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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
月下の鬼人(ワールドエネミー)下
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at gunpoint (セブントリガー)8

「まさか……階段下の物置が抜道になっていたとはな」


 人一人が通れる狭い炭鉱のような洞窟。

 感嘆の声を漏らしたのは、最後尾で敵の警戒をしていたレクスだ。

 シャドーの部屋として充てがわれていた収納スペース。

 そこに有ったのは自宅の真下に伸びる地下道だった。

 敷地直下十メートル程の縦穴を滑り降り、さらにそこから斜め上に登るレの字のような洞窟。

 その一本道を俺達はモグラのように、ライトの光源だけを頼りに一列で突き進んでいた。


「まさかとは思うが……お前この一年足らず、ずっとコイツを一人で掘っていたのか?」


 レクスの問いに先頭を歩くシャドーは頷く。まじかよ……

 確かに、剥き出しの壁面に土や岩でゴツゴツ尖っており、足元も何とか歩けるレベル……いかにも『スコップ一本で掘りました!』と言わんばかりの洞窟だ。

 それでも逃走用として大いに活躍したことは事実である。

 家に帰るとあまり姿を見せないと思っていれば、まさかこんなものを作っていたとはな。

 言葉が無い分、皆のために行動で示してくれる姿は、まさしく影の立役者とでも言うべきだろう。


「まるで冷戦時代の地下道だな」


「どちらかと言ったらバチカンの地下道じゃないかしら」


 レクスとリズが洞窟に対する印象を上げる中。俺は全く別物を考えていた。

 真田の抜道。

 かつて奇襲、逃走用として、囲まれると逃げ場のない城に掘られた抜道。シャドーは恐らくそれを真似てこの洞窟を……

 手裏剣、剣術、抜道。

 シャドー……お前は本当に何者なんだ?


「────うっ……」


 俺の勘ぐるような思考が、その呻き声に掻き消された。


「ベル!」


 ずっと塞ぎこんだように表情を曇らせていたロナが、僅かに頬を綻ばせる。

 俺の肩口に担がれていたベルが、ようやく意識を取り戻した。


「……ここは?私……()っ……」


「無理するなベル。ここはシャドーが用意した抜道だ。今は安全だからゆっくり身体を休めておけ」


 状況の読み込めていない彼女が苦悶を訴えるのに対し、俺がそう答えた。

 軽傷とはいえ、気絶するほどの脳震盪(のうしんとう)を起こしたんだ。

 目覚めたからといってすぐには動けないだろう。


「ごめん……そうさせてもらう……にゃ……」


 謝りたいのは寧ろ俺の方だ。

 お前が身体を張ってくれなければ、俺は今頃四肢ならぬ三肢を、あのリビングにぶちまけていた。

 再び全体重を預けてきたベルを背負い直す。

 そのすぐ背後。仲間の傷々しげな姿を目の当たりにして、ロナの表情に再び(かげ)りが差した。

 俺がそれに気づいて一言声を掛けようかと逡巡したその時、不意にシャドーが立ち止まる。

 意外にも柔らかな人間的感触が頭頂部に伝わる。

 顔を上げると、急に立ち止ったことの追求よりも先に、シャドーの向こうから銀燭(ぎんしょく)の斜光が降り注いだ。

 洞窟の出口。

 満月が照らしていたのは、かつてアキラがシャドーに敗戦した時に訪れていた林の小広場だった。

 辺りを警戒するように二、三、周囲を見渡してから、シャドーが後ろ手に手招きしてくる。

 どうやら、まだ安全らしい。


「で?無事に逃げられたのはいいけど、これからどうするの?」


 各々が洞窟から這い出たところで、リズが最初に口火を切った。

 普段から直線的な物言いをする彼女の言動。

 うじうじと思考する時間を減らすためには、それはとても必要なことだ。

 が、いつもは清々しく感じるそれも、どうすることも出来なかった自分達に向けられた、残酷なまでの事実を突きつけられたようにも聞こえてしまう。


「どうするもこうするも、相手は警察組織だろ?下手に手出しなんてできねえだろ」


 呆れ声でレクスは肩を竦めた。

 女性に対しいつも紳士的である彼にしては少し険のある言葉だ。

 そのおどけたような仕草に、ピンクがかった瞳が眇められる。


「じゃあ何?これだけのことをされて、黙って逃げるって言うの?」


 突っかかるリズに、レクスは蔑みの視線を向けた。

 それは直接リズへというよりも、腐った社会に対するその苦い経験へと向けられているようだった。


「そうだ、相手はこの国の警察全員だぞ?今までのテロリストとは訳が違う。倒したところで連中は自分自身を裁くことは無い。故にキリがない。いつものお前みたいに闇雲に突撃して、死ぬまで終わらないイタチごっこをするほど俺も馬鹿じゃない」


「なんですって?」


「よせ、二人とも」


 次第にヒートアップしていく二人を制すが、勇敢を闇雲と揶揄(やゆ)されてリズは引き下がらない。


「アンタみたいにコソコソと逃げ回るよりずっとマシよ!私達は何も悪いことなんてしてないんだから、もっと堂々と立ち回るべきよ!」


 慎重を腰抜けと言われてレクスが半歩ばかり詰め寄る。


「それができるのは創作物の主人公だけだ!世の中って奴はな、お前が思っているような綺麗な世界じゃないんだ!見てみろ、俺達のこの様を……このボロ雑巾のような姿のどこに正義がある?これ以上下手に連中を突けば、次に何をしてくるか分かったもんじゃない!それでもお前は世界の警察様に喧嘩を売るってのか!?」


「いい加減にしろッ!二人ともッ!」


 挙句に取っ組み合いへと発展しかけていた二人へ叱責を飛ばす。

 流石にこの状況下で殴り合いにまでには発展しなかったが、相対する二人は互いの意見を絶対に曲げようとしない。

 それを虚ろな瞳で見つめているロナ。

 シャドーは固く腕を組み、それらを黙って見据えている。

 部隊の雰囲気は最悪だった。

 彼らの言い分も、心情も、痛いほど分かる。

 だからといって今は仲間同士で争っている場合じゃない。

 その旨を伝えようとして、不意に頭上から鳴り響いた羽風に、皆が反射的に伏せる。

 数分前に見た戦闘(EC665)ヘリ(ティーガー)が、サーチライトをチラつかせながら、俺達のすぐ近くを通過していった。

 姿を消した俺達を捜索しているのだろう。


『聞こえるか、セブントリガー!』


 空から声が降ってくる。

 さっき警告してきた男の声が、上空を旋回するヘリヘリのスピーカーを通じて林に響き渡る。


『貴様らが逃げ出したことは分かってる!大人しく投降しろ!』


「こんなハッタリに誰がのるんだよ」


「しッ……」


 ぼやくレクスを、リズが短く制した。

 稚拙な脅し文句なのは、おそらく俺達の姿が忽然と消えたことに対する反応とみて相違ない。

 だが、逃げたことがバレた以上、抜道が露見するのも時間の問題だ。

 油を売っている暇は無いらしい。

 今はとにかく安全に身を隠せる場所まで移動して、そこで今後について吟味する必要が────

 そんな、安直な考えを巡らせていた時だった。


『出てこないのなら、捕らえた貴様の仲間を始末するだけだ!』

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