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埋もれてしまう他愛無い気持ち

 夏。


 季節外れの台風が去り、梅雨の名残らしきものも消え、東京の空と空気は一変した。蒸し暑い視界と人と車の雑踏から逃れるよう、真由美は小走りに建物の中へと入った。


 面倒くさがりながらも今日で三日目。大学四年生の真由美は、卒業論文の参考書物をあさる為に図書館を訪れた。未だ卒業後の進路も見据えてはいない状況で、さしあたって目の前にある問題の一つとしてイヤイヤながらも足を向けていた。


 この四年間。大学には通ったものの、特別に何かを見つけることも出来なかった。今さらながら、そんな自分をどうにかしたいという焦りも多少あった。


 相変わらず広い室内は水を打ったように静まり返っている。ただ、時折に誰かの咳払いと、紙の摩れる音だけが高い天井に響いていた。


 真由美は適当な三冊を選び出すと、並んだ大きなテーブルに散らばる他の者達同様に居心地の良い距離の席に着いた。そして、自前のノートをカバンから取り出すと本に目を通し始めた。


 それから小一時間。気の乗らない彼女でも、さすがに集中し始めると時間はあっと

いう間だった。冷房の効いた快適な室内のせいもあったが、窓の外から微かに聞こえる蝉の鳴き声が、かえって文字に集中させてくれた。


 真由美は夢中になり始めると、無意識のうちに文章を声に出して読む癖があった。やはり、この日も所々で呟いていた。


「……20世紀を迎えて……エスカレートし……。……概算では1900年以降……1億人が戦争で死亡……。第二次世界大戦以降の戦争犠牲者は、2300万人を越え……」


 そこで、ふと我に返る真由美。思わず漏れていた声に辺りを見回すと、少しだけ体裁を整え、小さく咳払いにテレを隠した。




 1月。


 あれから半年が過ぎ、真由美は卒業を目の前にしていた。依然、卒業後の進路は

イイカゲンなものだった。ただ、前から頼まれていた友人の店を手伝う事で、しばらくはヤッテいけるメドはあった。


 いつもより早くバイトを終えた彼女は、真冬の空気に追われるよう家路に着いた。途中、いつものコンビニで買い物をし、夕飯の材料を調達した。


 マンションに辿りついた彼女は、ポストの手紙を取ると、読まずにそのまま買い物袋にしまいこんだ。その手紙の差出人が親代わりの叔父であることから、その内容は察しが付いていた。おそらく、次回の部屋の更新を最後に仕送りが打ち切られること。今年の正月に家に戻らなかったことなど……。


 ドアを閉めると、真由美は冷たくなった手をこすりながら、順番に部屋中のスイッチを入れた。


--- 電気、エアコン、テレビ、コタツ、台所の ---


 そして、買い物袋から夕飯の材料を取り出し、手際よく冷蔵庫の中にいくつかをしまうと食事の準備に取り掛かる。


 午後6:36。何気なく目を向けるテレビでは、変わらず中東や北朝鮮のニュースが流れている。


 真由美は自分の卒業論文の事をぼんやりと思い出していた。そして、考えていた。テレビの中の事。これからの自分の事。きっと、毎日の中で埋もれてしまう他愛無い気持ち。


--- 人って、なかなか変われない ---






 おわり

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