前門の少女後門のヤクザ
「ッッ!?ご、ごめん!!」
薄いブラウスの上からだとほぼ直に近いブラと柔らかくも張りのある胸の感触に思わず手を放し、勢いよく後ずさりしながらセイナから離れる。
「あぶねッ!!」
動揺しすぎて机から身体が出そうになったところで銃弾が背中近くの床に着弾し、俺は思わず後ずさりを止め、その反動で今度は前に飛び跳ねそうになったが、本能がそれを許さなかった。
「アンタは……いつもいつもッ……」
「ヒィッ!?」
ヤクザたちの銃声で部屋は騒がしく、大きな声でなければ聞きとれないはずなのに、俺は殺意のこもったセイナの声を聞いて、全身の毛を逆立て再び後ずさりしようとするもヤクザたちがそれを許さない。
(逃げ道がねえ……)
前門の少女、後門のヤクザ、これだけ聞けばたぶん誰でも前者を取るだろう。だが少女と言っても雷神トールの加護を受けたSASの訓練小隊所属の少女の皮を被っただけの軍人なのだ。遮蔽物に隠れてこちらを銃撃している残りの三人のヤクザなんか比にならないくらい質が悪い。
かくなる上は……
「ホントごめん、ワザとじゃないだ……だから電撃は止めて……」
俺は前門の少女に降伏の意思を見せるために両手を上げて謝罪した。
だが、セイナの握られた右拳は下がらない。
「アンタにはホントに理性っていうものが無いの!?」
セイナは顔を伏せながら叫ぶようにそう言ってきた。
「悪かったって!こっちに遮蔽物が無かったから咄嗟に……」
「咄嗟になに?遮蔽物があればどこでも盛ってくるの?このサルッ!変態ッ!!」
「ちげーよ!俺だって、場所ぐらい考えるわ!」
「場所が良ければいいって問題じゃないのよ!バカッ!」
俺は右手の親指で後ろを指しながらセイナに説明したが、セイナは聞く耳を持ってくれず、とてもお嬢様とは思えない汚い言葉で俺を罵倒するのだった。
確かに、俺の言っていることは本当のことで、右側に遮蔽物が無く左側に飛び、ついでに立っていたセイナごと掴んで隠れたほうが互いに安全だと俺は判断して行動したのだが、セイナからしたらそれは言い訳にしか聞こえなかったようで。
「アンタみたいなッ!国際指名変態はッ!ここで死ねッ!!」
「ちょッちょッセイナさん!?はみ出る!遮蔽物から身体はみ出るから!!」
「うるさいッ!変態はここで撃たれて死ぬかッ!落雷にでも撃たれて死ねばいいのよ!!そうすればッ!アンタみたいな変態でもッ!地獄に行けるでしょッ!だいたいッ!あの程度のッ!銃撃くらいッ!一人でッ!避けれるわよッ!」
セイナは左腕で胸を押さえ、罵倒の語尾に合わせて両足で俺を机裏から押し出そうとしてきた。部屋の奥からは未だに断続的に銃弾が雨のように降ってきているので、俺は両腕を地面についてギリギリのところで背中が机裏から出ないように耐えていると、俺の後ろで肋骨折られて倒れていたヤクザがゴソゴソと動く音が聞こえた。
「銃でも落雷でもくらえば誰でも死ぬから!チッ……だから落ち着いてって!」
セイナが反応するよりも先に、舌打ちと合わせてその男の肩に銃弾を叩き込んで俺は再び弁解に戻る。
「誰のせいよ誰の!?チッ……アンタが今朝からずっとこんなことしなければ、アタシはこんなに怒ってないわよ!」
今度は俺が反応するよりも先に、最初に無力化したヤクザが再び動き出そうとしていたのにセイナが気づいて、舌打ちと一緒にそいつの方を見ずに右手で銃を撃った。ヤクザは小さく悲鳴上げながら再び倒れた。
「だから……それも不可抗力だって今朝謝罪しただろ?それに、セイナだってここに来てからずっと不機嫌だったじゃないか!」
今朝のことを言われて思わず俺も本音が出てしまった。それを聞いたセイナは、より一層、普段は可愛らしい顔を般若の如く強張らせ、さっきよりも怒気を強めて俺に言った。
