Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》11
「……っ、はぁ……」
外に映る、ワシントンD.C.の夜景に欠伸をかます。
眠い。
ここ最近、その単語だけが頭から離れない。
シリコンバレーの亡霊騒動から一週間が経ち、俺は再び定期報告のため、ホワイトハウスを訪れていた。
亡霊ことロナは、騒動の規模が大きいこともあり、普通の警察ではなく軍警察に引き渡した。
そのおかげもあってニュースなどで報道されることなく、世間を騒がせていた亡霊事件は、秘密裏に解決したのであった。
しかし、そんな活躍をしても仕事は減るどころか、寧ろ事後処理を全て押し付けられた俺は、停電の偽造文章やら、SNSに出回っていた俺達に関する情報の排除。使用した弾薬の数や請求などなど、科学に関してはド素人のベルの手も借りたいと思うくらい忙しかった。
死ぬほど休みたかったが、休めば命令違反で死ぬので、仕方なしにやってきたが……あーマジでダリィ……
今ではすっかり場所を覚えてしまった大統領執務室の前で、俺がノック代わりに扉をぶん殴ろうとしていると────
「────どうして分かってくれないんだ!!」
中から男の怒声が聞こえてきた。
ベアードの声に似ていたが、若干違う。
アイツよりもほんの少しだけ声質が若い。
「客が来る────話しは終わりだ……」
扉越しにベアードがそう告げたあと、執務室の扉が勢いよく開く。
中から俺よりも身長の低いダークグレースーツの白人男性と、見上げるほどでかい、真っ赤な鮮血を思わせるクリムゾンレッドのスーツを纏ったスキンヘッドの黒人が出てきた。
ホワイトハウス内だというのに、その黒人の背には二振りの刀が×状に装備されており、両肩から真っ黒い柄が飛び出していた。
誰だか知らなかったが、ここに来るということはそれなりのお偉いさんなのだろう。差し詰めVIPとその護衛とでもいったところか。
さっきの怒声から察しはついていたが、ダークグレースーツのそのVIPは不機嫌を露わにしながら俺の横を通り過ぎて行ったが、なぜか護衛の巨漢は立ち止った。
「んだよ?」
虫の居所が悪かったのと、見下ろされることの不快感から、俺は巨漢の護衛を睨めつける。
コイツ……ただデカいだけじゃない。
スーツの下からでも分かる巨体は、全部筋肉だ。
雰囲気は大らかだが、クリムゾンレッドのスーツはまるで今まで浴びてきた返り血を表すような……タダものではない雰囲気を漂わせている。
何秒間そうしていただろうか……
互いに睨み合っていると、巨漢の男の方から口を開いた。
「────いや、済まない……悪鬼の気配を感じたが、どうやら私の勘違いだったらしい……失礼するよ……」
なんかよく分らんことを言いつつ、巨漢の黒人はスタスタとVIPの後を追う。
なんだ?アイツらは……?
