表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人外系

美少女をくわえた食パンと曲がり角でぶつかった

作者: 底野隙間



「寝すぎた」

 俺、多賀谷健太、高校二年生。

 今日から俺は転入生として新しい高校生活を始めるのだが、なんと寝坊してしまった。

 落ち着け、俺。平静にならないと出かける支度だってまともに出来やしない。

 ここはひとまずラップでクールダウンだ。


「転校早々、遅刻はヤバそう。朝の事件でオレ危険」

「起きろ息子よ、さもなきゃ遅刻、クラスでハブられ辛い生活」

「母さん登場オレ動揺。朝食タイム? No.eat.」

「朝食台無し超ショック、Yeah」

「すまない母さんオレ謝罪」


 仕方がないので俺は、持ち運ぶ食事の代名詞カロリーメイトを片手に家を出た。

 そう、忙しさに追われる現代人には欠かせぬ栄養補助食品、あのカロリーメイトだ。


 かつて、王貞治がCMに出演したその画期的商品は、1983年の発売を始まりとする。

 今現在、ブロック、ゼリー、缶、この三つのタイプを一般的な消費者に向けているが、最初に世へ出したのはブロックタイプであった。

 携帯に便利な固形タイプのそれは、イギリスのスコットランド地方の菓子ショートブレッドをヒントにしてその形状に決まったのだという。


 ひと箱4本入り。

 一日に必要な量の半分のビタミン11種類と、6種類のミネラルがバランスよく配合され、高校生から社会人まで気軽に食べられる。朝食としてだけではなく、間食としても素晴らしい。

 プレーン、チーズ、フルーツ、チョコレート、メープルの5種類の味を用意し、飽きさせないのも魅力だ。


 ターゲットは若者に限定することなく、子どもや高齢者にも受け入れやすいゼリータイプを売り出すことで、幅広い客層を得た。

 またゼリータイプの長所はそれだけでなく、分岐鎖アミノ酸が豊富なホエイタンパクを使用しているため、スポーツ時の栄養補給にも適している。

 味も、すりおろしたりんごをイメージしており、日本人の舌に馴染みやすく、開発者のこだわりを感じる。


 更に飲みやすくしたのが缶タイプである。

 こちらはゼリータイプと違い、カフェオレ、コーヒー、ココア、コーンスープの四つの味に分かれ、味わいやすい流動食として売られている。


 そして、驚く事なかれ、魅力はそれだけに留まらない。

 カロリーメイトと名がつくだけあって、どのタイプも、1本100、200、200、とキリの良い数字のカロリーで、カロリー計算も簡単にできる、まさに現代人に優しい食品なのだ。

