Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》8
バァンッ!
装甲車のドアを蹴破り、リズが飛び出した。
その手には、陽光を受けて黒い輝きを放つ、漆黒の銃身。ステア―AUGが構えられていた。
プシュッ!
外の阿鼻叫喚に紛れ、小さな銃声が響いた。
減温器付の銃身を扉に固定し、躊躇なく放った一発が、突っ込んできた赤いポルシェの左前輪に着弾。破裂したタイヤの方に傾いた車体が、間一髪で装甲車を避け、歩道に連なる街灯に激突して動きを止めた。
ポルシェの運転手、スーツに身を包んでいた男性はぐったりとしていたが、エアバッグが作動したおかげで死んではいないようだった。
「ナイスだリズ!」
命令するよりも速く動いたリズのおかげで、なんとか衝突は免れることができた。
普段は脳筋だが、それでも、こうした突発的異常時に臆することなく、瞬時に行動できるところがリズの強みであり、誰にも真似することができないことだ。
「礼なんていいからッ!それよりも、前を走っていた輸送車を見失った!現在地の座標はどうなっているの……!?」
アサルトライフルのスコープ越しにそう告げるリズに、俺が車のバッテリーで動く、外部の影響を受けない独立したモニターの情報を読み取る。
「まだ交差点の中央で立ち往生している!!目視できるか!?」
「できないッ!!他の車同士の事故に紛れて判別できない!!」
リズの言う通り、窓の外に広がる光景は、数分前では想像できないほどに混乱していた。
車同士の衝突、運転手達が怒声を上げ、通行人は逃げ惑う。
非現実的なその光景に、中には「映画の撮影か!?」と、カメラマン気取りになってスマートフォンを掲げる者までいる始末だ。
「全員車から降りるぞ!一般人を保護しつつ、輸送車を護衛するぞ!」
ここで指をくわえていても何もすることはできない。
俺の指示に、他の隊員達が頷き、自分達の獲物を手に取り飛び出そうとしていると準備を始めた直後
ダァァァァン!!ダァァァァン!!ダァァァァン!!
周囲に響いた銃声が、喧騒に包まれていた交差点を黙らせた。
そのほんの一瞬……人々の視線がそれに集まった瞬間────再び時は動き出す。
「キャアアアアア!!!!」
女性の金切り声を発端に、全ての一般人がまるで雲の子散らしたかのように交差点から逃げ出し始める。
「フォルテ!あれ!!」
車から飛び出たアキラが指差した先には────白磁に輝く、近未来を思わせる流線型のボディ。
人……いや、あれは……!
「戦闘人形か!?」
昨日の演習でも使った、自立移動型の人形が、手にしたAK‐47をゲリラの如く天へと向けていた。
その数、いち、に、さん……次から次へと事故車両からわらわらと湧いて出てくる。
ざっと数えて三十体ほど姿を見せた戦闘人形達は、交差点の中央、現金輸送車の方を向いていた。
「おーおー団体観光客様のご到着のようだぜ!」
映画俳優のような演技がかった言葉を漏らすレクスが、持っていたM24A2のボルトレバーを引き、薬室に弾を込めて臨戦態勢に入る。
亡霊は、多分これが罠だということに気づいていた。
それでもこうして大胆な手口で仕掛けてきたということは……俺達に勝てると踏んでいるのだろう。
────いや、待てよ……
果たして本当にそれだけなのだろうか?
今までの手口にない、戦闘人形を使ってまでの強引な手段。
俺が思考の片隅に何かの引っかかりのようなものを感じていると────
「……ッ!」
獲物を前に我慢できず、リズが無鉄砲に突っ込んでいく。
あのバカッ……!
