舞い降りた二つの銀尾5
「……」
チーン……!
笑顔でとんでもないサイコパス発言をするロナを前に、俺は絶句。返す言葉が見つからない……
「どうしたの??」
そんな俺の様子など知りもせずに小首を傾げるロナ。
────忘れていた……コイツは自分の欲求のためならどんなことでもするやつだということを……
元々ロナと出会ったのも、生活に必要な金のために悪事を働きまくってたのが原因……昔から、目的のためにはなにふり構わないって感じだからな……一応そのことはS.T時代に教育したはずだったんだが。
────そもそも何故そこまでして俺に固執するのか……?
大して本気でもないだろうダーリンダーリンという言葉をかけて俺をからかい、さっきのハニートラップだってそうだ。普段はそんなことやらないくせに……まるでこっちの反応でも楽しむかのようなその態度に、いったい何の意味があるってんだ?
「……いつからだ?」
「何が?」
「いつから俺のスマートフォンを覗き見してやがったんだ?」
「そんなの、S.T解散後からに決まってるじゃん!」
「……」
りんごは赤い、みたいに……さも当たり前のことのように答えるロナを前に、俺は頭がクラッとして倒れそうになったのをギリギリで踏ん張る。
────た、耐えるんだフォルテ……!この際、出せる膿は全部出しちまったほうがいい……!
普段のセイナから受けている物理的なものと違って別ベクトルでツライその攻撃を前に、俺は大きく息を吸ってから勇気を振り絞って聞く。
「じゃあ、なんで俺がこの港町に住んでいるのか理由を知ってるか?」
「戸籍がなくても住めるからでしょ?ここの市長さん、そういうところ甘くしてくれることで有名みたいだしね。でもフォルテ、検索エンジンで「戸籍が無くても住める町」って打つのは流石に笑っちゃうよ」
「うぐ……こ、珈琲店を営んでいる理由は?」
「昔から珈琲淹れるのが上手かったからそれを生かそうとしたからでしょ?これは正直調べなくてもわかるけど、ああ、店名がBLACK CATなのは、フォルテのことを見た近所の子供に「黒猫みたい」って言われたからなんだっけ?」
あぁ……ずっとハッキングしてるっていうのはマジみたいだな……
俺が誰にも、それこそセイナにもしゃべったことないようなことまで知ってるぞコイツ……
ん……?ちょっと待てよ……
「まさか……セイナの素性を知っていたのは……?」
「もちろん!フォルテのスマートフォンからだよ!」
────女王陛下ごめんなさい。ロナが娘さんの秘密知っているのはそっちの情報管理がなっていないわけではなく、俺に原因があったみたいです。はい。
目元を手で覆い、遠いイギリスで仕事しているであろうエリザベス三世に心の中で謝罪する俺をよそに、ロナは得意げな様子で続ける。
「最初、フォルテのスマートフォンが壊れたことを知って、町の監視カメラとかで動向を探って、で、イギリスに連れ去られたことは分かったから、新しく用意してもらってたスマートフォンを遠隔でハッキングして、そのとき偶然聞いちゃったんだよね!」
────偶然、イギリス王室の秘密を聞くやつがどこにいるんだよ……?主婦の井戸端会議じゃあるまいし……
「大体、なんで俺のスマートフォンをハッキングする必要がある!?」
「趣味」
急に真顔になったロナがそう答えるのを見て、ため息をつく俺。
ため息つきすぎて酸欠になるわ……マジで……
まったく、どんだけ俺のことをからかえば気が済むのか?このアホは……
「分かった、お前がどれだけ俺のことを思っているか、よぉーーーく分かった。確かに今思い返してみれば、ワシントンダレス空港にインビジブルカモフラージュコートやセダンがあんな都合のいい場所に用意してあったのも、あれは俺の動向を知って誰かに用意させたってことだったのか……」
腕を組みながらうんうん頷いていた俺がそういうと、何故かロナが驚いたようにキョトンとし────
「え?動向は確かにスマートフォンで確認してたけど、あれはロナが直接用意したんだよ?」
「────今なんて言った?」
さらに耳を疑うような言葉に俺は、両目のお目々ぱちぱちさせていたロナのほうを向いた。
いや、パチパチさせたいのは俺のほうなんだが……???
