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召喚された先は

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 そしてそれは彼も同じ――

 その名前は颯天秋渡(そうまあきと)

 多元世界救済機構、その勇者教育課程の初等課に属する十六歳の少年だ。

 彼もまた勇者という絶対的な存在に憧れ、目指す者の一人だ。


「くっそ、完全に迷った」


 まだあどけなさの残る中世的な顔に不機嫌と憂鬱さを貼り付けて、颯天直樹は迷ったという現実への不満を壁へとぶつけた。

 次元の海に浮かぶ多元世界救済機構の本部、その中は度重なる改装やら増築の所為で、半ば迷路のような構造になっている。

 ため息をこぼしながらポケットを探るが、目当ての携帯端末は自室の机の上で、どれだけポケットをまさぐろうとも出てくるはずもない。とりあえず誰かに会えればと思い、手当たり次第にドアをノックしたり中を覘いたりしても、ほかの生徒や職員はおろか、人影さえ見ることはなかった。


「どうすっかなぁ……」


 迷う人間は基本引き返すことを知らない。直樹は廊下を一人、うーんと唸りながら歩いていく。


「ん?」


 ふと、半開きの扉から光が漏れているのに気づいて直樹は足を止めた。

 もしかすれば誰かいるのかもしれないと、直樹はその扉を開けて、中へと足を踏み入れる。


「すみませーん」


 つけっぱなしのモニタの灯りに照らされた薄暗い一室には、人らしき気配は感じられなかった。


†  †  †


「おはようございます」


 ある日、違和感を覚えて目を覚ましてみると、えらい美少女が目の前で微笑んでいた。


 これは夢。きっとゲームでもしながら寝落ちしてしまったんだろう。従来の家庭用ゲーム機から、ヘッドマウントディスプレイ型へと置き換わり、たまに夢の中でもゲームをプレイしていることがあった。


 流石に、どこかのSFのような意識ごとゲームに入り込むようなものではなく、頭にすっぽりと被る事で、視覚と聴覚にダイレクトな情報を送り込むというものだ。


 同然、念じたりすればキャラクターが動くような機能があるはずもなく、グリップ型のコントローラーを両手に握り、十二個のボタンと二つのスティックで操作するというのは従来のゲーム機とさして変わりはない。

 加えて、コントローラーに内臓されたモーションセンサーと音声操作も可能で、実際に体を動かしながらプレイすることも出来、ヘッドマウントディスプレイもあって迫力はこれまでのゲームを遥かに超える。


 しかし、だからといって完全にゲームと現実の区別がつかなくなるようなことはない。どれだけ精巧なグラフィックを用いても、実際に触れた感触までは再現できないのだ。


 ならば現状はどういうことなのだろうか。

 後頭部に伝わるほのかな温かみと感触。そして、目の前にいる美少女。くりくりとした大きな瞳を真っ直ぐに向けて微笑む少女に見覚えなどはない。加えて、辺りを見回してみると、目に映るのは木、木、木。都会暮らしの直樹には見慣れない、いわゆる森というものだ。

 嗅ぎなれない緑の香りにむせ返りそうになりながら少女の顔を眺めていると「大丈夫です?」と、怪訝そうな顔で少女が尋ねてきた。


「え、あ、いや……」


 高鳴る鼓動、近くで感じる少女の吐息。まるで今居るこの場所が現実であるかのように振舞っている。


 だが、そんなはずはない。

 昨晩、遅くまでネット上の友人達と一緒に、夜遅くまでオンラインゲームをしながらずっと部屋に引きこもっていた。


 出歩いたのは精々コンビニまでの短い距離だけだ。

 悲しいかな、そもそも大前提として、こんな美少女と知り合った記憶も記録も存在しない。


 高校進学を機に、そろそろ自立してみなさい、と親からあてがわれた六畳ほどの安アパートの一室で、ふしだらな週末を送っていたのは確かな記憶だ。


「えっと、その……君……は?」


「あ、ごめんなさい。私はレミィ・D・ステビア。イリュシュエル教会より、あなたをお迎えに上がりました。」


 理解の追いつかない頭をフル回転させて紡いだ言葉。こんな近くにいなければきっと聞き取れなかったであろうその問いに、少女ははっとした様子で答えた。


「は?」


 少女の言っている言葉の意味が理解できず、直樹は思わず聞き返してしまった。


「と、とりあえず一度起き上がってもらえると、その……足が」


 言われて初めて直樹は自分がこの少女に膝枕をしてもらっていたのだと気がついた。


「あ、ごめん!」


 びくっ、と飛びのくように直樹は起き上がり、距離を取る。女の子にこれだけ近づいたのは一体いつ以来だろうか、と思い出すのも悲しくなる現実から目を逸らして、直樹は未だに感触の残る後頭部を撫でる。