「それだって……元はと言えばアンタがッ……」
とそこまでセイナが言った瞬間、奥からの銃声が止み、ヤクザたちがこちらに向かって撃っていたイスラエル製サブマシンガンUZIをリロードする音とともに、ピンッと聞きなれた安全ピンを抜く音が聞こえてきた。
「「てか……お前達(アンタ達)、さっきからうるさいんだよ(うるさいのよ)」」
その音を聞くや否や俺たち二人は机裏から身を出して銃を撃つ。セイナは左側にいたUZIを構えたヤクザ二人の銃口目掛けて、俺はヤクザが安全ピンを引き抜いて投げようとしていた手榴弾を。セイナの銃弾は真っすぐヤクザ二人の持つUZIの銃口に吸い込まれていき、銃を破壊しながら二人のヤクザは手から血を流し、悲鳴を上げてその場に崩れた。俺の銃弾はヤクザの手から手榴弾が離れた瞬間を狙って、空中に放り投げられた手榴弾の上部に銃弾をかすらせ、ヤクザたちが遮蔽物にしていた机の上にゴトッと落ちた。
「なにッ!?」
それに気づいたヤクザたちは悲鳴を上げながら遮蔽物から逃げようとしたが遅い。俺とセイナが再び机裏に隠れた瞬間、小規模の爆発と共にヤクザたちが悲鳴を上げて吹っ飛ばされた。その声を聞きながら俺とセイナはともに銃をリロードし、机裏から銃を向けて顔を出したが、部屋の横に吹っ飛ばされたヤクザが呻き声を上げて倒れているのと、粉々になった机や火のついたソファーが乱雑に転がっているだけだった。
「はぁ……ボロボロになっちまったな……」
数分前とは変わり果てた姿になった部屋を見て、ここ数日の間についた何十回目か……いや、すでに何百回目を超えたかもしれないため息をついた。
「別にいいじゃない?ヤクザ狩りが目的だったのでしょう?大体アンタがアタシに変なことしなければ、こんなことにはならなかったわよ。」
静かになった部屋で少しだけ落ち着きを取り戻したセイナは冷たく言い放った。
「ま……いや、ヤクザ狩りって言えばそうなんだけど……こいつら裏で麻薬系の違法魔術を取り扱っているっていう情報が入って頼まれた仕事だから。だけど、その痕跡が見当たらないんだよね?」
俺は「まだ引っ張るの?その話し」と喉から出かけ、舌がそう動きかけていたのを必死に堪えてからセイナにそう返す。
魔術は基本的に職業や一般人で使っていいものが限られており、通常は取得した資格によってより高度な技術を要するものや、使用するのは危険で責任を伴う魔術など使える幅が広がるのだが、政府から使うことが禁じられている魔術、それが違法魔術だ。その中でも麻薬系の違法魔術は使うと大麻や覚せい剤と同じ効果を発揮し、一種の快楽や興奮状態にしてくれる代物だ。肉体には直接的に害はない分通常の薬物よりもマシだと世間に思われがちだが、覚せい剤に比べて依存性が非常に高く、使えば使うほどに使用者の身体ではなく心を支配していくとても危険な代物なのだ。ちなみに俺の悪魔の紅い瞳も攻撃系の違法魔術に該当する可能性が非常に高いので、そのことについてはあまり人には言えないのだが……
「左奥にもう扉みたいのがあるみたいだけど?」
セイナは左手のDesert Eagleで部屋の左奥を指した。見ると倒れたヤクザの男の後ろに一枚扉があった。俺たちは銃を構えながらゆっくりその扉に近づいていく、ちょうど部屋の中央付近に俺達が差し掛かった瞬間、左奥の扉の向こうからけたたましいエンジン音が響きだした。
「「…!?」」
俺達は反射的に足を止めて、左奥の扉を睨みつけた。
けたたましい音を響かせたまま、急に扉から回転する刃が生えてきたのだ。その回転刃は火花を散らせながらバツの字に扉を引き裂いた。解体した扉を吹き飛ばし、奥の部屋から頭に麻袋を被り、野戦柄のタンクトップと黒の短パンを履いた2m近い長身巨体の筋肉質の大男がチェンソーを持って現れたのだ。