 また、企業や自治体向けの商品ロングライフタイプもあるため、団体には是非そちらの魅力を一度味わってもらいたい。


 そもそもカロリーメイトの魅力というのは……──。



「きゃあっ」

 カロリーメイトについて思考を巡らせていると、衝撃に見舞われ、俺は思わず大きな声を上げた。

 曲がり角を曲がったのだが、その際に誰かとぶつかってしまったらしい

「あいたたた……」

 今度は俺の声ではない。可愛らしいその声は間違いなく、女の子のものだった。

 顔を上げると、とんでもないものが視界に飛び込んできた。


「Yeah」

 俺の口からは、自然と感嘆の声が漏れていた。


 ──目の前には、セーラー服姿の可愛い女の子と、巨大な食パンの姿があった。驚くべきことに、女の子は、俺よりの背を遥かに越える巨大な食パンの中にいた。

 捕食されている真っ最中なのだ。

 俺は、瞬時に理解した。



「私のことは構わず逃げっ、ぎゃあああああああああ」

 最後まで言うことなく、美少女は苦痛に顔を歪ませながら、その可憐な容貌とは裏腹に恐ろしい絶叫を俺に聞かせた。

「ごめん、俺じゃ助けられないや。頑張って」

 朝からパニック、オレ、エスケープ。

 できる限り申し訳なさそうにしてから、走って学校へ向かった。


 学歴、職業、収入……多くの面で争うこの世は弱肉強食の理を軸に回っている。

 先程見たあれもまた、弱肉強食の結果、その一つに過ぎない。可哀想だが、世の中はそんな風に出来上がっているのだ。何も不思議はない。





「今日は転校生を紹介します。入って」

 担任の先生に言われ、俺は教室のドアを開けた。

「多賀谷健太です。よろしくお願いします」

「多賀谷くんはアフリカのブルキナファソから来ました。え、てかどこそれ」

「ここですね」

 俺は常時携帯している地球儀を取り出し、ブルキナファソを指差した。そーれっ!


「なるほどわかりやすい、ありがとう多賀谷くん。君は実に素晴らしい。この国の誇りだ」

「お褒めにお預かり光栄です」

 先公感動、俺の存在超重要。オーケー。



「じゃあ多賀谷くんの席は、あそこにいる狩田さんの隣ね」

「はい……ああっ! お前はさっきのっ」

 俺は二度目の衝撃に声を上げた。

 なんとそこには、先程遭遇したあの巨大な食パンが、悠々と鎮座していたのだ。

 美少女の姿はない。彼女はやはり完全に食べられてしまっのだろうか。

 ということは、誰も助けようとしなかったのか。なんて哀れな。そしてこの国の人間はなんて冷たいことか。実に腐っているな、ここは。


「なんだ、狩田さん。多賀谷くんと知り合いだったのか?」

「えっ、そんな、知り合いってほどじゃ」

 食パン、いや狩田は戸惑いながらそう返した。



「狩田さん、多賀谷くんは転校したてでまだ教科書が届いていないんだ。見せてあげて」

「ええっ、私が?」

「それ以外にだれがいる。いや、いない」

「確かに」

 狩田は渋々といった感じで、俺に机を寄せて教科書を見せた。

 そして俺にだけ聞こえるように、小さく囁いた。


「か、勘違いしないでよね。別に、あなたのためじゃないんだから。先生に言われて仕方なく見せてあげるだけなんだからねっ」

 食パンカンカン、オレ平然。





 休み時間になると、砂糖にたかる蟻のごとくぞろぞろと人が寄ってきた。

 やはりこの国の人間は愚かなものだ。たかだか転校生なんぞを珍しく思っているようでは、俺のいた国ブルキナファソでは生きてゆけまい。

 でも人気者になったような感覚を味わえて楽しい。


「多賀谷くん、どこから来たの?」

 クラスメイトの一人が問いかける。

 朝の紹介を聞いていなかったのか? 耳どうなってるんだ、こいつ。

 しかし俺はそんな態度をおくびにも出さず、笑顔で答える。

「ブルキナファソだよ」

「あー、あそこかあ。遠いよねー。ところでさ、狩田さんとはどうやって知り合ったの?」

 どうやら本題はそちらの方らしい。



「朝、ちょっとぶつかって」

「うわっ、羨ましいなあ」

「なんで?」

「そりゃそうだろっ。狩田さん超可愛いし、ある意味校内の有名人だよ。しかも今彼氏いないらしいしさ」

「学園のマドンナ的存在ってことか」

「……古くね?」

 そうかもしれない。

 何を隠そう、俺の日本に関する勉強は、主に昭和と平成初期の漫画だ。


「さすがにマドンナはないけど、学校の食パン的存在とは言われてるよ。なんか、結婚して一緒に朝食の食パンを食べたい存在、略して学校の食パン、的な」

「ふーん」

 カロリーメイトじゃいけないのか?

