ヨイトマケの詩(うた)
あの日も今日と同じく、二月にしては暖かな日だった。
午後。私は、どうしても仕事から抜けられない彼の代わりに、死んだ母さんの妹である叔母と二人で披露宴の引き出物の打ち合わせに出かけた。
その途中。電車に乗って三つ目の駅。
若いお母さんが小さな娘の手を引いて目の前の座席についた。風邪でもひいたのか? 白いマスクをして時折に咳き込む娘を困ったように、心配そうに覗き込む母親の姿があった。
その時の私は死んだ母さんのことを思い出していた。
私の母さんは、二十歳の時に集団就職で九州から名古屋に移り住んだ人だった。そして、同じように集団就職で東北から訪れていた父さんと知り合い結婚。その数年後に私が生まれた。
父さんは、母さんにも、この私にも優しいひとだった。しかし、もともと体の弱かった父さんは、私が小学五年生の時に病で他界した。以来、昼夜関係なく働く母さんは、女手一つで私を育ててくれた。
ただ、その母さんも私が高校を卒業して半年後。若い時の無理がたたったのか? さして親孝行らしい事も出来ないうち、父の後を追うようにこの世を去った。
私は考えていた。果たして、苦労苦労で死んでった四十一年という短い母さんの人生は、女としての一生は幸せだったのかと。
その夜。そんな事を昼間に考えていたせいか、大人になった私に夢の中で母さんが言った。
「確かに短い人生だったけれど、裕福な暮らしではなかったけれど、私にも沢山うれしい事はあったよ。
お父さんと知り合って、お嫁さんになれたこと。
お前が生まれて、父さんと二人で喜んだこと
そして
お前が風をひいた時。ようやく熱が下がって泣いて喜んだこと。
他にもたくさん。
だから
私の人生だって、本当に幸せだったよ。」
そう母さんは少し怒ったように、けれども優しく微笑んで、何も言えないでいるだけの私の夢の中へ消えていった。
そうして、二ヶ月後。春吉日。
暖かな陽だまりが揺れる電車に乗って、いま私は母さんの死後、とても良くしてくれた叔母さんと叔父さん、そして大好きな彼と、その行くべき時と場所に向かっています。
「お母さん、今日私も、お嫁に行きます……」
おわり