maintenance(クロッシング・アンビション)3
「こ、今回の作戦は、テログループ組織における、核弾頭の回収、及び製造工場の破壊が目的です!」
アフリカ大陸上空。
夜中の輸送機内にロナの声が響く。
最近では、海外派遣が当たり前になっていたことに対し文句を言う者は皆無だった。
そして、もう一人の人格でないと戦闘が不得手なため、作戦時は主にバックアップを担当する彼女の緊張した声も、すっかり聴き馴染んでいる。
他の隊員達も、装備を確認しながら、そんな彼女の声に耳を傾けている。
「建物は地上四階、地下一階、問題はこの地下一階に輸送用の地下鉄が掘られていることです」
「でもそれは南アフリカ国防軍特殊部隊旅団の連中が抑えてくれるんでしょ?」
擦れ傷のあるニーパッドを装着しながらリズが呟く。
身体が重くなると嫌う人もいるが、スライディングなどで敵との距離を詰めるリズにとって、とても重要な装備だ。
「一応は、そうなってます。ただし、どんな不足自体が起こるか分かりません、彼らが失敗することも視野に入れ、作戦に臨んでください」
今回の作戦は、現地の特殊部隊と協力して行うことになっていた。
協力とはいっても、連中とは顔もあわせたこともないので、普通の専門業者と同じで書類やメールでやり取りをした程度の仲だが。
「……ッ……りょーかい……にゃ、作戦のフォーメーションはBかにゃ?」
メロンのような胸が引っかかるのか、ベルが着にくそうにプレートキャリアを装着している。
魔術で銃を生成するというチート持ちのベルは、他の連中に比べて比較的軽装だが、苦手な近距離戦を克服するため、今では本物(?)のハンドガンを装備している。
腕はまだまだだが、俺の指導の甲斐あって、今では七メートル範囲は当てることができる。
「いえ、今回は誘爆の可能性を少しでも下げるため、フォーメーションCです。核弾頭なんて今時古いですが、それでも侮ることはできない。引火させれば私達どころか、レキの方々も吹っ飛ばしかねませんからね……」
今ではフォーメンションを多少意識して動けるようになった隊員達。
戦場は何が起こるか分からない。
マニュアルなんてものは存在しない。
故に簡単ではあるが、いくつかのパターンを設定し、状況によって臨機応変に対応するよう指導してある。
ちなみにフォーメーションBは、前線、アキラ、リズ、ベル、中衛、俺、シャドー、後衛、ロナ、レクス、の通常形態となっていて、Cは俺とベルの役割が入れ替わる形になっている。
まあ……誰とは言わないが、
「アンタこの私に後方に下がれって言うの!?男の分際でッ!」
「おいおい隊長、俺が前線に出ても大して敵を倒せないぞ?……それに臭いがつく」
「……」
と、文句の多い奴と、文句すら言えない奴がいるため、それ以外が動くだけの本当に簡単なものだ。
「にしてもよ、今のロナの話しじゃないが、今時のテロ組織は核弾頭なんて扱っているところ本当にあるんだな……魔術爆弾の方がよっぽど扱いやすくていいと思うんだけどな……」
輸送機を運転していたレクスが会話に割り込んできた。
「多分、コスト面を考慮しても、威力を上げたかったんじゃないかな……今回の敵である、「H.A」は、ここ最近かなり活発で有名だけど、その悉くが敗戦。組織のリーダーが焦った挙句、状況を変える切り札として、低コスト低威力の魔術爆弾ではなく、高コスト高威力の核弾頭を作らせたのかも……」
確かに魔術爆弾は、簡易式のものだと起爆剤代わりの魔術と燃料で作れてしまう反面、威力はピンキリだ。その分、核弾頭の威力は絶対的な保証がある。
って、あれ?
いまコイツ……何て言った……
H.Aの活発?組織のリーダーだと?