 あれは優秀だ。


「でさ、ぶつかったときどうだった? やっぱ柔らかかった?」

「ああ。いい匂いがして、ふわっと柔らかくて、とにかくいい心地だったよ。その場で食べちゃいたいくらいだった」

「発言が過激だなっ。でもすげえ羨ましい。いいなー、俺もぶつかってみたい」

 男って単純だな。






「多賀谷くん」

 放課後にぬって、狩田から声をかけられた。

「何?」

「ちょっと話があるの」

 クラスメイトが、興味津々に俺と狩田を眺めている。


「話って何?」

 廊下に移動すると、俺から切り出した。

「今朝のことなんだけど……誰にも言わないでほしいの」

「なんで?」

「だって、恥ずかしいでしょ……ご飯食べながら走ってたなんて。そんなの知られたくないよ」


 食を否定するのか? それはすなわち生に対する冒涜ではないのか? 遅刻しないように、移動と食事を同時に行うのは、一種の効率的手段ではないのか?

 俺の頭はたちまち疑問でいっぱいになったが、それを口に出すことはなかった。



「それと、ずっと前からあなたのことが好きだったの」

「え。俺たち、今日が初対面だよね?」

「好きって気持ちに、時間とか関係ないよ。理屈じゃないの、心なの!」

 フィーリングってわけだな。

 この女、わかってるじゃないか。


「わかったよ狩田さん。結婚を前提に付き合おう」

「やったー」

 こうして俺は学校のマドンナ、狩田の彼氏になった。



「あのね、多賀谷くん。今日私の家、誰もいないの」

「確かに」

「確かにって何? 返事おかしくない? 多賀谷くんまだ日本語不慣れなの?」

「うん」

 帰国子女、Yeah。


「それで……よかったら家に来ない?」

「そんな、まだ早いよ」

「ばっ馬鹿! 変な想像しないでよねっ」

 もう遅い。既に俺の脳裏は変な想像でいっぱいだった。

 めくるめくエロスと、前衛的美術ピカソの世界。俺の頭にはそんな異次元が広がっていたのだった。たまらん。





 彼女の家は、ごく普通の一軒家だった。

 強いて変わったところをあげるとするなら、仏壇と神棚が至るところに置かれているくらいだろう。一般的な家庭、と言った感じだ。

 次に案内された彼女の部屋は綺麗に片付けられていて、神棚と仏壇は一つもなかった。

 可愛いシーツのベッドや、置いてあるアクセサリー、隅にはぬいぐるみなんかもあって、まさに女の子の部屋である。



「多賀谷くん。私、多賀谷くんの彼女だよね?」

「その前に、彼女の明確な定義をしなきゃ答えることができないよ」

「多賀谷くん!」

 狩田はその可愛らしい顔を怒りと緊張に染め上げた。……顔? そういえばどこが顔になるのだろう?


「私達付き合ってるんだから……いいよね?」

 恥じらいつつも彼女が示した先には、ベッド。

 つまり、そういうことだろう。

 俺は意を決し、彼女を押し倒した。……押し倒した?


「多賀谷くん……」

 切なげに、少し掠れた声で俺を呼ぶ狩田。

 だが次の瞬間、がらりと表情を変えた。……表情?



