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らいおんくん

作者: 咲野 音葉

4月 中学校の入学式当日に遅刻。

その後、すぐに早退


5月 春のイベントにてバスの中で爆睡。

起こした者は大変な事になったらしい


9月 夏休み明けに一人傷だらけで登校。

…その傷には誰も触れなかった


10月 体育祭にて、暴動事件。

上級生3人が病院へ行った


2月 皆もだけどほとんど学校に居なかった

噂によると受験はうまくいったらしい


3月 卒業式。

涙一つ流さず、ただ座っていた。

先生たちはほっとしていたようだ


この生徒が卒業までに割ったガラスの枚数は二桁になる。暴動事件もしょっちゅうだった。


そして6月 様々な伝説を残した問題児、椎名しいなかなめ



現在、私、くすのき真白ましろの隣の席に居るのでした。


****


6月 葉風高校 職員室


「嫌です!!絶対に嫌です!!」


「楠さんそんな事言わないで!?貴女だけが頼りなのよぉー!!」


「ご自分で解決してください!」


「無理よぉー!私こういうの苦手だもん!」


「子どもですか!!」


…こんなところからで申し訳ありません。皆さんこんにちは、楠 真白と申します。そして、現在私に泣きついて来てるのは私の担任の花村はなむら友好ゆうこ先生です。…先生ですよ、こんなですけど。


で、その先生が、私に何を頼んでいるのかというと…


「お願いよ楠さん!!きっと今彼に必要なのは慣れ親しんだお友達なのよ!」


「いやだから私対して知り合いでもなんでもないんですってば!!」


「そんなの話してみないとわからないじゃない!」


「わかりますよ!!!」


かの有名な伝説の問題児、椎名 要をクラスに馴染ませて欲しいと言うのだ。そう、この成績普通、容姿普通、トークスキル普通のこの私に!!!


「だっ…第一、椎名くんは自分が一人がいいから一人でいるんじゃないんですか?!」


「そうとは限らないじゃない!それに、クラスで誰かが一人だなんて先生さみしいもん!!」


「だったら尚更先生がどうにかすればいいじゃないですか!!」


「だからー!先生がそれをやっても、意味ないのよ!」


ただ椎名要と私が、同じ中学出身ってだけで!!本当にただそれだけで!!!無理ですって!とりあえずこの話を無かったことにしようと私は必死にこの件のダメな所を探していた。だって…怖いし。


「それに…そう、そう!きっかけ!!それが無いですし!私社交的じゃないですし!そうです!きっかけ!なので無理です!ごめんなさい!さようなら!!」


「あ!楠さ…!」


もうとりあえずこれだけ言えば大丈夫だろうと一気に喋り私はその場を後にした。


****


「はーいそれじゃあこの間のくじ、先生がちゃーんと当てはめておいたから!みんなー!!動いて動いてー♪」


あぁ本当に…。


「おっけー?みんな動いた??おぉー!だいぶ変わったね!席替えってやっぱり良いわねぇ。」


本当に…これ絶対


「ほらほらー!みんなはしゃいでるんだからそこももっとはしゃぎなさい!ね!楠さん♡」


仕組まれた!!!!!!


「…は、はははは。はしゃいで…います…よ?」


多分私しばらくあなたの事恨みます。なんで、本当になんでこんなことに…

ちらっと新しく隣の席になったその人を盗み見る。うわぁ肘ついてむすっとしてる…つまらなそうだなぁ。


「え、えと、よろしくお願いします…椎名くん。」


「……。」


ひぃっ、に、睨まれた?!


椎名くんは私をちらっと睨んだ(?)後ぼそっと、よろしくと言いまた視線を下に…というか今度は窓の方を向いてしまった。


こ、怖かったぁ。


私はこの席替えという行事を甘く見てはいけないなと改めて感じた。そして花村先生、、彼女には後で何か仕返ししよう。もうコーヒーの砂糖を塩に変えよう、そうしよう。そう決意をして小さくガッツポーズをしていると隣から軽やかな笑いが聞こえてきた。…え?隣?


まさかと思って椎名君の方を見るが彼は以前として窓の方をみている、笑い声はどうやら彼とは反対側の隣の席の人のようだった。

声の主は今だにくすくすと笑っている。サラサラとした色素の薄い茶色の髪をした男の子だった。


「えーと…」


どうしよう、この人の名前がわからない。


私が困っていることに気づいたのか彼は笑うのをやめてこちらに向かって話してくれた。


「あーごめん!余りにも嬉しそうにガッツポーズするもんだからなんだか面白くってっ!」


「はぁ…。」


まだ少し笑っている彼はよく見るととても整った顔をしていた。女の子のように目がぱっちりしていて…私は女子として確実にこの人に負けていると思った。美形って羨ましいなぁ


私がぼーっとしてしまったからか、彼は、どーしたの?と言いながら私の前で手をひらひらさせた。整っている顔のせいか少し近寄りがたい雰囲気があるが笑うとそれが消えて人懐こそうにみえる。


「楠さんっていつも静かだよねぇ。休み時間も本とか読んでるし…好きなの?」


「え?う、うん。本は好き…だけど。」


…静か…なのかな。確かにわいわいするのは余り得意ではないけれど。


うーんと悩んでいるとまたくっくっと肩を震わせて彼が笑った。


「あははっ!やっぱりそうなのかぁ!!いつも楽しそうに読んでるからさ、気になってたんだよね!!」


…なんというか、とても社交的なタイプな人だ。私とは正反対。


「楠さん?」


「はっはい!!」


しまった、またぼーっとしてた。そしてこの目の前の美人さんは私の名前を知っているようだった…どうしよう、私はこの美人さんの名前を全然思い出せない


「ははっ!まぁせっかく隣の席になれたことだし、仲良くしてよ!」


「は、はぁ。よろしくお願いします。」


そんな事を話しているうちにこの時間が終わり休み時間になったのでさっきまで話してた隣の美人さんは席を立った。お友達のところにでも行くみたいだ。私はそれを確認するとふぅ、と溜息をついた。さっきのよろしくは自分でもわかるくらいにはぎこちなかった。うまく笑えてなかった気がする。


…難しいなぁ。


とりあえずカバンから本をとりだしてふと窓の方をみると


「…っっ?!」


ガタッと思わず椅子から立ち上がってしまった。


だ、だって


「…?ぇ…ぁ…??」


あの椎名要がこちらをみていたのだから。しかもちらっとではなく、じーっとガンを飛ばすように…。一声だせば良いのだけれど、何?と一言言えれば…でもこの時の私は頭が追いつかなく声が出なかった。それでもどうにか声を出そうと開けた口をパクパクとさせていた。

目があうと彼は一瞬驚いたように目を見開いたけども、すぐまた元の鋭い目つきに戻ってしまった。


ど、どうしよう…。


もうどうしたら良いかわからない。ただどちらも合わせた視線をそらすことなく、そこだけ異様な雰囲気を醸し出していただろう。


「…お前、名前は?」


「…は?」


「……名前。」


突然口を開いたことにも驚いたが、彼はなんと言った?名前??え?


