第3話 昼間の公園にて、弾き語る
「ただいまぁ」
「おかえり、梢。ギター弾いて」
「はいはい」
ヒカリとの生活が始まって約一ヶ月。
毎日のようにヒカリは私にギターの演奏をせがんでくる。
会社に行って、夜中に帰宅して、ヒカリに愚痴を言う。
その生活ルーティンの中に、新しくギターの練習をすることが日課として加わった。
毎晩夜中にギターを弾くのは近所迷惑だから、あまり大きな音を鳴らさずこっそりと。
幸いにも、今のところ苦情が来たことはない。
毎日下手なりに続けていると少しは上達するもので。
最初は殆どまともに弾けなかったギターも、徐々に上手くなって来ていた。
練習をしていて知ったのだが、ギターではどうやら和音のことをコードと言うらしい。
ドミソだったら『C』。
レファラだったら『Dm』。
どういう定義でそう呼ばれるのかは分からないが、それぞれ名称がついている。
私が初めて弾いたコードは『Aadd9』と言うらしい。
指二本で押さえられる簡単なコードだ。
少し哀愁があって、でも広がりを感じさせてくれる、とても綺麗なコード。
いつも練習初めは、このコードを弾く。
同じ曲ばかり練習していたから、歌も歌える余裕も出てきた。
最近では、それが少し楽しい。
毎日夜遅くまで会社で仕事して。
夜中に帰って、今日一日あったことをヒカリに話して。
そして少しギターの練習をする、当たり前で平凡な毎日。
仕事で疲弊してロボットのように毎日働く私にとって、ヒカリとの会話と、着実に上手くなるギターは、日常の中で自分が人間であることの証明にも思えた。
それは救いだった。
光だった。
「ねぇ、梢。外行こう」
ギターもそれなりに弾けるようになって数曲ほどレパートリーができた頃。
突然ヒカリがそう言って私の手を引っ張った。
普段はそんなわがまま滅多に言わないので、珍しく思う。
「外って、どこか行きたいところでもあるの?」
「公園!」
「公園? 良い歳した女二人が公園?」
なにゆえ、と思っているとヒカリはギターを指さした。
「これも!」
「えっ?」
◯
「どうしてこんなことに……」
歩いて十数分のところにある近所の公園。
空は美しく晴れていて、小さな子どもたちが遊具で遊んでいる。
そこの一画にある、樹を囲むように作られた円形のベンチにて。
私はなぜか、アコースティックギターを構えて座っていた。
「梢のギター聴きたい!」
「あぁ、ははは……」
思わず苦笑いが飛び出る。
昨日までシコシコと家で練習していた人間が、外で演奏だって?
あり得ない。
普通ならあっちゃダメな話だ。
人様にお見せするには、ギターの腕が圧倒的に足りてない。
私が色々考えていると、私に向き合う形でヒカリが前にしゃがんだ。
私の手に手を重ねてくる。
「大丈夫。梢一杯練習したから」
「そう言ってもなぁ……」
「ダメ?」
ヒカリがウルウルと瞳を輝かせる。
だからそんな目で私を見るな!
私はそっとため息を吐くと、諦めてギターの演奏を始めた。
途端に周囲の視線が集まり、プレッシャーが強くなる。
同じ世界にいる私たちに明確な線引がなされる。
先程までは対等な関係だったのに、出演者と観客に分かれてしまう。
心を強く持たないと……。
私は勇気を出して、震える声で歌を歌った。
子どもたちが遊びながら私の方をチラチラと見てくる。
歌っていると、だんだん心がハイになって来た。
ヒカリは私の真正面で、嬉しそうに笑みを浮かべながら体を揺らしている。
誰かに歌を歌うことは、毎日会社で何のために頑張ってるのかも分からなくなっていた私に、存在する意味を与えてくれる気がした。
一通りギターを弾き終えると、ヒカリがパチパチと小さく拍手してくれた。
釣られたように、遊びながら聴いていた子どもたちや、その親も遠巻きに拍手してくれる。
私は小さく頭を下げて、ギターをケースへと締まった。
「はぁ、緊張した……」
「梢、格好良かった!」
「ふふ、ありがと」
まぁ、とりあえずヒカリが喜んでくれたし良かったかな。
ペットボトルのお茶を飲んでいると、不意に一人のおじさんが近づいてくる。
四十歳くらいの短い髪の人だった。
「歌上手だね。すごく良かった」
まさか話しかけられると思っておらず虚を衝かれた。
「ありがとうございます」と頭を下げておく。
怪しい人だったらどうしようと考えていると、少し不穏な気配を感じたのか「あ、失敬」とおじさんは頭を下げた。
「私は西沢と言います。ちょうど買い物をした帰りに歌が聴こえて、珍しかったからつい声を掛けてしまった。でも気をつけた方がいい。この辺は住宅街だから、歌っているとたまにクレームが入るんだ」
「え、そうなんだ。だったら今日でラストかなぁ」
私がヒカリを見ると、ヒカリは残念そうにシュンとうなだれた。
こればかりは仕方がない。
すると西沢さんはそんな私たちの様子を見て口を開いた。
「良かったら、思い切り歌える場所に来ないかい?」
「えっ?」
予期せぬ言葉だ。
「そんな場所あるんですか?」
私が尋ねると西沢さんは頷いた。
「すぐそこだよ。着いてきてごらん」




