1. 旅立ち
父に兄、母、姉。
わたくしの前に無表情で佇む彼らに、もう何かを思うことはない。
「それでは、さようなら。どうかいつまでもお元気で――」
下げた頭を上げ、体を後ろに向ける。
乳姉妹のレトを伴い、馬車に乗り込んだ。
扉を閉じた御者が御者台に登り、いよいよ出発というときだった。
「アテナ!」
父の呼び声に、車窓を開ける。
「何かございまし……」
「体調を大事にしなさい。それから、国を出たらお前が帰る場所はもうないと思いなさい」
何か入った袋を手に押し付けられ、返事をする間もなく父は馬車から離れた。
数秒後、ガタン、と車体が揺れ、馬車は前へと進みだした。
窓の向こうで次第に小さくなってゆく家族の姿に、今は言いしれぬ寂しさを感じた。
彼らは何をするでもなく、ただこちらを見つめていた。
「お嬢様、こちらを」
レトにハンカチを差し出されたことで、頬を涙が伝っていることに気づく。
なぜだろう。
あんなに冷え切った関係の家族であったというのに。
喪失感と寂しさが胸を覆い尽くしているのは、なぜなのだろう。
これが、愛着なのか、それとも何をしても報われず終わったこの国における「わたくし」に対する葬送の気持ちなのか。
そんなこともわからないわたくしは、やはり子供のままだった。
「……そちらの袋、わたしが持ちましょうか?」
レトの言葉に、涙のおさまったわたくしは首を振る。
「いいえ、その前に中身を確かめてみましょう」
固く結ばれた口紐を解く。
存外分厚い札束は路銀なのだろう。
その他に見たことのないロケットペンダントと一通の手紙が入っていた。
「……この手紙は国境を越えるまできちんと保管しておいて」
『国境を越えてから読みなさい』――。
封筒にそう記された手紙はレトに託し、わたくしは次を手に取った。
そして数世紀前に流行った美しい装飾の施されたペンダントトップを開き、わたくしは言葉を失うことになる。
「これは――」
なぜ、これを父が。
指が震え、ペンダントを取り落としそうになる。
《《あの絵》》と同じものが描かれていた。
けれど、わたくしがあの絵を気に入っていることは誰にも言っていない。
これが偶然なのか、それとも、時折夜中に抜け出して見に行っていたことを父は知っていたのか。
今となっては分からないが、あの家にも見えない救いはあったのかもしれない――。