「だから、用意したのはロナだって。気づいてなかったの?」
首を傾げたロナに合わせて、俺も同じように首を傾げた。
────これってまさか……さっきとは別でもっとヤバイ話しなのでは?
「お前が用意したって……あの銃撃戦の最中にどうやって?」
「そんなもん、ICコートで姿を隠しながらだよ?」
「でも、そのあと俺たちより先にホワイトハウスにいたじゃねーか?」
「うん、ロナが命令して、二人のシークレットサービスにフォルテ達が止められている隙に先に帰ってたんだよ」
「は?」
「え?」
あれ、俺が間違っているのか?ちょっとなに言っているか全然意味が理解できないんだが……?
いや、内心では薄々気づき始めている……ただ、その事実を脳が認めるのを拒否している感じだ……
「……まさかお前……あのセダンの後部座席に一緒に乗っていたのか?」
「うん、ずっと二人の会話を聞いてたよ?ポトマック川やらロナについての話とか!」
「……」
「……?」
恐る恐る聞いた俺に、今日一番のピュアスマイルを浮かべたロナ……
その言葉を聞いた俺と、にこっと笑うロナとの間に初めて沈黙が走る────
脳ってやつは必要以上の情報を受け取ってしまうと、ショートし、思考が回らなくなってしまう。
そのため一旦再起動をかけた俺の脳みそは、改めてロナの言ったことを整理する。整理するのだが……
「……ッ!!」
銀髪の悪魔から逃げるようにして、俺は後方にあった扉に飛びついた。
意味を理解したらとてつもなく恐ろしい言葉。そのすべてを理解した俺の脳は物事を受け止めるための容量をオーバーしたのだ。
「な、何で逃げるのダーリン??」
悪魔が……ストーカーという悪魔が一歩こちらに踏み出してきた……ひぃ!?
ロナは、俺たちがワシントンダレス空港に着いたときからずっと近くにいたんだ。そして、サポートしつつ、ICコートで身を隠した状態のまま俺たちと一緒にセダンに乗り、ホワイトハウスについたところでシークレットサービスと話している隙を見計らって、あたかも最初からいたかのように自室に帰ったロナと対面した。
通りでコマンドーだかなんだか知らないが、クソつまらない話だなって思ってんだよ……あのシークレットサービスの話。あれもロナのクソつまらない台本通りだったってわけか……
他にも心当たりはある。昨日アメリカから日本に帰ってくるとき、飛行機のベットでうとうとしていた俺が見た白銀のタスキ、あれはおそらくICコートからはみ出したロナのツインテールの片割だったんだろう。
さらに言うと、新幹線が途中で停車した要因を作ったのもおそらくロナだ。俺達が新幹線で待っている間に、先回りしたロナが荷物をせっせと俺の家に運び入れていたのだろう。そうでなければ玄関からここまで続く大量のダンボールの説明がつかない……
────どこの世界に引越しのために新幹線止めるやつがいるんだよ!!
ホラー映画のワンシーンのようにガチャガチャとドアノブを動かす俺。自分で鍵を掛けたくせに、手元が震えて上手く開けることができない!!
「……う、うわああああ!!セ、セイナ!?助けてくれ!!」
「ちょっ!?どどどどうしたのよ!?フォルテ!?」
やっと扉を開けることに成功した俺が、扉の前にいたセイナを盾にしつつロナの方にグイグイ押しやる。
その、普段とはかけ離れた惨め過ぎる俺に、流石のセイナも困惑した様子で首を左右に振り向かせながらあたふたしている。
我ながら、助けてもらったくせにこの態度はいかがなものかと思ったが、今はそれよりも恐怖が勝ってしまい、身体中をがくがく震えていた俺にセイナはため息ひとつ漏らしてから────
「で?結局話しはまとまったの?」
その一言にロナは大きく頷いた。
と、そんなこともあり、半ば強制的にここに住み着いているロナ。
住むことに関してはもう諦めたからいいとして、どうしてコイツは俺のベットなんかに潜り込んでいたんだ?