「待たせて済まないフォルテ、さあ入りたまえ……」
開いた扉の横で怪訝顔で佇む俺に、執務室内にいたベアードがそう告げた。
「こんな夜に俺以外の訪問者とは、大統領様も暇そうに見えてお忙しいんだな」
俺は嫌味交じりにそう告げると、ベアードは肩を竦めた。
「別に、今のは仕事とは無関係だ、君ほど忙しくはないよ……」
分かっているならもっと仕事減らせよ……
いつもと変わらぬ余裕綽々な様子に、俺が苦虫を噛み潰したような表情を向けつつ、勝手にアンティークチェアーに腰掛ける。
「で?その俺のお忙しかった仕事の結果はどうなったんだ?」
欠伸を噛み殺しながらそう訊ねる。
「なんだ、やっぱり心配なのか?あの教会ががどうなったのか?」
「……別に、そんなんじゃねえよ……あれだけ書類を作らされて『意味がありませんでした』じゃあ、流石に納得いかないからな」
そう告げた俺の言葉にフッ……とベアードが笑った。
クソッ……一挙動一挙動がいちいち癪に障るやつだな……
「君が作ってくれた報告書……私の方で調べさせてもらったが、確かに事実だったよ……彼女、ロナ・バーナードは、シリコンバレーにあるバーナード教会の孤児であり、5haある教会の土地を譲れと、様々な企業が押し寄せていたことも確認済みだ……」
事後処理の一つとして、ロナ言っていたことが嘘か本当か協会について調べてみると、余程の資産家だったのだろう……教会や孤児院の他に、畑やら果樹園やら、子供達が遊ぶ小さな山まである、一球場程のサイズであることが分かった。
そこで、実際に訪れて話しを聞きに行くと、今は国の土地に返還されて、まだどこも買い取っていないこと。
もし企業が買い取ってしまうと、教会は建て壊されて孤児達の行き場がなくなってしまうこと。
そして、ロナや死んだおじいさんの人柄についてなど、教会の子供達が丁寧に教えてくれた。
その話しを聞いて俺はあることを決意し、嫌々ながらもベアードにお願いをしていた。
「ほら……これがお望みのものだ……」
ベアードが執務室の机から一枚の書状を取り出し、俺に向かって放る。
パシッ!とキャッチした書面には、『土地権利書』と記載がされていた。
「これまで企業間で行われた不正、裏金には目を瞑る代わりに、あの土地をこの私が、国が代理に買い取った。もちろんこれは公にはされてないことだがな……仮にもし買い取るものが現れたとしても、あそこにいる子供達が成人するまでは、教会や孤児院を潰さないことを条件に入れることも含め、全て君が頼んだとおりにしておいたよ……」
「そうか……悪かったな、余計な仕事を増やしちまって……」
書面を確認しながら適当にそう告げる。本当はコイツに礼を言うなんて反吐が出るが、形上でもそう言っておかないと、機嫌損ねてこれ以上無理難題を押し付けられても面倒だからな。
「いや、お礼を言いたいのはこっちの方だ、おかげで大手企業達に一つ貸しを作り、君達という私の懐刀も抑止力としていい具合にちらつかせることができた……この程度で君に感謝されるなら、寧ろ安いくらいだ……」
……まじで?
数百万ドルの土地で安いっていうなら、もっと色々とお願いすればよかった。
リゾート地の別荘が欲しいとか、長期休暇が欲しいとか……
「────それにしても、君は優しいんだな……」
機嫌が良さそうなのでついでに何か頼めないかと模索していた俺に、ベアードがポツリと呟いた。
コイツにしては珍しく、冷淡ではない優し気な口調だ。
「まさか、こんなところまで肩入れするとは思わなかったよ……」
感心するようなベアードの態度……今まで見たことなかったが……な、なんか気味が悪いな……
もしかしたら、疲れすぎて俺の聴覚までやられたのか?と疑うほど不自然な態度に、俺はむず痒さからベアードの顔を見ることができない。
「そ、そんなんじゃねーよ、俺はあくまで人類は皆、選択肢は平等に配られていると考えているだけだ。今回はロナの独断だったとはいえ、あの教会の子供達はああするしか選択肢がなかった……だから俺はその選択肢を作る期間として、代わりに土地の管理をしてやったに過ぎない。今後あの子達が成人し、責任が生じるようになったあとにどんな選択を取るのかは知らないが、その時はもうあの子達の責任だ。それで死のうと捕まろうと俺の知った話じゃない……だが、ベアード、もう一つの話しの方はどうなっているんだ?」
話の途中でそのことを思い出した俺がそう訊ねると、ベアードも口元が一瞬だけ緩んだような気がした。
「あぁ……その前に紹介しておきたい人物がいるんだ……」
「────こんな時間にか?」
執務室の外……ベアードの奥の窓に見える景色は真っ暗。腕時計を見れば、もう二十時を回っているくらいだ。
不審に思う俺の手前、ベアードが「入りたまえ」と短く言ったのと合わせて、執務室の扉が開いた。
そこにいたのは────
「お前は……!?」