すれ違う思い
銃声と共に、アタシの自慢の金髪のポニーテールと着ていた白のブラウスの襟元の赤いリボン、黒のラッフルスカートが銃の衝撃に合わせて上下に小さく揺れた。轟音と共にアタシのDesert Eagleの放った銃弾がターゲットの的をぶち抜いて倒れる。七つの的に風穴を開けたあと、スライドがホールドオープンした銃にアタシはマガジンを引き抜いて、リロードしながらちらりと壁の時計の時刻を確認すると11時を過ぎたくらいだった。
朝食を済ませたアタシは鍛錬のため、フォルテに教えてもらった街の射撃訓練場に来ていた。射撃訓練場と言っても表向きは観光に来た人向けの遊びの実弾射撃場なのだが、いつものように「フォルテに紹介されてきた」とだけ伝えると、部屋の中なのにスクエア型のサングラスをかけたマフィア風の細身の日本人男性が「ついてこい」と一言だけそう言うって後ろについていくと、一階の一般人用の射撃場とは別に作られた地下の射撃場に通される。
この街に来てからほぼ毎日アタシはここで射撃練習しているが、ここに来て銃を撃つごとに段々とイライラを募らせていた。別にその原因がここの環境が悪いとかそういう理由ではない。むしろここは一階にある射撃場と違い、表の看板には存在自体も書いていないことから、おそらく限られた人間だけが使えるVIP専用の射撃レーンだ。アタシがここ一週間毎日ここに足を運んではいるが、アタシ以外の人がここを使っているのを見たことが無い。建物内の設備も全てがきっちりしていて、安全のための防弾ガラスやターゲットとなる的はもちろん。銃の種類もM4アサルトカービンやベレッタM92ハンドガンのようなポピュラーな物からMATEBA Modello 6 Unica通称マテバ・オートマチック・リボルバーやドラグノフ狙撃銃といったマニアックなものまで幅広く用意されており、SASの訓練施設にあった射撃場よりも使いやすのでは?とアタシは心の中で思っていた。正直、銃が撃てて誰かに害を及ぼさない場所であればアタシは別にどこだって構わないのだが……
アタシはリロードを終えたDesert Eagleを再び的に構え、怒りに任せて引き金を引く。7発の轟音と共に10m~30mの的に全て風穴を開け、銃のスライドがホールドオープンする。
地下の射撃場に静寂が戻り、アタシは以外の射撃音が無いことに再びイライラする。そう、アタシがイライラを募らせているのはこの地下射撃場にアタシ以外いないことだ。正確に言うとここを教えてくれた張本人が一度もここにきていないことにアタシは腹を立てていたのだ。それだけではない、今朝の浴室でのことにも腹を立ててはいるが、そんなことよりもアイツはここ一週間ずっと銃の練習はおろか、鍛錬の一つしている様子が無いのだ。
(何が店の経営が忙しいよッ!!)
アタシは心の中で独り言ちた。なんでもフォルテはこの街で「BLACK CAT」という珈琲店を営んでいるらしく「店の経営が忙しい」とだけ言ってここ一週間ずっと朝食を作ると家を出て行ってしまい、夜には帰ってきて夕食を作り、また店に戻って仕事をするという生活の繰り返しだった。アタシはそんなフォルテになにか嫌悪感のようなものを抱いているのだ。SEVEN TRIGGERの元隊長と聞いてどのような生活をしているのか少しだけ楽しみにしていたのだが、この街のアイツは別にどこにでもいる珈琲店のマスターと変わらないのだ。アタシはそんなフォルテに心底ガッカリしたのだろう。さらにそれと合わせてフォルテは皇帝陛下や神器を探す気が微塵も感じられないことも相まって、新生活から早一週間、アタシの怒りは爆発寸前まで来ていたのである。
ホールドオープンした銃のスライドリリースレバーを戻し、黒のニーソックスの上に着けたレッグホルスターに銃を終い、耳に着けたヘッドフォンを外しながらアタシは買っておいたスポーツドリンクを、喉の渇きとイライラした気持ちを切り変えるために勢いよく飲んだ。
「はぁ……」
アタシ、こんなところで何しているんだろう。そう思うと自然に口から漏れたため息が静かになった射撃場に響く。アタシは皇帝陛下の父と奪われた神器を探すために今回の任務を引き受けたのだ。決してこんなところで鍛錬するためにアタシはこの極東の港町に来たのではない。鍛錬なんてこんな所でやるより、SASの訓練施設でいくらでも高度なものが行えていた。
アタシは左手にペットボトルを持ったまま射撃レーンの近くにあったベンチに座った。フォルテに対してのイライラした気持ちを抑えるために、アタシは大きく深呼吸をした。
多分ここ一週間なにも進展がないことに焦っているんだろうな、と深呼吸で少しだけ冷静になったアタシはベンチに寄りかかりながら、金髪のポニーテールを胸の前に垂らして毛先のいじりながらそう思った。
ケンブリッジ大学のテロ事件から二週間が経ってはいるが、未だに例の「ヨルムンガンド」の組織に繋がる情報は入ってこない。テロ事件で使っていた銃の旋条痕や購入番号を調べてはいるらしいが、女王陛下からその件についての連絡はまだ入ってきていなかった。フォルテは仕事ばかりで何か情報を探している様子はない。すぐにでも皇帝陛下や神器を探したいアタシは、そんなフォルテのどこか落ち着いてるのか、それともやる気のないのか分からない態度を見てアタシは焦っているのだろう。
本当にあいつは気に入らない。アタシは心の中で今朝と同じように心の中で呟く。ケンブリッジ大学のテロ事件の時からそうだったが、テロ事件開始前の時や、リリーが警備員の男に銃口を突き付けられた時に見せていたあの余裕そうな態度、どんな深刻な事態に陥っても、アタシと違って冷静さを保っていられるような、そんな態度がどこかアタシの癪に障るのだ。
なぜだろう、とアタシは考える。今まで自分よりも優れた人間など敵味方問わずいくらでも見てきたし、そう言った人を見ても憧れや嫉妬のような感情を覚えたことはほとんどなかった。
それに、フォルテに対してのこの感情はその類のものでは決してなかった。
じゃあアイツに抱いているこの異常なまでの苛立ちの気持ちは何なのか?
