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SEVEN TRIGGER  作者: 匿名BB
紫電の王《バイオレットブリッツ》
18/361

忍び寄る影

 少しやりすぎてしまっただろうか?

 アタシの一言に、この家の同居人でありパートナーでもあるフォルテ・S・エルフィーが、肩をがっくりと落とし、リビングからキッチンの方にとぼとぼと歩いていく後ろ姿を横目で見ながら少しだけそう思った。

 いや、そんなことはない。今朝の件を考えれば、やはりこれぐらいしなければアタシの腹の虫は収まらない。確かに怒りはしたが、あいつがワザとこんなことをやったのでないことくらい、男性に疎いアタシでも流石に分かっている。じゃあなんでこんなに怒っているかというとそれは……

「はい、紅茶。砂糖とミルクは?」

「要らない」

 アタシはフォルテに短く伝えると、再びキッチンに引っ込んで朝食の洗い物を始めたのだ。

 これだ、やはりこれが気に食わないのだ。

 朝食を用意したり、コーヒー嫌いのアタシの我儘(わがまま)を聞いたり、食器を片付けたりと別にそんなことして欲しいのではないのだ。

 アタシが本当にして欲しいのはご機嫌取りではなく、素直な「ごめん」という謝罪の言葉なのだ。

 向こうが素直に謝ってくれさえすれば、アタシも「やりすぎてしまった」と関係の修復に努めることができるというのに。

『ええ、話題は変わりまして、あの凶悪な事件。アメリカFBI(連邦捜査局)本部を襲撃、爆破した事件から一年が過ぎましたが、未だに建物は完全に復旧しておらず、FBI(連邦捜査局)長官の暗殺に失敗してFBI(連邦捜査局)本部の建物を爆破した凶悪犯「フォルテ」も捕まっておりません。その件に関して……』

 紅茶を飲もうとしていたアタシの手が思わず止まった。

 日本のニュース番組など微塵も興味はなかったが、同居人でありパートナーでもあるアイツの記事がニュースで流れたことに少しだけ興味を惹かれたからである。

 しかし、信じられない話しだ。歳はアタシよりも少しだけ上の18歳19歳くらいの印象で、見た目や性格はどこにでもいるような普通の東洋人の青年なのに、その中身はかつて米軍最強の特殊部隊とまで言われた「SEVEN(セブン) TRIGGER(トリガー)」の元隊長でもあり、そして一年前アメリカFBI(連邦捜査局)本部を襲撃、爆破し、FBI(連邦捜査局)長官の暗殺未遂の容疑のかかった国際指名手配されている凶悪犯でもあるのだ、世界で誰もが一度は聞いたことのある人物なのだ。

 アタシのような年頃の少女が男と二人屋根の下で暮らすというのは、同年代の女の子からしたら抵抗があるかもしれない、ましてやそれが知り合って二週間程度なら尚更だ。だが皇帝陛下の父や神器捜索をするための条件として、イギリス女王陛下である母から提示してきた唯一の条件なのでこればかりは仕方ない。幸いアタシは幼少のころからSASの男ばかりの場所で育ってきたので、それほど一緒に住むことに抵抗はなかったし、例えどんな条件でも、父を探すことができるのならアタシはどんな条件でも構わないと考えていた。これくらいの条件で済むならむしろ安いものだ。

 だが、アタシのような覚悟を持った人ならいざ知らず、一般人からしたら凶悪犯と言われている奴とは一緒に住めないと思う。だが、アタシは不思議とフォルテが私情でそんなことするようなやつではないと、妙な信頼のようなものを感じていた。それは、二週間前に一緒に立ち向かったテロ事件や、そのあとの真犯人に殺されそうになった子供がいた時も、それを身を(てい)して庇ったりとそんな姿ばかり見ていたせいなのかもしれない。もしくは母親であるエリザベス3世から「その件については心配しなくても大丈夫」と言われているせいかもしれない。どの理由かは分からないが、アタシは何となくそう思っていた。

