maintenance(クロッシング・アンビション)11
「だから俺は!指揮官にこう言ってやったんだぁ!『てめぇのチンケな戦法を兵を酷使しなくても!俺の狙撃はここからでも当たるってなぁ!!』そしたらアイツは何て言ったと思う?『お前がもし一発でも当てることができたら、私はこの銃で自殺してやる』ってなぁ!笑っちゃうだろ!?五発も目標を射抜いた時のアイツの顔は!今でも忘れないくらいに滑稽だったよぉ!」
何十杯目かのテキーラを飲み干しながら、頬を真っ赤に紅潮させたレクスが得意げに語る。
彼がまだイタリア軍中佐であったころ、自陣から三キロ先の敵を射抜いた話しだ。
これを聞くのも今日で何十回目か……
「はいはい、すげぇな」
分厚いレアステーキを口に放り込みながら、俺は適当に相槌を打つ。
確かに凄い話しではあるが、流石に同じ話題ばかりでは聞き飽きてしまう。
そろそろ別の話題が欲しいところだが、レクスはキラキラとした少年のような瞳で何度も頷いている。
「そうなんだよぉ!!やっぱ隊長は分かってくれるよな!ここにいる連中なんて俺の話しをロクに信じちゃくれないんだぜぇ!?」
そりゃあそうだ。
そんな神業を、こんな場所で呑んだっ暮れている奴が言っても説得力ゼロだ。
共に死線を潜り抜けてきた俺だからこそ分かるが、多分コイツの言っていることが嘘ではないとしてもな。
「じゃあ何で軍を辞めたんだ?……お前は中佐という地位も、周囲を黙らせるほどの実力も兼ね備えていたというのに……わざわざこんなふざけた部隊で、俺のようなロクでなしの下に着く理由が分からないんだが……?」
そんなに上司に噛みつくなら、年下(だと思っていた)隊長の下なんざ、絶対嫌がるはずだ。
しかしレクスは初めて会った時から俺に対して親しげであった。
本来なら、リズのような拒絶反応を取られても不思議ではないのに……
酒も入っていたせいだろう。
無遠慮に何気なく聞いた質問だったが。
「……」
起床ラッパのように騒がしかったレクスが、いきなり押し黙る。
爛々としていたはずの瞳を意味深長に細め、グラスへと視線を落とす。
揺れる長い金糸の髪に表情を隠し、ダイヤモンドグラスに乱反射した自分自身を憂うように見つめる様は、まるで映画のワンシーンのようだった。
「レクス……?」
「あ、あぁ……ごめん……まさか隊長に俺の真意を狙い撃ちされると思ってなくてな……ハハハ……」
乾いた笑いを浮かべながら、レクスは動揺を誤魔化すようにテキーラを一息に飲み干した。
「……確かにアンタの言う通りだ……俺は弱いやつの下に着くのだけはごめんだね……」
飲み干したグラスを少し乱暴に置いたことで、中に入っていた氷がガランッ!と暴れた。
同時にギロリとこっちを睨むブラウンの瞳
まるで猛禽類のそれをイメージさせる……獲物に狙いを定める鷹のようなご剛直な眼だ。
それでも瞳を逸らさなかった俺に、レクスはフッと唇を綻ばせる。
「でもアンタは違う……俺はそれをよく理解している」
「何を根拠に?まさかあの噂を本気で信じていたのか……?」
世間で囁かれている俺の異名「月下の鬼人」……思えば最初に会った日からレクスは熱心にそれについて語っていた。
「それも無いとは言い切れないが、噂にはいつも尾ひれが付くもんだ……確実とは言い切れない。俺はそんな曖昧な情報なんかじゃなくて、真近でアンタの強さを目撃しちまったからな……」
「……真近で見ただと……?」
過去にどこかでレクスと会ったことが……?いや、そんな覚えは一度も……
「あー違う違う……フォルテの考えているのとはまた違うんだ……」
レクスはズボンのポケットから、焦げ茶の葉巻を取り出して火を付ける。
深い一呼吸が吐き出され、濛々と舞い上がる煙が、中二階を構成する木目の天井へと吸い込まれていく。
「……数か月前……アンタが初めて大統領と出会った時のこと、覚えてるか……?」
「なんだよ急に……?まぁ、忘れるわけがないな」
あの日から今日まで……アイツのせいで俺の生活は百八十度変化したからな……悪い意味で。
「アメリカ合衆国シークレットサービスが攻めて来た時、アンタは限りなく優勢だった」
「そうだった……な……?」
あれ……この話し、他の誰かにしたことなんてあったか?
「でも……アンタは負けた、何故か?」
「そりゃあ、優秀なスナイパーが俺を狙い撃ち……って、まさか……!?」
言っている最中に気づいてしまった。
あの時……優勢だった俺の態勢を崩した、姿なき敵からの正確無比な遠距離狙撃。
それもUSSSの隊員達の間を射抜く、数キロ先にある針の穴に銃弾を通すような離れ業。
そんなことできる人物は、俺の知る限り一人しかいない……
「そう、あの時アンタを狙撃したのは、この俺、レクス・アンジェロだったというわけさ……驚いたか?」
レクスはおどけつつも、一切隠そうともせず言い退けて見せる。
間近で見ていたっていうのはそういう意味か。
「……まさか俺をこうした元凶が、すぐ近くにいたとはな」
「でも、俺もあの時は今のアンタと同じくらい驚かされたんだぜ……」
「あの時……と言うのは俺のことを狙撃した時か?」
驚く要素なんててあったか……?
数か月前で記憶が曖昧な俺を横目に、レクスは遠い過去でも思い出すかのような哀愁に満ちた表情をグラスに映し出す。
「あぁ……俺はあの時、本気で仕留めるつもりで狙撃したのに、アンタは二千メートル離れた狙撃を躱しやがった。初めてだったよ……あんなに手ごたえのある狙撃を躱されたのは」
「……」
あれを避けることができたのは、正直たまたまだった。
長年にわたって培われてきた戦闘時の勘が、あの時僅かに危険信号を送ってくれたおかげで間一髪で躱すことができた。
……理論も理屈もない。ただの野性の勘。
きっとそれは魔術でも科学でも証明できない類のものだろう。
「結構ショックだったんだぜ……アンタの手を握れない程にな」
自分の手を見つめるレクス。
その指先が僅かに震えを生じさせていた。
レクスと初めて出会った時、彼は俺との握手を潔癖症という理由で拒否していた。
本当は己が内に秘めていた悔しさを、俺に悟らせないためだったのか。
「でもどうしてUSSSに……?まさか、イタリア軍にいたって話しも嘘なのか……?」
「いや、それは本当だ。それと俺は別にUSSSの隊員ってわけでもない……あの作戦に参加したのは、俺の上に立つ人間がどんな奴か見定めるためだ。イタリア軍を辞めざるを得なかったのは自分の責任であるにしろ、それでもやっぱ弱いやつの下に着くのだけはごめんだからな……」
「辞めざるを得なかった……?」
辞めたのではなく、辞めなくてはならなかった?
レクスはそれに気づいて失念を表すようにハッとしてから、自分の額を抑える。
「参ったな……今日は思っていたよりも酔いが回っているらしい」
相手に感情を読まれないように努める彼の口から、今日は様々な本音が漏れ出していた。
内心を独り言のように呟いてしまっている辺りが何よりもの証拠だ。
「本当は……イタリア軍を辞めたんじゃない。軍以外の組織に左遷されたんだ。事実上のクビだ」