maintenance(クロッシング・アンビション)12
「お前ほどの腕があってなんでまたそんな……」
「大切な人を守るためだ」
迷いなくそう告げた彼の表情は、女癖の悪い彼から想像できないほど篤行に満ちており、真っ直ぐな瞳をしていた。
「……と言えば聞こえは良いかもしれないが、もしそれが世間から嫌悪される存在だとしたら、そいつは癲狂な奴だと思われてしまう……」
「世間から嫌悪される存在……?」
眉に皺を寄せる俺に、レクスは灰皿に煙草を押し付けた。
まるで、ぶつけようのない怒りを表すかのように。
「俺はアイツを……アメリカの犯罪者として捕まった弟子を守るために、この地にやってきたんだ……あの大統領に直談判してな。弟子の刑期を少しでも延ばすことを条件に、俺はこうして大統領直轄部隊に配属されることになった。軍もそりゃ嬉しかったろうな。上司に立てつく目の上のタンコブが、あろうことか犯罪者を庇うような愚行に走り、剰え軍を移動したいと言ってきたんだ。二つ返事なのは想像に難くない……だろ?」
自虐的に笑って肩を竦めたレクス。
なんでもそつなくこなす器用な見かけとは違って……コイツも色々と苦労をしていたんだな。
「……その弟子っていうのは……一体何をしたんだ?」
「配属されていた部隊での任務無視と、その時の上司を半殺しにした」
「そいつは重罪だな……そういったところも師匠に似るのか?」
「いや……俺と違ってそんなことを気まぐれでする奴じゃない……何か裏があるんだ」
師匠だからこそ、弟子のことは十二分に分かっているのだろう。
しかし、世間は違う。
結果でしか見ないこの世の中からしたら、弟子はただの犯罪者。
それ以上でもそれ以下でもいない。
レクスはそんな世の中が許せないように、テーブルの上で組んだ両手に力が入る。
「お前はその弟子を……大切な人を信じているからこそ、全ての地位を捨ててまで、信念を貫いてきたんだな」
「そんな……かっこいいもんじゃねーよ、そういう暑苦しい考えは俺には合わない。ただ、弟子にしたからには責任ってものがある……これは、俺なりのケジメなんだ」
追加で頼んだテキーラに再び口を付けるレクス。
酒のおかげで、今日は彼の本性を垣間見た気がした。
「話しを戻すが……俺は何もフォルテ、アンタのことを戦闘能力の面だけ見て強いと言っているわけじゃない……俺はアンタのこっちに惚れたんだ……」
自分の胸に親指を突き立てるレクス。
いちいち芝居がかった仕草に、見てるこっちが気恥ずかしくなってしまいそうだ。
「俺のどこにそんな要素があったよ?」
視線を逸らしてガシガシと頭を掻く俺に、レクスは真面目な調子を崩さない。
「アンタは誰に対しても態度を変えない……それがたとえ大統領であろうとも、ロナやアキラのような犯罪経験のある者達であろうとも、正直な言葉をぶつける。簡単なようでそれは結構難しいんだ……他人の意見に流されずに、自分の思いを迷うことなく信じ続けるという行為は……」
それ……褒めてるんだよね……?
てか、俺ってそんな風に見えていたのか……?
端から聞いている感じ、ただの空気が読めない無遠慮な奴にしか聞こえないんだが……
「リズはよく反発するけど……それでもこの部隊のみんなが、アンタの言葉に救われていると俺は思うんだ……特に数日前、フォルテが目覚めた時にアキラ達にかけた言葉は、少なくとも俺からは出ない言葉だった……」
「……」
俺はただ、思っていたことを……過去に自分が犯した失敗を誰かに経験して欲しくないと考えていただけで、別にたいそうなことを告げたつもりはない。
それでも俺の言葉は、知らず知らずのうちにいろんな人に影響を及ぼしていたようだ。
「これはあくまで後付けの理由になっちまうが、そういった面も含めて俺は、アンタの下に喜んでついているってわけさ……つまらない話しを長々と悪かったな」
「いや、寧ろ納得がいってスッキリしたくらいだ」
「……怒らないのか?」
キョトンと瞳を丸くするレクスに、俺は肩を竦める。
「今更怒ったところで誰も得しないだろ?隙を見せた奴が悪い。それに」
俺は自分の持っていたグラスを傾ける。
「今日は酒の席だ。折角の美味い酒を濁したくはないからな……」
「……クッ……フフフッ……」
レクスが何故かツボったかのように笑いを押し殺す。
参ったといわんばかりに、片手で顔を覆いながら。
「なんだよ……?」
俺は真面目に言ったつもりだったのに……
思わず唇を尖らせる。
「いやぁ……やっぱアンタには敵わねえなって思っただけだ……」
そう言って口の端を上げた彼の笑みは、今までで一番屈託のない自然な表情だった。
話しを終え、時刻が日付を跨いだころだった。
近くで呑んでいた海兵隊にレクスが誘われたのは。
顔馴染らしく、二つ返事で答えたレクスは俺の背後の丸テーブルで仲良さそうに高唱を上げながら、ビール瓶をラッパ飲みしていた。
潔癖でナルシストで繊細なレクスは、ああいう雄々しい雰囲気は嫌いだと思っていたのだが……
レクス達が酒を飲んでは皆で肩を組み、淀みのない談笑声で喧騒を奏でている姿を俺は遠目に眺める。
彼らの姿は正気の沙汰ではない。
子供や真面目な大人が見れば、きっと後ろ指を指すに違いない。
それでも……例え肌の色や人種、文化が違おうとも。
彼らにとっての故郷はここなんだ。
常に戦場で命のやり取りという緊張感に抑圧され、ストレスのはけ口や、心のよりどころのない彼らにとっての……
この店の名前『Hometown of warriors』その由来が伝わってきたような気がした。
壁際に立つ古時計は、すでに午後二時を指していた。
そろそろ帰るか……
レクスは……楽しそうだからあのままにしておくか。
明日は非番だ。
レクスなら特別問題を起こすこともないだろう。
俺は二人が呑んだ分よりも少し多めの100ドル札をテーブルに置き、『Hometown of warriors』を後にした。
騒々しかった酒場を背に、名残惜しさを感じながら俺はウェスタンドアを開く。
来た時と違って外は漆黒で包み込まれていた。
夏の夜風がアルコールで火照った身体には気持ちよく通り過ぎ、物静かな街を月明かりが優しく照らしている。
今夜は満月か……
柄にもなく立ち止って、薄い雲の紗に見え隠れする姿に瞳を奪われる。
同時に感嘆とは相反して、久しく見たその蒼き威光に苦い思いを巡らせる。
復讐を遂げたあの日と同じ満月。
あの日を境に俺はずっと下ばかりを向いていた。
「俺は前に進めているのだろうか……」
アルコールがそうさせたのか、はたまた美しい姿に感傷でも抱いたのか。
ポツリと漏らした一言に、返事を返す者はいない。
こんな時間に外をほっつき歩く奴なんて、ろくでもない奴しか────
「────さあ、どうかしらね……」