 もちろんその件で気になったアタシはこの一週間の間にFBI(連邦捜査局)爆破事件についてフォルテに聞いてはみたものの、本人はその件についてあまりしゃべりたがらず、いつも適当にあしらわれてしまい、詳しい話は未だ聞けずにいた。パートナーを組んだとはいえ、フォルテもアタシと一緒でまだ完全に心を許せていないという意思表示でもあるのだろう。まあ、出会ってから二週間でお互いのことはまだ何も知らないのでこればかりは仕方のないことだ。

「イッテッッ!!」

 食器を洗い終えて帰ってきたフォルテが、恐らくアタシの残したコーヒーを飲むためにリビングに返ってきたのだが、机の脚に左足の小指をぶつけて悶絶していた。多分左目が見えないから距離を誤ってぶつけたのだろう、幸い机の上に置いてあったものは一つも倒れなかったが、こんなそんなそそっかしい奴が本当にSEVEN(セブン) TRIGGER(トリガー)の元隊長でFBI(連邦捜査局)爆破事件の凶悪犯なのだろうかと、アタシはそんなパートナーに疑いのジト目を向けながら、無意識に質問をした。

()()()()()SEVEN(セブン) TRIGGER(トリガー)に居た時に失ったものなの?」

 フォルテのその印象的ないつも閉じている左目と、さらにその上にある刃物で切り裂かれたような古い傷痕についてアタシが聞くと、フォルテは左足の小指を抑えて痛みに苦悶の表情を浮かべながら返してきた。

「これか?これはSEVEN(セブン) TRIGGER(トリガー)にいた時じゃなくて入る前の時に失ったんだ。まあ、()()がきっかけでもあって隊に入る羽目にもなったんだけどな……別に大した話しでもないさ……」

 フォルテは少し(うつむ)きながら、右手で左目の傷をなぞりながら何とも言えない表情をする。

「そう……」

 大した話しでもないと言ったフォルテの言葉が、あまり聞いてほしくないという意思表示に聞こえ、アタシは短く返して、それ以上は深く追及しなかった。

 それにフォルテのあの何とも言えない表情は、FBI(連邦捜査局)爆破事件のことを聞いた時と同じものだ。あの顔をするときは大体深く聞いてもはぐらかされてしまうのがオチだとここ一週間で知ったフォルテの特徴である。

 会話が続かなくて再び部屋は沈黙に包まれる。互いに何も声を発しないまま、聞こえてくるのは精々テレビに映った日本のニュースキャスターの雑音だけだった。アタシは淹れてもらったダージリンの紅茶に目を落とし、一周だけ回して口に運んだ。

「……」

 やっぱりこいつは気に食わない。一口紅茶を味わってからアタシは心の中でそう呟いた。

 ただの市販のティーバッグのはずなのに淹れ方が良いのか、あまりの美味しさに思わず今朝のことを許してしまいそうになるじゃない。

 アタシはフォルテにバレない程度に少しだけ口元を緩めてモーニングティーを味わうのだった。



 俺は寝ていた身体を起こして大きく欠伸(あくび)をした。時間は昼間くらいのはずなのに視界が薄暗いのはどうやらサングラスをかけたまま寝ていたらしい、起こした身体が少し凝っていると感じた俺は、肩を上げたり首を回したりして関節を鳴らしながら硬くなっていた筋肉をほぐしていき、着ていた黒のライダージャケットと髑髏(ドクロ)のプリントが入った赤いTシャツ、ダメージの入ったグレーのジーンズと黒いブーツについた廃材のゴミを適当に取ってその辺に捨てる。そのあとに寝ている間に崩れてしまったらしい俺様自慢の(バイオレット)の髪を右手で掻き上げ、垂れたレンズが特徴のティアドロップサングラスを頭の上に押し上げた。