「……私の、ですか?」


つい顔が引きつってしまうのも声がいつもの倍は小さくなってしまうのもしょうがないことだと思う。


私が尋ねると彼は小さくコクリと頷いた。…その際も視線をそらすことは無かったのでものすごく怖かったのだが。


「…く、楠です。」


「…名前は?」


さっきからこの人名前は?しか言ってないような気がするのだけれど…名前って…名前?フルネームで答えろってことかな


「ま、真白…です。」


「そっか…わかった。」


…え


で、え?名前をきいてどうするつもりですか。ていうか中学同じだったんですよ知らなかったんですかまぁ私地味ですからねえ!


私が混乱している中、またすぐに彼は用が終わったとばかりに窓に視線を戻してしまった。この際も言葉は頭をぐるぐるまわるだけで口からは出てこなかった。


…気にしないでおこう。そして出来ればこれ以上関わらないようにしよう。

そう決意した私は座り直し、静かな本の世界へ浸り直すことにした。



と、まぁそんな事をしながら過ごしたおかげであれから何事もなく今日という日を終えることができたのだけど。そういえばあの美人さんの名前は神崎かんざき しょうくんというらしいです。(どうしても思い出せなかったので先生に聞きました。)


まぁそれはともかく、問題は明日からの生活。


「はぁ…どうしよう。」


放課後、委員の仕事もあって図書室に来ていた。放課後の図書室は生徒がほとんど居なく、静かで落ち着ける。図書室に満ちている本の匂いも心地良く、私はここでの時間が好きだった。…だからだろうか、考え事をするのにすっかり夢中になってしまい、外をみると真っ暗になっていた。


「え、どうしよう…はやく帰らないと。」


部活動ももう終わっている時間だろうか?時計を見るともう7時をまわっていた。まだ日が長くないので外は本当に真っ暗だった。


「し、司書の先生も言ってくれたっていいのにー…」


と、一人で嘆いて思い出した、そういえば今日は先生がここには来れないからと鍵を任されたのだった。…忘れてた。


「と、とにかく鍵をかけてはやく帰ろう。」


夜の学校とは不思議と普段の騒がしさのせいか静かだとなんだか薄気味悪い、加えて一人、怪談が苦手な私を怖がらせるには充分すぎる状況だった。どうにか廊下の電気をつけ、図書室の電気を消して鍵をしめて鍵はもう明日謝って返そうと(ここから職員室はけっこう遠いのです)玄関へ向かっていると


かたん


「ひっ」


背後で何かが動く音がした。


「だ、だれ…?」


後ろを向いて問いかけるも声がただ響くだけ、廊下の奥の方は暗くてよく見えないしパッと見た感じ、この校舎に人はいない。


「…っっっ!!!」


私はひたすらに走った、普段の自分ではあり得ないスピードで走った。外に出た所でどうにかなるかはわからないけれど、とりあえず止まりたくはなかった、止まっていたくなかった。図書室は2階の端にある、廊下を全力で走って階段をおりたらもうそこは玄関のすぐそばだ。


…はやく、はやくっ!!


こういうときに自分の運動神経を恨む、もっと早く走れないのか


パタパタパタ


「〜〜〜っっ?!」


追いかけられている、足音だ、確実に私を追っている。足があるってことは幽霊…じゃないのかな、え、でも本当に危ない不審者とかだったらどうしたらいい?私はいま武器も持ってないし、身代金取るっていっても家だって裕福じゃない。もうなんだか思考も訳がわからなくなってきたところでついに私は本気で自分の運動神経を恨む事になる。


「ひゃっ」


どしゃっと、階段をおりている途中勢い余って足を滑らせた。残り三段位の場所だったから良かったものの、結構痛かった…足をひねったかもしれない。


パタパタパタ


そんな事をしているうちに足音はもう私のすぐ側まできていて、恐怖と痛みからもう私は本当にパニック状態になっていた。動くこともできず、その場にうずくまる


「…っなん、なんなんですかあなたはっっ、まず生きてるんですか生きてないんですか?!不審者だとしてっ私の家は一般家庭ですし、私自身可愛くないので売れませんしっ!なんにも得ないですよっっ」


もう自分でも訳がわからなかった、目からは涙が溢れてくるし、口からはとうとう自虐まで溢れてきた。うずくまってただひたすら泣き始めた私の頭上から、その止まった足音の主は話しかけてきた


「真白」


……………………え?


今、なんて言った?真白にきこえたんだけど、え、魔性?抹消?消されるの私


「真白…俺は生きてる、とりあえず顔をあげてくれ」


質問に答えられた


私が思わず顔をあげると


「しっっ?!」


上から見下ろす椎名要くんの顔があった。不審者じゃなくって良かった、とか幽霊じゃなくて良かったってほっとするところなのだろうか…でもそれよりも


…怖いっっ


反射的に顔を伏せる。上から見下ろされているからか、いつもよりも威圧感があるし、なんだか睨んでるようにもみえるし、そもそもなんで私を追いかけて…ていうかこんな時間に学校に???


…怪しい


「…し、椎名くん…」


と、とりあえず彼が何故ここに居たのかはきいてみようと勇気をもってもう一度ちゃんと顔をあげると


「…っ?!」


椎名くんがぎょっとした顔をした…気がした。迫力がさらに増す


「なんで、泣いて…」


「え」


そういえば、さっきまであまりの恐怖にボロボロと小さな子どもみたいに泣いていたのだった…椎名くんがいたことに対しての驚きや、彼の威圧感により湧き出たさっきとはまた違う恐怖で忘れていた。すると、なにを思ったのか椎名くんは突然私の頭をわしゃわしゃとかき回してきた。


