暁に染まる巨人《ダイド イン ザ ダウン》19
「アイリスの銃弾……いや、魔術弾のおかげさ」
悪魔の紅い瞳によって強化された視力で見たのは、レーザービームが放たれる瞬間、アイリスの放った銃弾が夜空を覆う雲に向かって飛翔していた姿だった。魔術で威力を上げた魔術弾は、みるみる高度を上げてあっという間に上空5000メートルまで到達し、銃弾を中心に巻積雲を吹き飛ばした。
何か魔術的な仕掛けを銃弾に施していたのだろう……しかしあれ程の広範囲の物体を動かす力となれば、余程の魔力消費が必要だったに違いない。風の魔術に長けたていたからというよりも、魔力量に優れたアイリスだからこそできた力業……というのが正しい解釈かもしれない。
だがどんな強引な方法にせよ、アイリスは有言実行を見事成し、おかげでこうして左眼を開眼することができた。
これで……あのガラスケースをぶっ壊す準備は整った……
『……貴様その眼は……ッ!?』
レーザービームを打ち終えてこっちを向いたグリーズから、チャップリンが忌々し気に呟いた。
不気味な黄色い一つ目を神器の力でバチバチとさせたグリーズにセイナが息を呑む。まるで俺と同じ黙示録の瞳のようだ……確か、七つある黙示録の瞳の内、黄色も存在したと思うが、誰が持っていたかまでは忘れたけど。
「……セイナ、頼みがある」
さっきの戦闘でグリーズに歯が立たなかったことから、若干怯え気味になっていた弱気なセイナ。俺はその組んでいた肩を強引に抱き寄せて彼女に耳打ちをする。
「……な、なによ、こんな時……?」
抵抗なく寄ってきたセイナは、真っ白い肌をほんのり桃色に染めつつ俺の顔を覗き込んだ。
こんな時にあれだが、ホント可愛い奴だな……お前は。
揺れる大きなブルーサファイアの瞳と整った目鼻立ち、ほんのり香るローズの香水と入り混ざったフェロモンの匂いは、二つの眼を開眼した状態では刺激が強すぎる。思わずキスできそうな距離に理性を何とか保ちながら、俺は小声で呟く。
「さっきやった雷の柱……あれを俺の合図で放てるか……?」
「できるけど……でも、それはさっき────ひゃうっ!?」
否定しようとしたセイナの身体をさらに抱き寄せると、意表を突かれた少女は甲高い声と共に急激な紅潮を見せた。
「な、なななな……!何してんのよ!!こんな時に!?みみ!!耳に顔が当たってるからっ!!」
こんな時に……いや、こんな時だからこそだろ?
俺がしくじればここで全員死ぬ可能性だってある。そうなれば、この心が休まるセイナの温もりを一生感じることはできないのだから……
緊張や魔眼の身体能力向上でどんどん早くなる心臓の鼓動を抑えるように、セイナの耳の辺りに鼻をつけたまま、大きく深呼吸して吐き出す────それからニッと微笑みながら……
「────いいか?セイナは何も考えずにあれを放ってくれれば、あとは俺がどうにかする」
「どうにかって……!いくらその魔眼が強力だとしても────」
「俺のことが信用できないのか……?」
「……そういうわけじゃ……ないけど……」
ちょっとだけ意地悪な質問に、セイナが顔を逸らす。
やはり俺にではなく、自分に自信が持てなくなってしまっているようだ。
「……いいか、奴はあのデカブツでふんぞり返っているが、あれは元々セイナの力だ。それが拮抗した分は俺が補う。さっきは連携できなくて上手くいかなかったが、俺やセイナ……みんなで力を合わせれば、必ず倒せる……!」
「……分かったわ、合図は任せるわよ……ッ!」
瞳に闘志の色が戻ったセイナが、組んでいた肩を解いてグングニルを構えた。
『話は終わりか?だが、今更さら魔眼を開眼して作戦を練ろうが、攻撃できたとしてもあと一回が限度。もう少し時間があればまだ分からなかったが、私の勝ちは決して揺るがないッ!!』
叫ぶチャップリンの声と共に、グリーズが両腕を上げて戦闘態勢に入る。その背に見える中国山地の向こう側、東の空は、五時を過ぎて目に見えて明るくなってきている。
確かにチャップリンの言う通り、魔眼に関しては残された時間はあと僅か。日が昇りきれば月の力がかき消され、媒体を失くした蒼き月の瞳が暴走する可能性があり、悪魔の紅い瞳に関しても、連日の使用と重なって身体が悲鳴を上げているため、あまり長くは持たない。
それでも、コイツにだけは負けたくない……セイナの覚悟を笑い、ロナを辱めたこいつだけは……!!
「てめぇなんざ!一回あれば十分だよ!チャップリンッ!!」
『貴様ぁぁぁぁ!!!!』
見事挑発に乗ったチャップリンが猛突進を仕掛ける。
「……今だ!!セイナ!!」
「……ッ!!」
ベトナムの大地を駆ける巨人の姿に一歩前に出たセイナが、俺の合図と共に地面に両手を叩きつけた!
「サンダーロア!!」
朝焼けの空より遥かに眩しい雷柱が、鋼鉄の巨人を六方から包み込む。
『何度やっても同じことだ!!』
背丈を超えるほど大きな雷柱の一本からグリーズが飛び出してくる。
セイナが懸念していた通り、多少の焼け傷が見える以外はほぼ無傷の状態だった。
「フォルテ!!」
「あぁ……!タイミングばっちりだぁッ!!」
振り返るセイナの背後から、俺が二つの魔眼で三十倍近くまで高めた身体で疾風の如く走り出す。
その右手には雷柱が反射して光り輝く一刀の小太刀、村正改が収まっていた。
『……クッ!!』
人とは思えない超高速で肉薄した俺に、サンダーロアが目隠しになっていたチャップリンが毒づいた。十メートルあったはずの距離が、瞬きしている間に足元まで接近されていれば誰でもそういう反応をするだろう。
『くらえ!!』
咄嗟にグリーズの両腕を俺へと叩きつけたチャップリン。
俺はそれを勢いを殺さないまま跳躍し、振り下ろされた右腕に着地した。
『な、なんだと!?』
チャップリンの声に余裕が無くなってくる。
空中に漂う砂煙をその眼を疑う爆速で、まるで放たれた弾丸のように払いのけた俺を今度は腕から振り落とそうとした────
『な、何故動かない!?』
ガガガッ!!とギア同士が噛み込んでしまったかのような駆動音を響かせながら、なんとか動こうとしているグリーズの両腕は地面から離れない……まるで、何かに固定されているかのように……
駆ける俺の視界の端に、深緑色のポンチョに身を包んだ銀髪少女の姿が映る。そんな彼女は小さく一言「やっちゃえ……ダーリン」と呟く。あぁ……任せとけ……!!
「いっけぇぇぇぇ!!」
背後からのセイナの声に、さらにあと押された俺は勢いに乗せた刃を真っすぐ、ただ恐ろしく真っすぐ構えてその技を呟いた。