 ここは日本のとある街外れにあった廃工場、広さは大体日本の学校の体育館ぐらいだろうか。切妻屋根に付いた天窓からちょうど正午を過ぎたくらいの太陽の日差しが差し込み、外壁に付いた割れた窓からは心地の良い風が流れ込んできていた。廃材に預けていた身体を起こして辺りを見渡すと、廃工場の壁際には廃材など色々な物が捨ててある殺風景が広がっており、廃材の置いてない中央の開けた場所に、国籍人種年齢ともに全てバラバラの男の部下三人が持ち込んできた機材やパソコンなどを使って作業をしていたのが見えた。

 俺達はある目的のためにとある人物を探してこんな極東の港町にやってきたのだが、俺を含めて何かと目立つ面子(メンツ)揃いなので、街に潜伏してターゲットに俺達の存在がバレるリスクを抑えるため、わざわざ誰も来ないような街外れにあった廃工場を拠点としてターゲットの明確な場所を探っていたのだ。

「アニキ、おはようございます」

 部下の一人の三十代前半くらいの中国人のデブが、起きた俺に気づいて反応する。日本の四月は大して熱くもねーのに、そいつは太っているせいか、それとも単に暑がりなのかは詳しく知らないが、着ていた黄土色のTシャツと灰色のだぼだぼのスウェットに汗を滲ませ、ストレートの長すぎず短すぎない黒髪からは汗が流れ落ちていた。今の姿からは想像できないが、昔は痩せていてイケメンだったらしい。こいつの自称だが。

「おう、奴は見つかりそうか?」

 俺はそう言いながら尻ポケットに入った煙草(タバコ)を取り出した。ドイツ製のWest(ウエスト)のメンソールを一本を咥えると、デブがジッポライターを取り出して火をつける。俺は大きくWest(ウエスト)を吸って空に向けて煙を吐いた。West(ウエスト)中でもメンソールは値段も味も安い煙草(タバコ)だと揶揄(やゆ)する奴もいるが、ガキの頃からよく吸っていたこの味がたまらなく好きだ。俺の数少ない生きがいと言ってもいいだろう。今時は禁煙分煙とうるさい世の中なのだが、幸いここは街外れの廃工場。火事でも起こさない限りこんな場所にまで文句を言いに来る偽善者もいねーだろ。そう思いながら、寝起き吸う至福の一本を味わっていると、二人目の部下が俺に話しかけてきた。

「いまさっき、街の監視システムをハックしたところです。もう少しで分かると思うのですが……」

 デブの横に並んで二人目の部下はそう言った。青のジーンズに黒のTシャツを着て、その上からひざ下くらいまであるグレーのロングコートを羽織った三十代後半くらいのこいつは、デブとは正反対の体型で、むかし薬をやっていたせいもあってか全身が痩せこけ、ガリガリの見た目は病院の末期患者と見分けがつかないレベルだった。「今はもう薬を止めたから健康です」といつも骸骨のように笑う、白い肌と灰色のウェーブのかかった長い髪が特徴の長身(のっぽ)のロシア人だ。

「アニキが言った通り、あの港町に設置されているカメラをハックして調べたところ、87(パーセント)の確率でターゲットが街にいることが確認できました。」

 二人の部下とは別にパソコンを操作していた最後の部下の一人の二十代後半のナイジェリア人でチビの黒人が、こちらを見ずにそう言ってきた。黒のパーカーにブラウンのチノパンを履き、黒ぶち眼鏡をかけたそいつはガキの頃から身長があまり変わっていないらしく、それがコンプレックスで少しでも身長を高く見せようと髪形をソフトモヒカンにしているらしい。本人に身長のことを言うとヘソを曲げて仕事をしなくなるので、俺や他の部下はなるべくそのことに触れないようにしているのだが、俺が名前を呼ぶのをめんどくさがって「チビ」と呼んでも怒らずに反応するのは、何度もそう呼ぶうちに諦めたのか、それとも年下とはいえ組織のリーダーである俺だから許しているのかはいまだによく分かっていない。