「わっ?!」


正直少し痛い…なんだろう、私なにか気に障ることしたかな


「…ごめん、俺が追いかけたから」


「…え…と?」


確かにそれは怖かったし何でそうしたのか気になるのだけれど、今はそれより気になることが一つ。


「椎名くん…もしかして、元気付けようとしてくれてます…?」


「…頭を撫でられると落ち着くってきいた」


「ふっ」


しまった、笑ってしまった。…つまり、今のこの状況は彼としては私の頭を撫でて落ち着かせようとしてたのか。そう思ったらつい笑ってしまった。あぁ、この人もしかしたら


「…?」


突然笑い出した私を不思議そうな表情でみている椎名くん、それすらもなんだか面白かった。さっきまでここにあった恐怖なんて、とっくに消えていた


「…悪い、もしかして痛かったか?」


「いえ、あ、そうですね、少し痛いです、すいません。」


そういうと彼は難しい、と言いながらさっきよりもかなり慎重に頭に手を置いてきた…今度は軽過ぎて感触がほとんどない。


思っていたよりもずっと良い人なのかもしれないなぁ…


どうも私はこの不器用で大きな手にとても安心したようで、震えも涙も不安も綺麗に消えてしまった。


…と、危ない危ない。本来のききたいことを忘れそうになるところだった


「あの、椎名くん。…なんでこんな時間まで学校に?そしてなぜ私を追いかけたんですか?」


すると彼は私を撫でていた手をピタッと止めた。


「…その話、の前にとりあえず外に出るぞ…。」


「え、あ、はい。」


…どうしたんだろう、心なしか顔が険しくなったような。


彼が私の思っていたほど怖い人ではないのかもしれないと感じてた矢先にこの表情は…少し不安になる。お、怒らせた…とか?とりあえず外に出ようという彼の意見はもっともなので立ち上がろうとするが


「っっ…」


あぁ、やっぱり…足


「…足、どうかしたのか?」


ずっと座ったままの私をみてなにかを感じたのか彼が声をかけてくる。


「え…と、いえ、大丈夫です。」


なんだか機嫌も悪そうだし、足ひねりましたとか言わない方が良いよね…頑張れば歩けそうだし。幸いひねった足は両足では無かったのでなるべくひねってない方の足に力をいれて立ち上がろうとしてみる


「…っ」


あ、立てそう


「…嘘つき」


「え、うわあ?!」


ひょいっと、突然軽々と荷物のように持ち上げられる。体制としては大工さんなどが木の板を持ち運んでいる姿などを想像してもらえば多分それだと思う。


「しっ、椎名くんっ!!おろして!おろしてください!?」


「やだ。バタバタすると、本当に落とすからな。」


…。落とす。降ろすでなく、落とす。


サーっと血の気の引いた私はとりあえず言うことをきいて大人しく担がれて行くことにしました。


*****



「はあぁー」


ぼふん、と布団の上に横になる。足にはしっかりと包帯を巻いた


あの後、私が足をひねっていたということであのまま椎名君に駅まで送って(担いで?)もらったのでした。…道ゆく人の目がとても痛かった。そして家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って早めに寝ようと布団に入ったのはいいんだけど。


「…眠れない。」


体はとっても疲れているはずなのに…なんだか色々な事が一度にあったせいなのか目が冴えてしまっている。図書室で感じていた明日への不安も消えたわけではないがそれとはまた別のモヤモヤとが胸に残ってなんだか変な感じがする。


「今日は…新しく覚えた人が二人もいたなぁ…」


もう大人しく寝ることを若干諦めつつ目を閉じてみる。寝れない時は目をつむるだけでも疲れはとれるものだと聞いたことがある。目をつぶると今日話したあの美人なクラスメイトの顔が浮かび上がった。そうそう、新しく覚えた人の一人神崎翔くん、すごくよく笑う人だ。人懐こそうで誰にでも気さくに話すあたりクラスでも人気者なんだろうなぁとか考えてみる。

そうしていると、さっきとは違う人の顔が浮かび上がった。…最初よりは怖くないけどやっぱりまだ怖いと思ってしまう、でも不器用な手つきで私の頭を撫でてくれたきっと優しい人、椎名要くん。目つきも愛想も良くない彼がまだどんな人なのかどうしても掴めない、そういえば今日なんで私を追ってきたのか聞いてないなぁ…気になるけど明日ちゃんと話せるだろうか。


…と、記憶はここで途切れた。



*****


どうやら寝てしまったらしい。目が覚めたのは8時5分、急がないと遅刻だ。昨日の考え事の続きをする暇は無く私は着替えた後顔だけ洗って外に出た。


「はぁ…はぁっ」


時刻は8時25分、この調子ならあともう少し走れば間に合いそうだ。…そろそろ昨日ひねった足が限界だけれど遅刻するよりはマシだ。包帯も巻いたし大丈夫だろう。

少しだけスピードを緩めて息を整える、足がじんじんと痛んだがそう長くもこのスピードでいるわけにもいかない


「よし。」


意を決して走りだそうとした。


その時だった


「ストップ」


「ひゃっ?!」


ひょいっと腰あたりを何かに掴まれ持ち上げられた…足が宙を蹴る。振り向いて見るとそこには椎名くんの顔があった、彼が片手で私を持ち上げていたのだ。…あれ、なんか怒ってる?


「あ、おはようございます。」


「ん。おはよう」


とりあえず、この状況はなんでしょうか。そう質問したくて仕方がない…しかし言っても良いものなのか、迷っているとその答えは上から降ってきた。


「足、ひねってたんじゃなかったのか。」


「え?あ、はい。確かにそうですけど…今はそれより遅刻しそうですし。」


…というか今も急がないと間に合わなくなってしまうのだけれど。


「それなら遅刻すればいいだろ。」


どーんと効果音がつきそうなほど堂々と答える椎名くん。…そうか、彼が今この時間ここにいたのは堂々と遅刻するためゆっくり歩いてたからだったんだ。しかし、私はそうもいかない


「…遅刻したくないです。」


チラッと椎名くんをみながら答えてみる。良かった、怒ってはいないようだ…彼は私の答えが意外だったのか難しい顔をして考えこんでしまった。そしてぼそっと一言、俺が運ぶ、と言い出した。え?待っ、ちょっと待った??


「は、運ぶ???」


「このまま教室に行く。」


私は絶句。そ、それは嫌だ。なんでって目立つからだ。普通の人がやっても目立つのにさらにやるのがこの人、椎名要だというとそれはもうものすごい注目を集めるだろう。人の目を集めることが苦手な私にとってそれは避けたい事だった。


「え、遠慮します!!」


私を運びながら歩いている椎名くんに必死に訴える。


「あ、歩きます!私もう遅刻してでも歩きますから!!」


とりあえずおろしてください、と必死に言うと彼はあっさりおろしてくれた。


「…足が治るまで走らない?」


「はい!走りません!!」


ぶんぶんと、効果音がつきそうなほど首をたてにふる。背に腹は変えられない、ごめんなさいお母さん、娘は高校初遅刻をします。


さて、歩き出そうとしたその時


ぐぅきゅるるるるる


乾いた空気に、盛大に響く謎の音


「…。」


…はい、私のお腹の音ですっ!朝ごはん食べれなかったからお腹空いてたんです!!わあぁ、もう恥ずかしすぎる!自分の顔が真っ赤になっているだろうというのはなんとなくわかった…顔が熱い。今すぐここから逃げ出してしまいたい!あぁ、椎名くんに聞こえているのか聞こえていないのか…というか多分きこえているよね!?無言だし


「なぁ、真白。」


「はっはい?!」


突然の呼びかけに思わず肩があがる。声も裏返ってしまった


「お前、今金もってるか?」


「…………はい?」


カツアゲですか?


