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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
月下の鬼人(ワールドエネミー)下
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assemble(パストバレット)3

 ワシントンD.C.市街を高質なリムジンで走ること数分。

 俺はホワイトハウス近くのデカい大学病院の前で下ろされた。

 ジョージ・ワシントン大学病院。

 ここらでは設備も規模も最大級の医療施設だ。


「一体どこに連れて行く気だ?」


 見上げるほどに巨大な白い外壁を前に、車から降りた俺が振り返る。


「すぐに分かる……とにかくついてこい」


 背後にいたベアードが、「君がいるから問題ない」と、護衛を一切つけずに先導する。


 数分前の話しの後────「君にあってもらいたい人物がいる」と、ベアードに告げられここまで来たが。

 一体ここに誰がいるのか……?

 訝りながらもベアードの後を付いていく。


「私だ、いつも悪いな」


「いえ、ベアード大統領……どうぞお入りください……」


 受付のナース服女性に慣れた様子で挨拶を済ませ、当たり前のように病院に入っていくベアード。

 普通大統領が気軽に街中に出たり、勝手に病院を訪れることは無い。

 ナースの反応を見る限り、頻繁にここへ訪れているということか?


「何をぼさっとしている、こっちだ」


「……あぁ……」


 棒立ちになっていた俺は少し駆け足気味にベアードを追いかける。

 平日で人の少ない総合受付を抜け、突き当りのエレベータに乗り込む。

 ベアードが示したのは七階、この建物の最上階だ。


「正直……君に会わせるべきか私はずっと悩んでいた。だが、ようやくその決心がついた……やはり、君には見届ける義務がある」


「見届ける義務?」


 チーン……と小気味いいベルと共に、エレベータの扉が開く。

 大きく区切られた個人病室によって形成されていた七階は、人気の無さと一面の白さ現実味を感じない。

 聞いたことがある。

 大きな病院では患者の重篤度によりフロアが上になっていくらしい。

 危篤状態の患者を隔離することで感染を防いだり、もしくはもう手の施しようのない人物をそっとしておくためなど……その理由は様々だ。


「ここだ……」


 突き当りの閉ざされた病室の前でベアードが立ち止まる。

 名札は表示されていない。


「ここに君のことを永い間待ち続けている人物がいる……だが、その姿に君は少なからずショックを受けるかもしれない……」


「さっきから何なんだ?義務だの、待っている人物だの。状況が全く飲み込めてないんだが?」


 大体……俺のことを待っている人物なんて……もう誰も……


「……君の反応はごもっともだ。ここまで来たのだ。口で説明するよりも見てもらった方が納得がいく。だが、決して忘れないで欲しい。君をここに連れてきたのは絶望させるためではない。私から君のへの信頼の証と……そして、君自身が成したことを、君自身に伝えるためだ……」


 純然たる様子でそう述べたベアードが、スライドドアを開け放った。

 生唾で喉を軽く鳴らしてから部屋に入ると、天日差し込む染み一つない真っ白な部屋が、夢幻の如く輝きを発していた。

 その中央付近には部屋のサイズに見合わぬ小さなベッドと、等間隔で狂いない計器音を響かせる医療器具がこれでもかと並べられていた。

 一体……誰がこんな場所で治療を受けているのだろうか……?

 恐る恐るベッドに横たわる人物の方へと……俺は戦闘でも感じたことのないような緊張感で近づいていく。

 バイタルサインを示すベッドサイドモニタに隠れていた姿が露わになる。


「……」


 手厚い施術を受けていたのは、この病室と同等の白さを誇る老爺だった。

 死に片足を突っ込んでいるような弱弱しい姿、口に酸素マスクを付けているものの、呼吸は消えかけのロウソクのようにか細い。

 絵に書いたような延命処置。

 生きているというよりも、生かされているというのが正しい状態だ。

 こんな老人……俺は一度もあったことはない……

 それなのに……どうしてこんなに動悸が止まらないんだ……ッ!?

 ゆっくりだった歩調が、鼓動の高鳴りに合わせて前のめりになり、最後には駆けだしていた。


「……あぁ……あぁ……ッ!」


 知らないはずの老爺の顔を覗き込む。

 声にならないような嗚咽が漏れ、過呼吸のように胸が苦しくなる。

 たとえどれだけ皺が増えようとも、髪の色が黒から白髪になろうとも、どれだけ歳を重ねようとも、決して部下の顔を忘れたりなんてしない。


「ヨハネ……ヨハネなのか……ッ!?」


 何十年も前、第二次世界大戦で共に戦った部下は返事をしなかった。

 ドイツ人でありながらユダヤ人(迫害対象)でもあった彼は、アメリカに亡命し、その生真面目で高潔な性格で部隊内でも大いに活躍してくれた。

 ヨハネという名前も信仰していたユダヤ教から引用したと言うほど神を信じ、その身を捧げる(たくま)しい青年だった彼が……今は骨に皮を張り付けただけのようにやせ細り、あの時見せた笑顔は、今は完全に深い皺の中へで埋もれていた。


