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神々の庭のクロニクル  作者: 御神楽てるよふ
過去の行く先、彼女の始まり
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第十二話 回顧と邂逅



――お前がかあさまを殺したんだ!!


「……!?」

 がば、と跳ね起きるように身を起こす。 何かとてもいやなものを見た気がするが、思い出せない。

「夢……? いや、それより、ここは?」

 不快感を振り払うようにかぶりを振り、改めて周囲を見回してみると、夢かどうかなどと考えることが紫苑には馬鹿馬鹿しくなった。 礼装を着ていたはずなのに自分は裸だし、周囲は黒で塗り潰されたかのように何も無い。 どこからか光だけは燦々と差してくるのが面白い、と彼女は益体やくたいもない思考をする。

 やたらとふわふわとした感覚があると思えば、地面らしきものもない。 上下左右、どこまでも何も無い空間が広がっているようだ。

 この現実味の無い風景からして、夢の続きなのだろうか。 それにしては意識ははっきりとしている。

「手足は……動かせる」

 水中を泳ぐような感覚だった。 しばらくその感覚を確かめるように”遊泳”していた紫苑だったが、一瞬の暗転の後、周囲の景色が一転したのに気付き、再び周囲を確認する。

 見覚えがある。 そこは秋津あきつ島中部、筑紫つくし鎮台ちんだい司令部。 十月二十四日にの小規模な反乱によって襲撃された場所だ。



*****



 紫苑の目の前には礼装を着込んだ、誰か間違えようもない後姿があった。 そこに立つ”御神楽紫苑”を見て、自分の後姿ってもそれはそれで新鮮なものだ、と紫苑はため息をついた。

 夜の帳はすっかり降りていたが、城門前の篝火かがりびによって周囲は明るい。 その明るさの中に、殺気だった男たちが群れを成している。

 月代さかやきを剃り、まげを結った、古風ないでたちの男たち。 その中心にいるのは元陸軍卿、佐々木行家ささき ゆきいえだ。

「殿下、そこをお退きください」

 必死の相で、彼は目の前に立つ”紫苑”に言葉をかけた。

「皇統に連なる方をしいすのは、我らの本意ではありませぬ」

「ならぬ。 そも、皇国における軍とは陛下の所有物。 私兵を組織し、筑紫におけるその本営を襲うというのならば、それは陛下の御稜みいつに逆らうも同じことと知りなさい」

「毛唐かぶれが光皇陛下の御稜を語るか!」

「やめろ、殿下を謗ることは許さん! ですが殿下、退いてくれませぬならば、殿下といえど容赦は致しませぬぞ」

「……そう」

 悲しげに”紫苑”は呟き、直後、空間全体が軋んだように、あたりに不快な、ぎしり、という音が響いた。 舐めるような炎が地面を縦横無尽に走り、血の色の魔法陣を描き出す。

 紫苑には、今まさに効果を発揮しつつある術式がよく理解できた。 その作用は広域殲滅。 結界で空間を隔離し、その内部で爆発的な燃焼を発生させる事により、効果範囲内部の一切を焼き尽くす――そういう、容赦も慈悲も一切無い魔術だ。

 反乱者たちは、問答の間に”紫苑”が紡いでいた術式に、すでに囚われていたのだ。 そのことを悟った行家の顔色が変わる。

「最後よ。 降伏なさい。 従わなければ、この場にて光皇陛下に成り代わりて裁きを下す」

 ”紫苑”の声は平板だ。 努めて感情を押し殺しているような、そういう声だった。

 行家も、幹部らしき周囲の男たちも無言だ。 もともと、そう覚悟してきていた者達なのだろう、とその時紫苑は思ったものだった。

「……その気は、ないのね」

 返答はない。 百五十名を越える男たちが一斉に抜刀し、あるいは銃を構えた。

「残念だわ」

 結界の中央に炎が灯り、それは瞬く間に眩い火柱となった。 轟々と燃え盛る火炎の中、一瞬で飲み込まれた百七十九人、その断末魔が”紫苑”と紫苑を責め立てる。

「化け物めぇ!!」

 誰かが放った一言が耳に届いた瞬間。

 ぶつり、と途切れるように風景は暗転した。



*****



「ちがう」

 呟く。 呟いて、そして振り払うようにまたかぶりを振る。

 そうしている間に、また風景は変わった。 今度は改装前の離れだ。 小さい頃の”自分”と、父が離れの縁側に腰掛けている。



 *****



 すぐに思い出せた。 これは術式の制御訓練をして失敗し――離れを全焼させた日のことだ。

「お前の力からすれば、大砲で蚊を落とすようなものだが」

 父はそう言って、指先に火を灯す術式を教えてくれた。

 術式理論や符製作の講義を終えた、初めての実技の日だった。 決して魔術を使おうとしてはいけないと厳命され、力を封じる為の封印符を何枚も身体に貼られる日々から開放されると思って、本当に嬉しかったのをよく覚えている。

