望郷の念だけが白い雲のように
この年の東京は梅雨時期にもかかわらず雨が少なく、晴れる日が多かった。早くも気温が30℃を越えた真夏日もあり、北海道出身の私には耐え難くもウラヤマしい熱く早い夏の訪れだった。(もっとも、北海道に梅雨は無いが)
「今年は空梅雨かな……」
そう呟いて汗を拭い見上げる空は、ビルに四角く切り取られ、それでも白く眩い夏雲を故郷の空と同じくゆっくりと流していた。
先の冬に出張がてら訪れた田舎で、親父殿への同居話の説得も失敗に終わり、東京に戻った私は相変わらず仕事と家庭と慌しい日々を送っていた。
都会に夢を求め、ここに住み着いておよそ20年。目的が無ければ生きてはいけない場所と気付き、仕事を見つけ、そのうち家庭を持ち、やがて故郷へ帰るキッカを
失っていた。
そして、--- 住めば都 ---といい、考えてみれば、こちらでの生活の方が長くなってしまった。今更、田舎に帰る気も無く。おそらく、帰ることも出来なく。
いずれ、ここを故郷のように思える日が来るのだろうか? しかし、それは子供達にとってで、私の故郷は、やはりあそこにしか無い。
そんなことを考えながら駅のホームに立っていると、不思議と辺りにいるスーツ姿の(私と同じく今日は外回りだろうか?)彼らにも親近感を覚えた。多分、この中にも私と同じように田舎を後にし、都会に住み着き、帰るに帰れなくなった者もいるに違いない。
やがて、見慣れた緑色の電車が、熱と湿気を帯びた風と共に、私を現実に引き戻した。電車に乗り込み、冷房の効いた車内で、ふと、そんな事を考えていた自分が少しオカシクも思えた。
きっと、この夏空がいけないのだろう。現実はさて置き、望郷の念だけが白い雲のようにゆっくりと流れていった。
おわり