首輪を繋がれた悪鬼《パストメモリーズ》7
扉を開けて部屋に入った俺は、部屋の隅で尻もちをつくギャングに尋問していた、背中を覆うほど大きな刀身を持つ大剣────分類で言うなら「クレイモア」を背にしたアキラに声をかけた。
「なんだよ……隊長か、誰か見ているのは分かってたが、撃たなくて正解だったな」
手にしていたサブマシンガン、H&K社のMP7二丁を手に振り返ったアキラに、俺は眼光を鋭くした。
着用していた黒い戦闘服から顔の頬にかけて、真っ赤な返り血がべっとりと付着していた。
血の臭いの正体はやはりアキラか……
アキラ。おそらく日本人。身長162㎝、体重58Kg。年齢や出生については全てが不明……というよりも、何故か閲覧不可とされている人物。多分15、6歳くらいだとは思うのだが……見た目以上のことは何も分からない。
「殺しは厳禁だと、日本語で伝えたはずだが?」
自分の命が掛かっているだけに俺の口調も強くなる。
だが、そんな安っぽい脅しに屈することも無く、アキラは嘲るように血の付いた頬を吊り上げた。
「ふん、平和ボケした日本人みたいなセリフだな。俺達は大統領直轄の殺しのエキスパート、そしてここは戦場だ。弱肉強食の世界で手を抜くことは逆に愚かだと俺は思うんだが……?」
ジャキッ────
アキラが鋭い眼光で、銃口を尋問していたギャングへと向けた。
────マズイ……コイツ、本気だ。
本気でこのギャングをを殺そうとしている……
それはつまり、俺自身に銃口を向けられていることと同等に値する。
だが、いま完全に殺しのスイッチが入ってしまっているアキラを止めれば、その矛先が俺へと向く可能性は十分ある。
負けはしないが、加減できずにアキラを殺してしまう可能性は高い。
それはつまり、俺自身に刃を向けることと同等に値する。
仲間と言っても出会ってまだ数時間しか過ごしていないのだ……俺からしたら、ここにいるギャングへの敵愾心も、アキラ達への信頼もはっきり言って大差ない。
クソッ……ホントふざけた首輪だぜ……アトンメントリング……
誰も殺すなという命令のせいで、俺にとってこの建物内の命は敵味方問わず、全てが俺とリンクしていることになる。
アキラが引き金に掛けた指に力を入れるのと同時に、黒いチョーカーが俺の首を締め上げている。感じがした。
だがどうする……この場を穏便に済ませる方法は────
「────分かってねーなーお前は……」
「……あぁ?」
片手でやれやれと頭を振った俺に、ギリギリのところでアキラが銃口を引っ込めた。
咄嗟に出た苦し紛れの言葉だったが、よ、よし……なんとか銃口を外させることはできたぞ……
だが、俺はそれ以上のことを考えてなかったので、振り返ったアキラにどや顔を見せるというただの煽りになってしまっていた。
「俺が何を分かってねーと言いたいんだ?フォルテ……」
遊んでいた玩具を取り上げられた子供のように、アキラは俺にガン垂れる。
分かってねーのは俺なんだけどな……
「つ、強さって言うのは、何も人を殺すことだけがそうとは限らないんだぜ……?」
とりあえず殺しを止めさせるためにそうは言ってみたものの、まるで圧迫面接にあった時のちぐはぐ回答のような物言いに、アキラは納得いってない様子だ。
「殺すのは簡単だ……けど、殺さないで生かしといてやる、つまり……手の上で転がしてやった方がほら……手玉に取っているって言うか、その方が強いだろ?」
師匠からの受け売りを上手くつなぎ合わせながら、なんかそれっぽいことを言ったつもりだがどうだ……?
片目でチラッとアキラを確認すると、なんだか哲学的なことを考える学者のような難しい顔をしていた。
あともう一押しで何とかなりそうだが……これ以上は言えることは……
「それとも、お前はそんなこともできないのか?」
「なに……?」
アキラの表情がキッ……!と急変した。
よしよし……思った通り乗ってきたな……
「まぁできないなら仕方ないなぁ……所詮お前はその程度の力しかないと言うことだな……いやーごめんごめん、無理な期待しすぎた俺が悪いんだよなぁ……」
「おいちょっと待て、誰ができないつったよ?」
額に青筋を浮かべるアキラが、我慢できずに俺につっかかる。
余程力がないと言われたことに腹を立てたらしい……
「いいよッ!てめぇの言う通りにやりゃあいいんだろ!?」
いや、殺りはするなよ?
銃口を引っ込め、ズカズカと部屋の外へと歩いていくアキラにそう念じた俺は、そこでようやくため息を漏らす。
にしても、初めて会った時からプライドが高そうだなと思ってはいたが、ここまで簡単に釣れるとはな……
血走りやすく、殺しに走る傾向有り……現メンバーの中では一番注意すべき弱点だな……
「さて……」
ダァァァァン!!
アキラが居なくなったことに安堵していたギャングに向けて、俺はコルト・ガバメントを発砲した。
「いやー流石は隊長!世間で「月下の鬼人」と呼ばれるだけあって、鬼のような活躍ぶりだったな!」
運転席でそう告げたレクスが笑いながら肩をパンパン叩いてくる。
知ってたのか……俺の正体を。
どうりで初めて会った時から、見た目は年下の俺に随分寛容だなと思っていたが、そう言うことなら辻褄が合う。
自分で言うのもあれだが……「月下の鬼人」という異名は、裏の世界ではかなり畏怖されている存在であるからな……本当はただ、生活費を稼ぐためにマフィア狩りをしていただけなんだけどな……
実際に見たこともない人の噂と連なって、名前だけが独り歩きしている部分もあるんだろうな。
その証拠に、俺の異名を聞いた他の三人の反応も様々で────
「ゲッカノキジン……って、なんにゃ?」
「へぇーあれって本当に存在したんだ。アタシはてっきり、単なる都市伝説みたいなもんだと思っていたわ」
「月下の鬼人とは……アンタも随分物騒な二つ名を持ってるんだな……」
と、一番年下のはずのリズだけが知っていて、他の二人は存在すら全く知らないといった感じだった。
もしかしたら、レクスとリズは軍人ということもあってそれらの要注意人物には詳しいのかもな……
「バッカお前ら、「月下の鬼人」ってのはな────」
レクスが自分のことでもないのに、嬉々として逸話を語りだしたのに対し、俺はそれを恥ずかしさ半分、自分の不始末に耳が痛いの半分でふて寝することにした。
たった一日でがらりと変わってしまった俺の生活第一日目。
これをあと二年続けなければならないと思うと、ほんと先が思いやられるな。
防弾ビーグルのエンジン音を子守唄代わりに眠りにつく俺は、その時はまだ知らなかった。
これが────ほんの序章に過ぎなかったということに────