戦禍残ル地へ5
「尋問……?一体何を聞こうというのかね?」
俺の言葉に顔を顰める小山さん。
それもそうだろ。警察とは本来無関係。表上は珈琲店を営む一般人(?)がそっちの仕事に顔を突っ込まさせろと言っているのだ。よくある探偵もので捜査に首を突っ込んでくるヤツと同じで、煙たがられるのは想定内だった。
「────実は、アタシ達が追っている組織について、先日捕らえたその二人が情報を有している可能性があり、無理を承知でお願いに参りました」
俺が話すよりも先に、一歩前に出たセイナがそこらの一般人と大差ない、とても滑らかな日本語でそう答えた。
────普段は口が悪い癖に……目上だと丁寧に喋れんじゃねーか……ロナとはまた別の意味で猫被りやがって……
「君は……?」
背の高い小山さんの視線が俺からセイナへと急降下する。
「挨拶が遅れました。初めましてMr.小山。アタシはセイナと言います」
「ああ!君がフォルテの言っていた!なんだ……君の言っていた印象とは全然違って、随分可愛らしい子じゃないか?」
無精髭の生えた顎を煙草を持つ手とは逆の右手で触りながら、頭を深く下げたセイナのことを頭からつま先までしげしげと見る小山さん。
そして、頭を下げたセイナが何故かこめかみに青筋を立てながら、俺の方にキロりッ……「言っていた印象と違うとはどういうことかしら?」と言わんばかりの強烈な視線を横目に向けていた。そういうとこだぞ。
「今は彼と一緒にある組織を追うため仕方なく行動を共にしているのですが……二日前に協力させてもらった密輸業者摘発、その時に扱われた銃のデータとこちらが追っている組織の銃のデータがほぼ完全に一致したのです。ここにそれがまとめてあります」
セイナは懐から電子端末を取り出し、ロナが分かりやすくまとめたデータを小山さんに渡した。
あと、どさくさに紛れて仕方ないとか言わない。
ジト目でセイナを睨む俺のことなど気にせず、煙草を口にくわえながら端末の画像やデータを確認する小山さん。いつもの軽く、適当そうな性格の彼が、結構真面目な顔つきでその情報に目を通していく様は出会ってから初めて見たかもしれない……
「なるほどなるほど……冷間鍛 造 法か、近年では銃弾の通り道である銃身内部に溝を掘る際、直接刃物で削るライフルカッター法ではなく、生産性の向上及び製品のムラを失くすため、銃身内に溝を刻んだ型を直接入れて外部から圧を掛ける、コールドハンマーフォージングで銃を作っているところが一般的だ。そのため今までは職人が手作業で掘っていた溝が機械化されたことにより、違う銃でも同じ型で製作されたものなら、ある程度同じ銃弾の指紋が見られるというわけか……確かにこの情報を見る限りでは、同じ工場で生成された銃と見て、まず間違いないだろう……」
流石は警部、俺達がロナから受けた説明をしなくても、その情報が意味するところを瞬時に理解したようだった。
「なるほど、理由については十分理解した」
端末をセイナに返しながらうんうん頷く小山さん。
「────だが、尋問はダメだ……」
湿気でべたつく嫌な風と一緒に、冷たく言い放たれたその言葉……
殺気……とまでは言わないが、まるで内臓でも直に撫でられたかのような……普通のサラリーマンからは絶対に出すことのできないその嫌な感触に、驚いた俺達二人は一瞬言葉を失ってしまう。
「ッど────」
「どうにかなりませんか小山さん!」
その感触を跳ね除け、言葉を発しようとしていたセイナよりも先に、俺は一歩前に立って頭を下げた。
今まで一度も見せたことのないその小山さんの威圧感を前に、自然と防衛本能のようなものが働いたのか、気が付けば俺はセイナを庇うような位置取りをしていた。
「……君とは一年来の付き合いだが、あくまで互いの利害の一致のため協力していたに過ぎない。それでもここまで何の問題なくやってこれたのは……君や私が、互いに必要以上干渉しないということのおかげだと思っていた。なのに、そんな君がどうして頭を下げてまで私にそんなお願いをするんだい?」
「それは……」
小川さんの問いかけに、俺は頭を下げたまま口籠る。
理由────そんなもの、危険な組織ヨルムンガンドを潰すためだ……!と言いたいところだったが、果たして本当にそうなのか?正直ヨルムンガンドという組織の目的は未だ完全には理解していない。確かに最初はやられた借りを返すくらいにしか俺の中では考えてなかった。でも今は本当にそれだけなのだろうか……?