「引っかかったな」

 低く漏らした彼女は、ぐわりと口を大きく開けて、一気に俺へと食らいついた。

「うっ、うわああああ」

「むしゃ……むしゃ……馬鹿な奴だ……ううっ!?」

 咀嚼した彼女の口から、苦悶の声が漏れる。

 そして、ぺっと俺を吐き出した。ひどい。



「ううっ、まずい……なんてまずいんだ……っ!」

 狩田はうずくまるようにして、俺の味をシンプルに批評した。なんてわかりやすいコメントだ。昨今のグルメリポーターも参考にすべきではないだろうか。

「なんでこんな味なんだ……っ!?」

 と聞かれても、こちらにも理由はわからない。

 そういやさっき虫除けスプレーをかけたが、そのせいだろうか? それとも、匂い付きボディソープの影響か。

 何にせよ助かった。



「お前えええっ、一体何をしたああああ……っ!?」

 先程とは真逆に、彼女ははっきりと敵意を顕にした。

 俺は余裕たっぷりに、秋のそよ風のように爽やかに笑ってやった。

「くっくっくっ、こうなることをわかった上で罠を仕掛けたのさ」

 嘘だった。


「こ、小癪な……っ!」

「確かに」

「認めるんかい」

 俺の長所は、思わぬところで素直になる意外性だ。照れる。



「ところで喉が渇いた。狩田さん、悪いんだけど何か飲み物くれない?」

「は? この男マジ小癪。何なの? 初めて余所に上がった人の態度じゃないんだけど。ありえないんだけど。カルピスでいい?」

「用意してくれるんかい」

 しかし、彼女の用意したカルピスはすごく薄かった。


「こんなのカルピスじゃない!」

 俺は叫んだ。

「うちではこの比率だから」

「もういいよ。狩田さんがそんなケチだとは思ってなかった。別れよう」

「うん」

 俺たちはただのクラスメイトに戻った。






 翌日。

 俺は教室で狩田と目を合わせられなかった。

 やっぱりケチは言い過ぎた、と後悔が渦巻いているせいだ。


「多賀谷くん」

 すると、彼女の方から声をかけてきた。

 やはり女は度胸がある。

「……何?」

 俺は何を言われるのだろうかと怯えつつ、返事をした。


「いきなりこんなこと言うのもあれだけど……私、多賀谷くんのことが好きになったの。今度は本当に」

「えっ?」

 何だこいつ。怖い。



「昨日、じっくり考えたの。……あんなにはっきりと私に注意してくれる人、今までいなかった。だって周りにいたのは、私に嫌われまいと私の顔色を窺う人ばかりだったから。でも多賀谷くんは違った。私ね、多賀谷くんの言葉で、カルピスはあの比率じゃだめだって、ようやく、はっきりと理解できた。……多賀谷くんだけなの」

「確かに」

 しかし、やはり俺は、素直に頷くことはできなかった。



「悪いけど、やっぱり付き合うのは無理だよ」

「多賀谷……」

 ……今、呼び捨てにした? 気のせいか? 気のせいだよな?


「──でも、友達からってことなら」

「……え?」

「それなら、いいかな」

「た、多賀谷……!」

 呼び捨ては気のせいでも聞き間違いでもなかった。何てこったい、意外や意外、オレの心はちょっぴり痛い。





 昼休み。

「多賀谷くん、狩田さんに告られたって、本当?」

 驚くクラスメイトから問いを受けた。

 やれやれ、もうばれたか。やれやれ。やれやれ。やれやれ。

 そして俺は粛々とした様子になって答えた。

 

「結論から言うと、事実でございます」

「うわ、なんか記者会見の受け答えみたい」

「確かに」

 いいね。



「羨ましいなあ。でもさ、大丈夫?」

「何が?」

「多賀谷くんはまだ来たばっかだから知らないだろうけど、狩田さんってマジで人気なんだよ。だから、学校の食パン的存在な狩田さんのファンクラブ、通称パンクラブがあってさ……。多分そこの奴らは、狩田さんとの不順異性交際……つまり男と女の淫らにして甘美な妖しい日々を、許さないと思うんだ」

「何だよその官能小説みたいな表現は」

 俺は呆れながら指摘するものの、会話は続かなかった。



「多賀谷健太はここか!?」

 教室の入り口には、人だかりがあった。

 凶悪な人相の男を先頭に、厳つい男子生徒たちが睨むようにして集団をつくっている。その姿は、とても俺と同い年とは思えないほどだ。

 気付けば賑やかだった教室はしんと静まり、クラスメイトたちも戸惑いの目で俺にちらちら視線を向けている。

 それに気付いた男たちは、まっすぐに俺の元へ歩み寄った。険しい眼光と共に、敵意が込められた問いを投げかける。


「多賀谷健太というのはお前か?」

「うん」

「俺たちはパンクラブの者だ」

 多くの者を圧倒する雰囲気。強烈なそれは、確かに俺へと向けられている。



 ──俺の戦いは、これからが本番なのだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