*****


学校からそう遠くはない有名なファーストフードのお店。お金を持っていないという私に椎名くんはポテトとハンバーガーを奢ってくれた。そしてなぜか今、二人で席に座ってハンバーガーを食べています。


「あ、あの〜…」


奢ってもらったポテトをかじりそっと向かいの席の椎名くんに声をかけてみる。大きなハンバーガーを大きな口で頬張る彼と目が合う。喋れない彼は首を傾げる、なんで私が声を掛けたのかわかっていないみたいだ。


…完全に遅刻というか今授業はじまってしまっているのですが


「私…サボったの、はじめてなんですが…」


行かなくていいんですかね、と言葉を続けるとゴクンとハンバーガーを飲み込んだ彼がキョトンとした顔をした


「腹減ってたんだから仕方ないだろ。」


「は、はぁ、まぁ美味しいですけど。」


そういうことではないのでは…そう言いたかったけれど椎名君がだろ?と少し嬉しそうな顔をするものだから何も言えなくなってしまった。


まぁいいか。


少し悪いことをしている気がするものの、不思議と嫌な感じではなかった、むしろ少し楽しんでいた。はじめてじゃないだろうか学校をサボって同級生とハンバーガーを食べているなんて。


「そういえば真白。」


「は、はい?」


この人に名前を呼ばれるのは少し驚く。いきなり名前呼びだったからまだ慣れない


「そういえば昨日、ちゃんと話してなかった…だろ?」


「え、あぁ、はい。なんであんな時間に学校にいたのかって事と何で私を追いかけたのかって事ですよね?」


ポテトを3分の1食べ終わったところでハンバーガーに手をつける、包みを広げるとお肉の良い香りがした、とっても美味しそうだ。椎名君はというとさっきのハンバーガーは食べ終わり、2個目の包みをあけているところだった。一口かじりぼそっと、実は、と話し出した。


「……寝ちゃってたんだ。」


「…へ?」


あれ、なんか椎名君顔赤くなってきた?…寝てたって?


私がはてなマークを浮かべているのに気づいたのか椎名君はもう一度大きく息を吸った。


「昨日の放課後、教室で居眠りしちゃったんだ気づいたらあの時間で…真白を追いかけたのは、ただ真白を見つけて、暗いし危ないと思って呼んだんだけど真白、俺が呼んだの気づかなくて、突然走り出したからつい追いかけて…よく考えたら怖いことしたよな、それに転ばせたし、本当にごめん。」


「居眠り…ですか。」


ぽかーんとしてしまった私をみて椎名くんは今度はハッキリとわかるぐらいに顔を赤くしてそっぽを向きながら2個目のハンバーガーをもぐもぐと食べ進めてしまった。

居眠り、教室で、この人が


「…ふふっ」


「なっっ」


なんで笑うっと顔を真っ赤にしながら怒る椎名くん、椎名くんには悪いけど私はおかしくってしょうがなかった


「ふふっ、すいません。だって…それ、私と似ててっっ」


「え?」


私は笑いながら昨日ぼーっとしてしまってあの時間まで気づかなかったことを話した。可笑しいなぁ、椎名くんもわたしと同じような感じだったなんて。


今日、最初の授業をサボって良かったと思った。こんなに大声で笑ったのも椎名くんがやっぱり怖い人ではないのだと知れたのもこれのおかげなのだと思ったから。


ひとしきりおしゃべりを楽しんだ後時間が午前の授業の終わりを示していたのであわてて学校に向かった。


*****


「あっれー!楠さん!遅刻だね!珍しい!!」


学校に着いたのはちょうど昼休みに入ってすぐだった。入った途端あの神崎くんが声をかけてきた。


「あ、はい。ちょっと色々あって…。」


椎名くんはというと教室に入るまでは一緒だったのだけれど入った途端自分の席に座りそのまま寝てしまった…お腹いっぱいになって眠くなるのはわかりますがね。


「椎名くんも同じタイミングで教室入ってきたし…まさか、一緒にいたの?」


ギクッとする。あれ、これってサボって朝ごはん食べてたのとか椎名くんといたのとかあんまりバレないほうが良いのかなぁ。私が黙っているのを肯定と受け取ったのか神崎くんは驚いた顔をした。


「え、まさか図星?!へえぇ…二人って付き合ってたんだ?」


「はい?!つ、つつつつきあう?!違います!私が色々あって椎名くんはただ助けてくれただけです!!」


まさかの単語に予想以上に否定に力がこもってしまった。力いっぱい否定するとなにが面白かったのか神崎くんは大きな目をまん丸にしたかと思ったら突然笑い出した…何故?!


「あははっ!やっぱり楠さん面白いなぁ!そうか、でも、椎名くんのじゃないならさ…俺がもらおうかな」


「………は?!」


な、なにを言ってるのこの美人さんは?!も、もらう?!私を?!


「…ま、まだ嫁に行く歳ではないので。」


「ぶっ!はは!!そういう風に返すか!!あながち間違ってはいないけど!!」


…真面目に答えたのに、さっきより派手に笑われた。

悶々としていると突然さっきまで寝ていた椎名くんが起き上がる。そして私の真後ろまで歩いてきた。


「…?」


どうしたんだろう?それにしても怖くないとわかっていてもやっぱり見下ろされると迫力が…


すると椎名くんはそのまま後ろから私の顔をガシッと掴んだ。そのため必然的に椎名くんを見つめる形になる


「…っ?!…?!?!?!」


咄嗟のことに声が出ない。

な、な、な、なんなの?!え、え?!なんなんですかね?!