 混乱の只中で、直樹はぺたぺたと自分の顔や身体を見回したり触ったりして、その感覚を確かめていく。

 着ている衣服は、一度出かけようとして断念したその時のまま、色落ちした黒のジーンズ、上には同じく黒いパーカーとインナーとして着ているTシャツもまた黒い。


 それほどおしゃれに興味があるわけでもなく、たまに気に入った服や靴を買う程度で、基本はあるものを着まわすというスタイルがいつの間にか定着してしまった。

 切ろう切ろうと思っていても、いざとなると億劫になり、前髪が目の辺りまでかかっている。特徴に乏しい中性的な顔立ちには混乱が張り付き、目線はきょろきょろと落ち着かない。


「改めまして、レミィと申します。魔王率いる外獣から世界を救っていただきたくて、あなたを召喚(および)しました」


 起き上がった直樹に向き合うように立ち上がり、桜色の髪をふわりと揺らして一礼したあとにレミィは言った。

 レミィが纏っていたのは白を貴重とした儀式的なデザインが施された修道服だ。ふわりとしたイメージのある修道服であはるが、レミィが纏っているのはそれとは異なり、腹部には着物のような帯が巻かれ、ふわりと足元まで伸びたスカートは、足の動きを妨げないように配慮がなされている。

 

「どういう……?」


「今、この国は……いえ世界そのものがかつてない危機にあります。増強した魔王の軍勢は日に日に勢力を拡大し、このままではこの国が滅んでしまいます。そのため本来ならば、然るべきときに然るべき場所で行うこの勇者召喚の儀を強行することになったんです」


「えっと、つまり?」


「あなたは私の……いえ、この世界にとっての最後の希望なんです。だからどうかこの世界を救ってください勇者様!」

 このとき直樹が分かったことは、この少女の名前がレミィだということと、どうやらこれが夢だということだ。


 そうか、これは夢なのか、と直樹はようやく身に起きた状況を理解する。


(ま、連日連夜ファンタジーゲーやってりゃこんな夢もみるわな)


 察するに、自分は異世界に召喚された救世主的な存在ならしい。


 そうだと分かればこのよく分からない状況にも多少の納得はいく。ファンタジー世界にとばされるなんてゲームとか漫画の中だけで起こるフィクションでしかないのだ。


「ああ、いいぜ」


 そんな風に思うから、直樹は深く考えることもなくそう答えた。


「ありがとうございますっ!」


 ぱぁっと屈託のない笑顔を浮かべ、直樹の手を握ってぴょんぴょんと跳ねるレミィに思わず直樹は返す言葉を失った。


「あ、えっとその……ごめんなさい」


 直ぐに我に返ったレミィは恥ずかしそうに顔を伏せた。


「それで、俺はどうすればいいんだ?」


 そんな仕草が可愛らしく思えて、直樹は込み上げた恥ずかしさを隠すように頬を掻いた。


「そうですね……とりあえずはここがどこなのか確かめないといけません」


「え?」


 どちらかというと濁点を伴った声で思わず聞き返していた。

 直樹の問いかけに、その行為そのものが一つの事実を表しているといわんばかりにレミィは目を逸らした。

 