 紫苑は、感情が高ぶると自身の魔力が周囲に漏れ出てしまう。 魔力量が多すぎるのが原因だ、というのが父の見解だった。 今でこそ押さえも利くし、出ても熱風程度で済んでいるものが、この当時は無意識のそれがもっと酷かったのだ。

 そして、父の監督のもと、その「大砲で蚊を落とすような」術、自分にとってはじめての魔術を使おうとして、単純な式をつくり、魔力を込めようとして――いけない、と紫苑は”紫苑”向けて声を上げようとするが、それより先に早く。

 式が壊れるのが、二つの視点で見えた。

「いかん!」

 父が急ぎ紡いだ結界が親子を包む。 直後、溢れ出た魔力が暴走し、それは火炎を超えて爆炎と化し、瞬く間に離れを飲み込んだ――。



 *****



 情景は翌朝へと映る。 その日は“禁軍”玄武支隊所属の術士が、酷い火傷を負った父の治療のために訪れていた。 ”紫苑”は父を見舞おうと、母屋の廊下を歩いていた。

 廊下の角を曲がろうとしたところで、何人かの声が聞こえ、彼女ははたと足を止めた。

「――また・・紫苑様」

「ほんとう、いつこの母屋も焼けてしまうか」

「どうして宮様は……」

 うつむいた小さな肩が、かたかたと震えている。 両手をぎゅっと握り締め、歯を食い縛り――

「葵様に続いて、宮様まで、なんてことにならなければいいけど」

「しっ! 滅多な事を言うもんじゃないわ!」

「だって、全然術も制御できてないのよ! こんなことじゃ、私たちだっていつ巻き込まれるか……」

「かんしゃく持ちだもんなあ……」

 叫びたくなる衝動をなんとか押さえ込み、床に崩れ落ちる”紫苑”。

 暗転。



*****



「……お前が、かあさまを殺したんだ! 」

 声だけが響き、そして風景が現れた。

 まだ幼い蘇芳が、さらに幼い自分をなじっている。

「お前が、お前が生まれてなんてきたから……!」

 その手には陶器の欠片が握られていて、彼は、それを、”自分”に―― 

 暗転。



 *****


 

「やめて……」

 自らの裸身をかき抱き、紫苑は慟哭した。

「やめてッ……!!」

 そして、視界が白く染まる――



 *****



「……最ッ悪」

 重々しく半身を起こし、吐き捨てるように呟く。 頭はぐるぐると混濁しているし、胃は鉛でも食べたかのように重い。 ねっとりとした汗が全身にまとわりついて、身体を動かすことにさえ嫌悪感を覚えるほどだ。

 酷いものだった。自分の最も嫌な思い出だけを延々とループして見せられる、気が狂いそうな時間。 しかし、十ほど見たところでふつと、まるで夢から覚めるようにそれは途切れたのだった。

「ほんっとに悪趣味ね……」

 呻くように額に手を当てる。 ぬらりとした脂汗が手について鬱陶しい。

 敵は一体なにが狙いなのか。 実篤単独でこれほどのことはできるわけもない。 背後に絶対何者か、あるいは何者からの存在があるに決まっている。

 そんなことを考えながら紫苑は周囲を確認する。 先ほどまでのような馬鹿げた空間ではなく、ちゃんとした石造りの、牢屋といったら誰もが思い浮かべるような牢屋のようだ。 しかし無骨な鉄格子とは対照的に独房内の調度品は豪華で、貴人を遇するための部屋らしい。