いや、それは違う……俺はこの数か月間、隣にいる少女と数か月過ごして────
ガバッ────!
返答に躊躇していた俺に、突然小山さんがヘッドロックをかけるように首の後ろから腕を回してきた。
いくら頭を下げているとはいえ、俺や近くで見ていたセイナですら反応できないほど、自然体でスムーズな身体の運び……気づいた時には小山さんの筋肉質な腕が、俺の首周りを大蛇のように抑え込んでいた。そして────
「────まさか、惚れたのか?」
「……は、はぁッ!?」
気づけばいつもの軽いお茶らけた様子に戻っていた小山さんが、俺の耳元でそう囁いた。セイナに聞き取れないくらいの声量で……
緊張感から一転、まるでドッキリにでも遭ったかのような感覚に襲われた俺は、空いた手で戦闘態勢に入っていたセイナをなんとか制止することはできたが、返事の方は敬語ではなく素で返してしまう。
「なんだ、違うのか?君がそこまで真面目な顔つきをしているのは見たことがなかったから、てっきりそこの彼女に惚れたのかと思ったんだが……それとも、他に気になる奴でもいるのか?」
「……そ、そんなんじゃねッ……!ないです……」
未だこの状況を理解できていない俺は、噛みまくりながらもなんとかそう答えた。
────この人は、一体何を考えているんだ……?
煙草の煙が臭う、無精髭の中年男性の屈託のない笑み。
初めて会った時から思っていたが、このつかみどころのない男が一体何を考えているのか……俺には全く理解ができなかった。おかげで俺は途中まで、大事なことを考えていたはずだが、その答えは緊張感と共にどこかへ消えてしまっていた。
「な~んだ……君がもしそうだと認めてくれれば、教えてあげないこともない────と、本当ならそう言いたいところだったが、すまない、尋問できないというのは本当なんだ……」
「できない?何故ですか……?」
さっきのダメではなく、できないと小山さんが言ったことに対し、セイナが反応する。
「……セイナ……さんでいいかい?実は二つ事情があってな」
後ろから声を掛けられた小山さんは俺から腕を離し、短くなった煙草を携帯灰皿に捨てた。そして、スーツの胸元から新しいのを一本取り出し、安っぽい百均ライターで火をつける。
最近は世間一体禁煙が進んでいるせいで、千代田区の警視庁オフィスで吸えない分を回収すると言わんばかりに、大きく吸い込んでから、煙を曇り空へため息のように吐き出した。
「一つはさっきも言った通り、もう彼らはうちの管轄の上、別の部署が管理している。もう我々がどうこう言っても尋問はおろか面会することさえ難しいだろうな……二つ目はそうなった理由でもあるんだが、彼らは二日前、取引現場で起きたことと、それらに関する記憶がキレイさっぱり抜けていてな……最初は嘘をついていると思って色々尋問を……ってどうしたんだ?二人とも驚いた顔をして……?」
小山さんが口を開けて唖然とする俺達を見ながら再び煙草を吸う。
記憶がないというワード……ここ数か月、俺達が散々悩まされているテロリストの症状と全く同じだったからだ……
「記憶がないってことはやっぱり……」
「えぇ……関与していることは間違いないわね……」
ケンブリッジ大学のテロ事件、裏切ったアノニマスの工作員、アメリカでのテロ事件、その都度起こる一般人や仲間が操られるという現象。間違いない……そう確信した俺達は互いに目を合わせた。
だが、何故わざわざ日本に武器を持ち込もうとしていたのか?それに、買い手と売り手の両方が操られていた可能性があることが気になる。一体どこに武器を渡そうとしていたのか……?