「もしかして、いやもしかしなくてもさ……ここがどこだか分からないの?」


「すみません……本来なら、儀式を行った場所に戻るはずなんですが、時期を無視して強行してしまった所為かもしれません」

 しょんぼりとするレミィをこれ以上責める気も起きず、直樹はわしゃわしゃと頭を掻いた。


「ならとりあえずこの森を抜けよう。開けた場所に行けば見当くらいつくかもだしさ」


 しょんぼりとうつむくレミィに歩み寄り、直樹はそっと手を差し出した。


「ありがとうございます……勇者様」


 目じりに溜めた涙を左手で拭いながら、レミィは差し出された直樹の手をとって微笑んだ。


「それと俺のことは直樹って呼んでくれないかな?」


「え?」


「俺の名前だよ。ほら、まだ言ってなかったからさ」


 レミィはうぅっ……とファミレスで何を頼むか迷っている子供のように唸りながら視線を彷徨わせる。


「でもよろしいのですか? 勇者様をお名前でお呼びするなんて恐れ多いことをしてしまっても」


「俺がそうして欲しいって言ってるんだからいいんじゃないのか?」


「それはそうなんですが……」


 勇者様からの要望は可能な限り叶えて差し上げたいという思いと、勇者様に失礼がないよう丁重に扱うべきだ。

 そんな二律背反の思いで、レミィは大いに迷っていた。


「それに、手を握ってぴょんぴょんしてたんだし、名前くらい平気だろ?」


 意地悪だとは思いつつも、直樹はあえてそれを口に出した。


「あ、あれはっ……そのっ……」


「ほら、森を抜けるんだろ?」


 あうあうと慌てふためくレミィの頭をぽんっと叩くと直樹は一足早く森の中を進み始める。


「あ、待ってください! ゆ……な、直樹さん!」

 先に歩き出す直樹をレミィは小走りで追いながら、胸につかえていたものが消えていくような、そんな感じがした


 ――森。

 映画やゲーム、アニメといった世界では見慣れているそれも、現実の森がどうなっているかと問われると、どうしても森=山という印象が強い。

 現代の日本で生まれ育った直樹としては、平坦な土地に鬱蒼と木々が茂る光景はなんとなく、中世のヨーロッパを連想してしまう。


 真上から覗く空を見る限りでは、今はまだ日中の真っ只中だろう。だというのに二人が歩く森は、高く伸びた木々の所為で薄暗く不気味な静けさを帯びていた。


 魔女やモンスターといった恐ろしい化け物が住み、足を踏み入れた者を惑わせる恐ろしい場所というイメージが強いその場所は、この世界でも例外ではないらしい。

 歩き出して随分たったように思い、そろそろ少しくらいは景色も変化してくれないかと思い始めた頃、不意にがさっっという音が二人の耳朶を打った。


「勇者様、下がってください!」


 レミィはさっと盾になるように直樹の前に立ち、音がした草むらへと向き直る。


「私の側から離れないでください」


 告げて、レミィは腰を落とし身構える。頭二つ分は違う少女の背で直樹はなんとなく歯がゆい思いを抱きながら、同じようにレミィが見つめる先へと視線を向けた。


 その瞬間――


「伏せてっ!」

 ぐっと地面へと押し付けられるような感覚が直樹を襲い、湿度を孕んだ地面へと倒れ込んだ際に、不意に直樹の視界に映ったのは、閃光に照らし出された黒い影だ。


「囲まれた……」


 レミィが周囲に目を走らせながら呟く。

 先ほどチラリと見えた影から、敵が四足の獣であることは分かっていた。見通しが悪く、整地もされていない森の中で相手にするのは分が悪い。


 ならば、とレミィは判断する。

 一刻も早く森を抜け、追っ手を開けた場所に誘い込んで、魔法で一網打尽。自分に残っている魔力を考えても、これしか道はない。


 一方、直樹は状況が理解できずにいたが、それでもレミィの強張った表情を見れば、きっと良くはないのだろうと思った。


「急いで森を抜けましょう。この場所は彼らの縄張りのようです」


「何を言って……?」


「外獣に囲まれています。この場所とこの数は私一人じゃ難しい。少しでも開けた場所に出ないと……」


 引き起こされるように手を引かれ、直樹は整備などされていない森の中をレミィと共に走り出した。


 だが、少し走っただけで、息が上がり足は重い鉛でも引きずっているかのようだ。それでも、レミィは立ち止まろうとはしなかった。転びそうになる直樹を勢いで無理やり走らせながら、ただ一心に前へと進んでいく。


 レミィが着ていた綺麗な装いも、今は泥だらけで端々には解れや切れ目さえ見えた。

 霞む視界が無意識に下へと移り、レミィの後ろ姿が目に入る。手を引かれているというのもあって、直樹からはレミィの横顔が時折覗いて見えた。とはいっても見えたのはほんの一部。口元の辺りだけだ。