私は混乱するばかり、もう混乱しすぎて口をパクパクさせるくらいしか出来なかった。そんな私をみて神崎くんは再び大爆笑。…いやあの、笑ってるなら助けてくださいって


「あはっ、あはは!ごめんごめん!椎名くん、今のは冗談だから!冗談!」


安心してよ、と神崎くんはパチリとウィンク…なんだか冗談だったということに驚けば良いのか本当にウィンクをサラッと出来る人がいることに驚いた方が良いのかイマイチ分からなくなった。ところで椎名くんはいつまで私の頬をつかんでいるんですかね。


「あ、あの椎名くん…苦しいです」


「あっ、わ、悪い。」


そう言うと彼はパッと頬を離してくれた…はぁ、苦しかった。

そんな様子を見ていた神崎くんが笑うのをやめてじっとこっちをみていた。な、なんでしょうか


「…二人は友達…なんだよね?」


「………え?」


「え?」


一回目の「え?」は私、二回目は椎名くんだ。えーと、友達、友達?私と椎名くんが?


「え?えと、そうなんですか…ね?」


「え?!なにその微妙な反応?!違うの??」


「え、でも話したのつい最近ですし…」


つい最近というかまともに話したのは今朝です…

ねぇ?と椎名くんをみると彼は不思議そうな顔をした。


「名前を聞いた時点で…友達になったと思ってた。」


「へ?!」


名前を聞いた…まさかあの初めて話した時?!あの時!?…どうやら彼の「え?」は私の「え?」に対するものだったらしい。


「あははは!じゃあもういっそ今友達になろうよ楠さん!ついでに俺もいれて」


ね、とまたウィンク…近くで見るとなんだか照れてしまう。そ、そうか…友達


「は、はい!よろしくお願いします!!」


「そんな固くならなくても!」


ねぇ!と神崎くんが椎名くんをみると…なんと彼もピシッと固まった状態だった。そんな椎名くんの様子に神崎くんと私は爆笑、そして神崎くんはこんな提案をした


「ねぇ!じゃあせっかく友達になったって事で名前で呼ぼうよ!お互い!ね!」


「えっと…私は良いですけど」


「俺も別に良いけど…」


あれ、椎名くんまた顔が険しい…そしてほんのり赤い、あぁ照れてるんだなぁ。


「うん!決まり!よろしく真白ちゃん、要くん!」


「俺は要でいい」


「あ、そう?じゃあよろしくね要!」


男性陣2人は着々と仲良くなっている。私も頑張ろう…!と緊張しながらも声を振り絞る


「よ、よろしくね!え、えと…翔くん!か、要く…」


きーんこーん


「あららー…鳴っちゃったね。それじゃ、座ろうか」


さ、遮られたっ!ものすごく勇気を使ったのに、これはあんまりだ…。と、私が落ち込んでいると


「じゃ、真白ちゃんは後でちゃんと呼んでもらうの楽しみにしてるからね!」


と、隣から翔くんの耳打ち…気づいてたんですねこの人は。


その後も授業の隙間に休み時間はあったけれど椎名くん…じゃなかった要くんは寝てるし翔くんも他の人達と話していたから3人で話す機会は無かった。私も私でさっさと呼んでしまえば良かったのだけれどなんだか勇気が足りなくて…そんな事をしていたらその日は終わってしまった。


*****


次の日、家で昨日の反省をした私は朝の挨拶のついでに名前をサラッと呼んでしまえばいいんだという結論に落ち着いた。しかもそんな事を考えて気合を入れすぎたせいか、いつもよりかなり早くに着いてしまって学校には人がまだほとんど来ていなかった


「………。」


教室に入って自分の席に向かうと、まぁもちろん、まだ翔くんは来ていなくて、そしてなぜかここに一番いなさそうな人物、要くんがいた。


「ね、寝てる?」


彼は自分の席ですやすやという音が似合うくらいの穏やかな表情で寝ていた。


…なんでこんなに早く来ているんだろう。


不思議に思いながらも彼をもう一度チラッと見ると、とっても気持ち良さそうな顔があって…挨拶しようにもこれは起こせないなぁと思い自分の席に荷物を置いた。それから…なんとなく、なんとなく出来心で彼の顔をよく観察してみることにした。


「…ぐっすり。」


彼の机の前に立ってその姿をみる…そのままだとよく見えないのでしゃがんで顔を覗き込む。


…あ、意外とまつ毛長い。寝ているとなんだか可愛いような…でもまだ怖いような。うーんなんだか何かに似てる。なんだったか


一体なにと似ているのか…もやもやするので要くんの顔をもっと近くでみてみる。そこであ、と思い出した


「ライオンだ。」


そうだ、見た目はなんだか怖くて近寄りがたい、ひとりでも強くて生きていけそうで、でもやっぱりネコなんだなぁと思う時もあって。あぁそれだ、まさに彼だ、椎名要くんだ。


「ふふ、そっかぁ。確かにこうやって寝ているのをみていると、猫みたい。」


「油断してると猫でも人間を襲うかもしれないぞ。」


「っっ!」


返ってくるはずのない返答が聞こえ思わずそっちをみると、


「え、お、起きてたんですか?!」


「今起きた…ていうか真白、なにやってるんだ?」


いつの間にやら起きたのか、要くんがそのままの体制でこちらを少し怪訝そうな顔でみていた。…まぁそれはそうですよね!!

なんとも言い難いこの状況に私はなんて返そうか迷っていた。


「え、えーとですね、特に意味はなくて、ただ朝早くにいるなんて珍しいなぁと思い…まして、ですね」


あぁどうしよう。別にやましい気持ちなんてこれっぽっちも無かったんです、と言ったところで信じてもらえるのかな。変な汗が出そうだ


「…まぁ、理由はいいけどそれより、かなり近いけどこのままだと本当に襲うぞ。」


「おっ?!」


襲う?!?!

普段聞きなれないフレーズに驚いて急いで距離をとる。その速さには普段の私からは想像出来ないものだったと思う。


「…嘘だ、別に真白を襲うなんてことしない。」


「は、はぁ…。」


要くんがなんとなくばつが悪そうに呟く。…それはとても助かりますとは思ったけれど言わなかった。襲うってつまり拳と拳の戦いのことですよね?うん、勝てないので遠慮したいです。第一彼がそんなことしないことはもうわかっている


お互いが黙ってしまったため、なんだか変な沈黙が生まれてしまう。本来の目的を果たそうにもこの沈黙では達成出来そうにない。

どうしようかと悩んでいると教室のドアがガラッと開き、何人かの生徒が入ってきた。あぁ、もうそんな時間か。ふ、と下を見ると要くんが再びすやすやと眠りについていた


…仕方が無い、また次の機会に頑張ろう。

なんだか疲れてしまった私はHRが始まる時間まで自分の席で眠ることにした。


*****


それはHRが終わり、1時間目の休み時間に入った直後だった。


HRがはじまり、気づいたら隣に翔くんがいて、あぁ挨拶できなかったなぁなんて考えていた。ずっと寝てたね、なんて翔くんにからかわれてとても恥ずかしかったけれどさらに隣をみると要くんはまだ爆睡していて翔くんと二人でくすくすと笑った。そのままHRが終わって、まだねむいなぁなんて思いながら1時間目の英語を受けて、お手洗いへ行こうと廊下を歩いていた、そんな時だった


