赤き羽毛の復讐者5
「ロナッ!!」
「バッカ!!セイナ!!」
泥の地面と生えていたヘゴの葉の上に膝から崩れ落ち、倒れ込んだロナ。セイナそれに金切り声を上げ、駆け寄ろうとしていた。
俺はそんなセイナを抱え込むようにして近くの木陰へと、倒れ込むようにして引きずり込んだ。
敵は視認できていないが、銃声は正面から聞こえてきていた。それしか情報が無い今、迂闊に近寄れば同じように狙い撃ちにされるだけだ。
────迂闊だった……!!
スナイパー……ロナの撃たれた瞬間と銃声とのタイムラグから恐らく間違いないだろう。俺は瞬時に、さっきアイリスに貰った山の地図を頭の中で展開させる。俺達のいる場所を除き、茂みや山に囲まれたあの場所を撃てるポイントは……頂上より北側、キーソン川とその付近にある工場を越えたその先、ここから2キロ以上離れた中国領土の対岸の山だ!
────つい数日前にスナイパーとは戦ったばっかだって言うのに……クソッ!!
確かに俺は周囲の警戒は怠っていなかった。だがそれはあくまで、聴覚が感知できる半径100メートル位までだ。
それをまさか、2キロ離れた先から、さらにはベトナム領土の人間を、中国領土から攻撃するという国際侵犯まで平気でやってくるとは……俺の予測を遥かに超えていた。
ここ一帯は一般人の立ち入り禁止指定区域というだけあって、仮に他国から攻撃を受けたと政府に連絡しても、最初に捕まるのは不法侵入をした俺達だ。そこまで分かってて攻撃してきたのか?あのスナイパーは……2キロ近くの敵に当てるだけでかなり厄介だってのに、もしそうだとしたらかなりのやり手だぞ。
「離してフォルテ!!ロナが!ロナがぁ!!」
俺の腕を振り払うようにして藻掻くセイナ。
その姿は、目の前で仲間を撃たれたことで酷く動揺し、普段の冷静さを完全に欠いている状態だった。
────マズイな……
「落ち着けッ……取り乱せば、余計な犠牲を増やすことになる……!」
「でも!!でもッ……!!」
顔をしっかりと見て諭すように言っても、セイナは聞く耳を持たないといった様子で顔をブンブン左右に振るだけ。話しの内容をまるで聞いてない。
木に背を預けるようにして座り込む俺から逃げようと、上目遣いの瞳に、溜めた涙が今にも零れ落ちそうなほど潤ませ、戦慄く細い腕で抵抗しながら金切り声を上げるセイナ。
ここまで取り乱したセイナを見たことが無かった俺は、それ以上なんて声をいいか分からず────
「……ッ!?」
────俺はその小さな少女の身体を力強く抱きしめた。
その芸術品のように細い腰回り、金色に煌めくトレードマークのポニーテールに左腕を回し、後頭部を右手で抑え込んだ。指の隙間を心地よいほど滑らかで、スルスルと通り抜けていくその綺麗な髪の感触に、心臓の鼓動が2、3テンポ跳ね上がったような気がした。
「……あ……っ……」
俺の胸元に身体をうずめる様にして、顔や露出させた肌を真っ赤に染めたセイナが、声にならない声を漏らしていた。
最初は腕の中で抵抗していたセイナだったが、次第に暴れるのを止め、暖かく、そしてその柔らかく小さな身体に走っていた震えも、いつの間にか収まっていた。
どれくらいそうしていたかはしっかり数えてなかったから……いや、数える余裕が俺にも無かったから正直分からなかったが、たぶん数秒くらいだろう。ただ、なにも言わずにギュッと抱きしめる。
顔がすぐ近くにあるせいか、セイナの香りが……香水ではなく、セイナの匂いが鼻の粘膜いっぱいに広がる。タバコや葉巻、違法薬物なんか比にならないくらい中毒性のあるその匂いは、俺の思考や理性を狂わせる。どれくらい狂わせるかって?こんな時でもそんな良からぬことを考えてしまうくらいには……な。
セイナの荒い息遣い、心臓の鼓動が、Tシャツ一枚という実質ほぼ直と言っても過言ではない距離で感じる……いくら落ち着かせるためとはいえ、何故急に自分がそうした行動を取ったのか全く理解できなかったが、何となく……己の本能がそうしろと告げているような気がした。
「……落ち着いたか?」
「……うん……」
そうか────俺は全く落ち着かなかった。
鏡を見なくても自分の顔が焼石のように真っ赤になっているのが分かる。
数秒の沈黙と恥ずかしさに耐えれなくなった俺が、たまらずその金髪の頭に声を掛けると、いつもの落ち着いた返事が返ってきた。良かった……方法はどうあれ、結果落ち着いてくれたようだった。
でもこれ……まるで自分の鼓動を相手に聞かせているようで、もの凄く恥ずかしかったぜ……!