「どこに潜伏しているか分かるか?」

 俺が片手で煙草(タバコ)を吸いながらノートパソコンを操作しているチビにそう聞くと、パソコンを操作しながらこちらを全く見ずにチビは答えた。

「いま足取りを追っていますが、コイツ……街の監視カメラの位置を把握しているのか、この街で暮らしているにしては映っている量が極端に少ないですね。申し訳ないですが、もう少し場所の特定には時間がかかりそうです」

 俺は基本パソコンのような電化製品が苦手なのでチビが何をしているのかはよく分かっていないが、キーボードを高速タイピングしている様子から、なんかの方法でターゲットを探してくれているのだろうと適当にそう思った。素人の俺が下手に操作したりとやかく指示するよりも、こういった専門分野に()けた部下に任せたほうが確実だしな。そう考えていると俺がチビに反応するよりも先にデブが口を開いた。

「にしても本当に奴はこんな極東の港町に拠点を構えているんですかね?」

 太ってはいるが筋肉質なその腕を胸の前に組みながら、デブは(うな)るようにそう言った。確かに有名な特殊部隊の隊員が、こんな日本の田舎に身を潜めているのはどうにも想像できないし、常人がそう思うのは仕方ないだろう。

「心配すんな。()()()が反応しているんだから絶対いるはずだ。安心しろ」

 俺は心配するデブに右の人差し指でこめかみを二回ほどつつきながらそう返した。俺自身、()()()の原理を詳しくは知らないのと、俺の頭が元々そんなに良くないせいもあってうまく説明することができないが、この能力はこういうものだと自分の中で割り切っていた。オカルトチックな要素をかなり含んでいるため、デブはそれを分かってはいても完全には理解できないといった様子だった。

「まあ、俺たちがいくら考えたってこればっかは仕方なしさ。アニキがこう言ってるだし大丈夫だろ」

 そんなデブにのっぽは後ろから肩を組みながら(うな)るデブをを説得した。

「そうだな、アニキが分かんないことを俺らがいくら考えても分からないもんな……」

 デブは理解はしてはいないが納得はしたようにそう言ってうんうんと頷いた。

「科学的な部分ならいくらか説明はできるんだけどな、アニキのそれは魔術の中でもかなり特殊な部類だから魔術がからきしな俺たちには到底理解なんてできないのさ……よしっターゲットの網は張り終わったから拠点が見つかるのは時間の問題っすよアニキ。」

 デブとのっぽの会話にパソコンを操作したまま画面から目を離さずにチビはそう言いながら、最後にEnter(エンター)キーをカチッと押して俺の方を見た。

「おう、大体どれくらいかかりそうだ?」

「最低でも半日、長くて一日くらいかかります。」

「そうか、分かったらまた教えてくれ、それまで俺は寝てるからよ。」

 チビに俺はそう伝えて、奴との戦闘に備えて眠ることにした。

 半分近く吸ったWest(ウエスト)を適当に捨てて、近くにあった廃材に再び身を預けた俺は目を閉じた。

 俺はある目的の為にこの街にやってきたと言っていたが、そんなことは正直どうでもよかった。アイツと戦うことができるのなら俺は善だろうが悪だろうがどちらについても構わない。そう思ったからあの「ヨルムンなんとか」とかいう組織にも入ったし、そのおかげでアイツとやりあえる為の理由もできた。

 まさか、偶然見ていたテレビのニュースでアイツを見かけるなんて誰が思っただろう。二人の男女が協力して戦う映像を見かけた時は、俺は(がら)にもなく運命ってやつを信じちまったくらいだ。

 この二週間ずっと待っていたアイツとようやく戦える。そう思うと俺の口の端が自然と吊り上がった。


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