 これは私専用かしらね、と紫苑は嘆息した。

 そんなところに、かつかつと足音が響いてくる。 実篤だったら燃やしてやろう、などと彼女が考えている間に、現れた姿は意外なものだった。

「ふむ、薬が効き過ぎて全てを憎むような目でもしておったら如何にせんと思うておったが、杞憂だったようじゃな」

「暮羽!?」

 現れたのは白面金毛九尾の狐。 胸前を大きく開けた妖艶な着流し姿に、金色に輝く尻尾を優美に揺らしながら、笑みさえ浮かべる大妖に、紫苑は鉄格子越しに剣呑な視線を投げかけた。

「まさか貴女が噛んでるとはね……さっきの胸糞悪いのは――」

「脚本は二条の坊じゃよ。 わらわは演出担当というわけじゃな」

 くつくつと笑う妖狐。 亡父が存命だったころから数えて十数年来の付き合いになる彼女に対して、紫苑は久々に怒りの感情を覚えていた。 仕打ちからすれば当然のことで、これがもし知り合いでなければ魔術の一発でも打ち込んでいるところだ、と紫苑は思う。

「なんのために、と問いたげじゃな?」

 扇子で口元を隠しながらの問には、さらに殺気を込めた視線で答える。

「二条は汝の憎悪を誘い、己の手元に引き込もうなどと考えておったようじゃが……」

 ぱたぱたと扇子で扇ぎつつ、観察するように暮羽は紫苑を眺めまわした。 紫苑の視線に堪えた様子などは微塵もない。

「ま、無駄だったようじゃの。 所詮浅知恵、なれがこの程度で参るわけもない」

「……あなたの思惑は、別だということ?」

わらわの、とはちと違うな。 妾たちの、と言えばよいかのぅ?」

 目を弓なりに細め、妖狐はわらう。

「なあに……そろそろ、おのれが何者か気付かせてやろう、とな」

 言い終えた瞬間――頬のすぐ横を焦がすような熱が奔るのを、暮羽は感じた。 紫苑が、手指を銃の形にして構えている。

「物騒じゃな」

「……さっきのも、そのありがたいお節介の一環?」

 指先には次弾とでも例えるべき光球が輝いていた。 しかし、暮羽は焦るでもなく、表情を崩すこともなく、言葉を続ける。

「のう、紫苑よ。 何故おのれは疎まれるのか、何故おのれの力はこうも異質なのか――」

 はっと、紫苑は眼を見開いた。

「知りたくは、ないかえ?」

 沈黙。 そう、いつだってそれは自分の奥底にあったものだ。

 身体が、ふるえる。

 知りたい。 自分は何故こうなのか。 あのとき虚ろになってゆく意識で、実篤にさえ手を伸ばした。 その答えを、この妖狐は与えてくれるというのか?

 紫苑は、知らず頷いていた。

「……では、その入口として、教えよう。 汝が生まれた日、生まれたそのとき、何があったのか」

 九尾の眼が細められる。

 金色の瞳から発される、燐光のような青白い光が眼に入った瞬間、紫苑の意識はふたたび暗転した。



 *****



 紫苑はふたたび、夢の中にあった。 浮遊感と共に見下ろすのは、建物の配置などから二条院じたくとわかる遠景だ。 しかし自分の離れは無く、その場所にはかわりに真新しい白木で建てられた小屋があった。

 視点が変わる。 その小屋の内部とおぼしき、十畳ほどの一室。 布団が敷かれ、女性がそこに両脚を開く格好で寝ていて、周囲には何人かの侍女が侍っている。 彼女たちは何か喋っているようだが、声どころか何の音も聞こえない。

 しかし、ああ、ここは産屋で、今まさに出産の最中なのか、と紫苑は理解した。 立ち会ったこともあるし、手伝ったこともある。 そしてこの二条院で出産をする人物など、紫苑には一人しか思い当たらなかった。

――お母様?

 生みの苦しみに歪むその顔は、しかし、紫苑にすぐさま自身とのつながりを理解させた。物心ついたころには、もういなかった母親。 父にはただ亡くなったと聞かされていた。 兄は何と言っていたか――よく、思い出せない。 その母親が、今目の前にいるのだ。

 にわかに周囲の侍女たちが色めき立った。 きっと赤子が生まれたのだろう、と紫苑が考えたところで、視点が移り変わる。 侍女が取り上げた赤子の肌は、その下に流れるものの色を透かすように赤く、わずかに生えていた頭髪は、雪のように白かったのだ。