「あ、もしかして楠さんて…君?」


声をかけられたのだ


「え?はい…」


「へええ!意外だなぁ、君みたいな大人しくて良い子そうな子と仲良いのか」


男の人だ…先輩だろうか?3人、なんだか少し気味の悪い笑みを浮かべて近づいてくる。…思わず後ずさってしまった


「あれ?なんで逃げるの?少し君とお話ししたいんだけなんだけどさぁ」


本能的なものが全力で伝えてくる


「な、何をですか」


この人達から


「あいつだよあいつ、椎名要の事だよ」


全力で逃げろと


「…っっ」


その瞬間、逃げようとした私の腕をその人達は掴む。


「……は、はな…っっ」


怖い、怖い怖い怖い。抵抗しようにも力の差がありすぎて逃れられそうにない、声も思うように出ない、震えて掠れたような、そんな情けない声しか…


「嫌だなぁ!そんな怖がらないでよ!君と最近仲の良いあいつの方がよっっぽど怖いんだよ?まあ」


君の前では猫を被っているかもしれないけどね?


「やめてっっ!!!」


思っていたより随分とハッキリとした、大きな声が出た、さっきまでの声が嘘みたいに。何も知らないくせに、彼がどんなに優しいか、知らないくせに、私は自分が何を言っているのかだんだんわからなくなっていた。


「真白ちゃん?!」


廊下での騒ぎを聞きつけたのか翔くんが走ってきた。そしてその後ろには


「翔くん…か、要く…」


バキッ


一瞬、なにがあったのかわからなかった。すごい音がしたと思ったら私の腕を掴む手が離れてて目の前にいた人が…床に倒れていたのだ。


「…え」


「…っ!おい要!待て!」


…誰だろう。この、目の前で


「ひっ!」


「お前ら、俺に用があるんだろ?なんだ、言えよ。」


人を殴り続けているこの人は。


「要!要おい待て!落ち着け!」


翔くんが全力で止めている、しかし、それでも止まる気配はない。その人の目は、とても冷たかった。


「なんで真白に声かけたんだ、こいつを連れて行ってどうするつもりだったんだよ。」


「お、お前と最近仲良いって聞いたから…その」


「あぁ、俺に恨みがあんのか、お前ら…それで真白を使って恨みをはらそうとでも?」


向こうから騒ぎをききつけた先生達がやって来る。ただ呆然としていると、どこからかくすくすと笑い声が聞こえてきた気がした


ほら、本当のこいつはこんな奴なんだよ。と


その瞬間、私の全身の力が抜けた。



*****



目が覚めるとそこは保健室だった。


「…あ、れ」


頭がぼーっとする、えーと、私はなんでここにいるんでしたっけ


「あ、起きた?!よかった、大丈夫?!」


「え、あ、え?」


カーテンがジャッと開けられてそこから翔くんが顔を出した。私の顔をみてほっとしたみたいだった。


「え、と…私」


「あぁ、あの人達なら大丈夫だからね。要も、ちゃんと事情は先生に伝えておいたから騒ぎはそんなに大きくならないと思うよ。悪いのは向こうだし…」


…思い出した、私知らない人に声かけられて、腕を掴まれて、そこに翔くんと要くんが来て


「……っっ」


あの冷たい目が、脳裏に浮かぶ。


「要は今、一応先生と話してる。もうすぐ戻ってくると思うんだけど」


翔くんは私を気遣ってだろうか、笑顔で話してくれるけど私はそれどころじゃなかった。


「…顔色が悪いね、怖かったよね、ごめんねもっとはやく気づければ…。」


「い、いいえ。翔くん達がすぐ来てくれて本当に助かりました…」


怖かった。あの人達に腕を掴まれた時よりも、なによりも


「今日は、帰りますね、それでは。」


「え?あぁ、うん、一人で平気?」


「はい。母に迎えに来てもらうので…。」


あの人達を殴っていた時の、要くんの目が。



家に帰って私はすぐに布団に入って寝た。寝て、寝て、次に起きた時に今日の出来事全てが夢であったら良いのにと思った。



*****


「…はあぁ。」


昨日は結局全然眠れなかった。今日も、本当は学校を休みたかったけれど、こんな事で休んでいてはいけないと思って登校することにした。なにより翔くんにも心配をかけるし…

最近軽いなぁと感じていた足取りも、今日は鉛のように重い。せっかくこの間ひねった足も痛みがひいたというのに、こんなに重いんじゃ関係ないかな、と思った。


「よし。」


教室の扉の前で深呼吸。よーし、いち、にの、さんで行こう。よし、いち、にの…


ぽん


「おはよー!」


「さああっ!?」


後ろを振り向くと少しびっくりした様子の翔くんがいた。び、びっくりしたのはこっちだよもう!!


「さ?え?どうしたの真白ちゃん」


「え?いえいえ!なんでもないですよ!」


なんて良いタイミングで現れるのだろうかこの人は…あ、でもおかげで少し心が軽くなったかもしれない。翔くんと一緒に教室に入ると


「お、要おはよー!」


「…おはよう。」


要くんと目が合う、思わず目を伏せてしまった。


「ぁ…。」


しまった、つい。


一度逸らしてしまうと視線はもう合わせにくいもので…私はそのまま小さく挨拶をした。すると、タイミングが良いのか悪いのか始業を告げるベルが鳴り、そのまま私は席についた。隣で翔くんがなにかを言っていたような気がするけれど聞こえなかったことにして私は机に伏せた、頭の中がぐちゃぐちゃでもうなにも考えたくなかった。


