たかが100円、されど100円!
「いらっしゃいませ!どう?スクラッチで運命変えて見ない?!」
今まで誰もいなかった公園に、銀色の髪をひとつに纏め、法被を着た女性が私の眼の前に立って、訳の分からない事を言ったかと思うと、私の手のひらから、全財産の100円を取って行った。
「ひゃく…ひゃくえん…」
力のない私の声が聞こえていないのか、それとも聞いていないのか、その女性は突然!
「きゃぁ~!この世界のお金って精密!!」
「・・・」
「この間行った@l:*#のお金は…なんと木の実よ!そりゃぁ…美味しかったけどね。でも、物々交換なんてつまんない。やっぱり文明を感じる細工と、そしてこの金属の手触りは…堪らないわ。いいわね、この世界は!気に入ったわ。」
頭…が、頭が変だ。この人…。
「あ、あげます!」
「…えっ?」
「…気にいっていらっしゃるようですからいいです。ぁ…じゃぁ私は失礼します。」
「ちょ、ちょっと待って、千愛姫ちゃん!」
「えっ?…なぜ?!なぜ私の名前を知っているの?…」
「だって、私は幸運の女神ですもの。」
その女性は、得意気に両手を広げ微笑んだ。おそらくこれが決めポーズだったのだろう。
しばらくそのポーズで動かなかった。
・
・
・
「お願い、ここは一番重要な場面なの。(きゃぁ~)とか、(あぁ…女神様)とか…もっとこう…う~ん、うまく言えないけど、感動するところなのよ。今まで皆そうだったのよ。千愛姫ちゃん、感動薄すぎ!」
そう言いながら、ようやく体を動かすと、「はぁ~」と自称幸運の女神様の口から溜め息が零れ落ちていった。
「確かにこの世界では、怪しげに見えるかもしれないけど、私って結構、他の世界ではメジャーな女神なのよ。」
呆然とした私の顔を見て
「あぁ…信じていないのね。もう…参ったわ。やっぱりこの世界でもCMを流さないとダメよね。信じてもらえないんだもん。信じてもらおうと、こうやって法被を着たのに…襟にだって白抜きで宝くじって入れたのよ。」
変…
逃げないと、ヤバそう。
まだブツブツ言っている女性から、なるべくそっと離れようとしていたら、目が合ってしまった。
女性は微笑むと
「千愛姫ちゃん、取り合えずスクラッチして、運に見放された人生を脱却しよう!異世界で新しい人生の扉を開こう!」
「いや…いい…です。」
「すごく楽しいわよ。三つの絵柄によっては勇者になるとか。あるいは王子様との情熱的な恋とか…*@#&wqrとか…」
「あ、あの…スクラッチはどうでもいいですが、最後はなんて言ったんですか?」
「…ぁ……。えっと、ほとんどないのよ。ほとんど…」
「なにがですか?」
「私が幸運の女神をやって7万年、それに当たった人は…ひとりだもん。いや…4人だったけ…」
「だから…それってなんですか?」
「・・・」
「えっ?」
「…竜にね。」
「竜?」
「…うん、食べられちゃった…みたいな。あははは…でも7万年に…4人だけだから!大丈夫。早々には当たらない。それより他の景品はすばらしい物ばかりなのよ。」
「食べられる?」
「やっぱり…そこ、気になる?」
ゆっくりと頷くと、自称幸運の女神は慌てて
「でも、でも…7万年に…4人だけだから…」
「7万年であろうが、4人であろうが…それって竜の餌になるってことですよね。」
「そうとも言える…かな?」
「・・・」
「大丈夫だって、7万年に…4人だけだから…」
「・・・」
「…千愛姫ちゃん…?」
「・・・」
「千愛姫ちゃん……。」
何にも言わなくなった私に、自称幸運の女神様は眼を潤ませながら
「…怪しく思うのは当然よね、でも私を信じて。あまりにも幸運に見放されている千愛姫ちゃんを見捨ててはいられなかったの。ご両親と、お兄さんは千愛姫ちゃんが幼い頃に、交通事故で亡くなっているし…好きな人ができたと思ったら、理由ありだったし…助けてあげたかったの。」
「?!!」
この人…私の名前だけじゃない、私の生い立ちまで知っている。どうして?
