1-1 プロローグ
この作品には性描写・残酷な描写が有ります。
現世橋。
この橋のこちら側と向こう側では、まるで違う世界が広がっている。
こちら側、とは昔で言うところの吉原遊廓。
現在の日本にあるたった三箇所の、性風俗店営業許可地域である。
とは言え、その規模は東京都23区に一つ新しい区を追加するほどであった。
今から約二百年前、風営法の管理下において黙殺されていた各地の性風俗店は当時の東京都知事の英断(と、表向きの史上では記録されている。)により、一斉摘発を受けた。
しかしもちろん、経済あるいは治安維持において、性風俗店が無視出来ない程の成果を後押しする形になっていたのは確かである。
そこで、政府は日本に三つの拠点を築き、性風俗店営業特区として指定した。
日本の世界的な立場上表向きには民営となっているが、特区において完全に政府の管理下におくことで、国益としての営業を認める形になったのだ。
そしてその特区-第一新興文化特区(通称、NC1)-と東京都を繋ぐ橋として、現世橋が設置された。
とは言え、大きく変化したのは営業場所や経営陣、経営システムであり、少女達が自分の身体一つで財を成し、生きていく場所としては変わりはない。
もっとも、経営が政府主導になったことによりコンパニオンは、金銭面の理由・外見などを厳選され大衆・中級・高級の各店舗へ政府が直接ふりわける所だけは違うのだが。(そのいずれにも適わない場合は不採用となる)
だからこそ、ここ吉原に自らを"自分で"売り込みに来た少女に、NC1高級店「秋桜」楼主-岡島-は困っていた。
備品の買い物を終えて店に入ろうとした所で、いきなり近くを歩いていた少女が倒れたので、一時的に店の中で休ませていたのだ。
が、少女の作戦にまんまとハマってしまったようだった。
「…という訳でして、ご迷惑をおかけするのは承知しておりますが…」
16か7もしくはもっと若いんじゃないかとも思える少女は、控えめな態度で俯き気味にこちらをうかがい見る。
ノースリーブの白いワンピースを着た幼げな少女がお願いしている様を見ると、まさか性風俗店で働かせてくれ、といった絵にはとても見えなかっただろう。
-さて、どうしたものか…-
どうしたものかと思ってはいるものの、やるべき事は一択なのだが、彼の気の弱さゆえに彼女が望まないであろう答えを告げることに躊躇していた。
「…えっと、何か事情があってのことなんでしょうが、こういう所は20歳以上でしかもNCSC(NC選考会)の認可がないと働けないんだ。だから、申し訳ないとは思うんだけど…」
そこで言葉をきってチラッと少女の様子を窺う。
少女は俯いたまま黙ったままだ。
なんだか自分がひどい事をしているような居心地の悪さを感じて、いたたまれなくなってくる。
こういう所がきっと岡島がなかなか出世出来ない理由なのだが、彼もそれを自覚しており度々この仕事についての適性を疑問に思っている。
とは言え政府の配属命令に逆らえるはずもなく渋々務めているのだが、店の人間やコンパニオン達はそんな良心的な岡島を慕っていたりするのだが。
岡島が一人でそんな罪悪感と戦っているうちに少女はすくっと立ち上がり、背を向けてツカツカと歩き出した。
店を出て行くのか、と岡島はホッとした。
ものわかりの良い子で良かった、と。
実を言えば、NCが設置されてからというもの今までお小遣い稼ぎに来ていたNCSCに落ちた子達が、こうやって秘密裏にお店に足を運ぶことは珍しくない。
もちろん、雇ったりはしない訳だが…(NCSCに落ちたという事は、雇ってもあまり利がないという事-悪く言えば外見的に適性が無い-なので雇う側もメリットが無い。)
だからこそ、この手のお願いを断るのは経営する側からしたら至極当然なのだが、人が良い岡島からしたら"女の子の頼み"を断ることはやはり心苦しいのであった。
一仕事終えたとばかりに「ふぅ…」と岡島が息をつこうとした瞬間、どすっと膝に何かが飛び込んで来た。
不意をつかれてその何かが一瞬わからなかった岡島。
その何かは、さっきの少女だった。
「断らないでくれますよね…?」
不敵な笑みをうかべて岡島の下腹部に抱きついて上目遣いで聞いてくる少女。
ピンクがかった薄い唇から漏れたその問いは、岡島の意識には届いてなかった。
ふいをつかれて驚いたのもあるが、何より岡島は話している間中俯きがちだった少女と、初めて目が合いその顔を見て目を奪われていたのだ。
少女は美しかった。
しかも、岡島が今まで見てきた政府選りすぐりの美女の誰よりも。
長いダークブラウンの髪で縁取られたくりっとした猫目。
おそらく色素が薄いのであろうことがわかる透き通るような白い肌。
主張の激しい目とは対象的に、控えめな形の良い鼻と薄いピンクの唇。
岡島は、幼さこそ残れどその少女のあまりある魔性に、すぐには思考能力を回復出来なかった。
「あの、聞いてらっしゃいます…?私、そんなに魅力ないでしょうか?」
岡島の予想外の反応に少女は戸惑いがちに言葉を続けた。
その言葉にハッと思考を回復した岡島は、すぐに彼女を引き離そうとした。が、しかし結果的にできなかった。
何故なら-
「だっ、だから、そういう問題じゃ…」
岡島はかろうじてそう告げて彼女を自分から引き離そうとしたのだが、まだおぼつかない視線が彼女の顔以外をとらえた時、またもや岡島の思考はかたまってしまった。
彼女は一糸纏わぬ姿で、岡島の下腹部に抱きついていたのだ。
少女はあまりの驚きにかたまってしまった岡島を確認し、一瞬口元を愉快そうに歪めて、その華奢な手を岡島の股間に滑り込ませた。
「ちょ、こらっ、あのっ…」
岡島がそれに気付き制しようとした時にはもう、ベルトとボタンが外され最後の砦をおろされようとしている所だった。
「黙って!じゃなきゃ叫びますよ。今この状況が見つかって立場が悪いのはどっちかしら、ねェ?」
さっきまでとは全く違う、冷たく妖しい空気を含んだ言葉が少女の口から紡ぎ出された。
いたずらっぽくこちらを窺う少女の瞳に射抜かれた岡島は、正常な判断能力を奪われてただあたふたするばかり。(とは言え身動きがとれず、内心は、というだけだが)
この場合、立場と事情を考慮すれば別段知られてもまずいことは無く、だから岡島が慌てる必要は全くないのだが、今の岡島にはそこに考え至るだけの冷静な思考力は無くなっていた。
それをしってか知らずか、少女は更に手を進める。
「…っあっ…!」
情けない声を漏らし、岡島の理性は少女に籠絡された。