「なんだかよく分からないが……とにかくそう言うことだ……尋問は諦めてくれ」
俺達の様子を見た小山さんが首を傾げながらも、そう締めくくった。
尋問できないことは残念だが、それでも少し情報を手に入れることができたのは思わぬ収穫だった……それだけでもここに来た甲斐はあったと言える。
「はい、無理言ってすみませんでした」
俺が頭を下げると、隣にいたセイナも遅れて頭を下げた。
なんか────ここには俺が連れてきたというのに、セイナにそうさせるのは……なんだかとても申し訳ない気持ちになる。心の中でだが、しっかり謝っておこう……ごめんな、セイナ……
「おいおい、君は普段から礼儀のある男だとは思っていたが、今日は如何せん頭下げ過ぎじゃないか?それじゃあ彼女に格好つかないから二人とも顔を上げてくれ……」
「だからそういう関係じゃ……!」
さっきあんな威圧感を出していた男の発言とは思えないな……と頭の片隅で思いつつ、俺が即座に否定する。
「か、かかかかかかのッ!!彼女ッ!??」
あー遅かった……この手の色恋沙汰や男女仲に厳しいセイナが彼女という単語を聞いた途端、小山さんの吸っている煙草の火種くらい顔を真っ赤にして、言葉にならない言葉を漏らしていた。
朝から機嫌悪いと思ってはいたが、そんなに顔を真っ赤にして怒ることか……?
これは……今のうちに宥める言葉や方法を考えておかないと、あとで電撃か鉄拳制裁という名のやつあたりが俺を襲いかねないな……全く……
「と、とにかく!俺達はこの後、その追いかけている組織を調査をするために海外に行くので、こ、これで失礼します……セイナ、行くぞ……!」
うわ言のように何かを呟いているセイナに恐る恐る声を掛けてから、慎重に連れて行く。するとそれに対し小山さんが「……なんだ、やっぱできてるんじゃないか……」と何か呟いていたが、呪怨のように「かの……かの……」と漏らすセイナの声でそれはかき消され、俺は聞き取ることができなかった。
「あぁ……あともう一つ聞きたいことがあったんだった……小山さん」
「ん?何かね?」
セイナを羽交い絞めで運んでいた俺は、呪怨から呪い、アルシェ、という形でそれを思い出し、一度立ち止まった。
「彩芽……という日本人を聞いたことは無いですか?」
アメリカからこっちに返ってきた俺は、ヨルムンガンド工作員の彩芽という名の日本人を色々な方法で探したが、結局手掛かりらしいものが見つからず、ダメ元で警察関係者の小山さんに聞いてみようと思っていたのをすっかり忘れていた。まさか、呪怨に感謝する日が来るとは……
そう思っていると、小山さんのくわえていた煙草からボロッ……と灰が落ちた。
「彩芽……見た目はどんな奴だ?」
「えっ?黒髪ショートの160㎝くらいの身長の女性なんですけど……流石に分からないですよね……?」
「……ああ、知らないな……」
だよなー……まあダメ元だったからいいんだけど……やはり彩芽というのは偽名なのかもしれないな……
「了解です。色々ありがとうございました!また何かあったら連絡します!」
俺はセイナを引きずったまま、大きな声で遠ざかっていく小山さんに声を掛けながら、公園の広場をあとにした。
────小雨が大雨になる前には空港に行かないと……この状態のセイナとずぶ濡れはマジで勘弁だぜ……
そんな呑気なことを考えていた俺は、遠く離れた場所で、再び威圧感を放ち始めていたその男に気づくことは無かった。