そんなぐちゃぐちゃな気持ちのまま受けた授業は当然頭になんか入ってこなくて、時間はただ過ぎていった。


「なぁ、真白」


午前の授業が終わって昼休みに入ると突然隣から声をかけられた。…反射的にビクッとしてしまう


「な、なんですか」


だめだ、目を合わせるとあの時の目が蘇ってきてしまいそうで…目を、合わせられない。緊張のせいか声も固くなってしまっている気がする。


「あの、さ」


「あ!す、すみません私先生に呼ばれてたんでした、失礼しますね」


「……。」


バタバタとその場を去る。彼はそれ以上話しかけてこなかった。



「…っ、はぁ…っ」


その場を去った後すぐに後悔した。

なんであんな風に教室から出てきちゃったんだろう。適当な言い訳を作って、目も合わさずに、まるで逃げるように


「…〜っっ。」


目がじわっと熱くなる。嫌だ嫌だ、なにをやっているんだろう、本当に、こんな、こんな


「…こんな、ことが…したいわけじゃないのに…っ」


とうとう目からポロポロ涙が溢れてきた。わけがわからない、自分で勝手にぎくしゃくしておいて、


不意に後ろから肩をたたかれた


「真白ちゃん。」


「…ぇ。」


振り向くと翔くんがいた。朝のような変な声を出すことは無かったけれど驚いた…しかも、今このタイミングで会いたくはなかった。


「え、と。すいません、私に何か用ですか?」


泣いている顔をみられたくなくて少し俯きながら尋ねてみる。


私が尋ねると翔くんは少し困ったように笑って話し出した。


「いやあの、用っていうか…様子がおかしかったから…。お節介かもだけど俺も一応友達だし、なにかあったのなら話でもきけないかなって…」


その優しい言葉に、堪えていた私の涙が再び溢れ出した。


「ふ…っ、う〜っ、なんっ、なんでこのタイミングっでっ、」


「っ?!ご、ごめん!泣かせるつもりじゃなかったんだけど…!」


「ちっ、ちがっ、翔くんのせいじゃ、ないんですけどっ、でもっ」


泣いているところなんか、見せたくなかった。こんな格好悪い姿、せっかく出来た高校はじめての、友達に


「…〜っ。と、友達に、こんな格好悪い所を見せたくなかったっ…」


精一杯泣きじゃくりながらそう伝えると翔くんはポカーンとした。あれ、こんな口を開けるようなこと言ったっけ?


「真白ちゃん。」


それはまるで小さな幼子に語りかけるかのように優しかった。優しく、そしてゆっくりと言葉を紡ぐ


「友達だからこそ、格好悪い姿をみせてほしいんだけど…。」


「へ?」


「友達だから…その人の力になりたい、助けたいって思うんじゃないのかなぁ。」


それは予想外の言葉だった。でももし自分が心配する側だったらどう?と翔くんに尋ねられて納得した。うん、友達の力になりたいと、私も思う。

その事を知れた私は頼ろうと思った、この優しい友達を


「…翔くん、話があるんです。聞いてくれますか?」


「もちろん!喜んでお聞きしましょう?」


彼は嬉しそうに微笑んでウィンクをした。




私はなるべく簡潔に要くんを見るとあの時の光景が頭をよぎってしまって上手く目も合わせられない事を話した。


私の下手くそな説明を聞いたあと、ただ優しく聞いてくれていた翔くんはうん、と真剣な顔で口を開いた。


「俺もさ、要のあの様子はあの時はじめてみたんだよ。でも、元から要のそういう噂は知ってた…真白ちゃんもでしょ?」


「…はい。」


中学の頃からだもの、知っている。


「でも、高校に入ってはじめて話して、あの人は、あの人はそんな噂の通りの人じゃ無いって…思ったん、です…けど。」


そう思いはじめていた、はずだった。


「それは間違いじゃないと思うよ。」


「へ?」


翔くんの答えに私は思わず間抜けな声がでた。


「あの噂の通りの人って、つまり喧嘩とか大好きで暴力的で同情心なんて物も持ち合わせていないような人のことでしょ?」


真白ちゃんは、要がそんな人だと思うの?


まっすぐ、ただまっすぐに目をみて言われた。…翔くんの言うような、全く優しさを持っていない人間。

私は小さく首を横に振る


「思いません。要くんは、不器用だけど、優しくて、本当はすごく良い人です。」


「うん、俺もそう思う。」


その答えを聞けて翔くんは少し嬉しそうだった。


「だから、別にあの要も要の一面にすぎないって考えた。人には色んな面があるし、誰だって良い所も悪い所も持ち合わせているよ、違う?」


違わない。私は頷いた。私だって2人にみせていない面がある。


「うん。だから俺はあれをみても要の友達をやめるつもりはないし…それに、要の性格からして、噂の事もあの時の事も、ちゃんとした理由があるんじゃないかって思うんだ。」


「え?」


「例えばあの時は、真白ちゃんを守るためだよね?…まぁカッとなって殴っちゃったのは賢い選択だとは思わないけど、でも要はあの人たちを殴りたいから殴ったわけじゃない。」


そうだ。私はあの時の要くんの豹変っぷりに驚いてそれどころでは無かったけれど、もしあの時要くん達が来てくれなかったら危なかったのは私だった


「まぁ、要が本当はどういう人かなんて、俺にもわからないけど。怖い人だと判断するのは、まだはやすぎると思うよ。」


そこで私はハッと思い出した。そうだ、そういえば彼の目つきも最初は睨んでいるものだと思っていたけれど本当は緊張や照れでそうなってしまっていただけだった。彼は本当に不器用なのだ。


私は彼のことをどういう人か認識するほど、彼のことを知れていない。


「決めるのは、要の事をもっとよく知った後でいいんじゃない?」


「…っ」


私は優しい友人にお礼を言って全速力で走った。



*****


昼休みはまだあと半分残っている。ちゃんとよく知ろう、彼のことを、まっすぐに、向き合おう。


「……っ、」


ガラッと勢い良く教室のドアをあけると


「…はっ、要…くん…っ。」


居た。私が逃げて出て来てしまった時のままの様子で、彼はそこに座っていた。


全速力で走ったせいで上手く話せない。でも、息を整えている暇なんてなかった。


「…ま、しろ。」


私が来たことに気がついたようで要くんは驚いていた。


「あ…っ、あの、要く…」


「真白。」


凛とした声に遮られる、驚いてまた下を向いてしまった。

要くんその場でガバッと頭をさげた。

「あの時の事は、本当にごめん!怖い目に合わせた…あのことで真白が俺のことを嫌いになっても、仕方ないと思う。」


私は驚いた、なぜ、彼はこんなに謝っているのだろうかと。


そして要くんはゆっくり顔を上げる。


「俺も全力で気をつけるけど、もしかしたらまた、あんな感じの奴らがお前を利用しようとするかもしれない、だから…離れたければ、俺から離れても、いいから。最後に、最後に一つだけ、俺のお願いをきいてくれ…。」


