舞い降りた二つの銀尾3
────真っ暗闇……ここは何処だろうか……?
前も後ろも、いや、四方八方何処を見ても闇に包まれた空間……
どっちが上か下かも分からず、自分が立っているのかしゃがんでいるのか、はたまた寝そべっているのかさえ分からない状態で……何もない空間を漂っている?という表現が一番近いかもしれない……
────俺は何してるんだ……?
そう思って何となく辺り一面に広がる虚空に右手を突き出してみる。
そもそも、俺というのが正しいのか?僕なのが正しいのか?それとも私……?
結局、伸ばした右手に何かに触れる感触はなかった。と思ったが────
「ッ!?」
右手の指先が……自分の意志とは反してぐちゃぐちゃに動く────!
まるで指の一つ一つがタコの足のように不規則に……乱雑にかき回される。
いや、指だけじゃない……全身、身体を覆う皮膚の内側から何かが外に飛び出そうとして暴れまわり、這いずり回る。
俺はその痛み、苦しみ、不快感に耐えるように全身に力を入れ、目や口を堅く結んだ。
────何故そうまでして人であることにこだわり続ける?
────何故、昔のように我らに身を任せない?
男と女の声……なのか?耳からではなく、意識に直接語り掛けてくるような感覚が、頭の中で響いた。
────何故あの少女に与する?
────愛する者も、相棒も失ってもまだ他人に固執するのか?
「黙れ……」
ジンジンと痛む、頭の中の声に絞り出すように声を出した俺に、さらに続けて脳内の男と女は語り掛けてきた。
────まさか、惚れたのか?
────よりにもよって、あの少女にか?
「何の……話だ……?」
声の主が誰かなのか?今の俺にはそれを聞くほどの余裕すらないほど身体中が悲鳴を上げている。
────あの少女はやめた方がいい。
────いつか必ず後悔するぞ。
「な、なんの────ッ!?」
意味が分からず、聞き返そうとした瞬間────息ができなくなる!
突然、顔を包み込むかのような柔らかい、優しい感触。だが、その感触のせいで、口を開くことさえ許されず、鼻からも空気が入ってこない。
まるで柔らかいお餅でも抑えつけられたかのような────だが、それでもって突起のような少し硬いものが俺の両頬に軽く押している。
────い、息が……!
「がはッ!!」
白いカーテンの隙間から、日差しが差し込むベットの上で俺はガバッと上半身を起こした。
見慣れた部屋────ここは俺の自室か?
「夢……か?」
そう呟く俺は、自分が着ていた白いシャツが汗でぐっちょりと濡れていたことに気づいた。
夢の中でなにかと会話していた気がしたが、よく覚えていない……とりあえず、呼吸困難に陥りかけていた肺にゆっくりと空気を送り込むように深呼吸する。
────昨日、いや、俺は何日寝込んでいたんだ?
魔眼の能力を使った関係で、気だるくなっていた身体の肩甲骨を動かし、とりあえず近くにあったスマートフォンで日付を確認すると。
────6月16日……2日も寝ていたのか……
2日前、俺はセイナと共に、お得意先の警察に頼まれた下請け仕事を請け負い、武器の密輸取引現場を制圧して……そのあとスナイパーに襲われて……
「……」
その時の出来事を思い出し、目元を覆った手の下でため息が漏れた。
スナイパーを撃退するつもりが、東京タワーの一部をぶっ壊してしまうとは……
おかげで夜の東京はパニックを起こし、なかなか収拾がつかず大変だったらしい。
人が死ななかったのは不幸中の幸いだな。
まさか────密輸品は銃ではなく、弾丸の方だったとはな……
「あれ……?」
2日振りに目覚めた俺がベットから立ち上がろうとしたが……お腹の辺りまで被っている布団がやけに重くのしかかっていた。
ゴソゴソ……!
────な、なんだ?
布団ではなく、布団の中に何かがいるらしい……
どうやらそれが俺に纏わりついて、動きを阻害しているようだった。
「……?」
ペラッと布団を捲ると……そこには────
「すぅ……」
自分の親指をチュパチュパと咥えた銀髪の美少女が、俺に覆いかぶさるようにして静かに寝息を立てていた。
「……」
バサッ!!と勢いよく俺は布団を戻し、顎に手を当てた。
2日も何も食ってないと、やはり脳が目覚めてないのか?いま自分の身に起きている現象……それがどういうことか理解できず、思考がショートしてしまっていた。
あれ……俺がおかしいのか?いま確かに何かいた気がしたが……
ペラッと再び布団を捲ると、やはりそこには銀髪の美少女がいた。
「……?……ッ!???」
布団の中に少女が寝ているということにようやく気づいた俺は、驚きのあまりベットから数十センチ跳ね上がり、そのまま床に転がり落ちた。
「いててて……」
ただでさえ全身筋肉痛だというのに、ドーンッ!!と思いっきり尻もちをついた俺。
その強烈な痛みでだいぶ意識がはっきりとした。
ベッドで寝る少女。CIAの副長官、世界有数のハッカー軍団アノニマスのリーダーにして、俺のS.T時代の部下でもある、二重人格のロナ・バーナードが俺の布団にもぐり込んでいたのだ……!
