鎮魂の慈雨《レクイエムレイン》4
「まだ何か、俺達にできることってないのか……?」
気が付くと、俺はそう切り出していた。上空を仰いでいたロナが視線を下げる。
「厳しいね……もうこれ以上は……」
それを証明するかのように、ロナはもう電子機器を操作していなかった。
雲が再び空を覆ってしまった今、もうこれ以上衛星でデータを取ることすらできないらしい……
「やれることはやったよ……あとは、あの二人を信じるしか────」
天才的頭脳を持つロナにそう言われては、普通の人間なら返す言葉は存在しない。
「……奇襲は成功しきれなかった。そうなった今、こっちが不利な状況であることに変わりない」
だけど俺はそんなに頭も良くはない、それに「絶対」と思い込むことは嫌いだ。この世に「絶対」という言葉は「絶対」に存在しないんだ。
「何でもいい、何か方法があるはずだ。奴を直接攻撃できなくてもいい、この状況を転換させる方法が……」
銃声が一瞬だけ止む、スナイパー両者共にマガジン交換に入ったらしい。
「状況を転換できそうな物はあるんだよ……一応ね」
「何だって!?」
耳を疑うその一言に、俺は眼を見開く。
ロナは小さく頷いてから、ズボンの尻ポケットから一発の銃弾を取り出した。
小っちゃいロナの手からはみ出るほど大きい────ライフル弾らしき銃弾は普通の鈍色ではなく、化粧品容器のような乳白色の色合いと一緒にラテン文字の刻印が施されていた。
ラテン文字なんて大して分からない俺でもすぐにそう気づけたのは、数日前にコイツを解析したロナからそのことについて聞いていたからだ。
「それは……港区のコンテナ街でセイナが撃った魔術弾か!?どうしてそれを?」
「ダーリン、ここが何のための工場だか忘れたんじゃないよね?」
神器の研究所……つまりは港区のコンテナ街で密売していたこの銃弾も、その神器からのエネルギーで作られた兵器だったということか。
それをロナは捕まっている間に盗んできたらしい。工場が半壊してデータが取れないと思っていたが、ほんと最後まで抜け目ないな奴だよ、お前は。
「それがあるなら話は早い、今すぐにでもアイリスにこれを────」
と、インカムのマイクをオンにして二人に告げようとした俺のことを、何故かロナは片手で制しながら首を横に振った。
「無理だよ……これは.338ラプア・マグナムなんだ。アイリスの持っている7.62mm仕様のレミントンじゃあ撃つことができないよ」
左右に揺れる銀のツインテールの意味を知って、俺は愕然とする。
アイリスの使っている銃弾は7.62×39mm、一方ロナが今持っている銃弾、.338ラプア・マグナムは8.58×70mm……人の小指と親指ほどの大きさの違いがある以上、撃てないどころか銃に装填することさえ出来ない。
何かこの弾丸を撃てる銃はないのか────!