「あなたを幸せにしてあげたくて、この地に私は降りたの。私を信じて頂戴。」
私の名前から、生い立ちまで知っている…女神様?…というか…ストーカー?
スクラッチで異世界へとか…竜とか…ほんとに危ないとしか言えない女性だけど…
でも…
でも…こんなに真剣に私を見てくれた人は、ひとりぼっちになってからは誰もいなかった。
この人は…いったい…なんなのだろう?
「千愛姫ちゃん、ひとりぼっちが寂しかったから、あんな男に夢を見たのね…でも夢を見るなら、夢にかけるならスクラッチよ!千愛姫ちゃん、運命を変えようよ。」
夢を見るなら、夢にかけるならスクラッチよ!…には頷けないけど、ひとりぼっちが寂しかったから、あんな男に夢を見たのね…は、半分は当たってるかも…。
大人になれば、好きな人と家庭を作り、やがて子供が生まれたら、いつも笑いの絶えない、賑やかな家庭を持てると思っていたんだけど…28歳まで彼氏は出来ず、焦りまくって、ようやく出来た彼氏だったけど、まさか男に捕られるとは…。
私って、家族の縁どころか、恋の縁もないみたい。
眼を潤ませながら(あなたを幸せにしてあげたくて、この地に私は降りたの。私を信じて頂戴。)そう言って、私を見る。
自称幸運の女神様…か。
スクラッチ、やってみようかな。
信じるというより、まぁ100円だから…
私の事で、目を潤ませるこの自称幸運の女神様がなんだか憎めないから…
それに、たかが100円だもの。
そんなことを考えていたことが、わかったかのように、2枚のスクラッチを自称幸運の女神が私に差し出して、にっこりと笑うと
「大丈夫!幸せはここにあるわ。さぁ、千愛姫ちゃん選んで。3ヶ所を削ったと同時に、異世界への扉が開くわ。」
2枚?
何故、2枚なの?
「あの…この2枚から、選ぶんですか?たった、この2枚から?」
「…えっと…今、バックを探ったら2枚だけだったので…。」
「……売れ残り…なんだ。だから…こうも私に勧めていたんだ。はぁ~やっぱり…幸運に見放されてる。」
「ち、違うから!このスクラッチの大当たりは、まだ出ていないの。だからもう大当たりしか出ないわ。だから寧ろ、ラッキーな状況なのよ。こちらの世界では【残り物には福がある】って言うじゃない。まさしくそれよ!」
はぁ…売れ残りのスクラッチとは…。
まぁ、100円で夢を見るんだもの。いいか…。
1枚スクラッチを選ぶと、自称幸運の女神が、ポケットから赤いルビーのようなペンダントを出し、私の首にかけ
「このペンダントは、翻訳機みたいなものよ。言葉がわからないと…大変だものね。」
「…はい。」
…どうでもいいです。…はい。
力のない私の声に、自称幸運の女神は
「幸運しか残っていないから…大丈夫。」
そう言って微笑み、例の決めポーズで
「さぁ、削りなさい。削って新しいの運命を…異世界の扉を…開くのです。」
削って新しい運命を開く…か、まぁ何にも期待していないけど、当たれば気分も上昇するだろうし。
取りあえず
1段目は…ハート。
2段目も…ハート。
恋愛?ふ~ん
3段目も…ハート?
…ぇっ?何これハートの横のこの絵柄…竜?!
いやなんで3段目には、2つ絵柄があるの?!!
「ちょ、ちょっと!!女神様!!これ不良品!!3段目に絵が2つ……」
そう叫んだ途端、大きな扉が現れ、開いたと同時に…私は扉の向こうに吸い込まれていった。
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「…千愛姫ちゃん、なんか叫んでいたよね。不良品とか?3段目とか…2つだとか…」
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「2つ?3段めに…ふ、ふたつ?!!!ぁ、あっ!ああっ!…絵が…3段目に2つと…いう事は!ヤ、ヤバイ!5人目だ!!竜に食べられちゃう~!!い、行かなきゃ、追いかけて行かなきゃ!」