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ヒカリ  作者:
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第1話 春の夜の出会い

 その女の子と出会ったのは、穏やかな春の日の夜だった。



「あ、もしもしお母さん? うん。いま仕事帰り。繁忙期でプロジェクトリーダーに選ばれちゃって。まぁ何とかやってるけど」


 仕事終わりの帰り道。田舎にいる母と電話していた時に、私は彼女を見た。


「……ごめん、また明日電話するね」




 最初の印象は『白』だった。




 白いボブヘアー、白いワンピース、白い肌。

 そして、抱き枕のようにして抱えられた、真っ白なアコースティックギター。


 緩く吹いた風に舞う夜桜の淡い桃色が、彼女の白い肌と髪の毛に妙にマッチしていて、一瞬見惚れた。


 彼女は、眠っていた。

 どこにでもあるような、普通の公園のベンチの上で、まるで極上のベッドで眠るかのように安らかな表情を浮かべて。


 しばし呆然としていた私は、ふと我に返り頭を振る。

 今の時刻は、深夜一時。

 十代の少女が不用意に外に居て良い時間ではない。


 公園に入り、ベンチで横たわる彼女を揺さぶる。


「あの……こんなところで眠っていたら危ないですよ」


 と、振動で彼女の手が動いてギターの弦にぶつかった。

 深夜の公園にギターの音色が鳴り響く。

 チューニングがずれていたのか音階はバラバラだったけれど、私はその音色を美しいと思った。


 真っ白に塗られたアコースティックギター。

 それほど音楽は詳しくないけれど、少なくとも私はこんなデザインのギターは見たことがない。


「んん……」


 ギターの音色で目が覚めたのか、女の子は薄く目を開くと、ゴシゴシと目をこすり。

 やがて私と目が合った。


 スッと通った鼻に、心の底まで見通すような透明な美しく大きな瞳、街頭に照らされたまつ毛は長く、その美しさに呼吸することすら忘れた。


「何?」


 それが、彼女の第一声。

 見惚れていた私は、ハッとして慌てて口を開く。


「ご、ごめんね、起こしちゃって。たまたま見かけて、気になったから声を掛けたんだけど。こんなところで寝てたら危ないよ」


「……そう」


「あなた、名前は?」


 私が尋ねると、女の子は少しだけ何か考えたあと、口を開いた。


「ヒカリ」


 それが、ヒカリとの出会いだった。


 ◯


「江崎さん、ちょっとこの案件について詰めたいので、明日出社勤務でお願いしたいんですけど」


「あー、今私ちょっと無理です」


「えぇ……? 先週は行けるって言ってたじゃないですかぁ。今回は先方も来られるので出社でお願いしたいって」


「そうでしたっけ? とにかく、明日は無理ですから」


「ってちょっと! 江崎さん? 江崎さん!? 電話切れた……」


 新卒で入った横浜のIT企業に勤めて五年目の春。


 仕事でそれなりのポジションを獲得したものの、毎日のように残業している。

 最近では休日出勤も頻繁にさせられ、片道数時間掛かる出向先に出向くこともしばしば。

 部下を持った関係で人間関係や勤務態度の矯正指導に悩むことも多く、それだけで数時間取られることも珍しくない。

 

 ロボットみたいに仕事に行って、帰るだけの毎日。

 それが、私の日常だった。

 今までは。



「ただいまーっと」



 いつものように古びた一軒家に帰ってくる。


 都心にある私の住まいは、元々は母方の祖母が暮らしていた一軒家だ。

 駅からは徒歩二十分という絶妙に不便な場所にあるが、一等地に家賃タダで暮らせるのは正直大きい。

 大学進学と同時に祖母と同居する形で暮らしていたが、数年前に祖母が逝去してからは、なし崩し的に私が暮らすことを許されている。


 誰もいない我が家は独り身の女には少し広すぎる気もしていたが。

 最近は少しだけ居心地が良い。


 その理由は一つ。


「梢、おかえり」


 ヒカリが居るからだ。


「遅くなってごめんねぇ。聞いてよヒカリ。うちの職場に江崎さんって人がいるんだけど、全然協調性がないんだよね。それでさぁ――」


 私が話す愚痴を、ヒカリはいつもニコニコと楽しそうに聞いてくれる。

 その笑顔が、私を肯定してくれる。

 ロボットみたいだった私に、呼吸することを思い出させてくれる。


 *


 会社帰りの深夜の公園でヒカリと出会った時、私は彼女を交番へ連れて行こうと考えていた。

 しかしヒカリはそれを拒んだ。

 その様子を見て、彼女には行く宛がないことを私は悟ったのだ。


「あなた、どこも行く場所ないの? なら、うちくる?」


 どうしてあの時そう言ったのかわからない。


 知らない人を家に上げるなんてどうかしている。

 そう思ってはいたものの、どうしても放ってはおけなかった。


 そして私の提案をヒカリは受け入れ。

 この奇妙な同棲生活は開始されたのだ。


 *


「またギター弾いてたの?」


「うん」


 私が毎晩帰ってくると、ヒカリは決まってギターを爪弾いている。

 でも、どうやらヒカリはギターを弾けないらしい。


 彼女が爪弾くのは決まって単音で、旋律というものは存在しない。

 ワインを軽くテイスティングするように、ギターの音や響きをただ味わっていると言う感じだ。


 じゃあなぜ弾けもしないギターをそんなに大切に抱えているのかと思うのだが、まだそこまで尋ねることはできていない。

 ヒカリと暮らして二週間くらいになるが、ずっとこんな調子だ。


「そのギター、音がぐちゃぐちゃだよ? 弦も錆びてるみたいだし、修理とか一回持って行った方が良いんじゃない?」


「お金ない」


「あぁ……」


 彼女の出生や、あの公園で寝ていた理由を私は聞けないでいる。


 そもそも、ヒカリはそこまで言葉が上手くない。

 外国人……と言うわけではないと思う。

 私の言うことはちゃんと理解してるみたいだし、言葉も通じているから。


 でも、普通の人ではないのだなと感じさせられる。

 それでなんだか彼女の中にある闇を感じてしまって、私は彼女のことを深く尋ねられずにいた。


「ねぇヒカリ。私明日会社休みだからさ、そのギター、メンテナンスに出してみない?」


「でもお金……」


「私が出して上げる」


「いいの?」


「うん。別に使い道もないしね……」


 皮肉にも持ち家なのと仕事に追われていることで私の貯金は結構な額に至っていた。

 どうせ生活以外に使い道の無い金だ。

 これくらい使っても良いだろう。


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