血眼になって探すも、見えるのは整備された敷地に横たわるグリーズと、半壊した工場のみ。
「せめてコイツを撃てる物が何かがあれば、ロナ達でもあのスナイパーの注意を引くことくらいはできそうなのに……」
場が静まり返っていた中でそう発したロナの一言、それを合図に再び上空で狙撃戦が始まる。
いや……待てよ。
鉛の衝突音が響く中、俺はそのロナの言葉であることに気が付いた。
俺達は別にこの銃弾を奴に当てる必要はない。一瞬でも注意を引くことさえできれば……
それを可能にしてくれるものが俺達のすぐ近くにある。なんせ、さっきまでずっとその脅威と戦ってたんだからな、忘れたくても忘れない。
「ロナ、その銃弾の力、グリーズに回すことはできないか?」
弾丸を直接撃たなくとも、その中に含まれた神器の力を利用すればグリーズのレーザーを放つことができるかもしれない。
だが案の定ことは簡単ではないらしく、珍しくロナが真剣な表情を浮かべながら頭の中で何かを計算していた。
「確かに……できなくはないけど、でも銃弾内部に含まれる神器の力だけではグリーズの動かすことはおろか、レーザーも発射できるかどうかもかなり怪しいよ……」
「撃てなくてもいい、撃つふりだけでもいいんだ!」
「それなら……できなくはないけど、ホントに撃てないかもしれないし、それにこれ一発しかないからあとで撃てる銃を見つけても使えないからね!」
「あぁ……!頼むッ!やってくれ!」
そう告げると、ロナは再び電子機器を胸元の深い谷間から取り出して作業を始めた。一回やった作業なだけに、さっきよりも格段にキーボードを叩くスピードが速い。
「また上に昇る必要があるのか?」
「いや大丈夫。さっきはレーザーの照準を合わせるために運転席まで行く必要があったけど、当てる必要がないなら遠隔操作で発射できるよ!そのためのコードは暗記してるし!」
あんなデカいロボットの操作コードを数瞬で覚えるなんて……俺がやったら軽く小一時間ぐらいかかりそうだな。
さらっと超人発言をかますロナの後ろで苦笑いを浮かべていると────ポイッ!さっきの真っ白い魔術弾を放り投げてきた。
俺はそれを手の中でお手玉しつつ、なんとかキャッチした。こんな爆弾みたいなもん投げんじゃねーよ!
「銃弾と一緒でそれは撃たない限りは問題ないよ……それよりもフォルテ、それをグリーズの肩の位置セットしてくれないかな」
余程集中しているのか、こっちの表情すら見ないまま心を読んできたロナに、俺は少し眉を顰めながらも肩の位置に魔術弾を持っていく。
グリーズの左肩……さっきまでガラス容器があった場所は、俺の剣技、弥生によって粉々に砕けたことで僅かに残った丸い枠組みと、その中央────人で言うところの鎖骨の一番端の辺りに、同じく円盤状の金属製装置のような物があった。
「どこにセットすればいい!?」
うつ伏せ状態のグリーズの肩には、魔術弾をセットしようにも重力で地面にずり落ちてしまう。
「何とかして!接着剤でもテープでも何でもいいから!!」
「んなもん今持ってるか!!」
思わずそう叫びつつ、俺はダメ元でポケットを探るが何も出てこない。
クソ……こうなればもうヤケだ!
俺は銃を取り出し、その円形状の装置目掛けて銃弾を放つ。
ダァァァン!!ダァァァン!!ダァァァン!!ダァァァン!!
正確な一点射撃で、装置の中央のみを攻撃していく。
すると強力なストッピングパワーを持つ.45ACP弾に押された装置の中央が、徐々に月面のクレーターのように穴凹ができていく。ワンマガジン撃ち尽くしたころには、.338ラプア・マグナムがギリギリ引っかかるくらいまでのスポットができていた。ハンドガン弾は……もうこれで終いだ。
俺はそれに無理矢理魔術弾の底部を突っ込むと……良かった、何とか固定することはできたな。
まるでコマの裏側のような見た目になった装置に汗を拭いつつ、俺はロナの方に戻ると────
「オッケー!あとは神器の力を頭部レーザーに回せばっと……よし!いつでも撃てるよぉ!!タイミングは!?」
よし……これで準備は整った……!
「俺が指示を出す!ロナはそれまで待機していろ!」
問題はどこでこのレーザーを発射させるか。残り僅かな時間、相手に決定的な隙を与えるタイミング……それならあの時しかない。
上空の戦闘に耳を傾ける。さっきロナが魔術弾について言及し始めたところまで記憶を遡り、ある音の回数を思い出す。五回だ。俺は五回その音を聞いた。
さらにそこからもう一回、鉛玉同士が衝突する音が響く。そしてもう一回。七度目の音が響いたのと同時に────
「今だぁ!!ぶちかませぇ!!」
「ッ!」
ロナはレーザーの発射スイッチを起動させた。