 恐らく直樹よりも年下であろう少女に手を引かれ、背後から迫る影から逃げるために走る。


  守られているという実感はなかったが、そうなんだろうというのは酸素の足りない思考でもなんとなく感じられた。


 きゅっと結んだレミィの口元に伝う大粒の滴。


 直樹にはそれが汗なのか、それとも涙なのかの区別はつかなかったが、目の前の少女が必死なのだということははっきりと理解できた。


 だから直樹は精一杯足を動かした。文字通り足を引っ張るわけにはいかないという意地で前へと進み続けた。

 そんなとき、ふっと景色が開けたのを感じて直樹は意識を引き戻された。

 木々に遮られていた陽光が目に入り、直樹は目を細める。そしてそれが合図でもあるかのように、レミィはぐっと大地を踏みしめて百八十度向きを変えた。


「おわっ!?」


 放り出され、慣性を持った身体は直ぐに止まることができずに直樹はそのまま勢いよく地面へとダイブする格好になった。


「チャンスは一度っ!」


 その背後で、少女の周りに陽光とは別の光が生まれたのはほぼ同時。


「###########!!」


 そして、二人を追っていた影もまた不快な泣き声を伴って目の前へと姿を晒す。その数およそ十匹。


「焼き払え! バレットフレア!」


 少女が唱え、光を放つ。

 瞬き、煌めき……そして光は膨らんで爆発へと変わる。

 爆発は影を飲み込んでなお膨らみを増して、衝撃と轟音を振りまいた。


「まだっ!」


 初撃が巻き込んだ影の数は半数の五つ。

 爆煙の尾を引いて、生き残った五つの影……狼に酷似したその生き物はレミィへと狙いを定め、囲むように襲い掛かる。


「訓練通り……訓練通り……」


 そんな言葉を呪文のように呟いて、肺一杯に息を吸い込む。


「バレットファイア!」


 レミィの周りに生まれた炎の塊が一斉に狼らへと放たれる。


 放たれた火球はまるで意志を持つかのように、飛び掛る狼達へと正確に喰らいついた。


 最初の一撃ほど威力はない。だが彼らを死に至らしめるには十分だった。

 短い断末魔を上げて、狼達の尽くは地へと落ちて二度と起き上がることはなかった。


「やったっ!」


 表情を緩ませて、直樹の方へと振り返るレミィ。

 その頭上を一匹の狼が飛び越えていくのに気づいて、レミィは体温が一気に下がるのを感じた。

 一つの危機を超えた瞬間に生まれた油断。狼は十匹ではなかったのだ。


「逃げてっ!」


 レミィはただ叫ぶことしか出来なかった。

 今から術を放っても間に合わない。どうにか間に合ったとしても、彼を巻き込んでしまう。

 のろのろと起き上がる直樹の無防備な背中に、レミィの叫びが届き、直樹は振り返る。


「ぁ……」


 目が合った。合ってしまった。

 赤い、理性を宿さぬ眼光が直樹の思考を真っ白に染め上げた。

 本能的に直樹は頭を庇うように腕で頭を被い、背中を丸めて目を閉じる。

 襲い来るであろう衝撃と痛みを予想して、直樹は息をするのも忘れて身を強張らせた。


「そのまま動くなよ、少年!」


 頭上からの声は確かに直樹の耳に届いていた。だがその意味を脳が理解するより早く、銀の筋が煌めいた。

 