意識がさっきまで朦朧としていたせいですっかり忘れていたが……一か月前からコイツがここに住み着いていたんだったな……
そう一か月前に突然起きた出来事……あれからコイツはここで一緒に暮らすようになったんだったな────
「ロナちゃんクビになっちゃったからここで雇ってよ、ダ~リン!」
「はぁッ!?ク、クビ!?」
とびっきりのピュアスマイルでにぱぁっと笑ったロナ。俺は言っている意味が全く理解できずにオウム返しのように聞き返してしまう。
「じっつわねー……ロナちゃん……てかロナ達って言うのが正しいかな?色々やらかしすぎちゃってさ~ジェイクに愛想つかれちゃったみたいでね……グスッ……!無期限で副長官追放処分くらっちゃって暇……じゃなくて。ロナにはあの場所以外、行く当てなんて無いから……だから……お願い?」
鼻をすすり、同情を誘うように大きな胸の前で指と指を絡ませ、祈りのようなポーズでそう囁くロナ。目尻には小さな真珠のような涙さえ浮かばせている。
普通の男がこんな可愛らしい愛玩動物に懇願されては、おそらくどんな無茶ぶりでも聞いてしまうだろう……だが、流石に俺も付き合いが長いので知っているが、あれはウソ泣きの涙だ。
────まあ、数日前のワシントンメトロの時にコイツのマジ泣きを見たからこそ、余計にその違いが分かりやすいんだけどな。
「無期限の副長官追放処分つったって、どうせすぐに解消されるだろ?CIAの情報部はお前や、アノニマスの構成員で成り立っているようなもんなんだからな」
これ以上面倒ごとを増やしたくない俺が適当な理由を探してそう指摘すると、ロナは頭の両側に就いた銀色の腰まで届く長いツインテールをシャンシャンと左右に振るった。
「うんうん……それはなさそうかな?」
「なさそう……?どうして?お前は寝る時間が惜しいほど毎日仕事していたんだろう?そんなお前が抜けた穴を埋めるのは、流石に世界有数のハッカー集団とはいえ厳しいだろう……」
「んー……そうずっと思われてたんだけどね、この前のアメリカミサイルテロ事件、あの時ロナがいなくても全く問題なかったからって言うのもあるみたい……」
少し俯き、暗い表情でそう呟いたロナ……
確かにコイツは事件の時、得意の情報収集は一切せず、もう一人の人格であるロアに任せてただ暴れてただけだからな……それでもアメリカ政府の情報網は特に目立ったダメージは受けていなかったのは確かだ……
「そんなことどうでもいいから……で?雇ってくれるの?ダ~リン?」
かなり重要なことをそんなことで流したロナは、猫なで声と上目遣いのハニーイエローの瞳をウルウルさせながら首を傾げた。
クソ……ぶりっ子ってやつは嫌いなはずなのに、それでも可愛いと思ってしまうのは男の悲しい性なのか?違うな……その条件を含めてもコイツは可愛いんだ……悔しいけどな……
だけど────
「ダメだ。国に帰って大人しくしてろ」
俺がそう突っぱねると……ロナではなく隣にいたセイナが声を上げた。
「なんで?置いてあげればいいじゃない?どこにも行く宛が無いって泣いている子を、アンタは見捨てるの!?」
仲があんまりよろしくないはずのセイナが、まさかの賛成派だったことに、俺はまるで死角から狙撃されたみたいな気分に陥った。
まあ、そうだよな……お前真面目だもんな……
だがよく見ろセイナ……お前が泣いている子と言った瞬間のロナの口元、泣いているはずなのに少し口角が上がったぞ?
「見捨てるってわけじゃないが、コイツとお前との仲は最悪だろ?それに……」
「それに……?何よ……?」
セイナがその整った薄い眉の片方を上げ、訝し気な表情で俺の顔を覗き込んできた。
クリクリしたブルーサファイアの瞳に、小さく整った可愛い顔。顔を近ければ近いほど、恥ずかしくなって自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
クソ、コイツもコイツで可愛い奴だな……
ロナと違い、行動の一つ一つが自然で、無垢なセイナ……
そう思うと、つい言葉が詰まってしまい────
「い、いや……と、とにかく!俺は認めないk────」
絶対に何か裏があるから嫌だ……とはどうしても言えず、適当に誤魔化してしまう。
すると────ロナは俺がそう考えていることに気づいたのか────突然こんなことを切り出してきた。
「おっとっと!そんなこと言っていいのかなダ~リン?雇ってくれないなら、ロナちゃん……フォルテが隠していること、言っちゃうぞ?」
「お、俺が!?隠していること!?」