首輪を繋がれた悪鬼《パストメモリーズ》3
「そんな緊張しなくても、皆個性豊かで優秀な者達だぞ」
大理石に彩られた床を、コツコツと革靴を鳴らしながら前を歩く男性。ガブリエル・ベアードがそう告げた。
魔眼の影響で人の道を外れてから数十年、どうも俗世に疎かった俺は、正直この男が本当にアメリカの大統領か半信半疑だったが、どうやら嘘ではないらしい……
確かにコイツは……言葉では上手く説明できないが、なにか威厳や貫禄のようなものを感じる……認めたくないけど。
まあ本当に大統領でもなければ、チャーター機にリムジンを駆使してホワイトハウスに帰宅し、こうして内部を悠然と歩けるはずがない。ここがコイツのにとっての家なのだから当然だ。
もしこれで大統領でないなら、自分をそうだと思い込んでいる精神異常者に他ならない。
「……」
俺は仏頂面のままガブリエル・ベアードの言葉を無視しつつ、嫌々後ろをついてく。
一応言っておくが、緊張なんてものは微塵もない。
単に乗り気でない話しという理由もあったが、何よりも俺がこうなるあるものにずっと苛立っていた。
「多少尖ってはいるが、君になら扱うことができるだろう……」
「……」
「……どうしたさっきから黙りこくって?何か不満でもあったか?」
テキサスからここに来るまでずっと黙りっぱなしの俺に、不思議そうな表情を浮かべたベアードが振り返る。
護衛をつけず、ホワイトハウスの通路には俺達二人のみ。ましてや俺の腰には未だ銃や太刀────の方は訳あって使えないが、両方装備されたまま。
たとえ隻眼隻腕だとしてもこんな奴、すぐに殺れる状況だってのに……まるでそれができないことを遠回しに煽っているかのような言い方に、流石の俺も我慢の限界から、口を開いてしまう。
「……じゃあ逆に聞くが……お前はこれを見て何とも思わないのか……?」
苛立ちで裏返る声と一緒に、首元を人差し指で示した場所には……黒いチョーカー。
「なんだ?似合ってるじゃないか……」
それに、軽く鼻を鳴らす程度で済ませるベアードにプチンッ……思わす右手が無意識にハンドガンを掴んだが、そこで何とか踏み留まる。
というのも、理性の片隅に放り捨ててあった、このチョーカーについての説明を思い出したからだ。
────付けた者の命令に逆らえば爆発する。
つまり────付けられた者は一切逆らうことができない。
例え、どんな命令であったとしても……
「ざけんなぁッ!!部隊で隊長やるだけならいざ知らず……それを、「任務中は敵味方問わず誰も死なせてはならない」?んなもんできる訳がねーだろッ!!一体どこのスーパーヒーロー様だ!?」
移動中に説明された内容に激昂する俺。
チョーカーを付けたことを良いことに、ベアードは俺に無理難題を押し付けてきた。
部隊に配属中は誰も死なせてはならない。
今時アメコミヒーローでも殺る時は殺るってのに、それを現実で誰一人殺すなとは無理がありすぎる……どんな縛りプレイだよ……
サッカーでボールを一切蹴らずに相手に勝てと言っているようなもんだ。
「仕方ないだろ……即席の非認可特殊部隊で、君はあくまで一般人と変わらないのだから、殺人許可書は発行できない。それに君にとっては罪を償うための労働だ、それなのに殺しを繰り返してはまた罪を重ねるだけ……こうでもしないと、君のような重罪を清算することはできないのだよ……」
廃墟の時に見せた冷徹な表情とは違い、僅かに微笑んだベアード……
「俺は別にそんな昔のこと、罪とも何とも思ってねーよ……」
「罪というものは自分ではなく、法の神が判断するものだ」
「神なんてこの世にいない」
「無神論者か?」
「いいや現実主義者だ!祈ってる暇があるなら、一つでも行動した方が良いと俺は思ってるだけだ……!」
祈るだけで救われるならとっくにやっている────
奴隷ごっこのバカ遊びに付き合わされるあまり、そんなクソつまらない話をしながら、俺は仕方なくベアードのあとをついて行く。従わないと首を吹っ飛ばされかねないからな。
歩くどころか触れるのすら憂鬱になる、高級赤絨毯を歩いていくと、分厚く白いアンティーク調の扉の前でベアードが立ち止まる。
「なるほど、確かに一理ある……だが、君は信じる者は救われるという言葉を知っているか?」
「知ってる……そして、日本では信じる者と書いて「儲ける」っていうんだ。結局は神の代弁者が儲けるための口実にしか過ぎないってことだ。まさに今のアンタのようにな……」
このホワイトハウスも、今歩いてきた赤絨毯も、全てはベアードの妄言を信じ、税金を出している国民の金で作ったものだ。
「ぷッ!くくくッ……!」
嫌味のつもりで言ってやったのだが……何故かそれにベアードは、軽くしわの入った顔を寄せて笑い出した。
