Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》13
「────と、そんな感じで、新しい仲間としてやってきたロナ・バーナードだ」
ノーフォークの自宅、就寝前にそれぞれの時間を過ごしていた隊員達をリビングに集め、俺が適当にそう説明する。
「……ロナ・バーナードです……皆さんのお役に立てるように……その……頑張ります……」
ホワイトハウスから、俺のバイクにタンデムしてきたロナが、緊張を表すようもじもじしながら自己紹介をした。
「「「「……」」」」
その様子に、隊員達は言葉を失っている。
まあそうなるよな……
まさか亡霊の少女が仲間になるとは……
「あー文句があるやつは言ってくれ、ここはアメリカ、民主主義に則り、お前達の意見も合わせて最終的に決定しようと思う。ちなみに発案者であるベアードは賛成、俺は反対から渋々賛成だ……」
正確に言うと反対から賛成にさせられた(言いくるめられた)というのが正解だが。
「……か、可愛い……」
小さくそう聞こえた言葉に俺は耳を疑う。
今の、誰の女の声だ……?
ここにいる女はロナを除けばベルとリズだけ。
でもベルは語尾に特徴的な猫語がつくはず……つまり今のは……!
「お嬢様!」
俺の思考がその大声に途切れた。
いつの間にか片膝をついていたレクスが、ロナのちっちゃい手を握っていた。
突然のことで後ろに飛び退きかけたロナを、ラメが掛かったようなキラキラの瞳で見上げるレクスは、ここぞとばかりのイケメンボイスで────
「僕をどうか、あなたのような麗しいお嬢様の騎士にして下さい……!」
「え……!あっ……その……」
レクスの美女センサーに引っかかってしまったロナが、あまりの圧に慌てふためきながら、眼で俺に助けを求めてくる。
おーい、俺の時は潔癖つって手を握らなかったのはどういうことだ?
ていうか、今更だけどレクス、最初の時もベルではなくリズにアプローチしたりと。お前の女性に対するストライクゾーン低すぎないか?犯罪だぞ。
だが、よく考えたらベルは身体こそ成人だが中身は五歳児……ある意味この中では一番の年長者に手を出していることになるのか……
ん……?なんか分かんなくなってきたぞ……?
「はいはーい、困っているからあっち行けにゃ」
「グヘラッ!?」
やる気のない声と共に放たれたベルの上段蹴り────近接戦闘の得意な俺とリズが教えた格闘術を食らい、情けない悲鳴と共にレクスがソファーに吹っ飛ぶ。
「あのバカはいつもバカだからホッとくにゃ」
ヒラヒラと手を振って呆れるベル。
うーん、やはり長身なだけあって、近接格闘の威力としては申し分ないな。
と、ソファーに突き刺さったまま、煙を上げて動かなくなっているレクスのダメージレポートを俺がしていると────
「アタシはリズ、こっちのデカいのがベルよ、ま、まあその……よろしく……」
女性に対しては割と素直なリズが簡単な挨拶を済ませ、その隣では蹴りを放ったベルが、ニカッ!と笑って「よろしくにゃー!」と告げた。
ずっと俯き気味だったロナが、そこで初めて小さく笑みを見せながら、銀髪を揺らして頷いた。
やはり同性の方が気が楽なんだろうな……
家についての細かいルールは、やはりリズとベルに任せよう。
でもリズ、どうしてお前はそんなに顔を紅潮させて俯いているんだ?
ベルはいつも通りなのに、お前の頬だけ髪色みたいに真っピンクだぞ?
「おいフォルテ……」
「ん?なんだアキラ?」
ここまで一人もずっと黙っていたアキラが俺に話しかけてきた。
「コイツずっとオドオドしてっけど、本当に戦場で使えるのか?」
ここまで満場一致だった賛成意見に反して、本人の前で隠そうともせずにそう告げたアキラ。
それに何故かロナではなく、リズが睨みを利かせてくる。
なんか……今日のリズ、おかしくないか……?
