セイナ・A・アシュライズ」といい、コイツと最近行動しているのがアニキがずっと探していたあの男です。ニュースで二人を見た俺たちは、少しでも情報を集めようと色々嗅ぎ回っていたところで、あの「ヨルムンガンド」とかいう例の組織と出会い「セイナ・A・アシュライズ」を探す代わりにあの男の情報も分けてもらおうという魂胆で組織に入ったのを忘れたんですか?」
「忘れてねぇよ。ただ、そいつには興味ねえから覚えてなかっただけだ」
「アニキ、それを忘れてるって言うんですよ……」
デブが呆れ顔をしながらツッコミを入れてきたが俺はそれを無視して続ける。
「こまけぇことはいいんだよ、それよりもその女の画像はどうしたんだ?」
火のついたままの煙草前に突き出してそう言うと、チビは「灰がPCにかかるから火のついた煙草をこっちに向けないで下さいとッ!」と言いながらPCを一瞬だけ逸らしてから
「こいつは今から2時間前の18時頃に港町の駅の監視カメラに映った映像です。そしてここからが重要、これを見てください」
そう言うとチビはPCの映像をコマ送りで進めていく、画面に映った人たちが五倍速で忙しなく動いていく。それから五分後の18時5分の映像のタイミングでさっき言ってたセイナとかいう女のところに一人の青年が近づいてきた。
「これは間違いねぇ……奴だ……」
煙草を持っていない左手で顎を触りながら映像を見ていた俺は、目的の人物を見て呟いた。黒髪の東洋人で左目に入った縦の傷、映像に多少荒い部分は見受けられたが、アイツを長く追っかけていた俺様が見間違うはずもねぇと確信する。
「はい、ですがこの後二人は電車に乗ってどこかに行ってしまい、未だに足取りは掴めていません。他の地域の監視カメラはハックしていなかったのでどこに向かったかまでは細かく分かりませんが、東京方面に向かったということだけは分かっています」
「まさかッ!?もう俺たちに気づいてどこかに高飛びする気か?」
PCを閉じていたチビに向かってのっぽが言う。
「いや、この二人の荷物を見る限りその線は低いだろ、セイナちゃんの荷物はともかく、こいつはほぼ手ぶらだし、もし本気で高飛びする気ならもっと大荷物になるはずだろ」
デブがそう言うとのっぽは「確かに」と言いながら腕を組んでウンウンと頷いた。
ん?
俺も頷こうとしたところで何か会話に違和感があることに俺は気が付いた。
「おいデブ、もっかい今の言葉言って」
「え?もし本気で高飛びする気ならもっと大荷物に……」
「そこじゃねえッ!もっと前の方だよッ!」
「えっと……この二人の荷物を見る限りその線は低いだろ、セイナちゃんの荷物はともかく、こいつはほぼ手ぶらだし、もし本気で高飛びする気ならもっと大荷物になるはずだろ……なにかおかしいところでも……」
「大ありだよッ!なんだよそのセイナちゃんっていうのは?」
俺が指摘するとデブは真面目な顔つきのまま首を傾げた。他の二人も同様に首を傾けている。
「いやぁ……」
「だって……」
「まぁ……」
三人が互いの顔を見合わせる。
「「「めっちゃ可愛いし」」」
三人が俺の方に向き直って声を合わせてそう言ってきた。
「はあッ!?」
三人のアホみたい答えに俺は口をあんぐりと開けて顔を引きつらせた。
セイナちゃん?可愛い?こいつらはッ……
アホな回答をする部下に頭痛がした俺は、自分の額の辺りに手を置いてため息をする。そんな俺などお構いなしに三人の部下は、可愛いを皮切りに、堰を切ったように語りだした。
「こんな幼くて可憐な少女がDesert Eagleなんて頭のおかしい反動の銃をぶっ放してるですよッ!?しかもッ!背中に背負ったあの槍!どのような使い方をするかぜひ見てみたいね……」
「そうだな……こんな可愛らしい子は見たことが無い……俺の元カノのタチアナよりも美しい髪と瞳を持っているね…今は確かに少し貧相な身体付きだが、これは数年後絶対に化けるぞ……」
「全く二人は…でもまあ確かに可愛いことは否定しないね。多分この子の等身大画像が僕の部屋のアニメキャラポスターと一緒に飾ってあったとしても、悔しいが多分そのどれよりも目立ってしまうだろうね…」
デブ、のっぽ、チビの三人は口々にそのセイナ・A・何とかとかいう少女についての感想を述べていく。その姿はまるでキモイおっさん同士が自分の推しのアイドルについて熱く語るようなそんな感じだった。別に誰が何を好きになろうと構いはしない、それを仲間内で熱く語り合う分には全然ありだと思う、だがそれを他人に強要するのは間違っていると思う。俺だって酒や煙草は好きだが、決してそれが嫌いな相手に強要はしないしな、だから是非そのことに全く興味のない俺の見えないところでやって欲しいものだ……
全く、こいつら実力はトップクラスで優秀なんだけど、中身の方の残念さも世界でトップクラスのものを持っている。額に手を当てて顔を伏せて嘆いていた俺は顔を上げて三人の方を見ると、大の大人がみっともない笑みを浮かべてニヤニヤしながら話しをしていた。流石の俺も、そんな締まりのない三人の部下の様子を見て、一言注意してやろうと思った瞬間、チビが非常に興味深いことを口にした。