「ヨハネ……ウェルナー・ヨハネ・ベアードは私の祖父だ……君についての大半の話しは彼から聞き及んだものだった……だが、今はもう身体中を癌に侵され、一年近く会話はおろか……もう意識すらも残っているのか定かではない……」


 長くはない……背後から近づいてきたベアードが静かにそう告げた。


「そんな……」


 だからベアードは部隊名を知っていたのか。

 本来ならもっと驚いていただろう……だが、今の俺は目の前の老爺のことで脳の許容範囲(キャパ)が完全に溢れかえっている。

 声に反応するだけで精いっぱいだった。

 痩せこけた頬に手を這わせると、生肉のような冷たい感触が指を刺す。

 張り艶なんてない。

 それこそ爪で軽く引っかくだけで、角質がボロボロと落ちてしまうような脆弱さだ。

 不老になって数十年、俺は初めてこの魔眼の呪いを実感した気がした。

 ずっと復讐に明け暮れていた俺は、長らく忘れていた時間と言う概念の恐ろしさに、呆然と立ち尽くすほか無かった。


「君がそういう反応になってしまうのは最初から予測できていた……だが、それでも絶望はしないで欲しい」


 厳かにそう告げたベアードの声。

 意識して聞いてみれば……幼いころの祖父(ヨハネ)に何となく似ている気がした。


「祖父がご健全であった頃、ずっと君のことを父や私に話しをしてくれた。『隊長のおかげで私は助かった。戦場には戻ることができないが、こうして私は家族を設けることができた』と……君の行いがあったからこそ、こうして彼は生を全うし、父や私を生み出してくれた。言うなれば君は私達一族の恩人でもあるんだ……だから、だからそんな悲しい顔をしないでくれ……」


 そう言われ、俺はようやく認識した。

 そうか……俺は悲しんでいるのか。

 復讐を遂げたあの日から、人間らしい感情なんて消え失せていたとずっと思っていたのに……

 この部隊に配属されて様々な仲間達と過ごしていく内に、死滅していた人間的感情が修繕されたとでもいうのか……?

 いや……それは無いだろう。


「止めてくれ……俺はそんなまともな人間なんかじゃない……」


 そんな感情が少しでも残っていたなら、こうなる前に彼らに顔を見せていただろう。

 それを俺は……こんな姿になるまで自分の部下を見捨てていたんだ。

 復讐に堕ちた鬼となり果てて。


「君がまともであろうとなかろうと、人間でなくとも関係ない。それは君の今の部下達と同じだ。どんな経緯や失敗があろうとも、それを償う意思があるのならば何度だって立ち上がることができる……!君が隊長を務めるこの部隊だって、そのために用意したものでもあるんだ」


「なに……?」


 ようやく振り返れた俺の先、純然たるベアードの面持ちに、初めて会ったあの日の言葉が脳裏を過る。

 罪を償う。

 確かに彼はそう言っていた。

 もっとも当時の俺は一ミリもそんな考えていなかったので、言葉の本質に全く気付いていなかったが。


「君がこれまでしてきたことは……例え悪党に対してとはいえ決して許されるものではない」


「……」


 腰に付けていた銃や刀が、生涯で感じたことのない程に重く感じた。

 生きるためなんて理由をつけ、俺はずっと悪党相手に略奪や殺しを行ってきた。

 でも、本当は心のどこかで分かっていたんだ。

 自分が一番の悪党であることも。

 だから初めてベアードに「罪」と言われた時も、俺はそれを認めたくなくて自分自身に嘘をついていたんだ。

 俺は悪くない、悪いのはこの世界だ……ってな。


「だが、私はそんな君の……恩人の惨めな姿なんて望んでない。私の中の「フォルテ隊長」はもっとカッコいいヒーローのような存在なんだ。だから────」


「それは幻想だ……ベアード。俺はアンタが想像していたような人物では無かったってことさ……」


 吐き捨てるようにそう告げて、視線をヨハネへと戻した。

 コイツだって……口では俺のことを美化していたかもしれない。

 だが、PT(心的外傷後)SD(ストレス障害)になった人間がどれほど苦しむのか、俺は嫌と言うほど見てきた。

 それは彼も例外ではないはずだ。

 そっと触れた右腕は、ミイラのように乾燥している。

 そんな呪いを部下に掛けたまま、こんなになるまで生きさせたなんて……¥

 きっと……恨まれているだろうな……

 ただただ苦しめながら、(うつつ)という地獄を嫌と言うほど味合わせた俺のことを。

 あぁ……

 もっと俺に力があれば……

 こんなことには……ッ!

 やり切れない気持ちのまま、右腕から手を離そうとした時────


「……ッ!?」


 感覚の無いはずの左眼に焼けるような疼痛(とうつう)が走る。


「どうした!?」


 異変に気付いたベアードが、ぐらりと揺れた俺の身体を支える。


「大丈夫だ……」


 不意打ちで多少大袈裟になってしまったが、痛み自体は一瞬だった。

 だが、何だったんだ……今のは……!

 俺が左眼のあった場所を確認しようとした時だった────

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