俺は、自分の鼓動が早くなっていることを、何故かセイナに知られたくないと思い、バレないように深呼吸を挟んでから、改めてその綺麗な瞳を見つめた。
「駆け寄りたい気持ちは分かる……だがアイツは……ロナは狙撃されたが、多分死んではいないはずだ」
「……ッ!」
ようやく俺の話しに耳を傾けるようになったセイナが、その言葉にブルーサファイアの瞳を大きく見開いた。やっぱり気づいていなかったんだな。
「よく思い出してみろ、アイツが撃たれた時、何処を出血していた?」
「……何処も、出血してない……!」
そう、ロナは確かに倒れたが、出血はしていなかった。銃弾はおそらく羽織ったICコートの上にでも当たったのだろう……その証拠に唯一露出していた頭部に大穴も、真っ赤な血しぶきも上げていなかった。
とはいえ、腐ってもライフル弾。銃弾が体内に入らないとはいえ、威力は変わらない。今倒れているのは、その衝撃に身体が耐えきれず、気絶でもしているのだろう。
そうでなければ、俺だって仲間が撃たれてこんな落ち着いていられるわけがない。
「そうだ、そして、撃った野郎はわざと致命傷である頭部を外したんだ。撃ったターゲットの近くに仲間が潜んでないかあぶり出すために、生餌を用意したってことだ」
「じゃあ、アタシ達はまだ敵にはバレていないってこと……?」
「あぁ……だけど、スナイパーがわざと急所を外して狙撃したということは、ロナを仕留める算段がもうついてるってことだ。つまり────」
「早くしないと番犬がやってくるってことね……!」
俺の胸元に預けていた身体を起こし、いつの間にか、さっきまで泣きそうだった瞳がいつものキリッとした、凛々しく、冷静な様子に戻っていたセイナ。おかげで頭の方の回転も速くなったようで、説明の手間が省けた。
生餌を用意するということ、つまり、針に突き刺したロナに、他の俺達が掛からなければ回収する。だが、スナイパーでは距離がありすぎて自分で回収することはできない。だから、近くにいる仲間にでも回収にさせる気なのだろう……
「どうするの……?」
セイナが銃を、背中に背負っていたミリタリーバッグからアサルトライフルHK417を取り出し、さらに中から双頭槍、グングニルを取り出し背中に装備した。
どっからどう見ても分かる戦闘態勢────その様子に、俺は思わず「ふっ」と笑いが漏れた。
どうするの?って聞いておきながら、それはもう自分で答えを言っているようなもんじゃねーか……
俺も同じように武器を、HK45と村正改を抜いた────セイナの思いを肯定するように。
「俺が前に出て周囲を警戒しながら援護する!その隙に、セイナはロナを頼むッ!」
「了解!!」
俺が木陰から飛び出したのに合わせて、後ろからセイナが駆ける。
視線の先────緩やかな山の斜面に倒れ、蹲った状態のまま動かないロナ。だが、地面には出血の跡は何処にも見当たらない、小さいが息もしている。
それを確認した俺は、安堵の息をつく暇などなく、ヘゴやストレイチアの黄色い花をかき分けながら、走りにくいジャングルの斜面を駆け、ロナの前に……庇うようにして飛びだした。
一週間私用でおやすみを貰いました、すみません!
またよろしくお願いします。