「も、問題ない……はずだ。状況さえ合えば、俺なんかよりも強くて有能だからな。強いて言うなら俺がその手綱を握れるかどうかが問題だ……」
主に戦闘時、いつどこで発現するか分からないロアのことを……俺がどこまで制御できるか……それが一番の鬼門だろう。
いや、それはロアだけではなく、ここにいる全員が曲者ぞろい。
ほんと、サーカスの猛獣使いにでもなった気分だぜ……
「へぇ……とてもそうは見えねーけど、アンタだって最初は反対だったんだろ?具体的に
どの辺が使えそうなんだ?」
「それはだな……」
ロナ・バーナード、自称十五歳の恐らくアメリカ人。身長は150cm、体重40kg、スリーサイズは80.56.78.のDカップ。リズとベルを合わせて割って、おいしい部分だけを残したような体型だ。大人しい印書を表すような垂れ目なハニーイエローの瞳と、ストレートに伸ばした銀髪のセミロングが特徴的で、武器は散弾銃を好み、愛銃のベネリ M3と、ピアノ線を蜘蛛の巣のように使う。
赤子で捨てられていたところをカリフォルニア州シリコンバレーにあるバーナード教会に保護された孤児で、そのため両親はおろか、親族は誰一人もいない。だが、孤児院では同じ境遇の子供達と暮らしてきたため、血のつながりはないが、本当の家族と思っているらしい。
そんな子供達を、暴漢のような悪い連中から守るため、優しい性格である彼女が編み出したのが、もう一人の人格を生成することだった。嫌いだったケンカをしないため、ロナは物心つく前から無意識に、戦闘のみを行う好戦的人格を作り出していた。それがロア。ロア・バーナードだ。
ロアについて自覚したのは割と最近らしく、ロナは適当な部品からPCを生成できる程の地頭良さから知略。戦闘はロア。として使い分けようとするも、上手くコントロールできずに気が付くと入れ替わっていることが多いらしい。
ハマらないと弱体どころかマイナスにまでなってしまうのが問題だが、状況さえ噛み合えば絶大な効果を発揮するだろう。
その証拠に俺はロアにギリギリまで追い詰められていたし、そしてロナに至っては、とんでもないものを作り出していた。
「俺も初めて聞いたときは信じられなかったが、なんとロナは『アノニマス』を作った創始者なんだってよ」
「アノニマス……だと?」
俺の告げたその一言に、部屋の空気が一瞬で殺伐としたものに変化した。
クラッカー集団としては世界で一番有名な組織。アノニマス。その目的、活動内容、在籍人数など全てが謎に包まれており、各国の政府、大型企業などの情報をハッキングするなど、その実力は計り知れない。
その組織の親玉がこんな気弱な少女とは、誰も思いもしなかっただろう。俺もベアードに聞いた時はそうだったが、ロナに対する印象がガラリと変わるのは無理もない。
彼女自身は最初、軽い気持ちでハッカー同士が情報交換できる組織という概念の基、この原型を作ったそうだ。しかし気が付くと、アノニマスと言うだけあって、公認していない自称メンバーの出現により、組織の規模は統御できないほど無尽蔵に増幅してしまったらしい。
この事実を知ったベアードは、組織の統制、管理を政府に委託することを司法取引の条件とし、二重人格であることも踏まえてロナを解放したとのこと。
無条件で凄腕クラッカー集団を手に入れたおかげで、不愉快なくらいにベアードが上機嫌だったことを除けば、俺としてもその凄腕クラッカーがチームに入ることは正直ありがたかった。
こっちも────色々と、調べてほしいこともあるからな……
「フォルテ……アノニマスってなんだ……?」
ズコッ!!
真面目な顔でそう聞き返してきたアキラに、俺は何もないところで躓く。
「いやお前、そんな真面目な顔つきで分かってなかったのかよ!?」
「あ、あぁ……そんなに有名な組織なのか……?」
「有名って……アンタねぇ!アノニマスがどれだけデカい組織か知らないの!?」
「そうだぜ!俺達のような業界の人間なら、誰でも知っているハッカー組織だぞ!」
首を傾げるアキラに軍人上がりのリズと、いつの間にかソファーから復帰していたレクスが詰め寄る。
その様子にうんうんと頷くベル。
いやいやちょっと待て、お前は絶対分かってないだろ?
「そこまで凄えなら、なんか証拠見せてみろよ?」
「……証拠……ですか?」
「あぁ、ハッキングが得意なんだろ?なんかこう……ねーのか?私、ハッキング得意です、みたいな……」
先輩芸人が後輩に、いきなり一発芸を注文するような無茶振りだな……
それでも、新米ロナは健気にもその注文に応えるべく、顎に手を置いた状態で熟考してからこう告げた。
「……そうですね……携帯とか持っていますか?」
「携帯?あるけど?」
ポケットからスマートフォンを取り出したアキラ。
「はい、それをちょっと貸してくれませんか?」
「……別に構わねえけど、何をするんだ?」
アキラから受け取ったスマートフォンと、さらにロナがポケットから自分物を取り出し、両手に一個ずつ持った状態で操作を始めた。
ピピピピピピ────
目まぐるしく動く親指、左右に走るはニーイエローの瞳。
「おいおい、ロックが掛かっているのに何しようって────」
ピロロロロ!!
アキラが喋っている最中、リビングに誰かの着信音が響いた。
「わ、私のスマホ……?」
自分のスマホを取り出しつつ、そう告げたリズがスマートフォンを見ると────
「────なっ!?」
基本的に冷静沈着な彼女にしては、珍しく驚いたような反応を見せた。
画面を見たまま膠着しているリズに、他の連中が後ろから画面を覗くとそこには……
『アキラ』
アキラの携帯からの着信が入っていた。
「まじかよ……」
「嘘だろ……」
俺とレクスが同時に顔を見合わせる。
この数秒間でロナは、アキラのスマホのロックを解除し、男嫌いで番号を教えてくれなかったリズのスマホに通話をかけた。しかも、リズの画面表示はしっかりと『Akira』となっており、電話をかける前にきっちり登録まで済ませている手際の良さ。
「にゃにゃにゃ、にゃにがすごいのにゃ!?」
何が起こったのか全く理解できてないベルが騒ぐ。
って、やっぱ分かってなかったんじゃねーか!?
「これで……証明できましたかね?」
えげつないことをしたにも関わらず、純粋無垢な笑顔でそう告げたロナに、全員が息を飲む音だけがリビングに残っていた。