「ちょっと待て、H.A敗戦?そんな話し一度も聞いたことないぞ?」
レクスが運転席から振り返る。
俺もそんな話しは一切聞いてない。
大体、今回の相手がH.Aだということも初耳だぞ。
「あ、あぁ……ごめんレクス。今の情報は私がネットで知ったものだから……」
「ネット……だと?」
さらっと告げたロナ。
そんなことまで調べられるのか……
情報社会ってこえーな……
「うん、ダークウェブサイトとか色々使ってね……言っても、購買記録とかの情報を総括した、私の憶測も多少入ってるから……確実とは言い切れないけど……」
えへへっ……と、いたずらがバレてしまった子供のように、銀髪の先を遊ばせ、気恥ずかしそうに答えたロナ。そのうち、俺のプライベートまで覗かれそうで怖いな。
見せるほどのプライベートなんて無いけど……
「だ、だとしてもよ……あんな運用しにくい殺戮兵器使って、一体何を攻撃したいんだか……どこかの国でも滅ぼしたいのか?」
「それが……不思議なことに敵対してるのは「一人」みたいなんだよね……」
「一人?なんじゃそりゃ?」
バカげた冗談のような話しに、レクスが鼻で笑う。
だが、ロナは至って真面目な表情のまま続ける。
「うん、嘘みたいな話しだけど……最近H,A内で頻繁に上がっている名前があるの、確か「紫水晶の豹」だったかな……」
一度も聞いたことのない通り名だ。
そいつが一体何が目的でH・Aに敵対しているかは知らんが、おかげでこうして俺達が駆り出される羽目になるとは……
全く、傍迷惑な奴もいたもんだ。
「ほんとッ……男の考えるようなことは本当に愚かね、幾ら強力でもたかが一人でしょ?それこそ魔術爆弾の方が効果的だと私も思うわ。数年前にも何回かあったじゃない。アメリカで魔術爆弾が使われたテロ」
「何回か……?」
俺の知っている有名な爆破テロは一つしかない。
数年前にあったアメリカ連続テロ爆破事件。
機密性の高い爆弾を使った巧妙な手口で、次々とアメリカの主要箇所を爆破した事件は、世間から身を引いていた俺でも知っているほど有名だ
なんせ、その結果が今の社会。危険な魔術に対抗すべく、世界的に銃の使用が緩和された社会だ。
しかし、その事件自体は割と耳に新しいだが……それ以外の事件なんて知らないし、聞いたこともなかった。
「あーあれだろ?模倣犯か何かが似たような手口で大使館に爆弾を仕掛け、起爆させる寸前で止めたやつな。あれって確か、アジア人の二人組とかで、まだ捕まってないんじゃなかったか?」
「う、うん……レクスの言っているのは「アメリカ大使館爆破未遂テロ事件」だね。確か……ロシア、中国の大使館が標的にされたんだよね……わ、私は詳しく知らないけど……」
そう思った俺とは対照的に、皆がそれを知っているような表情で話しを進めている。
その時、雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡った。
もしやこれが、若者の話しについていけない老人……って奴のなのか!?
思わず真顔になる俺。
いざ経験してみると、そのショックはデカい。かなりデカい。
sのせいで俺は、一言も発してなかったアキラだけが、一瞬だけピクリッ……と身体を反応させたことに気づかなかった。
「アジア人の二人組ねぇ……」
流し目でリズが俺とアキラを見る。
「な、なんだよ?俺達がやったとでも言いたいのか?」
ジェネレーションギャップのようなものを勝手に感じていた俺が、バツの悪そうな眼つきで見返してやる。
「……下らねえ……」
隣に座っていたアキラは短くそう告げた。
以前のやんちゃさは消え失せ、据えた瞳でMP7の弾薬を数えている。
あれ以来、任務中はずっとこんな調子だ。
「べっつにー……男って基本バカばっかりだから、まさかって思っただけよ?」
プイッとピンクの瞳を逸らし、リズは軽く鼻を鳴らす。
男という理由だけでなく、単純にアキラのしけた態度が気に入らないのだろう。
しかし、あからさまな挑発にも関わらず、アキラは反応しない。
誰も何も発しない、気まずい空気が輸送機を包み込む────
「……で、でも、二人は模倣犯じゃないよ。そのアジア人の二人組は、確か男女組だったし……だから……」
ロナにしては珍しく必死になって否定する様に、リズは大袈裟な嘆息を漏らす。
「冗談よ、何でアンタがそんなに動揺してんのよロナ。あと、言いたいことがあるならハッキリと言いなさい!後半の方は小さすぎて何て言ってるか分からなかったわよ?」
場の空気を緩和させようとしたロナのおかげで、何とか沈黙を破ることができたが……
やっぱり……隊の雰囲気が悪くなっているな……
どうしたものか……と悩む俺は、その元凶とも言える人物の方に目をやる。
俺の隣、右隣のアキラとは反対、輸送機のベンチに腰かけていたシャドー。
もともと存在が装備装着済みであるシャドーは、腕組したまま動かない。
コイツ……起きているのか?
微動だにしないシャドーにそぉーと手を伸ばすと────
ぺチンッ……!
「イテッ……!?」
手を叩かれた。
動作なしで。
コイツ……ッ!
それでも無言で触れようとすると────
ぺチぺチベチッ!
全部叩き落とされる。
イラッ……
ムキになった俺がまた手を出そうとしたところで……
スッ────
シャドーが人差し指を立てた。
『しつこい』
俺の眼前、シャドーは右手でそう答えてから、
『あと、それ、ギャップじゃない』
と、手話で表現してきた。
どういう意味だ……?
想像力の乏しい俺には、手話は難しくて困るな……
「隊長!戯れもいいが!そろそろ降下地点に到着するぞ!」
隊の空気に張りを持たせるため、レクスから檄が飛ぶ。
「よぉしッ!!各隊員ッ!!降下準備ッ!!」