今にも掠れて消えそうな弱々しい声が、上からふってくる。


「もう一度だけでいい、また、目を見て話してくれないか。」


そこで私はハッと顔をあげた


「…っっ。」


そこにあったのは、あの時の冷たい目でも、いつもの優しい目でもない。とても辛そうな、悲しそうな目だった。


私は、本当に何をしていたんだろう。要くんをこんなにも傷つけて、こんな、こんな悲しい目をさせた


「…〜っ、うっ。」


「っ!真白…」


気がついたら、また涙が溢れていた。後悔の波が押し寄せる、こんなに傷つけていたと、なぜもっとはやく気づけなかったんだろう


「真白、ごめん、変なこと頼んで。そんなに怖いのなら、見なくていいから…ごめ」


「確かに怖いですよ、怖かったです。あの時の要くんは…いつもの要くんからは想像できない位っ…」


涙は止まらないのでそのまま、手で目をおさえつつ、でも、と続ける


「私をっ、助けるためだったのに。勝手に怖がって、避けてっ…酷いのは私ですっ!私の方こそ、要くんに嫌われても仕方がないことをしてしまいましたっ…ごめんなさいっ」


戸惑う要くんが、言葉を続ける


「…真白?俺が真白を嫌うわけない…それに、俺の事、怖くないのか?」


そこで私は思い出したようにズビッと鼻を啜って言葉を発した


「…じゃあ、いくつか質問させてください。」


「へ?」


私のまさかの言葉に要くんは目を丸くさせた。


「…中学の時、なんで入学式遅刻と早退したんですか?」


「え?いや、あの時は、緊張して、腹痛というか…」


「じゃあ体育祭の暴動事件は?」


「あれは、用具を壊しているやつを止めようとしたら殴りかかられたから…つい反撃した。」


「…ガラスをたくさん割ったのは?」


「…俺は故意に割ったことはない、けど気づいたら俺のせいって事になってた。」


「じゃあ暴動事件も…」


「あぁ…えーっと…なぜか喧嘩ふっかけられるんだ俺、全部買ってたら何だか色んな奴らがうようよと…」


あぁやっぱり、そうだった


「え、えっと真白?他になにか」


本当はわかっていたんだ、きっと。照れ隠しに目つきが鋭くなるのを知った時から、彼が本当は良い人な事ぐらい。ちょっと短気かもしれないけれど、不器用で、まっすぐで


「変なこときいてすいません、もう、充分です。充分ですぎるくらい、貴方が良い人だって、わかりました。」


「え?」


「…私のこと、許して…もらえますか?」


「許すも何も、え?」


「要くんの事を勝手に誤解して、怖がって、避けました。…助けられた身でありながら」


「なっ?!ていうかそれは元々は俺が原因で、むしろ俺があやまるべきで…」


「…ふふっ、じゃあ、お互い様ということで仲直りとさせてもらえますか?」


「え、あ、あぁ。」


困惑する彼の顔をみると、なんだかおかしくって、つい笑ってしまった。あぁ、今なら、今なら私も素直に言えるだろうか


「好きです、大好きです要くん。」


「…っ!?」


要くんの顔がみるみるうちに赤くなる…うん、私も少し恥ずかしいんだけど


「真白…俺、」


「これからも、こんな私と仲良くしてくれますか?」


「…ん?」


「私、翔くんと要くんが大好きです。2人と仲良くなりたいです。今までより、もっと」


…ちゃんと伝わったかな。少し恥ずかしかったけれど、これが私の今の正直な気持ちだ。少し遠回りしてしまった分、これからもっと友達らしいことをしていきたいと、思ったの、だけれど


「……ぶはっ!」


「へ?!」


もう堪えきれないと言うように、吹き出したのは、いつの間にか教室来ていた翔くんだった。


「まっ、真白ちゃん。それはないでしょっ…あははっ!まさかのっ友っ、友達としてってっ!」


「え?…え?!」


ハッとして周りを見渡すとクラスの人達(主に男子)が要くんを慰めていた。…え?なぜ


「なんか、お前の事誤解してたわ。強く生きろよ」


「ほんとな、なんか、頑張れよ?」


そういってポンッと要くんの肩を叩く人が後をたたない…ていうかっ、こ、ここ教室だった!!勢いに任せてそのまま話しちゃったけどこれ全部クラスの人達に聞こえてたってことだよね?!うわあっ…は、恥ずかしい


「あれ?どうしたの真白ちゃん?耳まで真っ赤」


「へっ?!」


そんな様子を見ていた今度は主に女子の皆様から私に声がかかる


「楠さんって…ものすごいド天然だったんだね。」


「うんうん、天然魔性だ。私でもそんな赤い顔されて言われたら勘違いしちゃうわ」


「ほんと、しかも不覚にも可愛くてときめいたし。」


「え?え?!」


ぽんぽんっと女子の皆さんが私の頭を撫でて…そしてなぜか要くんに同情の目を向けていた。


なにか、なにか悪いことをしてしまったのだろうか…。


チラッと要くんの方をみると、耳まで真っ赤にして、目つきを鋭くさせた要くんと目があった。そして何を思ったのか要くんは勢い良く私の近くにきて


あ?あれこれデジャヴ?これはまさか、また顔を掴まれるんじゃ


ガバッと音がしたと思ったら視界いっぱいに要くんのセーターが広がる。キャーっと声が聞こえた気がした。…て


「…え?!えっ?!」


「うるさい真白。」


驚くなという方が無理だと思う。だっ、だって今、だ、だき、抱きしめられっっ


「…一瞬本気で両思いかと思ったっていうのに、本当に…お前は」


「へ?」


要くんが首元でなにか言ったようだけれどよく聞こえなくて、要くんの方をみようにも頭をがっしりと手で抑えられているので動けなかった。もう一度言ってください、と言おうとすると


「俺もいーれーてっ!」


どーんと効果音をつけながら翔くんが要くんと私の両方を抱きしめるように飛びついてきた。


途端クラスからは笑いが起こる。私も楽しくってたくさん笑った。




それは私が高校入学してから1番幸せな日となったのでした。


はい!最後まで読んでいただきありがとうございました!なんだかこの作品については色々語りたいのですが、それは活動報告のほうで…w


あ、真白ちゃんが全部きかなかった要くんの噂の理由ですが


5月 要くんはもともと低血圧。そしてものすごく寝起きが悪いのです


9月 傷だらけになっていたのは近所のにゃんこさん達と仲良くなろうとしたり、夏休み海ではしゃいだり山ではしゃいだりした結果ですねw


事件としては裏設定ですがこんな事情があったというわけです。ちなみにこれも裏設定ですがなんで低血圧の要くんがあんなに朝早く学校に来ていたかというとですね、真白ちゃんが一度「遅刻は嫌です。」と言ったのを遅刻をする人も嫌いなのではと思った要くんが真白ちゃんに嫌われないために頑張って早起きをしたからだと言うわけですwまぁ結局学校で寝ちゃうんですけどねw


すいません結局しゃべりすぎました(笑)それでは、読んでくださった皆様ありがとうございました!

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