アタシはベンチに座って組んだ足の上で自分の金髪のポニーテールの中から枝毛を探した。
多分このフォルテに対しての苛立ちの感情は、アイツの実力を完全に認めてないのが原因なのだろう。
アタシよりも実力のある人間はやはり努力をしている。もちろんその努力はアタシ以上に時間や質のあるものだ。だがアイツは毎日毎日仕事仕事と日本人の社畜そのものように働いて、努力どころか武器の調整すらしていなかった。しかも質の悪いことに努力をしていないのにも関わらず、あのどこからくるか分からない余裕な態度、いくらSEVEN TRIGGERの元隊長とはいえ、その時のアイツがどんなだったか知らないアタシからしたら、まるでテスト勉強をしないで「勉強しなくても大丈夫だよ~」といいながらテストを受ける子供と同じくらい見ていて見苦しい。
(アタシに負けたくせに……)
しかも「神の加護」を使ったとはいえ、フォルテはアタシに一度負けているのだ。負けた相手によりも鍛錬をしていないというのは、それはアタシの中では許せないタブーのようなものだった。
そんなフォルテのことを考えていると、アタシの頭の中でアイツの優男のような表情が目に浮かんで、左手の空になったペットボトルを握りつぶした。だが、それと同時に今朝のがっくりと肩を落としてキッチンに引っ込んだ時の顔を思い出して、いい気味だわ、と、ふんと軽く鼻を鳴らし澄ました顔をした。
すると射撃レーンのテーブルにマナーモードにして置いてあったスマートフォンが、誰かの着信を知らせるために小気味いいバイブ音をさせながら急に振動した。誰もいない射撃場だったので、突然の着信音にアタシは一瞬だけビクッとした。まるで予期せぬところから狙撃されたようなあの感覚に近いものを感じながら、電話してきた相手を見る。アタシのスマートフォンは妹のリリーと違い、登録してある人がだいぶ限られているで誰が電話してきたかはおおよそ見当がつくのだが……アタシは電話の着信表示を見る前から相手がイライラの張本人であることだということにため息をつきながら電話に出た。
「もしもし、セイナか?」
何やら辺りに多くの人が雑談でもしているのか、騒がしい声の中からフォルテが忙しそうな様子で電話をしてきた。電話の向こうからは、周りの人の雑音とは別にカチャカチャと音を立てながら食器を洗うような音が聞こえてくるところから、おそらくフォルテは肩と頬にスマートフォンを挟んだ状態で、同時に店で作業ながらアタシに電話してきたのだろう。
「なに?お店の経営が忙しそうなフォルテさん」
電話前からのイライラしていたので忙しそうなフォルテに嫌味ったらしくアタシはそう言うと、フォルテは手元の作業を止めずに
「別に、朝の一番の客も捌いたから……はいッ!!BLTサンドどうぞ!!……今はだいぶ空いている方だよ」
店の客に料理を持っていく合間にそう答えるのだった。
人の嫌みが通じてないのか、それとも嫌みに対して嫌みを被せてきたのか、はたまた天然なのか、どういうつもりでそう返してきたのか分からないアタシは、イライラを隠そうとせずに電話に向かって言う。
「そうですかッ……で、要件はなに?アタシはあんたと違って鍛錬で忙しいから早くしてくれない。」
今は別に休憩中だから別に忙しくないことを伏せてそう言うと、作業をしていたフォルテの音が一瞬だけ止まり。
「そうか、忙しい時に邪魔して悪かった」
申し訳なさそうにそう呟いてから再び手を動かし始め。
「今日の夜18時に武装した状態で、街の北にある駅の方に来れないか?少し手伝って欲しいことがあるんだけど……」
「手伝って欲しいこと?それって皇帝陛下捜索と何か関係あるの?」
「もちろん、今回の仕事自体に直接的な関係性はないんだけど、今後必要になってくる仕事が入ってね。一人でもいいんだけど、実戦だからセイナも一緒にどうかなと思って誘ったんだけど、どうかな?」
一週間ぶりの実戦と聞いてアタシは電話越しに思わず笑みを浮かべた。
「い、行く!18時に駅で待っていればいいのね?」
アタシはようやくきた皇帝陛下関連の仕事に高鳴った気持ちを抑えきれず、若干声を上擦らせながら、食い気味にそう答えた。
「うん。あと電車に乗るから、なるべく武器は目立たないように隠しといてくれ」
「分かったわ」
「じゃあ、また夜に」
そう言うと電話が切れた。
重く感じていた腰が電話した後にどこか軽くなったことをアタシは感じながらベンチから立ち上がり、右足のレッグホルスターから銃を抜いてリロードし、セーフティを解除しながら早歩き気味に射撃レーンに入って再び銃を撃ち始めた。愛銃の放つ.50AE弾の鈍く重みある銃声がアタシ以外誰もいない地下射撃場に響く。その銃声は数分前と違って、撃つたびにイライラが増すものではなく、今では撃つたびに気持ちが高鳴っていくのをアタシは無意識に感じていた。
だが数時間後、フォルテの話しをしっかり聞いてなかったことにより、この気持ちの高鳴りが地の底まで下落するのを今のアタシは知る由もなかった。