3. 謁見
わたくしが適任とされたこの嫁入りは、王国の未来がかかっているとも言える政略的なものである。
「国王陛下がお待ちです」
侍従の示す荘厳なドアをくぐり、長い歴史の刻まれた小さな謁見室に頭を下げた状態で足を踏み入れる。
「王国の太陽に西の公爵家よりアテナ・ネーレウスがご挨拶申し上げます」
「面をあげよ」
深く下げていた頭を軽くうつむく程度まで持ち上げる。
ここで国王陛下を直視したら、最悪の場合首と胴体が泣き別れ――なんてことにもなりかねないのだ。
「アテナ」
「はい」
予定調和な儀式に内心ではあくびをしつつ、わたくしは殊勝に聞こえる声音を作った。
「そなたには隊商貿易を牛耳る東の国へ嫁いでもらう」
「承知いたしました」
「そなたが嫁入りする家の格は知らされていないが、上位貴族あたりになるだろう」
無意識に出そうになった失望のため息を、意志の力で飲み込む。
すでに打っている相手方の一手すら知らないままに勝負だなんて、どんなに盤面が良かろうとも厳しいとしか言いようがない。
何かあっても「知らなかった」では済まされないのだ。
人間関係においても、国際関係においてもそれは変わらない。
ただでさえ少ない愛国心がさらに擦り減ってゆくのを感じつつ、わたくしは深々と頭を下げ、陛下の御前を辞した。
謁見室を出た回廊から望む庭園には、すでに夜の帳が下りていた。
昼間の眩さと喧騒が嘘であるかのように深い闇に沈んでいる。
未整備の街道も多い中、この刻限から旅を再開するというのはあまりにも無謀というものだ。
また、王家の「関係づくり」の《《儀式》》という側面もあり、一晩王宮に滞在した後、出立は明日の早朝という運びとなった。
形ばかりの絆を確かめ合おうとは、王家もなかなか大変なものだ。
どうせ明日には国を出る身。
ならば可能な限り暴れ、社交界に爪痕でも残してやるのも一興だろう。
「一時間後には両陛下並びに王子殿下、そして各部大臣との会食が控えております。お疲れのところ恐縮ですが、ご準備をお願いいたします」
案内を担当した王宮侍女の言葉に軽く首肯し、わたくしはあてがわれた客室へと入る。
「お嬢様、今宵のお召し物はこちらでよろしいでしょうか」
すでに手際よく整えられていた部屋でレトが差し出したのは、「異国の情景」をモチーフとしたドレスであった。
これは嫁入りする国へ肩入れをするという、静かな意思表示。
この国に捧げる情や思い入れなどまるでないわたくしにとって、何もかもが退屈さを紛らわせるための「人生ゲーム」だった。
かといって、明確な不敬を問えるほどに露骨なわけでもない。
たとえお気に召さなかったとしても、国王陛下に打つ手はない。
つまり、わたくしの独壇場というわけだ。
「食堂までご案内いたします」
足を踏み出せば、薄い絹布を幾重にも重ねた裾がふわりと揺れる。
わたくしは勝ち気な笑みを隠し、レトに向けて柔らかに微笑んでみせる。
「では、行ってまいります」
さあ、盤面は完璧に整った。
ついに素晴らしい煽りの舞台の幕が上がる――。




