maintenance(クロッシング・アンビション)16
「……ねぇ……ほんとに良かったの……?」
背中に担がれたままのリズが自宅の前で呟く。
「何が?」
「あのオオカミのことよ……放っておいてほんとに良かったの?」
襲撃してきたアメリカアカオオカミ。
どうしようかと悩んだが、結局気絶させたままあそこに放置してある。
「……こっちは殺す気はなかった。それに……これ以上絶滅危惧種に片足突っ込んでいるような連中に手出ししようもなら、アメリカ動物防止虐待協会に何言われるか分かったもんじゃないしな……」
レクスがもしかしたら遭遇するかもしれないが、最近ではもう近接格闘でリズに関節技で泣かされるようなこともない。あの程度なら素手でも切り抜けられるだろう。
リズを背から下ろして明かりの付いていない自宅の扉を開ける。
随分と刺激的な家路だったな……
「ただいま……」
返事はない。
時刻は午前三時、みんなもう寝ているのだろう。
俺もさっさと自室のベットに……いや、その前にシャワーを────
くいっ……
「……?」
何かに服を引っ張られるような感覚がして振り返ると……
「……」
俯いたリズが俺の服の袖を掴んでいた。
「リズ?」
呼びかけるも、視線を前髪に隠したまま視線を合わせようとしない。
「どうした?離してくれないと部屋に帰れないんだが?」
まだアルコールが回っているのか、リズの頬はピンク色に染まっている。
ただでさえこんなところを他の隊員にでも見られたら、俺が未成年に飲ましたと勘違いされてしまいかねない。
それだけはなんとしても避けなければならない。
かといって酔っている少女を強引に引きはがすわけにもいかず、どうするかと渋っていると、
「……フォルテ……」
ようやくリズが口を開いた。
普段のガミガミと文句を連ねる彼女からは想像もつかない、夜の静寂に溶け込むような声。
心なしか、妖艶な嬌声のようにも聞こえてしまう。
「こっち……来て……」
「お、おいッ……」
普段とのギャップに不意を突かれ、問答無用でリズが引っ張っていった先、玄関入ってすぐのリビングへの入り口だった。
少し乱暴に扉を開けたリズが俺を部屋へと押し込む。
「……一体なんだよ……?」
照明を切ってあるリビングで、少し強引なリズに俺がぼやいていると────
バッ……!!
「なッ!?」
風切り音と一緒に世界が斜めに傾く。
それだけじゃない、地面の感覚も消え失せていた。
ババッ……!!
平衡感覚を失った身体に横から何かが飛びついた!
俺は為す術のないまま、近くのL字ソファーへと仰向けに押し倒された。
視界の先には、俺の腰に跨るリズの姿がそこにあった。
「……リ、リズッ!?何してんだお前?」
どうやら俺は部屋に入った瞬間リズに足払いを食らい、さらにタックルでここに押し倒されたらしい。
「……はぁ……ッはぁ……ッ」
問いには答えず、顔を紅潮させて荒々し気な吐息を漏らすリズ。
何が何だかよく分らんが……逃げ出そうにも、がっつり両太腿とソファーの間に固定された俺の身体は、完全にマウントポジションが決まった状態。
う、動けねぇ……
「フォルテッ……」
それどころか、さらには胸板や肩に覆いかぶさり、タコのように細い肢体を絡めてくるリズ。
いつの間にか、全身の自由を奪われていた。
「今日の……埋め合わせをさせて欲しいの……」
吐息が耳に吹きかかる。
ほっぺ同士がくっつくくらい密着したリズから、桃のようなフレッシュで甘い香りが鼻腔を埋め尽くす。
「お、おい……っ」
そういうことに疎い俺ですら、今の状況がよろしくないことは理解できる。
酒に酔った勢いで……とはよく聞く話だが、それが部隊の部下と上司となれば周囲にも示しがつかない。
そしてなによりリズが酔いから醒めた時、俺とそんなことをしてしまったなんて分かったら……男嫌いの彼女は激怒を通り越して病んでしまい、拳銃自殺も辞さないだろう。
しかし何とかして動こうにも、完全にホールドは決まった今の状態では、顔くらいしか可動域が残っていなかった。
「リズよせ……ッ!い、幾ら何でも俺とお前は歳が離れすぎている!そ、それにお前はまだ未成年だッ……こういうのはな、本当に好きな相手にすることであって、お前は────」
細く繊細な指先が、言葉の続きを遮った。
最後に残った口の抵抗すらも、リズの指に優しく抑えられてしまう。
「いいの……私はフォルテのこと好きだから。それに、こんな機会滅多にないんだから……」
「……ッ」
恍惚に満ちた表情の美少女にそんなこと言われて、我慢できる男がはたして何人いるのだろうか?
いいんじゃないか?たまには流れに身を任せても……
心の中の悪魔がそんなことを呟きだしていることに気づき、ブルブルと頭を振る。
な、何を考えているんだ俺は……ッ!?
「でも……あんまり期待しないでよね?わたしこういう経験あんまりないから……どうやればいいのかまだちゃんと分かってなくて……」
あぁ……だめだ。
「……フォルテの方が経験豊富そうだし……いっぱい私に教えて……?」
そんな小悪魔みたいな表情で言われたら……我慢なんてできるわけねえじゃねーか。
リズが俺の頬を両手で抑える姿に、ごくりと生唾を飲み込む。
「じゃあ……いくよ」
「……あぁ……」
ゆっくりと彼女の顔が近づいてくる姿に、俺は瞳を閉じた。
まさか……こんなことになるとはな……
ぼんやりとそんなことを考えながら、全てを受け入れる覚悟で唇を軽く突き出した。
程なくして俺の唇に触れたのは……