「全く、君は運がいい」


 街道を吹きぬけた風に緋色の髪がふわりと揺らめき直樹の視界を埋める。同時に、腐った卵のようなむっとした臭いが鼻腔を突いて、直樹はむせ返った。


 一体何が起きたのか分からなかった。


「無事なようで何よりだが、この辺りをうろつくならば、最低でも身を守るものくらい持っておいて貰いたいな」


 剣を振って血を払い、鞘へと収めながら女性はそう言った。

 その傍らには、血の泡を吹き、ぴくぴくと痙攣する狼の無残な姿が転がっている。


「間に合ってよかった。見知らぬ者であっても、目の前で死なれると多少は寝覚めが悪い」


 ぼんやりとしたまま直樹が彼女に抱いた第一印象は、まるで洋画に出てくるヒロインに出くわしたようなものだった。

 容姿はもちろん綺麗であるし、佇むだけで絵になるような整ったスタイル。

 きっとアクションシーンも華麗にこなすかっこいい系の女性だと直樹は思った。


 まさか自分に見蕩れているなどとは露も思わず、女性剣士は怪我がないかと直樹の頭からつま先までへと視線を走らせた。


「君は大丈夫そうだな」


 告げて、女性は振り返りレミィの方へと向かって歩いていく。


「怪我はないか?」


「え、あ、はい」


「それならばいい。その衣装を見るに、君は教会の者か?」


 レミィの身体にもさっと目を走らせて、女性はそう尋ねた。


「あ、えっと……私はレミィ・ステビア。お気づきの通り教会のシスターです。見習いですが……」


「申し遅れたが、私はクリスティナ・バルクノース。見ての通りの旅の剣士であり、君と同じくまだまだ駆け出しだ」


 レミィの自己紹介を真似るように、クリスティナも自分の名を名乗る。


 クリスティナの装いは、黒いインナーに銀の胸当て、グローブにブーツ。首には翠色の半透明な石がはめ込まれたペンダントがかけられていた。

 剣士としてはやや軽装ではあるが、旅の剣士が身に付ける防具としては妥当なものだ。


「その……助けていただきありがとうございました」


「気にすることはない。この剣で誰かを守れるなら、それは大いに歓迎だ」


 腰に掛けた剣を見ながらクリスティナは満足そうに言った。


「それで、君たちはこんな場所で何を?」


「あー、その、えっと……」


「この近くに集落があったという記憶はないし、教会もなかったはずだ。だが、君たちはどうも旅人という感じでもなさそうだ。この辺りは外獣も出没する危険な場所だ。そんな場所を通るのに剣一本装備してる様子もない。なにか事情が?」


「ええ、まぁ、その……つかぬ事を尋ねますが、ここはどの辺でしょうか?」


 レミィのその問いかけにクリスティナは思わずで呆れて天を仰いでしまった。


 クリスティナは顔を覆って少し考えてからおもむろに直樹の方へと歩み寄っていくと、「とりあえず君は服を脱げ」と唐突に告げる。

突然そんなことを言われたら誰だって身の危険を感じてしまうことだろう。


「へ?」


 だから直樹が思わずそんな風に答えてしまったのも無理からぬことだろう。


「いいから脱げ」


 そう言って、クリスティナは直樹の場所から少し離れた場所に置かれていた荷物の方へと歩いていく。

 ごそごそと荷物を物色して、薄汚れたローブと外套をとりだすと直樹の下へと戻ってきた。


「なんだまだ脱いでいなかったのか」


 呆れたようにクリスティナはローブと外套を脇に放って、直樹へと手を伸ばした。


「脱げないなら私が脱がしてやろう」


「なんで!?」


 そんなことまで言い出されて、直樹は講義の声を上げた。


「そこからなのか……」

 なんということだと言わんばかりに、クリスティナは溜め息を零す。


「わからないようだから教えてやるが、さっき私が殺した外獣は同胞の血液を追ってくるんだ」


 そう言ってクリスティナは直樹の服の裾を指差した。


「私があれを切り払ったときにでも飛んでしまったのだろうが、まさかそれさえ知らないとはな……着替えるものがないだけだろうと思って脱げといったが、それ以前の問題だったとは……」


「すみません」


 簡素な上着を受け取りながら、直樹は頭を下げる。


「まぁいい。なにか面倒な事情があるというのは理解したよ。とにかく君が着替えたら少し場所を変えて話をしよう」


 告げてからクリスティナは座り込んだまま動こうとしないレミィの方へと歩み寄った。


「どうした?」


「ごめんなさい、なんか腰が抜けちゃったみたいで……」


 あはは……と苦笑するレミィにクリスティナはもう何度目かわからない溜め息を零して天を仰いだ。


「本当に君たちには驚かされる。見たところ君は訓練を受けているようだ。それも本格的な魔導士の訓練をだ。だというのにこれほどのことで腰を抜かしているし、彼にいたっては常識というものをどこかに忘れてきたんじゃないかというほどに何も知らないみたいだ」


 外獣の血液が危険であるというのは、興味本位で奴らの死体に近づいたりしないように小さいころから教えられることだ。


「そうですね……」


「その辺も聞かせてもらえるといいのだがな。とりあえず君は担ぐとして……おい! 君も腰を抜かしたなんて言わないだろうな?」


 不安に思ってクリスティナは直樹へと声を掛けた。この二人くらいなら担げないこともないだろうが、自分の荷物もある。


 それに辺りの危険性も考慮すると、何かあったときに両手がふさがっていては対応が遅れてしまうというのは避けたかった。


 幸いにして、着替えを終えた直樹がこちらへと歩いてくるのを見て、内心少しだけほっとしつつ、これから少しばかりともに過ごすであろう二人に感じる不安を、ため息と共に思考から追い出した。

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