「やはり、君にはリーダーとしての素質があるらしいな……君にだったら、このチームを最大限扱うことができるだろう……さて────」
一つの扉の前で立ち止まったベアードが俺の方に振り返り────
「ここからが君の罪を償う時間だ……入りたまえ……」
「……ッ」
開けた扉の隙間から、昼の陽光が零れ出す。
浄化の光りに照らされた俺が、閃光手榴弾でもくらったかのように細めた右眼をゆっくりと開けていく。
そこにはドアと同じ白を基調とした大きな空間が広がっていた。
どうやらここは待合室らしい。
必要最低限の家具のみが置かれた、飾り気のない部屋……その中央には、貴族が食事するときに使うような、大型で長方形の木製テーブルが置かれ、各席に着いていた者達。えーと全部で……四人。は、部屋に入ってきた俺のことなど見向きもせず、各々が各々のためだけに行動していた。
手鏡で自分の顔を見ている、金茶色ロン毛の中年男性。
腕組みしたまま瞳を閉じている、ピンク髪をミディアムストレートで下ろしている気が強そうな少女。
机の上に広げた大盛りの料理を流し込むように頬張る、雰囲気の明るそうな白髪ロングの成人女性……何故か猫耳を付けている。
そして────椅子を傾けた状態で両足をテーブルにかけ、バランスをとりながら耳につけたヘッドフォンで音楽を聴く、ヤンチャそうな黒髪ショートの東洋人少年。
「……」
俺は、部下になるらしいそいつらを見渡して絶句した。
自分自身がまともでない経歴であるが故、隊員になる連中もそうなのだろうと薄々思っていた……だが、まさかここまでとは……しかも子供まで混じってやがるよ……
その辺のチンピラの方がまだマシなんじゃないか?
「待たせて済まない諸君、彼が君達の隊長となる男だ」
ベアードが言葉を失う俺の代わりに紹介するも、反応したのはピンク髪の少女のみ────しかも、片目だけでちらりと一瞥しただけだ。
協調性ゼロ。俺の口から魂が抜け出るような嘆息が漏れる。
「大統領これは無理だ。もう少しマシな連中と変えてくれ……」
さっきまで割と強気だった俺は、真面目にメンツを変えて欲しいあまり若干敬語気味に懇願する。
それこそ、神に祈るかのように。逆らえば「死」あるのみなので、実質的に神であっているのだが……
神には祈らないと大口叩いたのに、プライドを捨ててまで頼んだ俺のことなど、どこ吹く風なベアードは「八ッハッハッ!」と背中をポンポン叩きながら、
「大丈夫大丈夫!彼らは戦場に出れば優秀だから!」
つまりそれ以外はポンコツってことじゃねーかよッ!
「あとこれ、彼らの経歴とか予算とか色々纏めてあるから、適当に目を通しておいてくれ。それと、最初の任務は一時間後、移動車両とか装備については金茶色の彼に頼むといい、それじゃああとは頼むよ」
「はぁッ!?」
どこから取り出したのか、広辞苑のような書類の束を押し付けて、大統領は部屋の外に出て行こうとする。
一時間って……それまでに自己紹介、作戦会議、装備確認をしろってことかよ!?しかも演習無しのぶっつけ本番。任務地への移動時間も考えたら────
「ちょっと待てぇ!!ベアード!!」
「なんだ?」
廊下の赤絨毯を歩き出していたベアードを呼び止め、俺は全力ダッシュで駆け寄る。
「無理だ無理だ!!こんなスケジュール……!無茶苦茶にもほどがあるぞッ!!」
さっき踏むことすら躊躇いのあった赤絨毯にスライディングを決めつつ、俺が書類を指さして猛抗議する姿にベアードは……無言の笑みのまま、自分の首を指さした。
「うぐっ……」
アトンメントリングだけで、今の俺は調教された犬のように、全く反論できなくなる。
「気持ちは分かる……だがここだけの話し、あの現状も含めてお願いをしているのだ……複雑な事情から、その能力を発揮することのできない彼らの素質を、フォルテ、君の手で磨いて欲しい……」
「お前……」
真剣な眼差しでそう告げてきたベアード大統領。
ちょっとふざけた態度を取っていたかと思えば、それなりに考えがあって────
「そういう訳でよろしく頼む。極秘偵察強襲特殊作戦部隊隊長さん殿」
踵を返した大統領が片腕を上げる。
「あぁ……分かった……なんていう訳ねーだろ!!こんな無理なスケジュール!!ぶっ殺すぞ!!」
とてもホワイトハウス内で発するには場違いな言葉に、ベアードが嘆息混じりに振り返る。
「それでも構わない。私の任期が終わるまで、最後まで隊長として仕事を成し遂げれるのであれば、首輪を外した状態で殺されてもいい……だからあとは任せるぞ、月下の鬼人殿……」
……マジで……?
意外な返事にちょっとだけやる気が出る。
つまり────あと二年間この屈辱に耐えきれば、奴を殺せるってことだ。
ずっと垂れ気味だった頬が無意識に吊り上がる。
「その言葉ぁ!!ぜってぇ忘れんなよ!!」