マダム・アカシア
「悪いけど、やっぱ、無理。俺たち、いい友達のままでいよう。榊原さんの事、友達としか思えないし、俺もサッカーで忙しいから。ごめん。」
彼は、一方的にそう言うと、走って部活へ行ってしまった。
やっぱり・・。私、榊原果林は、青春真っ只中の高2の6月の今日、振られました。
同級生で彼氏の中里 裕 君から、学校裏の公園に呼び出された時、うれしさ半分、嫌な予感半分だった。悪い予感の方があたった。
曇空。急に雨が降って来た。失恋した上に、なんてついてない。私は、道脇のアカシアの大木の下に雨宿りに入った。とりあえず、小ぶりになるまで待とう。アカシアの木は、ちょうど枝が垂れ下がっていて、雨をしのぐには、まあまあだ。それでも濡れないわけじゃないから、タイミングよく走って帰ろう。そして、家で思いっきり泣くんだ。
無理って言われた。時間がないければ、メールのやり取りとかできるのに。
2か月前、私は勇気を出して彼に告白。「じゃあ、つきあおうか」って返事をもらった。
私は、1年の時から好きだったけど、悟られないよう気を付けてた。
告白した時は、彼ににとって私は、単なる同級生だ。
付き合う中で”私の事好きになってもらおう”とひそかに決意し、頑張った。部活の邪魔にならないように遠慮する事も多かった。思い出すと泣きたくなった。必死に我慢したけど、涙は止まらない。
「で、その男のどんな所が好きだったんだい?」
急に後ろから声をかけられた。ふりむくと巻き毛のロングヘアに、白いドレスの、妖艶な女性がいた。ただ、面くらった。その女性のドレスは、中世ヨーロッパの服のようだった。物語に出てくる、”中世の酒場のマダム”がぴったりかも。
「え?」
”少し危ない人”かもしれないから逃げようか・・私はちょっと後ずさる。
「だからさ、その男のどういう処に惚れたんだい」
「あ、あの、彼はサッカーではMFで、地味な役割なんだけど、黙々とプレーしてる姿が素敵で・・」
女性の勢いに押されてつい答えてしまった。
「サッカー?私には、わかんないけど、他にはどんな所が好きだったんだい?」
そう言われ、次々に彼の事を思い出してしまった。
「言われた仕事を、キチっとこなすし、真面目」
「誰にもわけへだてない態度」
「で、男子同士口論になった時も、よく仲立ちしてた」
「少し背を曲げて、静かに歩く後ろ姿が素敵だった・・」
そう、大好きだった。そして思い切って告白した。二人っきりで話してみたかったから。一緒に映画や水族館に行ったりしたかった。出来なかったけど。出来たのは一緒に歩いて帰るだけ。それだけでも私は楽しかった。彼のサッカーの姿を追ううちに、サッカーが好きになって、ルールとか勉強した。
思い出したら、止まらなかった。涙も鼻水もボロボロ出して、私はその女性の前で大泣きしてしてしまった。子供じゃないのに恥ずかしい。そんな私を、彼女は優しく抱き寄せてくれた。
「いいんだよ、こういう時は、思いっきり泣くのがいいのさ。で、相手はあんたの事をどう思ってたんだい?」
「きっと、単なる友達・・以下?。彼、サッカーの練習が忙しくて、下校時に一緒に帰るだけだったから。その時、彼のサッカーの話しを聞くのが好きだった。でも、彼が疲れてる時は、私が話しかけても、ちょっと面倒そうな顔してたっけ」
付き合いだしてから2か月間弱、二人で一緒にいる時間ってあまりなかった?
「これだから、男ってのは、駄目なのよね。彼は今はサッカーとやらにぞっこんなんだよ。あんたのような可愛い子を振るような唐変木は、ほうっておきな。ほら、アカシア酒、薄めてあるから飲んでごらん。体が温まるよ」
彼女が差し出した小さなコップ入ったお酒を、私は一気に飲んだ。(ヤケ酒?)
あら!このお酒、いい香り、少し甘い。ふふふ、なんだかいい気分。ははは。
「ね お姉さんの名前は?」
「マダム・アカシアとでも覚えておいておくれ。それにしても一気飲みかい、まあいいか、今日ぐらいは」
彼女のその言葉を、すでに私は夢見心地で聞いていた。後は覚えてない。気がつくと、木を背にして座っていた。その場所で少し眠ってしまったらしい。
雨は止み、空が少しだけ明るくなってた。お尻が濡れてて冷たい。あの彼女、マダム・アカシアはどこにいるの?私は立ち上がって、服のチリを払って、あたりを見回した。
でも、公園の道を散歩する老夫婦のほかには、誰もいなかった。
未成年で飲酒して野外で短時間といえど昼寝?不良を通り越して、オッサンだよ私。
誰にも見つからないでよかった。アカシアの垂れ下がった花房が隠してくれたのかも。
あれから、私と彼は普通の同級生に戻ってしまった。いや、告白後も仲は変わらなかったんだ。下校時に彼と一緒に帰る事がなくなっただけ。最初は悲しくて寂しかったけれど、秋になる頃には、だいぶ心の痛みも薄れてきた。彼のことを考える回数も減った。
彼に振られても、サッカーは好きのままでいられた。弟の入った小学生のサッカーチームのマネージャー兼子守の仕事を、頼まれて引き受けた。好きなサッカーにかかわっていられるので、いま、ちょっと力をいれてる。
そうそう、私は男子から告白された。世話をしてる小学生のサッカーチームの男の子から。
「ふふふ、10年後にその告白が聞きたいわね」
私は、失恋した時に出会った女性、マダム・アカシア の口調をまね、その子に返事した。
作中のアカシアは、北海道での通称です。本当の名前は、ハリエンジュという木です。アカシアは熱帯産の別の植物です。戦前に植林された時、なぜ、この名前になったのか不思議ですが。
今もアカシア(もしくはニセアカシア)で通ってますので、今回もそのまま、小説で使いました。