さっきと違い、図らずも今度は悪い癖の方が表に出てしまった。
「各自散開ッ!!」
俺の指示に各隊員が、SENTRY CIVILIANから散るように動く。
リズが前面、アキラとベルが左右に、レクスは後方へ。
「いいかッ!相手はただの銃を与えられた人形だ!!遠慮はいらん、まとめて廃材にしちまえッ!!」
鼓舞するようにそう告げた言葉に、全員の眼が歓喜で震える。
そりゃあそうだ。
ここ一か月ずっと、壊すな殺すなとお預けを食らってた連中の枷を解いたんだ。
そういう意味では、ここまでの訓練や連携の成果を確認するには、丁度いい相手かもしれない……
────さて。
「ん?どうした隊長?」
それぞれが得意な距離に向けて駆け出していく中、俺だけがSENTRY CIVILIANに残っていることに気づいたレクスが声を掛けてくる。
「いや、ちょっと気になることがあってな……」
車内から小型の対EMP処置の施された端末を取り出し、背後に鳴り響いた爆音へと眼をやる。
ベルが魔力で錬金した四連ランチャーで吹っ飛ばしたベンツが宙を舞い、リズとアキラがBMWを遮蔽物に、白磁の戦闘人形達を鉛玉で穴だらけにしていく。
こっちは俺がいなくても大丈夫そうだな……
「レクス、この場はお前に任せる……何かあったら連絡を入れろ」
「構いはしないが、折角の戦場から抜け出して、隊長はどうするだ?」
レクスが眉を顰めたのに対し、俺は電子デバイスをヒラヒラと見せつけながら、頬を緩ませた。
「デートの誘いだ、俺宛のな……」
バラの花には棘があるように、どんなに綺麗な物にも必ずそうでない部分が存在する。
ただ、人はそれを見てないふりをしているだけで、表面だけで美化しようとする部分がある。
それは────カリフォルニアも例外ではない。
交差点から抜け出し、裏路地に入った俺は、端末を頼りに慣れない道を走る。
表通りとは違い、日差しも差さない路地を進んでいくと、目的の場所が眼に入る。
更地に建てられた、建設途中で放棄された建物。
いや、建物と呼べるのかも怪しい……富裕層の街には似つかわしくない、鉄骨がむき出しになっている建築物だ。
そのすぐ近く、目の届く距離に建てられた四階建ての大きな建物。
六芒星のマークが特徴的な、アメリカの大型魔術企業「ダブルヘキサグラム」の本社が、自分達が最先端であることを宣言するかのような出で立ちで、高層ビルを構えている。
調べたところこの建物は、元々は魔術を売りにしていた企業が建てる予定だったものらしいが、建設途中で企業は競争に敗れて破産。結果、白紙になった作りかけの建物のみが残ったといった寸法だ。
丁度その姿は、昨日部隊の訓練を行ったノーフォーク海軍基地の訓練場に似ていた。
右腕しかない俺はレッグホルスターから銃を抜き、ゆっくりとその鉄骨の造形物に入っていく。
窓や壁、柵なんてもちろんない。
肌寒いワシントンD.C.と違い、カリフォルニアの暖かい風が、建物に直接流れ込んでくる。
その風の感触や、剥き出しのコンクリートの地面を歩いていくうちに気づいたが、長く放棄されていたはずの建造物の割には埃っぽくない。まるで誰かが定期的に清掃しているかような……そんな違和感が告げてくる。
どうやらここが俺の戦場で間違いないらしいな……
辺りを警戒しながら四階まで到着すると、そこは他の階と違って仕切りすらほとんどない、柱のみで構成された立体駐車場のような場所になっていた。
────いる。
何かの気配を感じる……
眼と片腕を失くしたせいか、最近聴覚の強化された俺は確信する。
感じた気配の先────だだっ広いその空間の中央へ視線を向けると、長いコードが引っ張られた古びた演算装置、大きなアンテナに、冷却装置……だけでは熱膨張してしまうのか、気休め程度の日本製扇風機まで置いてあった。
カチカチカチカチ────
その機材達に囲まれた中央から、最近嫌と言うほど聞いた不快なキーボード音────だが、その速度は俺よりも数十倍は早い。
途切れなく響くその音を頼りに、ゆっくりと近づいた俺は────
「動くな……」
キーボードを操作していたボロ布へと銃口を向けた。