 侍女たちが明らかにうろたえる。 しかしたった母親となった女性は、荒い呼吸ながらも侍女たちに何事か指示し、満足げに眼を瞑った。

 そして、彼女らがまだ産声を発していない赤子を産湯に浸けたとき。


 産声と共に、紅蓮の炎が溢れたのだ。


 そして目まぐるしく光景は変化を始める。

 自分の眼を食い入るように見つめる父。 まだ初老という域の光皇。 どこかわからない、しかし冷たい光が満ちる場所。

 何か作業をしている父と光皇。 ごぼごぼという気泡。


 そして、自分と同じ髪の色をした、ひとりの赤子――



 ******



「なに、これ……」

 覚醒した紫苑は、恐怖におののくような手で頭を抱えるようにすると、か細い声で独語した。

「何よ……これ……!!」

 声はかすれたそれから、悲鳴のようになり、白い指が頭を締め付けるようにこわばる。

「私が、お母様を……そんな……」

 あふれ出す感情を象徴するかのように、彼女の周囲には熱波が渦巻く。 ちりちりとホコリや石の床に張り付いた苔が焦げ、独特の臭いがあたりを漂う。

 その中心で紫苑は膝をつき、嗚咽を漏らし、泣きじゃくっていた。

「――酷かもしれぬが、妾が過去視で実際に視たものゆえな。 事実は事実じゃ」

 懐から煙管キセルを取り出しながら、暮羽は冷淡に言う。鬼火で手に持つそれに火をつけ、一服してから、彼女は紫苑向けて語りかける。

「では、何故このようなことになったのかの? そして、汝が今、支障なく暮らせておるのは、なにゆえか」

「そんな事、私が知るわけないじゃない!」

「しかし、汝は知りたいと望んだ。 過酷な事実に直面するやもしれぬ。 汝の信じてきたものが崩れ去るやもしれぬ。 それでも心折れず前に進み、おのれの真実を掴みたい――そう、思うかえ?」

 言葉は届き、涙をぬぐう手が止まる。 ただ感情の任せるままに溢れていた熱が収束し、赤い、視覚できる炎となって彼女を包む。

「知りたい。 どうして私は“ああだった”のか。 どうして今の私は“こうなった”のか」

 声の震えは徐々に収まり、握り締める手には力がこもった。 重い衣装を引き摺るようにしてゆっくりと立ち上がり、鉄格子を掴んで暮羽の金色の視線を正面から見返す。

 涙に濡れた瞳は、しかし燃えるように輝いていた。

「全ての疑問には、きっと、回答があるんでしょう? 暮羽、あなたがそうやって焚きつけるからには」

「然り。 じゃが、それは与えられるものに非ず。 汝自らがそれを探し、掴みとって行かねばならぬものよ」

「上等だわ」

「されば――“応龍”。 まずは、この言葉を追うがよい」

 “応龍”。 東西南北を護る四神の中央に在る、最高の龍だ。 禁軍の四つの支隊がそれぞれ青龍、朱雀、白虎、玄武の四神に対応しているので、“応龍”とは、光皇直属の何か、ということを示唆するように紫苑には思えた。

 そういえば、朱雀の焔崎が何か言ってたような――

 そこまで思考が進んだところで、かつかつという音を紫苑の耳はとらえた。

 思索を中断して視線を周囲にめぐらせてみれば、暮羽の姿が視界から見切れていた。

「――出してくれないの?」

 言うだけ言って、足音高く去っていこうとする暮羽に、紫苑はジト眼を投げかける。

 振り向いた暮羽はやれやれとばかりの表情をして、片手を立ててひらひらと振った。

「阿呆、妾は鍵など持っとらんわ。 だいいちそんな無粋な鉄格子、汝にはワケなかろ? 自力でさっさと出んか」

「このせせこましい牢屋で鉄を溶かせるような炎出してみなさいよ。 暑いじゃないの、ってか調度に燃え移って面倒になりかねないわよ。 それに、出たとして、この地下がどんだけ広いか知らないけど、正直賭けすぎるわ」

「問題なかろ、汝じゃしのう」

「あ、ちょ、こら、出しなさいよ!?」

「命あらば天福楼にまた来るがよい。 良い酒を用意して待っておるぞえ」

「待てえー!?」

 声を張り上げる紫苑に、肩越しに妖狐は振り向くと、目を弓なりに吊り上げて笑った。

「なに、そろそろお節介どもも動き出すだろうて……」


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