部屋はちゃんとセイナ同様に個室を用意してやっているというのに……
「んん……」
そんなことを考えていると、俺がベットから落ちた音に気づいたのか?寝ていたロナが目を覚まし、正座の状態で両腕を上げながら大きな伸びをする。
カーテンの隙間からこぼれる朝日を背に、いつものとは違ってツインテールの髪をストレートで両肩から垂らしたロナ。髪と同じくらい透明感のある白い肌も、逆光を浴びて神々しく光り輝いていた。
────セイナと同じで普通にしていればかわいいのにな……
まだ起きたばっかで寝ぼけているのか?トロン……とした瞳でこっちをボンヤリと見つめるロナに、俺は声を掛けながら立ち上がった。
「おい、ロナ。どうしてこんなところで────」
言葉が途中で途切れる。というのも、逆光とその垂れ下がる髪のせいでロナのことがシルエットのようにしか見えていなかった俺は、立ち上がるまでそれに気づくのが遅れた……
髪の下、つまりは上半身になにも、文字通りなにも身に着けていないのだ!何でだよ……!?
幸い胸は髪で隠せているが、それが逆にイケナイ感じをかもし出しているというか……何というか……
「あれ……フォルテ……?もう身体は大丈夫なの?」
「ッ!???」
そのことに気づいていないのか?それとも気にしていないのか?普段している髪留めと同色のアメジストのパンティー一枚で、ハニーイエローの瞳を擦るロナ。その下着も肌が透けそうなほどのシースルーでつける意味あるのかそれ?と思ってしまうほどだった……
って、どうして俺も俺でマジマジと見ちまってんだ!!
「ん……?あ……」
流石に俺の異変を見たロナが、自分があられもない姿をしていることに気づいて、全身をピタリ……と膠着させる。
「そ、その……」
なんとか誤魔化そうと、そっぽを向いた俺が両手をバタつかせて弁明しようとしていると……真っ白だったロナの肌が、下から上にかけて次第に赤く、桃を通りこして熟れたりんごのように真っ赤に染まっていく。
「き……」
「き……?」
俯いたロナの口から声が、かすかに声が漏れたかと思った瞬間────!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分の胸元を押さえたロナが、目覚まし時計にも負けない大きな悲鳴を上げてその場にうずくまった。
────お、お前!この前俺に胸押し付けてきた時はなにも言わなかったくせに、どうしてこういうときに限ってそんな大声出すんだよ!!恥ずかしがる境界線が分かんねーよ……!
本来なら裸を見たことが一番悪いはずなのに、そう心の中で逆切れしてしまう俺……
だって、だってそんな悲鳴を上げたら絶対────
「どうしたのロナ!?何かあったの!?」
ダダダダ────と地響きをさせながら、一階から二階にある俺の部屋の扉を蹴破るもう一人の住人。セイナは……おどおどする俺、半泣きで胸元を押さえる半裸のロナとを交互に見比べていく。
「……へぇー……起きたと思ったらそれ?……長く寝込んでるからって心配してたアタシが……どうやらバカだったみたいわね……」
その顔が左右に動くたびに、セイナの顔が心配から般若のごとく凄まじい形相に変わっていくのを見た俺は……
────どうやら、もう一日休養が必要みたいだな……
と、ロナの精神攻撃とは別、セイナの物理的な鉄拳制裁を受けるのであった。
────そういえば……夢の中で感じた息が詰まるほどのお餅のような感触、頬を押し当ててきた突起物の感触。あれはまさか……いや、まさかな……
凄まじい調教という名の暴力の嵐を受けながら、俺の思考はそこで再び途切れるのだった。